第1週(月) SIDE 巡川蹴翔(2)
これが、ばあちゃんがいまわの際まで心配していた僕の『事情』だ。
僕は高校になって初めて彼女ができた。
道ばたで困っているところを助けた他校の女子生徒に告白されたのだ。
彼女とはとても馬が合った。
僕としては一生を考えてしまうほどに。
しかし、そう考えていたのは僕だけだった。
いよいよ彼女の部屋で結ばれようとしたその時、複数の男達が乱入してきたのだ。
最初は事情の飲み込めなかった僕は、彼女を護ろうと、たいした力もないのに必死で抵抗した。
彼女が哀れみの目で僕を見下ろしているのに気付いてもなおだ。
美人局というやつである。
結果として僕は、両腕と片足を骨折。
長い入院生活の上に、心に深いダメージを追った。
女子が怖くなってしまったのだ。
僕の周りの女子はいい人も多い。
それがわかっていても、体がついてこないのだ。
特に、好意を向けられると、こうして倒れてしまうことすらある。
「おちついた?」
美月ちゃんにもらった水をゆっくり喉の奥へと流し込む。
「うん、ありがとう」
「やっぱりこんなの無理だよね。凄く辛そうだもの」
「たしかに発作は辛いけど……きっといい機会なんだと思う。ずっと女性を避けて生きてくわけにもいかないし。それに、美月ちゃんなら、信用できるしね。逆にこんなことに付き合わせてごめんね」
「謝らないで。す――ええと……私がやりたくてしてることなんだから」
「うん、ありがとう」
二度とない高校生活をこんなことに使わせてしまってよいのかと思う。
でも、それを言うのは、彼女の気持ちを否定することになる。
これ以上はヤボというものだろう。
「でもいつの間に、ばあちゃんと仲良くなったんだい?」
「週一で一緒に過ごせるならすぐにバレちゃうから先に言っておこうかな。おばあちゃん以外、リアルの人には誰にも言ってないんだけど……」
美月ちゃんはちらりと机に目をやった。
「ちょうど時間だね。あーあー。あーーー」
そしてPCを立ち上げると、突然発生練習を始めた。
いつもの元気ながらも穏やかさの残る声とは違う、腹から出ている元気いっぱいハイテンションな力強い発生だ。
あれ?
この声どこかで聞いたことがあるような……。
「定時配信の時間だから、ちょっとそこで見ててね。それと、絶対声は出さないで。お願いだよ」
配信って……あ!
それだけヒントを出されればわかってしまった。
「YO-HO! ムーンウィンド宇宙海賊団団長の、ルナ=ムーンウィンドだよ! 団員のみんな! 今日も元気に稼いでいるかなー!」
幼なじみが、いつの間にか世界的に人気なVtuberになっていた!
僕が小学校の途中で引っ越して、再会したのは高校入学だから、知らない一面もあって当然だけど、これは驚きだ。
ルナ団長といえば、ネットのニュースによると、生配信の同時接続は10万人レベルの超人気配信者だったはず。
企業Vに太刀打ちできる唯一の個人Vとか言われている。
僕も何度か配信を見たことがあるはずなのに、なんで今まで気付かなかったんだ。
毎晩20時開始の定時配信は、いつものように1時間で終わった。
途中からスマホ片手にキッチンへと移動していた僕は、リビングへと戻る。
移動していた理由は、思わず吹き出しそうになったのと、スマホでコメントを見たかったからだ。
「ふぅ……」
配信を終えた美月ちゃんは、高そうなイスの背もたれに深く沈み込んだ。
そりゃあ1時間気をはったままぶっ通しで話していれば疲れもするだろう。
「まさか美月ちゃんがルナ団長だとは思わなかったよ」
ここまでお読み頂きありがとうございます。
続きもお楽しみに!
今日はもう少し更新予定です。
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