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黒髪の竜騎士の噂

ちんたらだらだら続いてます。

次の日の朝、カペラは仕事を探しに出かけ、マグノリアは近所を見て回ることにした。

カペラは少し読み書きができたので、すぐ見つかるだろうと、リニアは言っていた。

マグノリアは、噂の【黒髪の竜騎士】を探そうとするものの、

竜騎士が空から街の巡回をしているのは見ることはあるが、髪色まではわからなかった。

大聖堂が美しいというが、そこまでは大人の足でいかないと、半日ほどかかってしまう。


「はぁ……」


マグノリアは街で途方に暮れていた。

客を呼び込む売り子の声があちこちから聞こえてくるが、あいにく何も持っていない。

お小遣いとしてもらっていた、銀貨や銅貨はリニアの家に置いてある鞄の中だ。

近所を見て回っておいでと、リニアが言ってくれたので街の中を歩いて回っていたが

買い物を楽しむことはできない。

店先に並んでいるものを見るだけでも楽しかったが、見ていると自然と欲しくなってしまうので

なるべく目を背けて歩いた。


「銅貨の入った袋、持ってくればよかった」


今、マグノリアは空き家の、石段に腰を掛けて、膝に頬杖をつき道行く人達を

ぼんやりと眺めていた。

昨日仲良くなった、服屋のクロッシュから今朝もらった藍色の三角巾を頭に結んで

街娘の様な格好をしていた。

同い年の娘が身についているようなエプロンは身に着けておらず、黄色い生地に、白やピンク色の

花模様の刺繍が施されたワンピースのみなので、マグノリアは

ぼんやりとエプロンが欲しいと思っていた。


(わたしも、かわいいフリルのついたエプロン、欲しいなぁ……)


そう思って立ち上がり、店先に並べられているエプロンの値段と、うろ覚えだが、

袋の中に入っている銀貨、銅貨の数とをすり合わせてみてもあと少し足りず、ふう、と溜息を吐く。

次のお小遣いの日は、だいぶ先だし、今カペラは仕事を探している。

エプロンが手に入る日は、当分先の話だろう。


(帰ろう……)


そう思い、立ち上がって、軽く服をはたいて、リニアの家に足を進めた。

リニアは吟遊詩人をしていて、いつもどこかの広場で歌っているので、今家には自分1人だけだ。

あーあ、と、石畳の上を歩いていくと、聞き覚えのある歌声が、耳をなでてゆく。


(あ、リニアの声だ)


竪琴1つで、いくつもの歌を生み出すリニアは、本人は隠しているけれど

もしかしたら、魔法使いなのかもしれない、と、マグノリアは思った。

昨日の夜に、彼は3つほどマグノリアに歌を歌ってくれたが、どの歌も素晴らしかった。

友達が欲しい怪物の歌、幸せを祈る人の歌、最後には、優しくも悲しい子守唄を歌ってくれた。

どの歌も、深い山奥の湖のような、静まり返った夜のような……。

葉が落ちる音すら響くような、静寂のような空気をまとっていた。

聞こえてくる、リニアの歌に導かれるように、歌をたどり歩いてゆく。

道の途中の、開けたところで、リニアは何人かの人に囲まれて、楽しそうに歌っていた。

あたたかな旋律に、リニアの柔らかい声が重なって1つの波になる。


(楽しそうだなぁ)


小さな子供と歌ったり、人と話したりするリニアは、本当に楽しそうで

人が心から好きなのだろうと無意識のうちに思う。

今、リニアが歌っている歌は、優しい歌だった。

昨日の夜のような、どこか悲しげな歌声は影を潜め、朗らかで柔らかい声でを歌っていた。

木陰に身を隠しながら、そっと歌を聴く。

聴いていた人は皆、銅貨や銀貨をリニアに渡している。


(そっか、リニアが言っていたことは、このことだったんだ)


その日ぐらしをしていたと語った彼は、歌で路銀を稼いで、宿舎に泊まっていたのだ。

誰もいない家に帰るのは、なんだか嫌だと語っていた彼の姿が

脳裏に浮かんだ。


「やあ、マグノリア」


頭の上から声が降ってきたので、驚いて顔を上げると、銀色と目が合った。

あ、と、一拍おいて、ようやく喉の奥から声が出る。


「リニア!」


リニアが目の前にいたので、彼女は目を丸くして名前を呼ぶ。

銀貨の入った布袋を片手に彼は、機嫌よく口を開いた。


「ちょっと面白いことをしよう」


面白いこと、という言葉に興味を持ち、マグノリアは、彼の隣に立って歩きだす。


「面白いことって?」


客を呼び込む売り子の声の中を歩きながら、リニアに問いかける。


「歌っている時に、カペラの姿を見かけたから、歌い終わったら後をつけようと思って」


ほら、と促す先に、仕事を探すカペラの姿が見えた。

小さなノートを片手に、店に声をかけて回っているようだった。


「仕事を探しているけど、料理が苦手だから、料理系では一切雇われないカペラ。

けれど、人柄がとてもいいので給仕に向いていて、給仕や勘定のカウンターを任されたい

って感じかな」


要はね、沢山の飲食店に惚れこまれてるってこと。

リニアは楽し気に詠う。

あっちこっちと歩き回りながら働く先を探すカペラは、片手に増える荷物を抱えながら

よたよたとノートをめくる。

店でお土産に、と贈り物を渡されているので、おそらくは決めることが難しいのだろう。

きっと、雇いたい、と言ってくれる店の全てで働きたいと思っているはずだ。


「けれど、慎重なカペラは、いろんな店と比べながら、失礼だけれど、一番

気に入った店で働きたい」


マグノリアは無意識に口にする。

今までもそうだった。彼は見かけによらずとても慎重で、旅の途中、金貨や銀貨を稼ぐときは

何件も回って選んでから、決められた期間、とても真面目に働いていた。


「たしかに、そんな感じだね」


その間、マグノリアはカペラの後をついて行き、その店の手伝いをして、給与として

琥珀糖や、小さな果物、飴をもらっていた。

少し離れたところからカペラを眺めていると、白い外套を羽織った人とぶつかり

荷物が崩れ、地面に散らばった。

ぶつかった人は、よろけて転んでしまい、手提げが地面に落ちてしまう。

手提げの中から、絵の具や絵筆、スケッチブック、パレットが散らばった。


「ああっ! ごめんなさい、大丈夫ですか?」


崩れた荷物よりも先に、転んだ人の心配をするカペラを見てマグノリアと

リニアはカペラをめがけて駆けだす。


「カペラ! 大丈夫?」


マグノリアはカペラに駆け寄り、声をかけた。

カペラの顔は引きつっており、転んでしまった人を心配しているようだった。


「おれは大丈夫」


眼を泳がせながら、すぐにぶつかった人に向き直り、声をかけて、手を差し伸べる。


「ごめんなさい。お怪我はありませんか?」


倒れている人に、いたわりの中に焦りを混ぜ込んだ声をかけた。

大丈夫です、と言いながら白い外套の人がカペラに顔を向けた。


「荷物はおれが持って帰っておくから、その人を送ってあげてくれ」


散らばってしまった荷物をかき集めて、マグノリアと2人でその場を後にした。

ちらっと後ろを振り返ると、白い外套の人と、カペラが散らかった画材を拾い集めているのが見えた。


「リニア」


隣を歩いているリニアに、マグノリアは声をかけた。

ほんのりと温かい風が、頭に巻いてるスカーフをかすかに揺らした。

名前を呼ぶと、ん? と優しい星の色の瞳を向けてくれた。


「どうした?」


カペラの持っていた荷物をゆすり上げながら、訊き返してくる。

彼の持っていた荷物の大きいものはリニアが、小さいものはマグノリアがもっている。


「カペラとあの人、大丈夫かなぁ?」


仕事もちゃんと探せるかな?

ほんの少し、心配だった。

カペラはたまに少し、焦ってしまうことがあるので、たまに失敗してしまうのだ。

慎重なのに、失敗するとはどういうことだろうと、マグノリアは常に思っている。

よく話を聞くと、直感で動いてしまうのだそうだ。

慎重なのも、焦らないで動けるように、ということだった。


「大丈夫さ。旅をしながらマグノリアを育ててきたあいつなら、きっと大丈夫」


その言葉を聞いて、マグノリアは少し気が軽くなった。


「ついでに、仕事も見つけてきたりしてな!」


歯を見せて、彼がにっと笑ったので、マグノリアもつられて笑顔になった。

マグノリアの手には、琥珀糖や、色とりどりの飴の詰められた缶が積まれている。

その下には、クッキーの入れられた缶や、腕にはパウンドケーキの入った手提げまで

かかっている。


(落とさないように、丁寧に)


ぎゅっと、手に力を込めて、リニアと鼻歌を歌いながら、市場を歩いて行った。

不意に、隣からおちょくるような言葉が飛んでくる。


「当分、おやつには困らないなぁ」


確かに、琥珀糖も、飴も、ケーキまである。


「わたしも、リニアも甘いものが大好きだもんね」


ふふっと笑って、それからリニアの横顔を見る。

星の色の瞳は、昨日も一昨日も優しい。

カペラの瞳も優しいが、リニアの瞳は、自分の隣にいる人を慈しむ瞳だ。


「ああ、そうだな」


そう言うと、リニアは歌を口ずさみ始めた。



「本当にごめんなさい」


「いや、おれは大丈夫」


カペラは白い外套の男性の隣を歩いていた。

先ほど、ぶつかってしまった人だった。

家は市場のはずれのほうにある、小さな森の中だということで、今、送っているところだ。


「画材も壊れていない。あの市場に、絵筆とか、買いに来てた」


絵描きをやっている。と彼はつづけた。

絵描き、と聞いて、カペラは少し彼に興味を持った。

絵は好きだった。1枚の紙の中に、物語が詰まってるようで、いつまでも眺めていられた。


「俺、カペラっていうんです。一昨日、この国に来ました」


彼への興味から、自己紹介をする。彼の名前が知りたかった。


「カペラさん。今まではどこにいた?」


彼の瞳が、こちらを向いた。

青色の瞳が、カペラの黒い瞳を見る。

スカーフで隠した耳たぶを思わず指でなでる。


「旅してました。女の子を連れて。けれど、かなえたい願いがあって、ここに来ました」


ほお、と感嘆の息を静かに彼はついた。


「女の子、さっきあなたの荷物を持って行った子か」


「はい。おれより料理がうまくて」


照れながらカペラは返す。

もしかしたら、おれより、あの子のほうが生きていく力があるかも、と付け足す。


「それは、大人の面目が立たないな。

願いと言うと、黒髪の竜騎士の歌の噂、か?」


少し笑いを混ぜて、彼は言葉を返してくれた。

彼の言葉に、カペラは恥ずかしながら、と返した。

馬鹿にするような響きは、彼の言葉にはなく、ただ、純粋にそう思ったような

色が言葉の中にあった。


「結構有名なんだ。躍起になって探す人も中にはいて」


噂では、大聖堂まで行った人もいるとか。

そう続ける彼は、どことなく楽しそうだった。


「ご存じなんですか?」


噂とは何もかもが、遠くにいそうな彼まで知っているとは。

言い伝えも馬鹿にはできない。


「名乗り遅れました。俺は、ラピスラズリと言います」


何故だか丁寧な口調で、ラピスラズリと名乗った彼は

木が茂り始めたころに、ここ、と指をさした。


「ここに、俺の家があって」


彼が指をさしたほうを振り返ると、小さいが、しっかりした造りの家が見えた。


「そうだったんですね」


初対面の人間に、彼は家を教えているが、ここまで教えてしまって大丈夫なのだろうか。

疑問に思ったので、画材の入った手提げを渡しながら、カペラはラピスラズリに聞いた。


「初対面の俺に、家なんて教えて大丈夫なんですか?」


言葉にしてから、カペラは後悔した。

少し怪訝な響きが含まれていたかもしれない。

しかし、彼は傷ついた風もなく、淡々と返す。


「だって、あなたは悪人ではないだろう?」


淡々とした言葉に、カペラは面食らった。


「悪人が、わざわざぶつかった人に謝って、家に送るなんてことをするか?

金になりそうな画材を奪ってしまうほうが効率的なのに」


どうやら、彼は、カペラを信用しているようだった。


「それに、悪人だったら子供や友達を連れて市場に出たり、仕事を探したりしない」


顔に熱が集まるのを、彼は感じる。

思ったことを、疑問を見抜かれているようだった。


「おれのほうこそ、ごめんなさい。カペラの落としたノートが落ちた時に少し見ていたんだ」


いたずらのばれた子供の様な表情を浮かべて、胸ポケットから

店の名前の書いてあるノートを取り出した。

駄目だと思ったバツ印や、保留の三角の印、なかなか気に入る場所がなかったことは事実だ。


(どこも、なぜだか合うと思えないな……)


そう思いながら、次々と印を書き込みながら仕事を探した。


「もし、気に入るところがなかったら、俺の工房で働かないか?」


ラピスラズリからノートを受け取ると、降ってわいた話に目を見開いた。

カペラは口を開こうとして、目を伏せる。

青い瞳をちらちらと見ながら、口ごもった。

見透かされそうな目が、少し怖いが、目を離せなかった。


「働いていいのなら。あ、ありがとうございました」


そういって背を向けて、歩き出した。

彼、ラピスラズリは、静かだが、冗談が好きなのだろうか。

そう思いながら空を見上げると、青空に、少しオレンジ色が西のほうから混ざり始めている。


「家に帰って、2人に報告だ」


ノートをしまいながら、駆け足で家に向かった。

ちらっと眼の端に、影が映ったので、見上げると、竜騎士が飛んでいくのが見えた。

なかなか進まなくてごめんなさい

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