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15. もうひとつの牢の部屋

 エディンさんが戻ってきたのはそれから三日後だった。

 時間はかかったがうまくいったよ。エディンさん達は嬉しそうに報告にしてくれた。


「お嬢がいてくれれば俺たち抜け出せる気がします!」

「ええと、はあ」


 一緒に行った二人は、旅中にエディンさんとなにを話したのだろう。それともあのジャムを挟んだなにかが美味しかったのだろうか。

 これからは私についていく! などと言い出してしまった。よくわからないけれど、すっかりのその気なので頑張ってもらいたい。ただついてこられるのは困る。


「果実水の季節が続くうちになるべく多く稼ぎたいな」


 レオンはそんな風に言って書類仕事をするために、集落で留守番している時間が増えた。

 私も作業に駆り出されるのが日課になった。


「代わりに外に出てくれているおかげで、静かでいいよ」

「ガウデーセですか? 確かに最近はいませんね」


 休憩中にお茶を飲みながら、マリサさんでさえもそう溢していた。

 天気の良い日、私はそのガウデーセと再び顔を合わせてしまった。


「起きているか、娘ッ!」

「おはよう、ございます」


 朝から聞きたくない大声は、格子の外から響いてきた。起きていなくても飛び起きる大声だ。あまりの驚きに、焼いたばかりのパンがいくつも私の手からこぼれ落ちた。

 ガウデーセの後ろには、焦りのあまり顔色が悪くなっているハリスンさんがいるけれど、止めるのは難しいだろう。ガウデーセは音をさせながら鍵を出すと、あっという間に私の格子を開けた。


「出ろ、お前に仕事がある」

「仕事……ですか」


 ガウデーセから私に仕事? これまでなんとかのらりくらりと過ごせてきたけれど、とうとう悪事の片棒を担がされることになった。ハリスンさんが後ろでおろおろしているけれど、期待できそうにない。そしてこんな日に限ってレオンも来ない。


「そうだ、ついてこい」


 こわばった顔で格子から出ると、ガウデーセは歩き出した。ハリスンさんがさりげなく私に近づこうとしてくれたけれど、太い手がすっと伸びて雑に投げ飛ばされる。


「ハリスンさん!」

「余計なことするなって言っているよなあ、ハリスン」


 どうしよう、なにをさせられるのだろう。大声を出して逃げ出せばなんとかなるのか。強張った顔のままとりあえずはついて行く。逃げ出すにもチャンスを見つけなければならない。

 それにしても、鍵はレオンだけが持っているはずなのに。意味ないじゃないか。

 考えごとをしながら歩いていた私は、荒々しい音に引き戻された。ガウデーセは谷の下のほうにある、小さな家まで来ると、荒々しく戸を叩いている。


「そんなに叩いて、戸を壊さないでおくれ、腰が痛いって言ったろう」


 声がして出てきたのはマリサさんだった。ここはマリサさんの家らしい。

 いつも通り落ち着いているマリサさんの声に、私はやっと少しほっとする。


「マリサ、次の部屋だ」

「そんな話だけじゃわからないね、どの部屋だい」

「分かっているだろう、ババアが」


 威圧的なガウデーセに対しても、マリサさんは全く怯んでいる様子がない。しばらく睨み合っていたが、マリサさんは大きく息を吐くと、なにかを出してきた。大きな輪にはいくつもの鍵が並び、じゃらじゃらと擦れる音がしている。

 ひょっとしてマリサさんは、この集落じゅうのなにかしらの合鍵を持っているのか。

 その中のひとつを輪から外し、ガウデーセに渡した。代わりに私の格子の鍵がマリサさんのところに戻る。

 ガウデーセが私の部屋の鍵を持っていたわけではないと知り、まずは一安心した。


「今日はこの娘にやらせる、ババアは寝ていろ」

「分かったから、大きな声を出すのはやめておくれ」


 鍵を受け取ると、ガウデーセはまた私について来いと鋭い視線を向けてから歩き出す。


「エミリア、わからないことがあれば聞きにおいで」

「はい、マリサさん」


 いったい何をするのか、マリサさんに聞きたかったが、すぐについて行かないとどうなるかわからない。私はマリサさんにおはようございますさえ言えないまま、慌ててガウデーセの後を追った。

 しばらく歩いて出た坂道は、レオンの家に向かう道だ。こんなところに出るのか、と思っているうちに、レオンの家の前を通り過ぎる。先に行く小道へと入り、さらに行く。

 出た場所は、谷が一望出来るいちばん高い場所だった。


「このおうち、ですか?」


 そこにあったのも、私の部屋と同じように格子が嵌っている家だった。広さはこの家のほうが大きそう。ただ集落のいちばん端にあるせいか、すごく静かだ。

 ふいにガウデーセがくるりとこちらを向いた。なんだろうと思い間もなく、太い腕が突き出される。

 首を絞められる! 咄嗟にそんな気がして、私は逃げることも出来ず固まった。


「娘、俺はお前が賢い女だと思っている」


 突き出された腕は、私の顔のすぐ目の前で止まっている。あとほんの少し伸ばされれば、私の首は掴まれてしまうだろう。


「お前の仕事はここにいる男を生かすこと、いいな」

「わ、わかりました」


 意図はわからないけれど、言われたことはしっかり覚えた。私が頷くとすぐに手は離れていく。投げるように渡された鍵は、さっきマリサさんから受け取ったここの鍵だろう。

 出された指示はそれだけで、ガウデーセは行ってしまった。

 私は気が抜けてぺたりとその場に座り込む。首を絞められるかと思った。そうやって脅かすことだけが目的っぽかったけれど、やはり怖かった。


「大丈夫か、お嬢!」

「ハリスンさんこそ、大丈夫ですか」


 さっき投げ飛ばされたハリスンさんは、慌てて追いかけてきてくれたらしい。なんとか笑顔を作って、驚いたけれど大丈夫です。と答えると、本当にほっとした表情が浮かぶ。


「ここは、誰の家でしょうか?」

「アレクが暮らしている家だ、……レオンの親父さんだ」

「レオンの?」


 私は目を見開いて、格子で閉じられているその家を見た。

 確か前は市場に出す商品の書類を作ったりしていた人で、マリサさんはお節介な男と言っていた。その人がここで暮らしている。


「お嬢、すまねえが俺はここには入るなって強く言われている。そこの外に立っているから、何かあったら声を出してくれ」

「わかりました」


 私は頷くとスカートを直しながら立ち上がった。ガウデーセが言っていたのは、ここにいる人を生かすこと。よくわからないが、アレクさんに会ってみるしかない。

 鍵を鍵穴に差し込んで回すと、金属の擦れる音がして鍵が開く。格子をゆっくり開きながら、控えめに声を出した。


「失礼しまーす、はいりまーす」


 家の中は静まり返っている。鍵を預けられた状況からして、こちらから勝手に入ってもいい気がした。なにかあればハリスンさんもいる。

 部屋はいくつかあるから順に確かめる。最初の部屋はしっかりとした机と、壁には本が沢山並んでいた。こんな場所とは思えないくらいしっかりとした書斎だ。次の台所は私の部屋と同じような作り。そしてその奥が寝室となっていた。

 寝室まで行くと、ベッドに誰かが寝ていた。昼間なのに窓は閉められていて薄暗い。

 身動きもせず寝ている人に思わずぎくりと肩が震えたが、少し離れたところから様子を見ると、微かな呼吸が聞こえてきた。


「この人が、レオンのお父さん?」


 アレクさんは、レオンとは違い焦茶の髪をした痩せた男の人だった。

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