シャイル 1
海賊を討伐するといっても海に出てしまえば彼らの庭だ。丘の上で暮らす自分たちが海の戦いで勝てるわけもない。
かといって奪い損ねた宝を再び取りに来るかというとおそらくそれもしないだろう。このまま手をこまねいていては、海賊を取り逃したことを言及されるのは間違いない。
「そもそもなんであの時逃した」
ツイードの淹れた紅茶を飲むマルセルに、シャイルがそんなことを問いかける。追いかけようと思えば追いかけられたはずだ。港までは少し距離がある、全員が散り散りになったとしてもあの船長さえ殺しておけば事足りたはずである。
あの時マルセルも武器を持っていた。後ろから攻撃することができたのにやらなかった。何か考えがあるのだろうと思ってシャイルも追わなかったのだ。
ツイードは「言われた通り宝はどこにもなかった」と言っていたので、どうやらマルセルは宝がなくなることを予想していたようだ。
「ここであいつらを仕留めてしまったらそれこそ相手の思う壺だなって思ったんだよ。伝説の宝のお披露目会なんて胡散臭すぎる、なんかあるなって思うのが普通でしょ」
しかも海賊の対処を命令されたタイミングで、だ。
「あのまま海賊退治してても宝は消えてた。たぶん消えた宝を見つけないと責任負わされてただろう。そっちの方が面倒臭いよ。月の女神の涙、実物見てないんだから探せるはずもない」
「持ち主を自分で殺したからな」
「あ、彼持ち主だったのか。気が付かなかったよ、あはは」
見てないタイミングで宝は無くなっていた。これ自体がマルセルを陥れるための罠だ。
今回の件、女王直々に命令を受けたと言っていた。その情報を知ることができるのは一部の者であり、しかも海賊の下っ端を使いっ走りに使っていたのならその命令が出されると事前に知っていたということだ。
「はてさて、本当に僕以上に権力を持っているものなのか。それともいたずら好きの神様の仕業なのか」
「悪魔だったら目の前にいるぞ」
「あはは、シャイルのそういうところが面白くて好きだな」
「やめろ」
シャイルは立ち上がるとそのまま部屋の外に出て行く。
「街をうろついても昨日の子はいないよ?」
「むしろいたら頭おかしいだろ」
そんな憎まれ口を叩いてそのまま出て行った。ツイードはやれやれといった様子だ。
「相変わらず可愛くないですね。口の聞き方をもう少し厳しく躾けてください」
「世の中の弟ってああいうもんじゃないか、いいんだよこれで。僕との線引きをちゃんとわきまえてるからねあの子は。それより」
マルセルの空気が変わる。裏を取り仕切っているファミリーの一員としての顔だ。
「海賊は『チェシャ』に任せるとして。こっちはこっちで楽しいパーティーを用意してくれた人を引きずり出さないといけないな」
「本当に心当たりが多すぎて思いつきもしませんけど」
「関わった奴だけを潰そうとしなければいいんだよ。関係ない奴も全て巻き込めばなるようになるさ」
「相変わらず悪巧みをする時は悪い顔になりますねえ」
その言葉にマルセルはにっこりと笑う。
「悪い人だからね、僕は」
孤児だったがマルセルに引き取られて半年経っている。弟っていうキャラクターが必要だから弟になってよと言われて、忙しい毎日だった。
上流階級のマナーから勉強、体術、剣術など裏の仕事をこなすための実技はもちろん。演劇舞台の鑑賞や世界の逸話など、趣味嗜好なるものまで叩き込まれてきた。どうやら自分は器用な人間の類のようで、大体一、二回見聞きすれば覚えてしまう。
周囲には「長年病気で療養生活を送っていたが治ったから一緒に暮らすことになった母親違いの弟」ということになっているらしい。裏の人間は血の繋がった兄弟ではないことなどわかっているはずだ。
パーティーから何からとにかく連れ回すもので貴族の間でも顔と名前が忘れ渡っている。太々しい態度でいるわけにもいかないので、それなりに愛想を振りまいてはいるが。