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<月飼い>少女は<狼>とともに夢を見る  作者: 神崎右京
第四章

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君と歩む永遠⑦

 再び身をひるがえして戦闘を請け負ってくれた古の盟友の背中を見送って――グレイは思考の海に沈んだ後、フッ、と小さく吐息を漏らした。

 それはまぎれもない――笑みの響きを、持っていた。

「……何?究極の選択を前にして、ついに頭おかしくなった?」

「……いいや?……どれだけ考えても、結局、取る道は一つだと改めて思っただけだ」

 シュサの揶揄に苦笑して、グレイはもう一度水晶を取り出し、視線を落とす。

「始祖と、約束した。――この水晶を使うとき、それは必ず、私"個人"の願いを願うのだ、と」

「……個人の……?」

「そうだ。始祖はよく私の性格を理解していた。そう告げねば私は――きっと、<狼>のために、願いを使ってしまう」

 ぎゅっ……と手の中を握りこむと、ひんやりと固く冷たい感触が返ってきた。

「ならば、私が願うのはただ一つだ。――ティアを、元に戻す」

「……制約については、どうすんのサ?」

「フッ……どんな制約を課されるかは知らんが、おそらくお前の言う通り、普通なら備わっているはずの何かしらの機能を阻害されるのだろう。五感のどれかを失うのかもしれない。手足のどこかに不自由が出るのかもしれない。――だが、『永遠』を歩む地獄に比べれば、そんなものは些細なことだ。周囲の支えでどうにでもなる」

 グレイの瞳に宿るのは、決意の光だった。

 シュサは少し黙った後、控えめに口を開く。

「……子供が産めない、とかだったら?」

 それは、実際にシュサの身に起きた"制約"だ。死という因果に捕らわれた彼女を、生という因果に戻すときに生じた制約。不死の因果から有限の生の因果へと戻すとなれば、同じ制約を課されることは十分にありうる。

 グレイはそれに吐息だけで苦笑する。――が、瞳に宿る決意は、揺らぐことはなかった。

「ティアに、女の幸せの一つでもあるそれを叶えさせてやれなくなることは心苦しい。家族を失った彼女に、血の繋がった存在を与えてやりたいという気持ちはもちろんある。だが――心から愛する男と出逢い、生涯二人で添い遂げる幸せが、残されている。それもまた、幸せな人生だ」

「そうじゃなくて――生まれ変わりが――」

「私の地獄など、些細なことだ。――もとより、本来であれば、千年前、初代のティアが死んだとき、全ては終わるはずだったのだ。それを私が、自分の身勝手を優先し、彼女をこの不幸の渦へと巻き込んだ。私に愛されたせいで、彼女は不幸になっていった。……やはり、私の愛は呪いと同義らしい」

 苦笑は、自嘲の笑みへと変わる。

「もしもここで、私の幸せを優先し、水晶を<夜>を殺すことに使って、彼女を『永遠』の檻に閉じ込めたとして――彼女が永遠に、この世界に息づくということは確かに私にとっては幸いであり救いだが、彼女が心を壊し、辛い顔をするのを見るのは、耐えがたい不幸だ。そうなったときに――もし、お前の言うように、恨み言共に『殺してくれ』と懇願されても、私は絶対にティアを殺せない」

「――――……」

「愛しくて愛しくてたまらぬ存在を、この手にかけることなど出来ぬ。そんな覚悟だけは、永遠に持てぬ。今までも、衝動的に――わかり切った地獄の底に叩き落してもいいから番にしたい、と願う心があったくらいだ。相手が心を壊し、狂っていくのを眺めながら――心を押しつぶされそうになりながらも、その命が続くことを身勝手に願う。昔から、私の心のどこかには、相手が不幸になってでもと身勝手なことを願う自分がいたのだ。……それが、傍から見れば狂気の沙汰であることはわかり切っているが」

「……そう」

 シュサは軽く顔を顰めて小さくうめいた。

 グレイの気持ちのすべてがわからないわけではない。

 結局シュサも――どんなに懇願されても、<朝>を直接己の手に掛けることだけは出来なかった。水晶に願う、という飛び道具を使わなかったとすれば、彼の自殺に直接、物理的に手を貸すという決断だけは、どうしても出来なかっただろう。

(人より罪悪感だの倫理観だのがバグってるあたしですらそうなんだ。――お優しい白狼さんには、絶対に無理だろうね)

「……だから、これは本来、悩むまでもない選択なのだ。――結局、ティアを愛しく思うなら、水晶に願うべきは一つだ。どんな制約があっても、必ず幸せに生きられるよう私が取り計らえばいい。その結果、血が途絶えるようなことになろうとも――ティアの幸いには、関係がない。それに心を痛めるのは、世界でたった一人、私だけなのだから」

「……ま。アンタがそう決めたなら、何も言わないよ。あたしとしては、<夜>さえ殺せれば何でもいい。前払いまでしたんだから、今更契約不履行は許さないよ」

「あぁ。それは必ず果たそう。……安心しろ。<狼>は意外と義理堅い。一度交わした約束は、必ず守る」

 確固たる強い響きを持った声音で言い切ったグレイが、ピクリ、と何かに反応する。

 怪訝そうな表情で軽く眉をしかめ、背後を振り返った。

「何?どうし――」

 シュサもつられるようにして視線を投げる。

「ちょっ……ま、待ちなさいっ……待ちなさいってばっ……ハーティアっ……!」

「……何アレ」

 シュサが半眼で呻く。

 視線の先にあったのは、厳しい顔をした美少女が、焦るマシロの制止を振り切り、ズンズンと肩で風を切ってこちらへと向かってくるところだった。

「ふむ。……トラブルでも発生したか?」

 暢気につぶやきながら、チラリと前方の<夜>へと視線を移す。クロエは今回は無傷で相手を瞬殺したようで、復活するのを無傷のまま傍で眺めながら、完全復活する前にもう一度細切れにする、という残虐極まりない行いをしているようだった。幼子が虫をいたぶり楽しむようなその光景に、半ば呆れたため息を漏らしつつも、しばらく外敵による危険はなさそうだと判断し、ズンズンと近づいてくるハーティアへと視線を戻した。

(……ふむ。何やら、怒っているようだな)

 その表情は、この千年の間、彼女の魂の生まれ変わりたちの生を見守る中で、何度か見たような気がする。

 キリリと吊り上がった瑠璃色の瞳と黄金の眉。ぎゅっと引き結ばれた唇。眉間に微かに刻まれる皺――

 他人の気持ちを推察することが苦手なグレイだが、記憶の中にある知識から、どうやらハーティアが何かに怒りを覚えているらしいことを悟った。

「どうした、『月の子』。何をそんなに目を吊り上げている」

 年長者の余裕を感じさせるような落ち着き払った声でグレイが問いかける言葉に答えることなく、ハーティアはグレイの目の前までやってきて、仁王立ちになった。

 ぐっと奥歯を噛みしめ、ギッと瞳に力を籠め、ハーティアはスッと片手をあげて人差し指を出す。

 そしてそのまま、ビシッと白銀の美青年へと指を付きつけ、叫んだ。


「グレイ――――お座りっっ!!!!」


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