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21. 鍵は冷たく重く

 エディンさん達と騒いでいれば、レオンも様子を見にくるだろうくらいに思っていたのだ。ちなみに今日もガウデーセはいない、実に好都合である。

 レオンが現れたのは、結構早かった。というよりまだ私は馬にさえ触っていない。

 馬小屋に着いたところで、なんと私はフードを被ったレオンに見つかってしまったのだ。


「帰るのか?」

「それなら挨拶ぐらいするわよ」

「ならば今度はなにをしでかす気だ」

「失礼ね、ちょっと乗馬を嗜もうと思っているだけよ」


 私が正直に説明すると、流石のレオンも呆れていた。ただ薄々そんな気はしていたようだ。


「本当に、碌なことを思いつかない女だ」

「ねえ、来るのが早すぎない?」


 こういう場合はそう、馬に乗り慣れてきた私が調子にのって危うくなった、みたいな時に颯爽と都合よく現れるのが効果的なのに。


「一応聞いておくが、服までわざわざしつらえたのか?」

「あ、これ! さすがレオン、気がついてくれた? これはね、マリサさんがいざって時のために作ったのですって、可愛いでしょう」


 そう言って私はワンピースの端を摘んでひらりと揺らしてみせた。今、私が着ているのは、なんと乗馬用にしつらえたワンピースだ。女性でも馬に乗りやすいよう凝った裁縫になっているのに、あくまでワンピースドレスだからとても可愛い。

 実はマリサさんが、作ったけれど使い道がなかったと言って私にくれた。こんな服をもらったからには乗馬をしてみるしかない、というわけだ。


「なるほど、お嬢に入れ知恵したのはマリサ婆さんか」

「マリサさんがいなくても、興味はあったから行き着いたけれど」


 ワンピースは今日着てみて、それからマリサさんともう少し改良をする。裁縫は得意ではなかったけれど、こうして目的が見えてくると楽しく思えた。


「それで、レオンは私を止めに来たの?」

「いいや」


 そうだ、と言うと思ったのに、レオンは緩く首を振った。やはり少し落ち込んでいたのかいつもの覇気がない。下からフードを覗き込もうとしたら、さっと避けられてしまった。

 レオンが止めないのならば、いざ乗馬である。実は少しだけそれらしく習って、ぱーっと駆けて、なんてうまい具合にいけばいいなと思っていたけれど、もちろんそうはいかない。

 馬の話や馬具のことなど意外に聞いておく必要があった。


「すごーい、高ーい、楽しい!」


 だからこそ、初めて乗れた時は、もう楽しくて嬉しくてしかたなかった。

 押し上げて貰わないと乗れないかもしれないとか、ここで乗れなかったら止められるのではとか色々心配していたのだ。だが、そんな必要もなく乗れたから、もしかしたら私には乗馬の才能があるのかもしれない。

 普段見ている景色より少し高いところから、色々なものが見えるだけで胸が高鳴る。

 次は歩きかたよね。期待しつつ辺りを見回していると、エディンさんが次の指示をくれた。


「よし、じゃあ降りてみろ」

「……乗ったばかりじゃない」

「いざという時に降りかたがわからないと話にならないだろう。だからまず降りろ」


 レオンにまで言われてしまった。しかし言われてみれば確かにそうである。

 ただその時にわかった。私は馬に乗るのは得意だけれど、降りるのが少し苦手だ。

 そして、それがわかった途端、乗り降りの練習ばかりさせられた。


「あの、そこにいないで貰えますか?」

「文句を言っていないで、早く降りろ」


 万が一落ちた時のためにと、レオンが補助に立ってくれているのだけど、それが逆に困る。

 滑ってレオンに抱き止めてもらう、なんてことになったら絶対恥ずかしい!

 なんとか手を借りずに降りたいのだけど、そのせいで逆に緊張してしまう。


「結構時間経っているけれど、全然駆けるどころじゃない」

「引き馬じゃ嫌だっていったのはお嬢だろう」


 そうは言っても、降りる練習の後は引き馬だった。両足で軽く馬の腹を蹴ると、ゆっくりと歩き出す。この始めて歩いてくれた瞬間は言い表せない感動に満ち溢れた。


「馬は敏感に感じ取るからな、息があってこれば自然に早く駆ける」


 そう言われても、まだなんのことだかわからなかった。実際、そんなに早くなかったのかもしれないけれど、馬小屋の前で行ったり来たりするだけでも楽しい。

 乗ってみるとわかるが、指示するのではなく伝えるのだ。

 楽しく乗っていたことが上達のコツだったらしく、夕方になる頃には私もかなり馬に乗れるようになっていた。


「いつか遠駆けとかしてみたいわよね」

「この辺は山道も急勾配だし、遠駆けにはまるで向いていない」

「わかっているわよ」


 馬にお礼を言って、撫でながら夢を膨らませていると、レオンにさらりと言われてしまった。レオンの口調は元々優しいほうじゃないけれど、今日は特に淡々としている。


「エミリア、もうひとつ聞いておけ」

「なによ、やぶから棒に」


 レオンはすっと馬小屋の前の道を示した。そこから指がするりと動き、集落の出口から山道へと向く。


「山を降りるなら、まず山道をまっすぐに行く、道が途切れるがそのまま強引に下るんだ。ぶつかった分かれ道は右へ行く、さらにしばらく下ると街道に出る。そこも右に向かうと、やがて王都の南門に出る。今日のエミリアの乗りこなしなら、一日かければ着くだろう」


 レオンは一体どういうつもりだろう。帰りたくて勝手に帰るのならば構わない。そう言いたいのだろうか。すぐに帰りたいから乗馬がしたかったわけではないのに。

 どうして急にそんな話をするの?


「部屋に戻るだろう? 送っていく」

「うん、わかった」

「これも渡しておく」


 そう言って差し出したのは、私が過ごしている牢の部屋の鍵だった。細工の入った輪に通された少し重い鍵は、ひやりと重く手の中におさまった。

 これでレオンがいなくとも、私は自由に部屋の出入りが出来るようになった。それなのにちっとも嬉しく感じない。

 それがどうしてなのか、私は自分で自分がわからなかった。

 乗馬のお礼にと、エディンさん達にパンを焼いて渡した。少し前に手に入った木の実を練り込んだパンは、食べると心地よい歯応えがあって美味しい自信作だ。ただレオンは部屋まで送って来てくれたっきりだ。家に行ってもいなかった。


「レオンだったら、馬小屋の上だろう」


 エディンさんは、昨日と同じことを私に教えてくれた。馬小屋の前でずっと乗馬の練習をしていたけれど、そんな居場所あったかわからない。

 私は作ったスープを携帯用の深い鍋に入れ、残っているパンを持った。自分で鍵を開けて部屋から出る。


「夜一人で出歩くのは初めてだけど、行けるわよね」


 少し緊張するけれど、私はパンとスープを持ってレオンを探しに行くことにした。

 夜の集落は、オレンジ色の光が谷に沿って灯っている。人と会わないように注意しながら、まずは馬小屋に向かって歩く。


「馬小屋の上って言っていたけれど、どこなのかしら?」


 この時間だったら家に戻っている可能性だってあるのに。なんとなくの勘で、私はその場所へと向かった。

 見回してようやく、馬小屋の隅にきっかけを見つけた。急斜面に沿って、掴めるように瘤のついたロープが下げられているのがいかにもだ。


「こんなところから上に行けるようになっていたのね」


 レオンは昼間も気配を察して、ここから降りて来たのかもしれない。そう思って坂を登ってみたが、その坂が結構長い。細い山道がくねって上へと向かっている。

 ようやく視界が開けたその場所は、少し広くなっていて、高い場所でもないのにオレンジ色の光が灯る集落がよく見渡せた。

 その集落が見渡せる場所の片隅で、レオンは金の髪を風に揺らして座り込んでいた。

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