シャイル 2
影からこそこそと覗きながら、後ろをついてくる者がいるのはとっくに気づいている。金持ちのお坊ちゃんが一人でフラフラしているのだ、誘拐しようとする輩は多い。それでも護衛をつけないのは、何とかなるからだ。
適当に宝石屋に入った。子供が一人で入ると門前払いなのだが、店主は顔を見てヴェンゾン家のご子息だと気づいたらしい。ニコニコと愛想を振りまきながら何をお探しでしょうかと言ってくる。
店に入ってしまえば続けて入ってくるようなことなどしない。相手が貧乏人であれば高級な店などもってのほかだ。用事はなかったのだが何でもないと言って出るわけにもいかないので適当に話をする。
「聞いてよ、昨日伝説の『月の女神の涙』が見られるっていうからパーティーに行ったのに。海賊のせいでぐちゃぐちゃになったんだ!」
わがままで少し生意気な次男坊。このキャラが定着しているので相手はやれやれ困ったなという様子だ。仕事をしていて暇ではないからさっさと追い出したいだろう。
「それは災難でしたね。どんな宝石だったんですか?」
「結局見られなかったからわかんないよ。きっと海賊が取っちゃったんだ!」
「では討伐隊が捕まえてくれることを祈りましょう。あ、いらっしゃいませ」
タイミングよく他の客が来たので店長はそちらに寄っていく。失礼にならないようにごゆっくり見ていってくださいという声掛けはもらった。適当にぐるっと一周して店を出ようかと思ったのだが。
(なるほど)
一つ思い立って次は剣を売っている店に立ち寄った。実用的な剣ではなく貴族が飾りとして持つような装飾品が施されたもの。ごちゃごちゃといろいろ付いているし重くてとても使う気にはならない。持っているのが権力の象徴というだけだ。
同じように昨日の愚痴をこぼしてみると、こちらも店主が少し面倒くさそうにしながらもニコニコと笑って話しかけてくる。
「そんなことがあったのですね。一体どんな宝だったのやら、残念ですね」
「別に僕は女じゃないからギラギラしたものなんて興味ないけど。それにしても全然客来ないなぁ、売れてないの?」
「最近は剣がだんだん売れなくなってきました」
今や武器も銃になりつつある。といってもそれ一つで小さな家が一軒買えてしまうほどの値段なので、本当に貴族や王族しか持っていないが。
しかし最近では見よう見まねで作ったおもちゃのような銃も売れ始めている。だんだん剣は戦うものではなくただの飾りという認識が広がってきたのだ。金持ちの道楽となりつつある。
「銃って使い方がよくわからないし、うるさいし、いちいち掃除しなきゃいけないからめんどくさい」
自分で手入れをすると汚れるし大変な労力だ。貴族は職人を雇って手入れをさせるのが普通である。
「小さいナイフはないの。投げて遊ぶんだ」
「でしたらこちらがございます」
宝石が付いているナイフを、遊ぶ道具として使うという言葉に果たして何を考えただろうか。金持ちの考える事はわからないと呆れただろう。
投げるのに向いてなさそうな、これまた金の装飾が施された無駄に重い小さなナイフを二本買って店を出る。
そして道を歩きながらさりげなく大通りを離れて人通りがないところにやってきた。つけてきている者たちにとっては誘拐する絶好の機会だ、その機会を作り出しただけなのだが。
そいつらに投げるためにわざわざバカ高いナイフを買ってみたものの。後ろから一気に走り出してきた者達に投げようとして、咄嗟に横に飛んだ。
すると自分の死角となっていた場所から一人の男が飛びかかってくる。まさか避けられると思っていなかったらしく体勢を一瞬崩したがすぐに立ち直った。その隙に後ろから思いっきり背中に蹴りを入れる。蹴られた男は勢いあまって、つけてきたチンピラたちにぶつかってしまった。
案の定、なんだてめえというような会話が始まったところでつけてきた者たちの首を掻き切る。そして別の方向から襲いかかってきた男が驚いて振り向いた瞬間に、もう一本のナイフを顔面に投げつけた。
「ぎゃああ!?」
ナイフは左目に刺さる。致命傷ではないが、重症だ。
「馬鹿を釣ってみようと思ったら、特大の馬鹿が釣れた」
見た目からしておそらく海賊の一人だろう。日焼けをしているし筋肉の付き方がチンピラとは違う。あの海賊の男が言っていたことが事実なら、おそらく海賊の下っ端は今回の黒幕に安い金で買われただけだ。たまたま生き残ったが船に戻ることもできず、金欲しさに誘拐しに来たといったところだろうか。