表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/90

君と歩む永遠②

「見返り?そんなもの必要?――お嬢ちゃんを無理やり番にされておいて?」

 グレイの静かな問いかけに、シュサは嘲笑うように意識を失ったハーティアを指さした。

「見返りは、単純に、お嬢ちゃんから”番”の呪縛が解ける。……それ以上、アンタが欲しい見返りがあるとは思えないけど?」

「…………」

 グレイは応えない。すぅっと目を細めて、じっとシュサの瞳を見つめるだけだ。

 一瞬、不気味な沈黙が降り――

 はぁ、とシュサがため息を吐く。

「わかったわかった。アンタは根っからの”族長”だね。……自分はともかく、灰狼やマシロを巻き込むなら、それなりの利を示せ、ってことでしょ。……ハイハイ、全く、つまらないオトコ」

 やれやれ、と言いながらシュサはゆっくりと考えをめぐらす。

「そうだねぇ……現時点で、唯一<狼>種族に何かしらの危害を加えそうな『施設』の完全壊滅、とかでどうだい?」

「!?」

 マシロが弾かれたように顔を上げる。

「今いる実験体――<狼>もどきは、さっき根城の外でけしかけたので全部だよ。兵士たちも、ここに来るまでの間に配備されてたやつらで全部のはずだ。これだけでもほとんど壊滅状態だけど――まだ、あそこには、科学者たちは残ってる」

「――っ…」

 マシロが悔しそうに息を飲むのを見て、シュサは軽く肩をすくめた。

「武力もなくなった奴らが、あんたたち相手に何が出来るのか、と思って放置するつもりだったけど――協力してくれるなら、後顧の憂いを断つために、全部終わったら科学者たちを全滅させてやってもいい。あそこに残ってる研究結果なんかも、全部破棄することを約束するよ」

「……ふむ……全部終わったら、か……」

 グレイは軽くうつむき、意味深な呟きと共に考える素振りをする。

 交渉ごとに長けているその仕草に、同じく交渉ごとに長けるシュサは、苦笑してスッとハーティアへと手をかざした。

「――あと、これはおまけ。前払いとして、今この場で、お嬢ちゃんを正気に戻してあげる。……どう?」

「ふむ。……いいだろう。交渉成立だ」

「よく言うよ。ったく……アンタみたいなのがいるってわかってたら、千年前、<狼>に喧嘩なんか吹っ掛けなかったのに」

 ヴン……

 苦い顔で言うシュサの手に、不可思議な力が宿り、ハーティアへと収束していく。

「――目覚めろ」

 短い力ある言葉と共に、黒狼の戒が発動した。

 番になったことで<朝>の力を受け継いだシュサは、水晶の力で手に入れた制約のある他の戒と異なり、通常の黒狼の何倍も強力な力を行使できる。

 仮に<夜>が水晶の力を使ってハーティアを操っていたとしても、優秀な<朝>の戒に勝てるはずがない。

「……ん……」

 黒狼の戒を受けたハーティアは、小さなうめき声を漏らし、長い睫毛をピクリと揺らした。

 そっ……とその瑠璃色の瞳がゆっくりと開かれていく。

「――……グレイ……?」

「っ――ティア――!」

 千年前から変わらない、寝起きの少し甘い響きが混じる声音に、一瞬息を詰めた後、グレイはぎゅっと無心でその身体を抱きしめる。

 匂いが変わってしまっても――そこにいるのは、まぎれもなく、唯一無二の『月の子』に他ならなかった。

「すまない――すまない、ティア――っ……!」

「ぐ、グレイ!?どうし――って、えっ!?こ……ここ、どこ!?」

 折れるのではないかと思うほど強く抱きしめられ、耳元で切ない声を出す白狼に困惑した後、周囲の状況を見て驚きの声を上げる。

 足元には瓦礫の山。屋内だったはずのそこに天井はなく、燦々と輝く陽光が降り注いでいる。

「な、何がどうなって――…えっと……セスナさんが、人が変わったみたいに急に笑い始めて……私、転移のせいで気持ち悪くて、全然動けなくて……」

 混乱する頭で、必死に目覚める前までの記憶をたどる。

「無理やり引き起こされて、急に首を噛まれて――」

「っ――!」

 ぎゅっ……とグレイが腕に力を籠める。

「ビリッ……って、電撃が走ったみたいになって……それで――」

 それが、番になった証だ。身体の細胞が、相手の特徴へと塗り替わる合図。

 そこで、ハッとハーティアが息を飲む。

「ぐ、グレイ――大丈夫だった!?」

 我に返ったようにがばっと身体を引きはがすようにして、ハーティアは自分を抱きしめている<狼>の顔を覗き込む。

「セスナさん――復活した<夜>って、グレイのことすごく恨んでて、罠に掛けるって言ってた!<狼>さんに効く毒矢を持ったヒトをたくさん呼んで襲わせるって――だ、大丈夫だった!?怪我したりしてない!?」

 まっすぐに見上げてくる瑠璃色の瞳ににじんでいるのは、心配の色。

 グレイのせいで様々な面倒ごとに巻き込まれ、現在進行形で不幸の道を歩もうとしている彼女は――自分のことなどさておいて、まず最初にグレイの心配をする。

(あぁ――ティア、だ……)

 ぐっ……と熱いものがこみ上げてきそうになり、ぎゅぅっともう一度強くその細い身体を抱きしめた。

「大丈夫……大丈夫だ、ティア」

「ほ、本当……?」

「あぁ。……本当だ。ティア。――ティア」

 何度も何度も、名前を囁く。

 それだけが――グレイに許された、愛情表現。

 『愛している』の代わりに囁ける、唯一の言葉。

「ちょっとちょっと……唐突にラブシーン展開する前に、状況説明してあげた方がいいんじゃない?」

「ラブシ――って――貴女は――!」

 一瞬赤い顔をしたハーティアは、声の主を見て身体を緊張に強張らせる。

「……ね?ほら。お嬢ちゃん、警戒心マックスでしょ。えぇと……じゃあ、マシロ。説明してあげて」

「え、なんであたし……」

「白狼くん、それどころじゃなさそうだし」

 ぎゅぅぅぅっとハーティアを抱きしめたまま動こうとしないグレイを顎で指すと、マシロが呆れたように半眼になる。確かにあの様子では、冷静に起きたことを説明する暇があったら、ハーティアへの愛を囁くことを優先しかねない。

「仕方ないわね……」

 マシロはゆっくりとハーティアが操られたと思われるあたりから、順を追って説明する。ハーティアは、自分の身に起きたこととして説明されるそれらを、にわかに信じられずに呆然と目を見開くしかなかった。

「そんな――わ、私が――……?」

「……アンタの境遇には、正直ちょっと――ううん、かなり同情するけど。でも、事実よ」

「そうそ。ぜ~んぶそこの白狼くんが買った恨みのせいだから、お嬢ちゃんはその男をなじる資格があるってワケ」

「お姉ちゃん」

 たしなめるようなマシロの声にも、ニヤリと顔を歪めるだけでシュサは取り合わない。

 グレイは、ぐっと一度腕に力を込めた後、ゆっくりとハーティアを解放し、その顔を覗き込んだ。

「すまない……ティア」

「――――……」

「どれだけ詰ってもいい。憎んでもいい。だが――必ず、お前を、この地獄の底から救うと約束する」

「ぇ――?」

「必ず、お前の命を『永遠』になどしないと――お前に地獄の底を歩かせることなどしないと、約束しよう」

 さらり、とグレイはハーティアの豊かな金髪をひと房手に取り、そっと口づける。

「千年前――お前に、生涯尽きぬ幸いを贈ると、約束した。――愛しい私の『月の子』」

「――――!」

「必ず――必ず、だ。お前から笑顔が消えることなど、あってはならない。私の全霊をかけて、ティアの幸いを叶えよう。だから――」

 そっと瞳を上げる。

 黄金と瑠璃の視線が、交わった。

「頼む。――笑ってくれ。永遠に」

「――――――……」

 ぱちぱち、とハーティアの瞳が瞬かれる。

(……この期に及んで――言うつもり、ないのね……)

 マシロは二人を眺めながら、やるせない気持ちで瞳を伏せる。

 グレイは、ここまで来ても、諦めていない。ハーティアの寿命を有限の物にして、通常の"生まれ変わり"の因果に戻そうとしている。

 だからだろう。――彼は、決して、ハーティアに告げることはない。

 『愛している』というただ一言を――決して、口にしない。

 将来誰か、他の男との間に子供を成して、血を繋ぎ、幸せになる――その未来を想定しているから。

「グレイ――」

 だが、さすがに違和感を覚えたのだろう。ハーティアの瞳が、怪訝に揺れた。

「グレイは、どうして、そこまで――」

 核心に迫る質問をしようと、花弁のような唇が開くのと――

「「――――!!」」

 クロエとグレイがサッと視線を鋭くするのは、同時だった。

 バッと立ち上がり、グレイはハーティアを背に庇う。クロエも、視線を鋭くしてザッと足を開き、臨戦態勢をとった。

 ガラ……

 一か所、瓦礫が盛り上がり――

「クソが……クソが、クソが、クソがぁあああああああああああああああ!!!!」

 喉を迸る絶叫と共に、痩せた<狼>が、瓦礫の下から立ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ