12. 硝子玉の髪飾り
マリサさんは輪に通された鍵を、音がするように振ってみせている。あれ、でも確かにレオンが持っていた鍵と輪が少し違うかな。
マリサさんが持っているとはいえ、鍵が複数あるのでは掛けている意味はないのでは。少しだけ過ぎったが、そこを考えてしまうとまた怖くなるので考えない。
中に入ろうと格子を開けた時だった。道から誰か上がってくる声がする。一瞬ガウデーセかとも思ったけれど、声が違うとすぐにわかった。
「お、いい具合にマリサ婆さんがいるじゃねえか」
「お疲れさまお嬢、果実水はどうだった?」
「エディンさんにハリスンさん、それからアルバロさんに、レオンまで? どうしたんですか、こんなに大勢で」
ここにこんなに大勢の人が集まることはない。というかエディンさん達三人の組み合わせと、なにかを抱えている様子からはある予感しかしない。レオンは強引に連れて来られた、というよりもエディンさんの行動を訝しがって来たらしく、声が少し怖い。
「おい、ついて来いってどうする気だ、エディン」
「それはもう決まっているんだよ、今日は慰労会だ」
「そんな気がしましたけど、やっぱり」
一回やってすっかり味を占めたエディンさんは、またこの格子の前で宴会をする気だ。しかも今日は、レオンとマリサさんまで巻き込む気でいる。
ハリスンさんとアルバロさんは一回経験しているので、手際よく布を敷き始めた。マリサさんはそれを見ただけですぐに、エディンさん達がなにをする気なのか察したらしい。
「呆れたねえあんた達、まさかとは思うがここに広げて飲む気だね」
「ここに? おい正気かエディン」
その言葉もうすでにアルバロさんが一度言ったんです。レオンの呆れと困惑は、フード越しでもしっかりとわかる。私だってまさか二回目が開催されるとは思っていない。
「婆さんとお嬢はあっち側な、どうせ婆さんは鍵持っているんだろ」
「じゃあ私は任せて座っているかね」
マリサさんはそう言うと、部屋にある丸椅子を出してきてそれに座った。流石に布を敷いて床に座ったりしない。それでも参加する気満々だ。
レオンはしばらく様子を見ていたが、止められないと思ったのか大きく息を吐いて踵を返した。
すぐにエディンさんが呼び止める。
「なんだレオン、付き合わない気か?」
「適当につまみと酒をくすねて回って来る」
「よし、行って来い!」
聞くなり笑顔に変わったエディンさんに送り出され、レオンは来た道をまた下って行った。
穏やかじゃなさそうな言いかたに、不安が込み上げる。
「くすねて来るって……」
「レオンは昔からここに居るからな、こういう時に得なのさ」
「適当に機嫌取って分けてもらって来るだけだよ」
「それならいいんですけど」
さすがに集落の中で脅したり無理強いしたりしない。不安は残るけれど、確かにそんな雰囲気じゃなさそうなので、私もそれ以上は黙る。
持ち寄った物をすっかり並べ終わり、さらに暫く待つとようやくレオンが戻ってきた。小さな酒樽と串に纏められているなにかを持っており、戻って来るなりぶつぶつと愚痴り始めた。
「ガウデーセのやつ、これだけ出すのに話が長すぎる」
「頭のところに行ったのか、お前やっぱり図々しいな」
信じられないがレオンはガウデーセのところにせびりに行ったらしい。ここで宴会をすると知られれば、なにか言ってくるのではないか。前回はいない時を狙ってやったから、見咎められなかった。一体レオンはなんと説明して、お酒と食料を貰ってきたのやら。
「ガウデーセって、大丈夫なの?」
「機嫌は悪くなかった。それに飲むと先に言っておいたほうが後で面倒にならない」
きっぱりとレオンは言うし、他のみんなも平気そうなのでいいのかな。他の誰かを脅したり無理強いしたりするのではなかった、という不安だけはとりあえず拭われた。
レオンが持ってきた串は魚を干したものだ。食べないわけではないけれど、王都では魚そのものが珍しい。軽く火を通したほうが美味しいというので、マリサさんと台所に並んで軽く炙った。
格子の前に戻ると、もうすでにエディンさん達は飲み始めている。
前回エディンさん達が言っていたとおり、レオンはどこまでもフードを取る気がない。食べ物だってフードの中に吸い込まれている。お酒は飲んでいるがあまり手を付けていないから、そもそも得意じゃないのかも。
気になるフードだけれど、ここまで頑なだと事情が深そうで私も言い出せない。
そんなレオンとエディンさんたちは、今日の仕事についての話をしていた。
「頭は強引なんだよ、一日で行って来いって」
もしや商隊を襲ったのかと思って恐々聞いていたけれど、どうもそういう話ではなさそうだ。
聞くのは怖かったけれど、話が見えないのでなにをしてきたのか聞いてみる。
「レオン達は、なにをしに行ったの?」
「明日使う壺と瓶を仕入れて来た」
「こればかりは、盗品を使うと捌けなくなるからな」
馴染みの硝子商がいるが、こんな山の上までは来てくれない。なのでこちらから受け取りに行く必要があるそうだ。硝子は重さもあって割れないように注意しなければならないから、運ぶのにもかなり気をつかう。
「レオンほら、さっきのやつ」
エディンさんにそう言われ、レオンがなにかを取り出した。差し出されて受け取ると、それは綺麗な硝子玉が付いた髪飾りだ。
「硝子商がおまけとして付けてくれたものだが、エミリアに土産だ」
「可愛い……、ありがとう」
硝子玉に細工紐が付いている髪飾りは、揺らすとキラキラ光る。
「付けてくる」
立ち上がると櫛と鏡を探しに行く。仕事をするために結っていた髪を解くと、飾りを付けてみる。結ってつけてみたりまた解いてみたりと色々と試す。
ここのところパンを焼くのに結っていることが多かったので、緩く流した状態で付けることにした。
整えてもう一度確かめて格子の前に戻ると、レオンは妙な無言だった。表情もフードに隠れてしまってどういう反応をしているのかまるで分からない。
可愛いぐらい言ったらどうなの。
そう思ったのは私だけじゃなかったのか、エディンさんが黙ったままレオンのフードに手を伸ばした。横から引き剥がしに掛かったのだか、そこはレオンの手が持ち上がって素早くエディンさんの手を叩き落とす。
なんというかそこは徹底している。
「いいじゃないか、あたしの若い頃みたいだよ」
マリサさんがそう言ってくれたし、付けるのはとても楽しかったからよしとしよう。
「こういう婆さんいるよな」
「流石に図々しいだろマリサ」
「あなたたちやっと出てきた言葉がそれ?」
私も思わず笑顔で言ってしまった。ただちょっと笑顔の圧力で押しすぎた感はあり、エディンさんが呟くのが耳に入ってくる。
「お嬢もこういう婆さんになるってことだよな、うん」
言い返そうとも思ったけれど、あまりムキになるのも大人気ない。ただとりあえずもう一回睨んでおいた。
「さて、じゃあ私はそろそろ帰ろうかね」
「なら送っていくよ、婆さん」
しばらくしてマリサさんがそう言うと、ハリスンさんが立ち上がった。二人が帰る準備を始めると、自然に今日は終わりという流れになる。前もそうだったけれど、片付ける時はあっという間だ。
「じゃあな、おやすみお嬢」
そう言ってエディンさんとアルバロさんは帰っていった。お酒が入っている割には、みんな絡むこともなくすんなり帰る。レオンに至ってはそもそもあまり飲んでいないので、いつも通りあっさり帰ろうとしていた。
「ああそうだ、エミリア」
四人が帰り、私も格子の中に布を張って片付けようとしていた時。帰ったレオンが引き返して来た。
「どうしたの? 忘れもの?」
周囲をぐるりと見回すが、綺麗に片付いていて特にこれといった片付け忘れもない。
レオンのフードが少しずれて、こちらを見る緑の瞳と弧を描いている口元が覗いた。
「飾り、よく似合っている。おやすみ」
「う、うん、ありがとう」
悔しいながら、顔が良いのでそういうことを言うと決まってしまう。今度こそ帰っていくレオンを見送りながら、私は聞こえないようにそっと呟いた。
「わざわざ顔見せるって確信犯なのよ、ばーか」