20. 盗賊でもないとさせてもらえない
家から出ると、アルバロさんが呼んだのか不穏な空気に気がついたのか、珍しくエディンさんがアルバロさんと並んで立番をしていた。
「エディン、後で来てくれるかい? 話が聞きたい。出来れば何人かで話がしたいね」
「わかりました、頭への報告はどうします?」
「それも頼むよ、君ならそれとなく済ませられるだろう。私はその間に少し休んでおくよ」
さらりと言われたエディンさんは、アレクさんの無茶振りに乾いた調子で大袈裟に笑った。わざとらしく出した声はあまり笑えていない。
「お嬢、戻るならすぐにハリスンが来るから」
「ありがとうございます、エディンさん」
レオンは放っておいて大丈夫だろうか。心配だけど、どこに行ったのか私にはまるで見当がつかない。
「レオンなら心配いらないさ」
「心配は、していませんけど」
思わず視線を逸らしながら言うと、エディンさんはからりと笑った。
「どうせ馬小屋の上だろう、あいつが逃げ込むなら大抵あそこだ」
「馬小屋の上?」
上とはどこのことだろう。馬小屋なら見送りでもよく通るから知っているが、さらに上などあったろうか。エディンさん達は、レオンのことはしばらくそっとしておく気のようだし。
「なんていうかよ、初めてだろう」
「一体なんの話ですか? 唐突に」
エディンさんがにこにこと話を始めたので、私は思わず一歩下がった。
「いっつもフード被って、スカしているレオンがさ、女連れて帰ってきたんだぜ」
「そりゃあ、私だって大事件ですよ」
私だって、まさか本当に連れて来られるとは思っていなかった。ここの人達だってレオンに対して、なにしてるんだと思った人もいただろう。
「最初はさ、ああいう可愛い子が好みなのかって揶揄って見たしよ」
「その節は大変怖い思いもさせて頂きました」
「でも蓋を開けたらとんでもねえ女じゃねえか」
「褒めていますよね? ぶちますよ」
ぶったところで効果はないし、怒らせたら敵わないのはこちらだ。けれどそう言わずにはいられない。
「なにしろ山の中だろう。娯楽がねえんだよ。たぶんレオンもあれだな、娯楽がなさ過ぎてそういう女選んじまったんだよ」
小声だけれど、エディンさんの失礼な語りはしっかり聞こえている。アルバロさんはさりげなく体を傾けて視線を逸らす。巻き込むなといわんばかりの姿勢で、それはそれで失礼だ。
話し始めたエディンさんのほうは止まらない。
「見たことあるんだろう?」
「そりゃ、ありますけど」
この流れで、見たのかと訊かれたらなんのことなのかなんて限られている。私が答えるとエディンさんはヒュウと口笛を吹いた。
「で、レオンの顔はどうだ? 見えている部分と旦那の顔立ちからいっても、まずいってことはねえだろうけど」
「エディンさんは本当に見たことないんですか?」
「だいたいみんな疑うんだよ」
「不細工だってことですか? 僻みかもしれないですよ」
「いや、本当は見たことあるだろうって」
そんな話をするエディンさん達は、なんだかんだレオンに優しい。もっとも何度も見ようとして失敗しているらしいけれど。
「ああほら、良いところでハリスンのやつが上がって来た」
ハリスンさんが私を部屋まで送ってくれることになったので、エディンさんとアルバロさんがアレクさんと話をするそうだ。
私が過ごす牢の部屋の鍵はレオンが持っている。なにごともないと思うけれど、アレクさんに強く怒られたレオンは少し不安定かもしれない。
そんなエディンさん達が私の安心のために今夜の立番を決めてくれた。
「気まずいと思うけど、今晩は俺とアルバロが夜通しお嬢の部屋の前で番に立つからな」
「ありがとうございます。そんな二人は危なくないんですか?」
信頼はしているけれど、夜通し番に立つという物々しさが怖くてつい茶化したくなる。
「そのつもりだけど、そのくらいの警戒心を持ってくれていたほうが、こっちも有難いさ」
もう戻らなければ。そうは思っていたけれど、もうひとつだけ話があって私はエディンさんを呼び止めた。
「エディンさん、実は私明日やりたいことがありまして、手伝って貰えませんか?」
「まーたなにする気だよ、お嬢」
私はにこにこと笑顔を浮かべて、まだ内緒ですと人差し指を振る。
「ずっと楽しそうだなって思っていたことです。きっとレオンは顔色変えて飛んできますよ」
「うわあ、絶対わかったって頷いちゃならねえ気がする」
二の句が継げないエディンさんに代わって、私のすぐ近くにいたハリスンさんが呻いた。
ようやく出て来たエディンさんの声は裏返っていた。
「そういうことなら、なんで俺に頼むんだよ!」
「エディンさんが、レオンと私に甘いって知っているからですよ」
「あーあ」
「あーあ、知らないぞエディン」
アルバロさんとハリスンさんに言われ、エディンさんは頭を抱えている。
そう、ずっとやってみたいと思っていたことがある。レオンに頼むと、危険だから駄目だと言われると思っていたし、逃げるだろうと思われてもいけないと黙っていた。
アレクさんが私を帰すようにレオンに言った今なら、なんとか叶うような気がするのだ。
「私、乗馬がしてみたいんですけど」
翌朝、エディンさんに切り出すと、流石のエディンさんも口を半開きにして固まった。アルバロさんは空を仰いでいるし、朝になったら立番に参加していたハリスンさんもエディンさんと同じくらい口を半開きにして惚けている。
「俺、夜通しの番で、幻聴が聞こえるのかもしれねえ」
「一応確かめるが、王都で乗馬が流行っているとは聞いたことはねえぞ」
「はい、王都でも女性が乗馬なんてほとんど聞きません。だからこそ一度乗ってみたくて」
ここに来た時にレオンに抱えられて馬に乗った。その時は掴まっているだけしか出来なかったのだけれど、少しくらい自分でも乗れたらいいのにと思う。自分で走るより少し速くて、高いところの景色だって感じられる。そんな体験がしてみたい。
「駄目でしょうか」
「駄目だろう」
「無理だな」
「それこそレオンが血相変えて飛んで来る」
アルバロさんがそれを言ったところで、三人とも私の言葉を思い出したようだ。
確かに私は昨日、レオンが顔色変えて飛んできますと言った。
まあ私の目標としては、レオンが血相変えて飛んできて馬から降ろされる前に、それなりに乗りこなしたい。
「一応聞くが、引き馬じゃ満足しねえんだろ」
「少し早めに駆ける駈歩ぐらいまでなら出来る気でいますけど、速歩で歩けるくらいは覚えたいなって」
「いったいなに目指す気だよ、お嬢は」
エディンさんは頭を抱えて唸っている。困らせるかもしれないとは思ったけれど、これは想像以上だ。王都でも女性は馬車に乗るし、どうしてもという機会があっても引き馬だ。
「盗賊でもないと乗せて貰えないかなって」
「都合のいい時だけ盗賊って言われてもなあ」
なんとか押し通せないかと思っていたけれど、これはやはり難しい。
「まずは引き馬くらいからなら、いいんじゃないか?」
ようやくそう言い出してくれたのは、なんとハリスンさんだ。エディンさんはまだ頭を抱えている。アルバロさんが代わりに反論する。
「乗せたらそれだけじゃ済まないだろう」
「本当に山から下りるなら、多少乗れたほうが送る俺たちも都合がいい」
「それはそうだが……」
ハリスンさん、そのままもう一押し頑張って! こっそり声援を送っていると、ようやくエディンさんが顔を上げた。
「まあ、塞ぎ込んでいるレオンを引き摺り出すには、そのくらいの衝撃は必要か」
「そういうこともある」
本当に少し乗ってみるだけだからな。何度もエディンさんに念押しされて、私はなんと乗馬が出来ることになった。




