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28. 限界を越えた男の咆哮が

 見慣れた谷が見えてきた、道は間違っていない。あとは谷に沿って上がっていくだけだ。

 喧騒が近くなる。レオンと一緒に上がった騎士が、集落を助けてくれているといいけれど。

 まずは馬小屋で馬からおりて、それからレオンを探して。

 そんな風に考えていた私は、あっという間に馬小屋の脇を通り過ぎた。


「なんだ! どうした? うわっ!」

「どうしよう、止まれないー!」


 確かに私は馬からおりるのが下手だった。けれど止まりかたも下手だったなんて、自分でも知らない。練習していた時は、思うように止まれていたのに。


「どうしたらいいの!」


 そのまま広場まで駆けていくと、レオンが見えた。残っている襲撃兵に応戦しているらしく、金の髪が揺れている。どうしよう、レオンが危ない! それ以上に止まれない私が危ないのだけど。


「レオーン!」


 とりあえず思いきり叫んだ。けれど叫んだところで私は止まれていない。そしてあろうことか、私はそのままレオンの正面にいた襲撃兵らしき人を、轢いた、気がする。

「エミリア! 何故!」

 驚いた表情でレオンが怒鳴っているけれど、返事どころじゃない。どうしよう、轢いちゃったかもしれないし、止まれない。


「エミリア手綱だ! 両手で引け!」


 後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。声からして、たぶんレオンだ。言われた通り思い切り引いたところで、馬が嘶いて前脚を持ち上げた。振り落とされそうになり慌ててしがみつく。


「きゃー!」

「引きすぎだっ、限度があるだろ!」


 そんなこと言ったって、私だって精一杯なのだから怒らないで欲しい。馬は大きく揺れたが、すぐに大人しくなってくれた。よかった、轢いたひともひとりだけでよかった。

 ずるずると滑りおりるように馬から落ちると、レオンが駆け寄って来た。服は少し切れているけれど怪我がないみたいで安心した。ちなみに私が轢いた人も、生きていてほっとした。

 他の襲撃兵もどんどん騎士に取り押さえられているし、もう大丈夫そうだ。


「どうして戻ってきたんだエミリア!」

「どうしてって言われても」


 馬に乗った時は勢いにまかせていたけれど、なんとか馬が止まってくれた今はほっとして腰が抜けている。戻って来た理由はこれから考えるから、もう少しだけ休ませて欲しい。

 深呼吸をするだけの私に、レオンは額に手を当てて空を見た。


「逃げる術として教えたのに、まさか戻る術に使うなんて」


 重すぎるため息に申し訳なさが込み上げる。心配だったから来たのだと胸を張ればいいのに、レオンに浮かんでいる表情が複雑すぎて、私もいつもの笑顔が浮かべられない。

 広場の向こうから、大きな咆哮が聞こえて来たのは、その時だ。


「ふざけるなあっ!」


 ビリビリと震えるような大声には聞き覚えがある。間違いなくガウデーセだ。なにかあったのだろうか。いやなにもなければあんな怒鳴り声は出さないわよね。


「どうしたエディン、なにがあった?」

「なにもねえけど、ちょっとやべえな」


 そんなことないでしょう、なにもない怒鳴り声じゃないわよ。広場を右往左往し始めた男たちから、嘆くような声が聞こえてくる。

 レオンが大きく息を吐いた。カイル王子と騎士が駆けてくる。


「一体なにごとが起こった?」

「ガウデーセ、うちの長だが。まあ少し気が短くて、怒りが溜まると大概ああいう感じだ」


 大概って、こんなに殺気を振り撒いて、ぎらぎらしている姿は初めて見る。騎士が何人か止めようと近寄って、鋭い腕の動きで吹き飛ばされている。なんか襲撃兵以上にまずい感じだ。


「ああなると、少し暴れなきゃおさまらねえんだよ」

「短気な頭が、よくもまあ我慢したほうっすよー!」

「あーあ、とりあえず物が壊れないように、広いところに誘導するか」


 集落のみんなは、どうするよと顔を見合わせている。騎士の到着が早かったからか、少し怪我をしている人はいるけれど。被害は少ないしアレクさんも無事だ。

 それなのに、昂り怒り狂ったガウデーセはもう見えていない。このままでは襲撃時以上の被害が出そうだ。


「どうしよう、こっち来るー!」

「エミリア、頭を低くしてさがれっ」


 レオンが鋭く言うと、剣を抜いてガウデーセのほうへ駆ける。剣がぶつかり合う鈍い音がして、ガウデーセの振り降ろした剣をレオンの剣が受け止めた。


「ぐっ!」

「レオンッ!」


 一撃を受けはしたけれど、そこからレオンも動けなくなった。そもそもの力が違うから、押し合いになったらレオン一人の力では止められない。それでもガウデーセを止めるために必死に押しとどめようとしている。

 歯が割れるのでは、というくらい食いしばっているのが見えた。

 だってここまできて、やっぱり盗賊だからなんて言われたくない。


「殿下! おやめください!」


 焦ったような声が聞こえ、私の脇をもうひとり金の髪が駆け抜けた。

 一気に踏み込んだのは剣を持ったカイル王子だ。レオンの横からさらにガウデーセを押し戻す。レオンとカイル王子、二人がかりで力を入れているのにそれでも止まらない。


「くっそ、馬鹿力めっ」


 カイル王子が思わずそう呻くのが聞こえた。

 ガウデーセにだって誰も斬らせるわけにはいかないし、斬られるわけにもいかない。


「止まってくれ、あんたは大事な兄貴でここは俺たちの場所だっ」


 レオンが必死に叫ぶ声が聞こえてきた。

 ひょっとしたらその瞬間、ガウデーセの力が緩んだのかもしれない。咄嗟にカイル王子が屈み、素早い動きでガウデーセの足を払った。大きな体がぐらりと傾く。その瞬間を狙い、飛び上がったカイル王子が上段から気迫を込めた息と共に一撃を振り下ろした。


「ハッ!」

「ぐ、ガッ」


 当てられたのは剣ではなく柄だった。けれど強烈な一撃に、あのガウデーセも呻き声を上げて膝をついた。レオンが一歩下がると、そのままガウデーセは倒れ込む。

 荒い息を整えながら、カイル王子が眉を寄せてレオンへと向いた。


「すまない、咄嗟にやってしまった」

「いや、助かった。止めて貰えて感謝する」


 レオンが荒い気のままカイル王子に頭を下げた。

 驚いた。失礼ながら、てっきりパン屋に来るために新米兵士の振りをしていて、訓練もたいしてしてないと思っていたのだ。あの場で咄嗟にあれだけ動けたとは。

 騎士を率いて任せられているのは、王子という身分だけではなかったらしい。実はこの時私が、カイル王子をとても見直したのは内緒である。


「うぐ、くっ」


 ガウデーセが呻いた。この男まだ動けるの? 化け物じゃないの! 私はぎょっとしてガウデーセを眺める。どうしよう、さすがにこれだけ騎士もいてカイル王子もいるから、暴れるのはもう無理だろうけど、出来れば自分の意志で止まって欲しい。


「彼には、私から話をさせてくれないか?」


 そう言いながらゆっくり歩いてきたのは、アレクさんだった。杖を使いながら駐在の兵に支えられてやってくる。大丈夫だとレオンに合図をすると、レオンも心配そうにしながら、場所をあけた。

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