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<夜>の秘密③

 一瞬、言われた言葉の意味が分からなかった。

 呆然と、真横にあるセスナの顔を振り返る。

 セスナの――セスナだと思っていた者の、顔を。

「っ――!」

「おっと。ひどいな、どこに行くつもり?」

 飛びのく腕をあっさりと掴まれて、クスクス、と少し小馬鹿にしたように笑いながら言われ、さぁっと頭から血の気が引いていく。

(待って――待って、どういうこと――?)

 セルン・ラウンジール。

 ――捨てた、名前――?

「ちゃんと、話してあげただろう?愚かな愚かな、兄の話を」

「でもっ……あ、あれは――」

「本当に、愚かで、馬鹿で、哀れな片割れだったよ。最後の最後――明らかに実力で劣る弟に、情が邪魔して、抵抗できなかった」

「――――――!」

「あっさりと――すごく、痛ましげな顔をして、死に顔をさらしていたよ。本当に、哀れな奴だった」

 カタ……カタカタ……

 口の端に笑みさえ浮かべて言葉を紡ぐセスナ――否。セルン・ラウンジールその人に、ハーティアは恐怖を感じて震えだす。

 昼間、彼が過去の話をしていた時の様子を思い浮かべる。

 確かに――微かな違和感は、あったのだ。

 セスナの話には、何の矛盾もなかったが――ひとつだけ。

 本当に、彼が語ったように、兄が、正当防衛で弟を殺したというのなら――

 ――なぜ、あんなにも詳細に、弟の心理を理解し、語ることが出来るのか。

 それが理解出来なかったからこそ起きた悲劇だったはずなのに――

「でも、許されてしかるべきだと、思わないかい?だって――僕が外に出るには、これしかなかった。自由を得るには、これしかなかったんだ。――兄と、入れ替わる。それだけしか、なかったんだよ」

「っ……」

 セスナが過去を語りながら、一番瞳に浮かぶ炎を昏くさせたのは、弟の心理を語るときだった。

 あれは――他でもない。彼が、実際に感じていた、真に迫る感情なのだろう。

「それ、を……知っている、人は――」

「いないよ。いるわけない。もちろん――グレイも、知らない」

「!」

「ただ、成り代わるって言っても、なかなかに大変だった。兄は優秀だったからね。そもそも能力的に劣っている僕は、普通にしてたら族長なんて務められない。――初めて、本当の意味で<夜>の気持ちを知ったよ。劣等感の塊にもなるね、あれは」

 今までただ皮肉気だと思っていた笑みは、今は狂気をはらんだ歪んだ表情にしか見えない。

 本能的に湧き上がる恐怖に耐えながら、ハーティアはなんとか目をそらさずセスナを見据えた。

「そりゃぁ、夜水晶なんていう都合のいいアイテムに頼るわけだよね。だから――僕が、それを頼ったのも、当然だと思わないかい?」

「――――……」

 呆然と、言葉を失ってセスナの顔を見上げる。

 セスナは、狂気の笑みを張り付けたまま、言葉を続けた。

「あれをね、使うとね、人並み以上に強力な戒が使えるんだ。不出来のレッテルを張られて、牢に閉じ込められた僕を、凄いって、優秀だ、って言って、誰もが目を見張るんだ。――初めてそれを使ったときの快感は、今も忘れられないな」

 ぞくり……

 背筋が寒くなり、ハーティアはふるっと一つ身体を震わせた。

(この人は――一体、何を、言っているの――?)

「だけど、水晶は使うたびに小さくなっていく。<狼>の血を吸わせない限り、延々と小さくなっていく。おまけに、<月飼い>っていう連中が行う儀式っていうのは厄介だった。毎月毎月、決まった日に祭りをして、千年樹のほとりまで行かなきゃいけない。そこには、あの死ぬほど頭の切れる白狼がいて――あまり露骨にやると、僕が<夜>の"器"だと露見しかねなかった」

「な――」

 グレイを、憎々し気に呼んだことに驚き、ハーティアは息を飲む。

「そんな時だった。――僕の前に、"彼女"が現れたのは」

「かの……じょ……?」

「彼女は、色々なことを教えてくれた。ヒトの世界に、<狼>を研究する施設があること。そこからなら、<狼>の血を確保し放題だということ」

「――――!」

「<夜>と僕が違ったのは、僕は最低限の戒は使える、ってことだった。<狼>を相手取るには不出来にもほどがあるけれど――人間を相手にするなら、簡単だ。<月飼い>の集落に住む連中に呪いをかけて、儀式のとき以外は僕が水晶を管理しても誰も何も不思議に思わないように暗示をかけて操ってやった。――彼女が教えてくれた通りに」

 クスクス、といつものテノールが不気味に響く。

「彼女は、とっても優秀だった。下手をすると、マシロよりも全然優秀なんじゃないかな?僕が"器"だとすぐに見抜いて、面白い計画を話してくれた」

「計画――……?」

「そう……南の赤狼から順番に、<狼>を滅ぼしていく計画だよ――!」

「――――!」

 今度こそ。

 ハーティアは、バッと腕を振り払おうと力を込めた。

 しかし、ギリッと信じがたいほど強い力で握られた腕は、びくりともせずにハーティアを拘束する。

「あ――あなたが――あなたが、裏切り者――!?」

「そうだよ。最初っから全部、茶番だ。灰狼もどきに西を襲わせて、黒狼の精鋭を殺させる。僕も死なない程度に痛めつけてもらって、偽装は完璧。夜水晶は事前に北に進軍していた人間たちに持たせておいて、準備が整ったあたりで僕が族長会議を招集し、クロエに食って掛かる。当然心当たりのないクロエは反発する。――クロエは、基本的に自分以外に興味がないからね。仲間意識とかもないし、疑いをもたれることにも特に気に留めない。そんな態度を何度も糾弾して、怒りに任せて実力差も顧みずに襲い掛かろうとすれば、グレイは仲裁のために千年樹のほとりにとどまらざるを得ない。僕が食って掛かっても勝てるわけないって知ってるからね。万が一クロエの機嫌を損ねて、重症の僕を軽くひねりでもしようものなら、僕の命が危ない。――本当、変なところで甘い<狼>だよ、あいつは」

「な――グレイはっ……!」

「グレイを足止めしている間に、北の集落を襲う。そのまま、ことが露見せずうまく僕がグレイもクロエも引き付けておけるなら、西を襲った灰狼もどきと人間たちが合流して、東に進軍して<月飼い>の集落も灰狼の群れも一緒に始末すればいい。もし難しいなら、西の黒狼を先に襲う。……族長の僕が手引きすれば、話は早いよね。精鋭たちはもう死んでるわけだし」

「なんで――なんで、そんなこと――あなたは、<狼>なのに――!」

 すべての元凶が目の前の男だと知り、悔しさで歯噛みしながら責め立てると、セスナは声を上げて笑った。

「ハハハッ……まさか、僕が<狼>だから、ヒトに協力するはずがない、って思ってる?<狼>が、<狼>を殺すはずがないって?滅ぼすはずがないって?――愚かだ、愚かだよ、君は本当に愚かだ!」

「な――!」

「だって、僕は、そもそも<夜>の”器”だよ?――思考が、<夜>に似るのは、当たり前じゃないか」

「――――ぇ――……?」

 高笑いと共に言われた言葉が理解できず、ぼんやりと見上げる。

 すると、笑いをひっこめたセスナは「あぁ」と納得したような声を上げた。

「そうか。――グレイは、必死に隠してたんだっけ。……可哀想だね、君は」

「な――何――何を、言ってるの……?グレイが、何を――」

「きっと、君はこう聞かされていたんだろう?……<月飼い>の儀式は、<夜>をいつか目覚めさせるため。夜水晶が<夜>の復活のカギを握っていて、そのためには<月飼い>の血が必要。まるで、選ばれし一族とでも言いたげな、おとぎ話を交えて――」

「そっ……それが、いったい――!」

「全部、嘘っぱちだよ、そんなの。――君たち<月飼い>をこの千年樹のある山岳地帯にとどめ置くための、嘘で塗り固められたおとぎ話でしかない」

「――――――」

 セスナの言葉に、ハーティアは愕然と声を失う。

 ガンガンと、頭が割れるように痛み始めた。

(嘘――どういう、こと――…?)

 信頼していた。あの、白銀の<狼>を、心から信頼していた。

 何に変えてもその血を守ると、真摯な声で言ってくれた、あの青年を、本当に心から信じていた。

 その彼が告げた物語が――嘘、だというのか。

「逆だよ、逆。<月飼い>の儀式は、<夜>を復活させるためじゃない。――<夜>を目覚めさせないように、封じ込めておくための、儀式だ」

「――――――ぇ……?」

「白狼は、なんて言っていた?<夜>は始祖狼に正式任命された後継者だから、その復活を待っている、とでも?――ハハッ、笑わせる。<夜>を千年樹の木の下に封じたのは、そもそもあの白狼なのにさ」

「――――!?」

 驚愕に息を飲む。紫水晶の瞳が、怪しく笑みの形にニヤリと変わった。


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