5年後に最も愛する人に殺される小説
妻が素人向けのサイトに自作の小説を投稿していることに気がついたのは偶然だった。妻が熱心に投稿していた小説は眉目秀麗な王子と転生聖女の恋愛もので、私を激高させるには十分だった。女は妻を彷彿とさせ、逆に男には私の片鱗も見えなかったからだ。
「ゆるせないな」
強い怒りをまとう私に、スマホを触る妻の指が止まった日のことを覚えている。
「付き合う前に言ったはずだ。私だけを愛してくれと。でも君は君の小説に出てくる男に夢中になっている。私以上に」
黙った妻に私は重ねて言った。
「他の男のことを考えないでくれ。たとえ創作物の男であっても」
*
私の望みを受け入れた妻は、ほぼ毎日執筆していたその小説を破棄し、代わりに私が認めた内容の短編を細々と投稿するようになった。ジャンルは様々だが、共通するのは恋愛色がないこと、そして妙齢の男が出てこないことだ。
やがて妻は長編を投稿し始めた。タイトルは『五年後に最も愛する人に殺される小説』だ。期待に少し胸が躍った。私に似通った男ならば登場させてもいいと伝えてあったからだ。だがその小説は、孤独な女のとるに足らない思い出を綴るだけの、退屈極まりないものだった。
コスモスの形の練り切りを食べた晩秋。雪山が見える温泉宿に泊まり、暖炉の前でゆで卵を食べた厳冬。三日月の下で庭に金魚の死骸を埋めた初春。文化祭でかぶった麦わら帽子は初恋の淡い夏を――。
毎日、毎日――淡々と綴られる小説の読者は私くらいしかいなかったが、妻はその小説の続きを休むことなく投稿し続けた。
*
後から振り返れば――それは第一話が投稿されてちょうど五年目のこと。
毎日12時に予約投稿される最新話のサブタイトルは『ファイナルクエスト』だった。
五年がたちました。
さて、私を殺そうとしているのは誰でしょうか。
答えは未投稿作品に記しています。
この時、職場の自席で昼食をとっていた私は焦りと苛立ちを覚えながらメモ帳をひらいた。記しておいた妻のIDとパスワードを使って即座にサイトにログインする。たまに誤字を修正してやるためにログインしており、難なく未投稿作品をひらくことができた。
正解はあなたです。
「……は?」
すぐに妻に電話をした。
「どういうつもりだ」
怒りをぶつける私に「やっぱり読めるのね」と妻が冷えた声で言った。
「あなたはおかしいわ。……そんなあなたに縛られ続けた私もね」
*
もう私を自由にして――それが妻が発した最期の言葉だった。
千文字という文字数制限もあって意味が分かりにくいところがあったらすみません。
後日、本作の説明を活動報告に載せようかと思います。