もしも、ヒロイン令嬢が、のび太だったら
「あ~、今度は、燃えるような恋がしたい」
そんなことをつぶやく私はノビリア・エメラルティー男爵令嬢、魔法学園の高等部三年生だ。学園の二階の廊下をダラダラと歩いている。
「婚約破棄されたばかりなのに、元気ね」
私のつぶやきに突っ込んでくれるのは親友のドラシー嬢だ。彼女の家名や出生などは不明だが、なぜか気の合う令嬢だ。
廊下の幅が無駄に広いので、二人が並んで歩いても、何も問題ない。学園自体が無駄に広いのだ。
「政略結婚なんて破棄されてナンボよ。ちゃんと慰謝料を頂いたから、領地の危機を脱出できたわ」
私は強がって言う。
領地の鉱山からの宝石産出が激減して、男爵家は困窮した。そんな時、私の瞳が流行の緑色だったことから、婚約が決まった。
しかし、流行の色が緑から紫色に変わったことから、私はお払い箱となったのだ。
「ほら、ウワサをすれば、ノビリアの元婚約者よ」
ドラシーは窓の外を見るようにと、私を促した。
私は二階から中庭を見下ろす。
中庭も向こう側が見えないほど無駄に広い。池が点在し、芝生が張られ、ベンチが置かれている。花が咲く低木エリアにはガゼボが建てられ、そして、ひときわ豪華なガゼボは王族用だ。
王族用のガゼボに人影が見える。男女二人だ。
「あれは、私を婚約破棄したクソか……」
「第一王子のジャイタン・メトロポリテーヌ様でしょ、あのクソは」
王国の王子をクソ呼ばわりする私たちは親友である。
「そうでした」
私は久しぶりに笑った。それを見てドラシーも笑って、親指を立ててくれた。
「会話が聞こえないわね、男女二人きりで何を話しているのかしら」
王族用ガゼボは遠く、かろうじて赤毛の第一王子だとは判るが、栗毛の令嬢は誰か分からないし、会話も聞こえない。
「ジャ~ン、ネコ耳カチューシャ」
ドラシーが何か取り出した。どこに持っていたのか、茶色のネコ耳が付いた、黒色のカチューシャ……たぶん、これは魔道具だ。
ドラシーは、新しい発想で魔道具をたくさん開発している隠れた天才令嬢だ。
「ノビリア、着けてみて」
彼女は、私の銀髪にカチューシャを乗せた。
2階廊下の腰高窓を開けると、草木の香りが混じった風が緩やかに入ってきた。空の青が眩しい。
「あのガゼボを見て、耳に集中して」
よく分からないが、彼女の言うとおりにしてみる。
「……第一王子様、今夜、お部屋に行ってもいいですか?」
この女性の声は、先日編入して来た留学生の声だ。
「もちろんだ、貴女なら大歓迎だよ」
この男性のダミ声は、ジャイタン第一王子の声だ。
遠くのガゼボでの会話が鮮明に聞こえる……これは、すごいカチューシャだ。
「でも、私は道が分からないので、迷子になるかも」
「大丈夫、俺様が作った地図を渡すから」
「まぁ、うれしい」
顔の表情は見えないが、第一王子が鼻の下を長くしているのが目に浮かぶ。
「でも、護衛兵に捕まらないかしら、怒られるのは嫌だわ」
「大丈夫、俺様が作った護衛ルート攻略本を渡すから」
「まぁ、うれしい」
攻略本? そんな便利な本を作っていたのか!
「これは、マズいわね」
ドラシーの声で、彼女の顔を見ると、彼女も黒髪にネコ耳カチューシャを着けていた。
可愛い…
「デキール君に相談するか」
彼女が言ったデキール君とは、同級生の第二王子である。
私たちのクラスは、同級生に、正妃の子の第一王子、側妃の子の第二王子がいて、色々と問題が多い。
◇
「そこまでです、兄上!」
第二王子のデキール君が、声をかけた。
日が傾いた下校時、人気のない廊下で、第一王子と留学生の令嬢が密会している現場だ。
「ん? デキール、どうかしたのか」
第一王子は密会を中断されて、少々ご機嫌斜めのようだ。
私とドラシーは、少し離れた所から様子を伺う。静かな廊下だ。王子たちの声が良く聞こえる。
「今、そちらの留学生に渡したのは、極秘資料の王族エリアに関する図面ですよね?」
「俺様の描いた地図だ、問題ないだろ」
第一王子は全く罪の意識がないようだ。
「いえ、極秘資料を模写したら、その模写も極秘資料だし、模写することは犯罪です」
「俺様がルールブックだ、問題ない」
これが第一王子が嫌われる理由の一つだ。王子の権限でルールを自分の都合の良いように変えるのだ。
世襲は、能力は無くても、権力は持ってるから、対応に気をつける必要がある。
「その留学生の令嬢が、スパイだとは思わないのですか?」
「俺様が惚れた令嬢は、全て俺様のものだ。そうだ、この令嬢を俺様の婚約者候補にする。これで、何も問題はない。今夜、俺様の部屋に忍んできても、何も問題はない」
これは名案だと、第一王子の顔が輝く。
「この令嬢は、盗みや詐欺なんかしていない、俺様の部屋で楽しく話をするだけだが、何が悪い?」
第一王子の顔が、妄想でにやけた。私たちは呆れる。
この一瞬のスキを突いて、留学生が脱兎のごとく後方へと逃げた。素早い身のこなし、普通の令嬢の動きではない。
「ここまでだ!」
行く手をイケオジが塞いだ。ダンディーグレー色の髪、シズカァ王弟殿下だ。学園長でもある。
「周囲は、護衛兵で固めてある。スパイなのに、この静けさは異常だと気が付かなかったか?」
王弟殿下の後ろと、私たちの後ろに、護衛兵が姿を現した。令嬢に逃げ道は無い。
「……わかった、外交条約による身の安全を要求する」
令嬢の口調が大人っぽくなった。覚悟を決めたか。
「令嬢を丁寧に拘束しろ」
「第一王子には自宅謹慎を言い渡す。正妃の下に連れていけ」
王弟殿下の言葉に、第一王子の顔が青くなった。
「お願いだ、母上には言わないでくれ!」
もしかして、泣いている? そんなに正妃が怖いのか。そういえば、口よりも手の方が早い方だった。
王弟殿下が、令嬢の手から地図を奪い取った。これにて一件落着か?
地図を開いて、中を見ている。
「三人とも、こっちに来て、見て見ろ」
言われて、私たちも前に出て、王宮の地図、警備兵の攻略本を見た。
「「……」」
なんだこれは? 幼児のお絵描きか……
「これは印象派の絵画ですか?」
デキール君が、上手いことを言った。
「こっちは象形文字ね」
ドラシーも、上手いことを言う。
「これでは裁判の証拠にならないな。留学生の保証人は、筆頭侯爵だし、国外追放がやっとか」
王弟殿下はガッカリしている。イケオジは、がっかりしてもイケメンだ。
第二王子も不満そうだ。イケメンは、不満げな顔でもイケメンだ。
男爵令嬢の私は、爵位が低いので、王族とは結婚できないが、イケメンと燃えるような恋はしたい。
「お前たちの苦労をねぎらって、スイーツをおごろうと思うのだが……」
シズカァ王弟殿下が、もじもじと、珍しいことを言ってきた。
「は~い、ゴチになります」
ドラシーが元気いっぱいに答えた。王族を前にして物怖じしない、頼もしい友人だ。
「ほら、ノビリア、行くわよ。燃えるような恋のチャンスよ」
彼女の言う恋のチャンスが何なのか、私には分からない。
でも、スイーツを食べられるのは、貧乏令嬢にとって、チャンスだ。
━━ FIN ━━
お読みいただきありがとうございました。
よろしければ、下にある☆☆☆☆☆から、作品を評価して頂ければ幸いです。
面白かったら星5つ、もう少し頑張れでしたら星1つなど、正直に感じた気持ちを聞かせて頂ければ、とても嬉しいです。
いつも、感想、レビュー、誤字報告を頂き、感謝しております。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。