クリスマスイブの夜、恋を知らないアラサーOLと失恋男子高校生は二人で手を繋ぐ
クリスマスイブの街には、あちらこちらでイルミネーションがキラキラと輝いている。
そんな中を楽しそうに歩く恋人たちの姿を眺めながら、深雪はため息を吐いていた。
二十九歳独身。
有名でも何でもない某大学を卒業し、そのまま適当なブラック企業に就職。恋愛などと全く縁のない乾いた日々を送るしがないOLだ。
こうして自分の状況を改めて振り返ると泣けてくる。
自分だってあのカップルたちのような甘い恋の一つでもしてみたかった。クリスマスイブくらい遊べる自由な生活をしたかった。
なのに実際は、彼氏のいないボッチ女で、夜の十一時過ぎまで働かされた挙句、今にも倒れそうなほどふらふらになりながら一人暮らしのアパートに帰るだけだ。
深雪の人生にキラキラしたものなど一切なかった。どうして神様はこう不公平なのだろうか。
「……最悪」
輝く街とは対照的に暗く澱んだ心持ちになり、帰る気にもなれなかった。
近くに公園があるからそのベンチにでも座って夜を明かそう。どうせまた明日の早くから仕事なのだ、家に帰ったところで大して長いことは眠れない。
ふとした、というかやけくそ気味になった末の思いつきだ。
深夜なのに眩しい大通りを離れ、脇の小道を行く。その道中でさらに三組ほどのカップルとすれ違った。
皆が満たされたような楽しい笑顔をしている中、ますます自分が惨めになって、公園に逃げ込んだ。
ここならもう誰にも邪魔されることはない。そう思っていたのに……。
「――っ」
公園のベンチの上、深雪が夜を明かそうと決めていたまさにその場所にいた先客を見て、あからさまに嫌な顔をしてしまった。
それに気づいたのだろう、先客――俯いてスマートフォンを眺めていた高校生くらいの少年が顔を上げる。
その瞬間に見事に視線がぶつかってしまい、深雪は引き返すことができなくなる。
ああ、面倒なことになったなぁと、そんな風に思った。
そのまま無言で隣に腰掛けようとも思ったが、一度目が合った以上そんなことできるはずもなく。
「隣座って、いい?」
「……どうぞ」
少年は言葉少なに応じる。あまり喋りたくなさそうだった。
深雪は「ありがとう」とだけ答えると、ベンチに腰を下ろした。
それからしばらく沈黙が落ちる。
冷たい風が全身を凍らす。雪でも降りそうなくらいの寒さの中、木枯らしが吹き荒れる音だけが響いていた。
「ねえ」
口を開いたことに大して意味はなかった。
ただ寒さを紛らわすためだったのかも知れない。それともこの心の中の寂しさを癒してほしかったのだろうか。
少しだけスマートフォンから顔を上げた少年は深雪の方を見た。
その瞬間にほんの少しだけ目が合い、すぐに目を逸らされる。深雪はそれを気にせずに言った。
「もうずいぶんと遅い時間だけど、どうしたの」
「それを言ったらお姐さんだって同じだろ」
「そうね。所詮私なんて恋の一つも知らない悲しい女よ」
自嘲するように笑ってため息を吐く。
公園は再び静寂に包まれるかと思われたが、意外にも少年の方から喋りかけてきた。
「何か勘違いしてるかも知れないけど恋なんていいものじゃない」
「……どうして?」
少年はその問いかけに答えようとしない。
その代わりにポツリと呟いた。
「絶対脈アリだと思ったのになぁ。なんで、失敗するのかなぁ。期待させるだけさせておいてさ」
その時深雪はふと気づく。
自分が座っている反対側、少年のすぐ横にピンク色の包装紙に包まれた箱が置かれていることに。そしてその箱がぐちゃぐちゃに濡れていることにも。
――失恋。
きっとこの少年は、つい先ほどそれを味わったばかりなのだろうと悟った。
深雪とはなんら関わりのないことだ。
首を突っ込まない方がいいのだろう。わかっているのに彼から目が離せなくなってしまった。
この少年のために何かできることはあるだろうか? そう考えた末に深雪の口から出たのは一つの馬鹿らしい考えだった。
「じゃあ私、今日だけあなたの彼女になってもいい? クリスマスイブを一人で過ごすなんて寂しいでしょう」
おずおずと手を差し出し、少年を待つ。
もちろん拒否されれば引くつもりだった。これがあまりにも非常識な提案であることくらい、自分でもわかっていたから。
……でも。
「そう、だな。それも悪くないかもな」
少年は手を握り返してくれた。
***
名前も知らない少年と二人、公園のベンチの上で手を繋ぎ、空を見上げる。
キラキラとした街を歩くこともなければ抱き合うわけでも、口づけを交わすわけでもない。デートというにはあまりにも色気がなさ過ぎた。
しかし、天に広がる美しい星々が煌めく夜空はとても綺麗で、今まで仕事づくめで下を向いて生きて来た深雪にはあまりにも眩しいもので。
先ほどまでの最悪だった気分はどこへやら、思わず心から笑顔になった。
生まれたてのカップルは、自分たちが互いに仄かな恋情を抱き始めていることに気づかない。
そうして静かなクリスマスイブの夜はゆっくりと更けていくのだった――。