三、私立探偵弐
生活の匂いがしないショッピングモールだ。
まず人通りが殆どない、そして誰もが俯きながらあるいている。失業と失恋が同時に来たかのような空気を纏っている。私はショッピングモールに足を運ぶことは殆どないが、おそらくこれが普通ではないだろう。左右に並ぶ店もシャッターが閉まっていることが多く、ショッピングモールというよりも商店街に見えた。増水したどぶ川の匂いがする商店街。かつて捨てた町が一瞬だけ脳にちらついた。
食料品売り場もなく、本屋もない。いや、地図上にはあるのだが実際に行くとシャッターが閉まっている。そんな中で、喫茶店だけは開店をしていた。中には髭を生やした店主が一人、寡黙にグラスを磨いていた。彼は私を見ると手は止めないままでカウンターへと誘導をした。顔も声もどこかで知ったものだ。世の中に星の数ほどいそうな容姿と声音。
ビールを頼もうとし、コーヒーと迷い、結局棚に見つけたウィスキーをロックで頼んだ。グラスこそ立派だったが、氷は製氷機のものだしウィスキーは古い埃の味がした。
「これはだいぶ年代物だね」
私の言葉に店主は微笑んだ。
「古いものには良さがあります。もちろん、ただ古いだけではいけませんが」
私は頷いてグラスの淵を舐めた。やはり埃の味がした。この酒はただ古いだけのような気がしたが、その分だいぶ長持ちしそうだった。
「あなたは、ここにだいぶ長いのかな?」
「えぇ、そうですね。昔からある場所ですし、私が来たのはだいぶ昔です。かなり長いでしょう」
「どのくらいかな?」
「覚えていないくらい昔です」
店主はどう見積もっても40代より上には見えなかった。私とそう変わりはないだろう。彼の表現に違和感を覚えた。しかし、こんな寂れたショッピングモールで長年営業をしていると感覚も違ってくるのだろう。ウィスキーはやはり埃の味がした。
「それで、聞きたいことがあるんだ。このショッピングモールはいったい……」
私の言葉を手で遮って店主が言った。
「この店には大抵のものが揃っております。あなたが好きな芋焼酎も、チキン南蛮も。お客様の望むままのものを出すのが私の流儀です。しかし、質問に対する答えはこの店にはありません。残念ですが、それは私の領域から外れることなのです。もし、ミスターが望まれるのでしたら、もう少し探索をしてみたらいかがでしょうか。探偵さんなら」
どこかで聞いたような声音で、店主は言った。
私は彼のいうことも最もと思い、会計を済ませて再びショッピングモールへと出た。
胸につかえた違和感に気づいたのは、ずっとずっと後の事だった。