貴族と海賊の出会い 2
「さて、用事はなくなっちまったから戻るとするかね」
あっさりと船長がそう言うと他の海賊たちも一斉に蜘蛛の子を散らすようにバラバラの方向に逃げ始めた。
「あれ? お宝取っていかないの?」
「どうせとっくになくなってて、俺たちが盗んだってことにされてるんだろう。長居したっていいことねえよ。断頭台がエッサホイサ、って会いに来てくれるだけだろ」
そう言って身を翻して一気に走り出す。目の前にいた男がどうやら海賊たちの頭目らしいとわかり、少年は勢い良く切り掛かるが。
ガギン、と金属のぶつかり合う音がした。目の前に出てきたのは自分と同じ位の歳の少年。何かが飛び出してきたのが見えたので咄嗟にブレーキをかけたが、止まりきれずに剣を振るしかなかった。
海賊の頭目を守った少年は下から上に思いっきり剣を弾かれても、すぐに剣を薙いで首を狙ってくる。しかし不利な体勢だというのにそれをあっさりとかわすと二、三歩後ずさった。
「やるなあ、コイツの連撃かわすとは!」
ははは、と笑いながら今度こそ全員その場からあっという間に飛び出していった。たった今攻撃を防いだ海賊の少年もチラリと貴族たちを見たが何も言わずに窓から飛び出す。
「船に攻撃するように命令しておいたけど、この様子じゃ返り討ちに合ってるか。逃しちゃったね」
「……」
おや、と男は興味深そうに少年を見た。少し前に自分の弟として引き取ったのだが、笑わないし口数は少ないしまあまあ可愛くない。
喜怒哀楽もなく生きることに興味がなさそうで、死ぬことも興味がなさそうだったというのに。初めて見たことのない微妙な表情をしている。
「どうかした? 攻撃防がれたの意外だった? 脇でコソコソしてたじゃん」
「……チビだったから見えなかっただけだ」
その言葉にとうとう我慢できず男は笑い出した。少年、シャイルが言い訳のようなことをいうのは初めてだからだ。
「くくく、面白いな。攻撃防がれた程度が気に食わないわけじゃないだろ。もしかして何か言われたの?」
その言葉に今度こそシャイルははっきりと顔をしかめる。それが男にとって面白くて面白くて仕方がない。
「気持ち悪い奴って言われた」
ゴミを見るような目で。ゴミのような奴に。
「ふうん? 初対面で随分と失礼だ。まあでも僕もその気持ちわかるよ。だって可愛くないもん」
「やかましい」
「お兄様に向かってなんて口の聞き方だ。まあいい、どうせこれで終わりじゃないさ」
「マルセル様」
後ろから執事のツイードがやってくる。
「どうだった?」
「おっしゃっていた通りです。『月の女神の涙』がしまってあると思われる場所には何もありませんでした。いかにも盗みましたというふうにケースは割られていて、見張りは全員死んでましたね。海賊が奪ったということになってしまうでしょう」
先程の会話からも彼らは盗んでいない。そもそも宝がどこにあるのかも示されていないのに盗む事は不可能だ。
「まんまと宝を盗まれた僕らは責任を問われるわけだ。おかしいね、僕はクイーンから直々に海の暴れん坊たちをどうにかしろって命令を受けたんだけど。これじゃまるで僕が陥れられてるみたいだ」
みたい、ではなく。自分たちは何者かにはめられたということだ。海賊の下っ端たちもそれに利用されたのだろう。
女王直々の命令を知っている者はわずかだ。探ればすぐにわかるだろうが、そんなわかりやすい立ち位置にいる者が果たしてそんな罠を張るかどうか。
「心当たりあるのか」
「愚問だなシャイル、むしろ心当たりしかないよ。どうでもいいんじゃないの相手なんて」
マルセルは笑う。シャイルの嫌いな、あの笑顔で。
「相手が誰だって皆殺しにすることには変わらないんだから」
悪魔のような恐ろしい笑顔で。
「どうした、珍しく剣に勢いがなかったじゃねえか」
船長であり、自分を拾ってくれた恩人。そして剣の師匠である船長のドラグにケラケラと笑われるが。少年、ハーヴェストの表情は険しい。
「ちょっとイラついただけ」
「あのガキか。そこそこ強かったなぁ」
「強かったからじゃなくて。あいつの目が」
気に入らない。
「生きているくせに、死んでるみたいなあの表情が」
気に入らない。
「いろんなものを持ってるくせに、何も持ってないみたいなあの雰囲気が」
ガン! と、船の手すりを蹴りつける。普段物に八つ当たりをしないというのに本当に珍しい。
「久しぶりに心の底から。吐き気がするほどイライラした」
「お前がそんなにブチ切れるの珍しいな。初めて会った時以来か」
奴隷として生まれ育ち海に捨てられてしまった少年。漂流しているところを拾ったのだが、拾った時彼は遭難して怖くて怯えているわけでも絶望していたわけでもなく、叫びながら怒っていた。それが面白くて船に乗せたのだが。
人としての尊厳を持つことを許されず、死にかけていたこともあってハーヴェストは生きることに貪欲だ。だが根は素直でいたって普通の少年でもある。それほど怒りっぽい性格でもない。
それが、ほんの一瞬剣を交えただけで相手を気に入らないというのは初めてだ。人を見かけで判断しないし、こいつはこういう奴だと決めつけない考え方をしていたというのに。
(もしかしたら根っこの部分がそっくりなのかもな。同族嫌悪ってやつか)
口に出したらさすがに暴れそうなので言わないが。
「まあいい、どうせまた会う。裏の仕事を任される悪の貴族ってところだ。俺たちを殲滅するまでは終わらないだろうさ」
「そっか」
「ま、近いうちにまた会うでしょ。面白い遊びを考えたやつをどうにかするのは当然だけど。本来の目的である彼らの駆除もちゃんとやらないとね」
「あっそ」
また、会う。その時は。
「絶対殺す」
「殺してやる」
多分自分と似たような境遇でありながら、自分とは正反対の生き方をしているあいつが。イラついて仕方がないから。