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4. パン屋の利用価値

 誰かが剣を打ち合っている。私は緊張で顔を強ばらせると、さっきのように膝を抱えてなるべく息を潜めた。

 なんと視察一行は何者かの襲撃を受けてしまったようだ。南門で準備をしている兵士や騎士は数人で、危ない視察のようには見えなかった。だとしたら、積荷が目的の盗賊かもしれない。

 うっかり馬車に乗った私のことは誰も知らないから、この状況で見つかったらどうなるか全くわからない。応じているのは普段から訓練している王都の兵士だし、任せておけば大丈夫、のはず。

 しばらく大人しくしていると、剣の音が止まり静かになった。盗賊だかなんだか知らないけれど、そんなことしたってあっという間に兵士に撃退されるに決まっている。よかった。

 ほっとしてもういちど外を確かめようと幌を掴んだ私は、慌てて手を離した。


「っ!」


 剣を持ち騎士達を囲んでいるのは、フードを被った盗賊のほうだった。騎士はカイル王子を庇うあまり、うまく反撃が出来なかったのだろうか。

 視察のためか、カイは普段お店に来るような服装ではない。白地に金と青の刺繍が入った服を着ていた。その服装なら王子殿下っていわれると確かにそうだ、と思えてくる。でもそんな格好していたらとびきり目立つ。普段のカイに話すような調子なら、あんたもうちょっと考えなさいよ! ばーか! とお説教してしたいくらいだ。


「こんなことをしてどうするつもりだ!」

「そうだな、どうするか……」


 騎士に答えた声は、思ったより若い男の声だ。こういう盗賊って厳つい声のおじさんだと思っていたけれど、率いているのは若いのかしら。フードを被っているせいで姿が全く見えないのが惜しい。どうしたらいいのかと思う気持ちと、同じくらいの好奇心で今私の心は埋め尽くされている。

 なにもできないはずなのに、私は考え始めてしまった。いや、実際なにも考えてなかったのかも。

 なぜなら私は、勢いのままに幌を跳ね上げて外に出てしまったからだ。


「そこ、ちょっと待ちなさい!」

「女?」

「え、エミリア?」


 フード男の向こうにいるカイル王子の目は、まん丸に見開かれていた。

 そうだ、彼はパン屋の常連かもしれないけれど、たぶん間違いなく王子殿下本人だ。なんとしても無事でいてもらう必要がある。

 別に王家に忠義! とか思っちゃいない。父さんは詳しく言わないからよく知らないけれど、実はうちはお祖父ちゃんが前の国王陛下に逆らって揉めたので貧乏になった。でも物心ついた時から貧乏だった私にはそんなこと関係ない。

 私にとっては、カイル王子は大事なパン屋の常連だ。

 そうはいったって、抱えていたパンを突き出しながら出した声は、流石に震えていた。


「こ、このパンあげるから大人しく帰りなさい!」

「嬢ちゃん、俺たち相手にパンでも売るつもりかい?」


 一番近くにいた盗賊が、にやりと笑って私のほうを見た。


「そうよ、焼きたて、じゃないけど王都でも美味しいって評判のパンなんだから。さっき知ったばかりだけど王子殿下だって贔屓のパン屋さんなのよ!」

「……」

「きょ、今日は大サービスで無料なんだからー!」

「よすんだエミリア!」


 私は盗賊相手に必死にまくし立てた。カイル王子は動こうとしたが、周囲の騎士らしき男に押しとどめられている。そうよ騎士たち、そのまま早く王子を連れて王都に帰りなさいよ!

 で、それからでもいいから、私の救出隊はちゃんと出してよね。

 もう心の声なのか、誰かに聞こえているのかまったく分からない。


「そっちの王子殿下より、私は利用価値があるんだから!」

「王子?」


 フード男が私の言葉にぴくりと反応した。

 しまった。ついうっかり騎士も黙っていた重要なことを教えてしまった。

 高らかに宣言したが、人質として価値があるのはカイル王子だ。貧乏なうちでは身代金だって出せない。

 でもひょっとしたら盗賊だって、パン屋の看板娘の一人や二人欲しいなあ、なーんて思うかも。思われても困るのだけど。

 カイル王子を庇っている騎士が動くきっかけになりますように! そう祈りながら、私はスカートの布を握りしめてその場に踏ん張って立ち、フードの向こうをキッと見続ける。

 というか、あんた王子殿下に対してフード被ったままとか、失礼だとは思わないの!


「ほう……」


 フード男がなにか呟いて体をこちらに向けたかと思った次の瞬間、指を口元に当てて鋭く吹く。鋭い指笛の音が辺りに鳴り響いた。


「な、なに?」

「退け!」


 フード男の鋭い声が響くと、盗賊たちは一斉に動き始めた。騎士を囲んでいた場所からあっという間に散っていく。

 なんというか見事な去り際だ。その中で、私はパンの入った袋を抱えたまま微動だにできなかった。兵士と騎士たちも、王子がいるから動けない。

 なんにしても盗賊たちは諦めて帰ってくれた。

 ほっとした瞬間、遠くから馬の嘶きが聞こえた。見ると大きな黒毛の馬が猛スピードでこちらに走ってくる。


「うわぁーん!」


 こういう時、可愛い令嬢だったら「キャー!」とかいうものだ。しかし危機になって咄嗟に出た私の悲鳴はいまいち可愛くない。

 そもそもきちんとした令嬢だったらこんなところで馬に轢かれそうにならない。

 なんだかんだ馬をしっかりと見ていた私は、体を捻り結構な動きで馬を避け、られるはずだった。


「きゃー!」


 あ、ちゃんと可愛い悲鳴だって出せるじゃない。

 そんなことを思う時には、私の足は地面から離れていた。フード男はなんと私に駆け寄りフワリと抱えると、そのまま疾走してくる馬の手綱を掴みひらりと跨ったのだ。

 目の前がぐるんと回り、空が見えてそれから馬車や他の人たちを見下ろす。抱えられて馬上に引き上げられたと気がついた時には、馬はすごい勢いでその場から離れていた。

 つまり私は、宣言した通り盗賊らしきフード男に攫われてしまったのである。

 確かに煽ったのは私で、あの場で唯一の女だった。でも本当に王子より価値があるとは思えなかったじゃないか。それにちょっと怖さもあったけれど、兵士もいたし隙さえ作ればなんとかなると楽観的に考えていたのだ。

 でも、本当に攫われてしまうとは。

 走っている馬上ではなにもできないし、相手は盗賊だ。今更怖くて歯が鳴りそうになっていると、すぐ近くから声が聞こえた。


「舌を噛むぞ、黙って掴んでいろ」


 言われたとおり目の前の服を掴んで見上げると、そこには綺麗な緑色があった。盗賊のくせにとても綺麗な緑の瞳だ。

 あれ、この人とても整った顔立ちしてる。そんな風に思っているうちに、馬はカイル王子や騎士のいる場所からどんどんと離れていった。

 しばらく山間を駆け、谷の集落のような場所まで来ると馬はようやく足を止めた。

 下りると私は腰が抜けてヘタリとその場に座り込んでしまう。フード男はそんなことは気にせずに、馬を繋ぎ撫でてから出ていく。

 置いてきぼりにされ、不安を感じ座り込んでいると、男は桶と器を持って戻ってきた。ほっとしていると器のほうが差し出される。


「水だ、飲め」

「ありがとう」


 とりあえずお礼は言う。受け取るとそっと口を付けてまず一口飲んだ。水は汲みたてらしく冷たくて美味しい。さらにごくごくと飲み干すと、やっと大きく息ができた。

 どの辺まで来たのだろう。首を伸ばしてゆっくりと周囲を見回すと、白い岩を利用した壁と、それからわずかな作物を作っているらしい畑が見えた。山以外は空しか見えないここは、山頂とまではいかないが、きっとかなり上なのだろう。

 つい咄嗟に飛び出したとはいえ、とんでもないことになったんじゃないか。

 急に不安になって器の中の水面を眺めたが、映っているのは私の顔と青い空ばかりだった。

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