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33. 初めての礼服は煌びやかに

 次第に空気は厳かに、たくさん並ぶ席はどんどん埋まっていく。私のお父さんもいるはずだけど、どこに座っているのだろう。今の仕事と立場からいって、席は前だと思うけれどまったく見えない。

 入口から、豪華そうな服を着た渋い顔のかたが入ってきた。いくら令嬢らしくない私だって、覚えている貴族様だっている。今残っている貴族のなかではいちばん力がある、ラファール公爵だ。

 厳格というより渋い顔で入ってきた公爵は、通路の途中で止まった。なにごとかと思って見ていると、すごい勢いでこちらに歩いてくる。なにごとかとみんなが目を丸くする中、なんとラファール公爵はアレクさんの前に膝を突いた。


「おおお、アレクシス様。まさか、再びお会いできるとは思いませんでした。よくぞご無事で、生きていてくださったことに感謝します。お懐かしい……」


 ずびー! 切々と感激を語った上で、鼻をすする音が、あたりに響いた。公爵はアレクさんの前に膝をついてぼろぼろ泣いている。すごく感極まっているらしいけれど、なにせもう式典が始まる直前だ。ただ相手が公爵なだけに、騎士も他の貴族も扱いに困ってる。

 アレクさんだって、公爵が膝を突いているのに、座ったままでいるのは気まずい。

 立って自分の席に戻ってくださいとは、さすがの私も言えないけれど、咄嗟にハンカチを取り出して腰を上げた。


「公爵様これをどうぞ」


 ハンカチを差し出すと、受け取った公爵は、また感極まって泣いた。ずびー! 鼻をすする音がまた響く。あああ、買ったばかりの私のハンカチが……。

 差し出したのは私だけど、私も泣きたい気持ちになる。


「立ってくれラファール公、私はもう君に膝をついてもらう身でもない。それに今日は祝いの席だろう。な?」


 アレクさんが困った表情を浮かべながら公爵を宥める。その言葉を聞いて、公爵はすごい速さで瞬きをして顔を引き締めた。


「見苦しいところを見せた」


 そう鋭く言い放つと、公爵は立ち上がり通路を引き返していった。また渋い顔を浮かべて歩いて行き、いちばん前の席に腰掛ける。

 会場内がまた一際ざわめき、すぐに静まり返った。視線が一斉に会場の入口へと向く。

 ちょうど金の髪を揺らしてレオンが入ってくるところだった。

 着ている白地の礼服は、王族らしい繊細な刺繍が入っている。この刺繍実は個人で色が決まっているらしい。国王陛下は白地に金と緑、カイル王子は同じく白地に金と青を使っている。アレクさんはかつて白地に金と赤を使っていたそうだ。ただ今は王族ではないから、薄紫の布地に青の刺繍が入った礼服を着ている。本当はそのかつて使っていた白地に金と赤刺繍の服が陛下から届けられたけれど、袖は通せないとアレクさんが言い張った。

 レオンは粘り強く説得されて、渋々と白い礼服を承諾した。ガウデーセやみんなのことや、カイル王子の立場と今後などあれこれ持ち出されたからだ。

 レオンの刺繍には、焦茶と赤が使われている。実は仮縫いまでは焦茶ではなく銀が使われる予定でいたけれど、レオンが色を変えさせた。

 銀は私も綺麗だなって思っていたけれど、本人がこうでないと着ないと強情だった。

 そういう強情さはアレクさんとも似ている。

 レオンはゆっくりと会場を見回してから、こっちへ歩いてきた。アレクさんのそばまでやってくると、澄ました顔でその隣に座ってしまう。


「レオンの席って、ここなの?」


 末席なのに、髪から礼服まで王家らしい色で囲まれているレオンは、正直アレクさん以上に目立ちまくる。しかもレオンの顔立ちときたら前王陛下に激似だ。

 実は私もここに入る前に、話に聞いた謁見室前の廊下に行った。そこで飾られている肖像画を見せてもらったけれど、その絵は確かにレオンと似ている。前王陛下のほうが繊細そうだけど、これってレオンを見て描いたわよね、ってくらいには似ておられた。

 レオンに会ってもらいたかったと思う。そうすればいくつかの憎しみは減ったろうし、もっと笑っていられたろうに。

 ガタン! 前から椅子が動く大きな音が聞こえ、ラファール公爵が立ち上がるのが見えた。

 私だってなんとなくこの先の展開はわかる。ああ、あの公爵様たぶんもう一回こっちにくる気だ。そしてレオンの前で号泣する。絶対そうだ、けれどどう止めたらいいかわからない。

 ハラハラと見ていると、そばに座っていた男の人が、公爵をなだめてもういちど座るように促している。


「え、あそこにいるのお父さんだわ!」

「確かにコンカート殿だ」


 まさかあんなに前に座っているなんて! お父さんが公爵を宥めてまた座らせると、予定の時刻となったらしく礼堂内に大きく鐘が鳴った。

 国王陛下が王妃を伴って入られる。最後にカイル王子が入ってきて、立太式が始まった。


 さすが立太式、凄く厳粛で迫力があった。カイル王子だって別人みたいだった。あまりに凡庸な感想しか出てこないのはきっと緊張から解かれてほっとしているからだ。きっとそう。

 式が終わって退出した私は、王宮にある庭園の端っこで座り込んでいた。

 誰かに見られたら、まるで令嬢らしくないと言われるかもしれないけれど、ここだったら見られない。たぶん。


「おいエミリア、少しは場所と身分を考えてだな」


 声が聞こえ見上げると、呆れた視線でこちらを覗き込んでいるレオンと目があった。

 うっ、まさかこんなに早く見つかってしまうとは思わなかったわ。でも見られたのがレオンで良かった。


「レオンもお疲れ様でした」

「くっそ、こんなに大変な目に遭うなんて聞いていない」


 にっこり笑って立ち上がると、レオンは自分の手で髪を梳きながら愚痴り始めた。王都ではすっかりレオンの噂は流れていたし、もたらされた報告だって貴族の多くが知っていたろう。

 それでもやはり噂と直接見て確かめるのとは全然違う。事件に関わりのない貴族たちも、白地の礼服を着て王家の色を持つレオンを実際に見て、大混乱した。

 アレクさんはその髪の色から出生を疑われたけれど、国王に立つべき器として適していないわけじゃなかった。むしろ幼い頃からとても努力していた素晴らしい人だったのだと。さっき泣いていた公爵や色々な人は知っている。

 そんなアレクさんが、笑顔を見せながら息子だよと紹介した青年に、期待が掛からないわけがない。カイル王子の策略で、本名じゃないあの名前はしっかり浸透している。


「レオンハルト殿下だろう? こちらに来られたのを見たぞ」


 庭園の向こうから微かに声が聞こえてくる。なにしろ目立つ身なりだから見つかるのも早い。レオンも髪を梳く手を止めて、さらに息を吐いた。


「行くぞエミリア」

「え、ちょっとレオン」


 レオンはどこから持ち出したのか、マントとフードを出して身につけた。


「カイルから抜け出す道はいくつか聞いているのさ、問題ない」

「ちょっと問題だらけでしょう! どこに行くの」


 レオンは私を抱えると、あっという間に王宮を抜け出してみせた。

 これからパーティーだってある。顔見せだって挨拶だって必要だ。国王陛下に会いに行っているアレクさんだって、王宮に置いてきてしまった。それなのにレオンは王宮を出てしばらく行ったところで私を下ろすと、さらに歩き出した。真っ直ぐに南街区画へと向かっている。

いつも読んでくださりありがとうございます!

本日午後に、最終話を更新予定です

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