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<月飼い>少女は<狼>とともに夢を見る  作者: 神崎右京
第四章

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<太陽>の夢②

 金がたまった後は、早かった。

 <朝>の力を利用して、身分のある貴族を後見人に据えて、王族の血を引く高貴な子供だという噂を広めた。人を操ることすら可能な力をもってすれば、噂は瞬く間に広がった。

 王城に出入りするようになるのも、時間の問題だった。周囲は皆、色好みだった王の血を引く子供だろうと思っていただろう。正直、すでに数十人もいる王の子供たちを思えば、あと一人くらい出てきたところで何も不思議ではなかった。

 だが、それでも人々の関心を引いたのは、直系の王族でもなかなか出ないといわれるような、王家を象徴する緋色の髪と瞳を持っていたからだろう。シュサの整った顔立ちも、格好の噂の的だった。――勿論、<朝>が人々を操って情報操作したという背景は多分に影響しているが。

 そして、ついに――王城にて、謁見の場が設けられるようになった。

 シュサが<朝>の力を使って後見人に据えた貴族は、野心が強いことで有名な男だった。暢気な愚者たる王はともかく、賢者たる王弟は危機感を覚えた。王のご落胤の後見人となり、王城での地位向上を図ってよからぬことを企むのではないか――という、至極まっとうな、危機感。

 ゆえに、暗君たる現王ではなく――まずはその「ご落胤」の資質を見極めるために、王弟との謁見の場が設けられたのも、不思議ではなかっただろう。

 全ては、シュサ・アールデルスの思惑通りだった。笑えるほどに、世界はすべて、思い通りだった。

 謁見の間にて膝をつき、王弟が現れるのを待つ時間は、高揚を抑えられなかったのを覚えている。

「この度は、かような身に余る機会を設けていただき――」

「御託は良い。お前の母親の素性について語ってもらおう」

「……はい」

 ゆっくりと顔を上げる。

 生まれて初めて見る――実の父親の、顔。

 清廉潔白と名高い完璧な王弟は、その評判にふさわしい、厳しい表情でじっとシュサを見下ろしていた。

 悲願の達成を目前にして、ゾクゾクと背中が泡立つ。

「あぁ――……私の母の名前は、リュカ・アールデルス」

「――――――む……?」

「王城で働く下女として雇われた、身分の卑しい、しがない平民でした」

 いっそ恍惚とした表情すら浮かべて、謡うようにシュサの口が開いていく。

 見上げる王弟の顔が、怪訝な色に染まる。

「普段、王族の皆様と接する機会などはなかったはずなのですが――なんのお戯れだったのでしょうか。驚く母を興味本位で無理やり襲い、その身体を暴き、種を植え付け、ぼろ雑巾のように捨て去りました」

「――――……」

「あぁ、しかし、何という神の悪戯――母は、無理やり犯されたその一晩だけで、高貴なそのお方の血を継ぐ子供をその身に宿してしまいました」

 ぐっと王弟の眉間のしわが深くなる。

「ぼろ雑巾のように捨て去る際、下女にはあるまじき高額な金を無理やり押し付けたといいます。それは口止め料だったのでしょう。つまり、あの一夜は、そのお方にとって、『あってはならない夜』だったのです。――母は気づきます。あぁ、もしも、この身に子供を宿したなどと知られては、命が危うい――」

「おい――……」

 ざわざわ、と周囲の護衛の兵士たちがざわめきだす。

 それは、現王らしくない対応だった。

 色好みの現王は、確かに誰彼構わず、気に入った女には気軽に手を出した。だが、それを隠し通そうとするようなか弱い神経は持ち合わせていない。

 その下女が望めば、後宮にだって迎え入れる男だ。そうして誰彼構わず後宮に引き入れるせいで、この国の財政は常に圧迫されている。それでも行動を改めぬ故に暗君と言われているのだ。

 当然、子供の認知に関してもザルのように適当だった。たとえ下女との間に出来た子供であっても、すでに数十人もこしらえている。あと一人増えたところで、お家騒動の情勢が変わるわけでもない。あっさりと認知したことだろう。

 優秀な頭脳を持つことで有名な王弟の顔が、徐々に青ざめていく。

 素早く回転するその頭脳が――一つの可能性に、思い至ったのかもしれない。

「母は必死に素性を隠しました。下町に隠れ住み、名前を変えて、ひっそりと誰にも知られず子供を産みました。ですが――生まれてきた子供は、まるで父親の存在を主張するような、緋色の髪と瞳を持っています。目を引くその容貌はすぐに風のように噂を呼び――"いたるところ"に伝播しました」

「待て――」

「王族の血を引く子供として――私は、幼いころより、何度も何度も命を狙われました。その過程で、母はあっけなく命を落としてしまいましたが――私は、必死で、生き延びました」

「待てと言っている!!!!」

 ガタンッ……

 椅子を蹴って立ち上がった王弟の顔は、遠めに見ても蒼白といって差し支えなかった。

 ざわざわと周囲のざわめきが大きくなっていく。

 ニィ――とシュサはルージュを引いた朱唇を吊り上げた。

「拐かして、王族から金でもせびろうとした賊でしょうか?――いいえ。襲い来る者は、等しく皆、私の命を狙っていました。息の根を止めようと、なりふり構わぬようでした」

「黙れ!」

「それは何年も続き――つい先日も。この”弟”がいなければ、私は当の昔に命を散らしていたことでしょう」

 芝居掛かった仕草で、隣に控える少年を指し示す。

 顔を上げた少年は、昏い表情で、王弟を睨むように見上げる。

 それは、自分を家族と呼んでくれた愛しい存在が、全てを賭けて打倒したいと願った宿敵。彼女を地獄の底へと叩き落した張本人。

 つまり――彼自身にとっても、許すことのできぬ、敵だ。

「っ――衛兵!!!その女を殺せ!!!!」

 王弟はたまらず激昂して叫ぶ。ざわめいていた周辺の護衛たちは一瞬ためらったが、この国で二番目の権力者の命令に従うことを選んだようだった。ザザッと屈強な男たちが武器を手にシュサと<朝>を取り囲む。

「私の"弟"はとても優秀です。――報告に、あったでしょう?」

「だっ……黙れ!私は――私は、お前など知らぬ!」

「ふふっ……愚かな男……自らボロを出してくれて……」

 衛兵たちの顔が明らかに引き攣っている。

 この流れを見れば、さすがに、馬鹿でもわかるだろう。――真実の物語が何なのか。

「坊や。行ける?」

「もちろん。――僕は、シュサを、守るよ」

 声をかけると、小柄な体でシュサを背に庇うように<朝>が立ちはだかる。

 ヴン……と手に不可思議な力が宿る気配がした。

「何をしている!さっさと――さっさと殺せ!そいつは、王族を騙り、国を乱す不届き者だ!」

 ざわっ……と不穏な空気が流れた。目の前にいる<朝>は一見、どう見ても子供だ。シュサとて、か弱い女にしか見えない。いくら仕事とはいえ、どう考えても王弟の"やらかし"による口封じ以外の何物でもないであろうその命令は、か弱い女子供を手に掛けるのを躊躇わせた。

「っ……『影』を呼べ!」

 後ろに向かって怒号を飛ばす王弟に、ピクリ、とシュサは眉を跳ね上げる。

(『影』――あの、王室御用達の暗殺者集団か。何人も呼ばれると厄介だね……)

 何度かシュサの命を狙ってきては<朝>によって返り討ちにされている彼らは、<朝>を見た目で侮ることはないだろう。自然治癒の力があることも、人間には理解できぬ不可思議な力があることも知っている。今、ここにいる衛兵たちを相手にするのとは難易度が違う。

「くっ……仕方ない。命令だ!行くぞ!」

 リーダーらしき男が、奮い立たせるように言って、ぐっと剣を握り直し、小柄な少年へと突っ込んだ。大きな鋼の刃が振り上げられる。

 しかし<朝>は冷静にそれを見極め、剣筋をかいくぐるように踏み込み、トッ……と男の鎧に包まれた胸のあたりに手を触れた。

「――――爆ぜろ!」

「な――」

 ドンッ

 断末魔の悲鳴を上げる余裕すらなく。

 男の身体が、内側から花火を炸裂させたかのようにして、文字通り肉体が爆ぜ散った。

「ひっ――!」

 周囲を取り囲んでいた男たちがズザッ……と未知の恐怖に後退る。

 残虐な殺人を犯した小柄な少年は、表情一つ変えないまま、ヴン……と再び小さな音を立ててその小さな手に不可視の力を宿した。

「シュサ。どうする?」

「うん。いいよ、全員やっちゃって」

 シュサにお伺いを立てるのは、この中に生かしておくべき存在がいるかどうか、という問いかけだ。シュサは時折、情報をあえて持って帰らせるために、誰それだけは生かしておけ、という指示をすることがあったので、念のため聞いたのだろう。

 しかし、この最終局面において、そんなことを考える必要はない。

(少し頭を使えばわかりそうなものだけど――まぁ、あたしの言いなりになるのが心地いい、っていう変な奴だからね)

 まさに、母を慕うひな鳥のように、少年は、その善悪も考えることなく、ただ言われるがままに人を超越する力を行使するのだ。

「わかった」

 言って、手に溜めた力を近くにいた男数人に向かって放つ。

「ひ、ひぃっ――!」

 物理的な障壁で防げるようなものではないと知っていたが、それでも本能的な恐怖に支配されて、男たちは剣や盾を使って防御を固める。

 不可視の力は少年の意思に従って空間を進み、男たちに触れて――

「――暴れろ」

 力ある言葉は、端的だった。

 ぐるんっ、と戒の塊に触れた男たちの目が白目を剥いたかと思うと、ガシャッ……と音を立てて剣を構え――

「う、うわぁっ!!!?」

「な、何をする!?」

「正気に戻れ!おい!お――ぐぁああああっ!」

 白目をむいて明らかに正気を失った男たちは、周辺の味方へと突っ込んで行き、広間を阿鼻叫喚の地獄絵図へと塗り替えていった。

「あっはははははは!いいよ、坊や、最高だ!」

「うん」

「さて――じゃ、メインディッシュだね」

 ゆるり、と玉座の方へと視線を移すと、理解の範疇を超えた異常事態に顔面を蒼白にさせながら震える王弟の姿があった。

「操る?」

「いや?そのままのあいつを、楽しみたい。――あたしの悲願なんだ、邪魔しないでおくれよ」

 恍惚とした表情で呟くシュサの横顔は、昏く、美しく、輝いていた。

 玉座に向かって足を踏み出すと、目の前の地獄絵図が神話の中の海を割る逸話のように割れていく。<朝>が手をかざして何か口の中で呟いていたのを見るに、おそらく彼が戒で何かを操ったのだろう。

 まるで王者が歩むために作られる緋色の道のように、少年によって用意されたその道を歩む。その後ろを、隙のない視線で警戒しながら、<朝>が護衛するようにしてついてきた。

(この坊やのためにも、『影』がやってくる前にけりをつけないとね――)

 黒狼の戒は、戒を飛ばし、その戒に触れた対象を何らかの代償――多くは自分の生命力――と引き換えに「思い通りにする」という力だ。優秀であればあるほど、代償とする生命力は少なくて済み、「思い通り」の幅が増える。

 始祖に造られた存在である<朝>の生命力は、普通の<狼>の比ではない。無尽蔵の生命力を代償にする<朝>の戒は、その実力と相まって、現存する<狼>の中では、始祖の魔法に最も近い力だといえる。

 だが、それでも魔法でない以上、制限がある。それは――戒が触れた相手にしか効果を発揮できない、という点。姿が見えない相手に向かって戒を放つことは出来ない以上、物陰などに隠れた敵の奇襲に対しては無力だ。

 ゆえに、『影』と呼ばれる者たちとの相性は良くない。暗殺技能に優れた彼らは、気配を殺すことに長けており、姿を見せずに遠くから暗器や弓矢で攻撃してくることも得意だからだ。

「さて、王弟殿下。――私は幼いころより、貴方の横っ面を蹴り飛ばすことだけを夢見て、生きてきました」

「っ……!」

 顔面蒼白の哀れな男は、せめてもの対抗意識を誇示するように、護身用の剣を抜き放つ。

 逃げ場を失い、味方を失い、ガタガタと震える男を前に、ゾクゾクとしたものが背筋を走り、愉悦に震える。

「あぁでも残念。その体勢ではうまく蹴り飛ばせません。……坊や。悪いけど、この男を――」

 這いつくばらせて、と指示を出す前に。

「シュサ!!!」

 小柄な少年が、視界いっぱいに立ちふさがるようにして飛び出す。

 ドッ……!

 小さな音と共に、シュサを庇った<朝>の腕に、大振りの短剣が突き刺さる。

 短剣が飛んできた方角を見れば、黒いローブの男が視界の端に映った。

(――影……!)

「っ……死ねっっ!」

 不思議な力の塊を飛ばして念じるも、ローブの男はサッと柱の陰に隠れたかと思うと、フッと姿を消した。驚異的な身のこなしで、どこか別の場所へと移動したのだろう。

「急いだほうがよさそうだね。坊――」

 声を掛けようとして、言葉が途切れる。

「っ……く……」

 短剣の傷など、一瞬でふさがるはずなのに、少年はその場に膝をついて苦悶の声を漏らした。

「坊や……?どうしたんだい?」

「シュサ……早く……!あいつら、変な臭いの、武器を持ってる……!」

「変な臭い――?」

 <朝>は人間とは比較にならない嗅覚を持っている。腕を抑えてうめき顔を顰める彼は、最強と呼ぶには似つかわしくない焦りをにじませていた。

(――毒か……!)

 思い至って、さぁっと血の気が引く。

 規格外の生命力と自然治癒力を持っている<朝>に、通常の物理攻撃が利くはずもないが、彼のその治癒力は内臓系には作用しないことをシュサは知っていた。食あたりを起こすくらいなのだから、毒も当然効くだろう。

 みるみるうちに、少年の額に玉の汗がにじんでいく。苦悶にゆがむその表情に、シュサはぐっと息を飲み――その傍らにしゃがみこんだ。

「シュサ!?」

「毒が回らないよう縛るんだ。腕を出して!」

 ビリィッと耳障りな音を立てて力任せに衣服の裾を破り、短剣が刺さった腕を露出させた。

「シュサ、駄目だ、早く……!嫌な臭いと足音が、複数、近づいてきてる!囲まれる!」

「うるさいね……!あんたがここでくたばる方が、何倍も損失なんだよ!」

 傷口を見ると、そこは醜く紫色に変色していた。即効性の毒なのだろう。それで、苦悶を漏らす程度で済んでいるのは、<朝>本人の生命力が規格外だからだろうか。

 だが――いつまでも無事とは限らない。大事に至る前に、すぐに解毒する必要がある。

(考えろ――坊やは幸い小柄だし、抱えて走ることくらいは出来る。問題は、『影』の追っ手を振り切れるかどうか――)

 悲願の達成を目前にして――シュサの頭の中は、今、目の前の少年の命を助けることを優先していた。

 無自覚に――それが当然の思考回路になっていた。

 高速で頭脳を回転させていると、ハッと少年の瞳が大きく見開かれる。

「シュサ!――危ない!」

「――――!」

 ヒュンヒュンヒュンッ

 耳に響くのは、至る方向から矢が放たれる音。少年の目が頭上を向いていることを考えれば、おそらく上階に配備された『影』たちが上から矢の雨を降らせたのだろう。その鏃には、この人ならざる未知の脅威に向けて、たっぷりと毒が塗ってあるはずだ。

 苦悶の顔のまま、<朝>はシュサの身体を突き飛ばそうとし――

「ぇ――」


 ドドドドッ……


「――――――シュサ――?」


 ぽつり……

 少年の口から、震える声が漏れた。

「……坊や……大丈夫……かい……?」

 ヒュー ヒュー

 いつもの軽薄で自信満々な口調は、喉の奥から変な音を漏らして、驚くほどか細い声音を響かせた。

 ドクン……と心臓が嫌な音を立てる。

「シュサ!?シュサ!!!」

 シュサの身体を突き飛ばそうとした<朝>の身体を、シュサは逆に抱きしめるようにして抱え込み――覆いかぶさるようにして、降り注ぐ矢の雨から庇ったのだ。

 長身のシュサの身体にすっぽりと覆われるようにして隠れた少年の身体には、傷一つない。

 だが――覆いかぶさってくる身体は、ずるり、と重たくなっていく。

「は……あたし、も……焼きが回ったかね……こんな――」

「シュサ!!!!」

 ごぼり、と言葉の途中で血の塊を吐き出した女に、<朝>の悲痛な声が飛ぶ。

「まだだ!まだ死んでいない!とどめを刺せ!」

「――!」

 怒号に近い命令が響き、さぁっと少年から血の気が引く。

「シュサ、どいて!」

「やぁだよ……オネイサンは意地悪なのさ」

 ドンドン、と身体を下から叩いて抵抗する力を抑え込みながら、ゆっくりと顔を上げる。少年の抵抗を抑え込むうちに、カシャン……とかけていた眼鏡が地面に落ちた。

 ぼんやりと霞んだ視界の先に、生まれたときから憎み続けた、父親の顔がある。『影』のうちの一人であろう黒いローブの男に守られるように、庇われるようにして、怨嗟の言葉をまき散らしている。

(あぁ――あの顔を、蹴り飛ばすためだけに生きてきたのに――)

 どうして、こんなガキを拾ってしまったのか。

 利用するだけ利用してやろうと思っていたのに――シュサ、シュサ、と無垢な瞳で慕う少年に――どうして、絆されてしまったのか。

 それはきっと――少年が向けるその瞳に交じる感情が、シュサが生まれて初めて他者から向けられた"愛情"だったからだろう。

「シュサ!!」

 悲鳴に近い声を聴きながら、しっかりと頭まで抑え込み、身体の下に少年を庇う。

 最後の意思で、目の前の憎い仇敵を睨みつけた。

「っ――!」

 死を間近にしてなお、その眼光の鋭さを衰えさせない緋色の瞳に、王弟は恐怖で後退る。

「っ、よこせ!」

「王弟殿下!?」

 恐怖の限界に達した王弟は、バッと護衛の『影』が手に持っていたボウガンを奪った。

「私がこの手で殺してやる――!」

 真っ白な顔で、即座に矢を番え、シュサへと構える。

「……ふっ……」

 己の外聞を守るためだけに、人を地獄の底に叩き落した男は、生まれたての小鹿よりも震えて――どこまでも、哀れだった。

 思わず吊り上がった口の端に、男の顔が激昂に染まる。

「死ね!!!」

 バシュッ

 勢いよく矢が放たれた先は――忌々しい、自分とよく似た、緋色の瞳。


 ドッ――


 狙い違わず緋色の輝きを発する右目に突き立ったその鋭い矢は、射手の憎悪を体現するかのように、深く深く突き刺さり――シュサの脳髄まで達し、その命を儚く、散らさせた――


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