涙でできた国
だらだら続いています。
「この国は、涙でできている」
カペラはそう思った。
積み重ねられた悲しい話の中で生きていた人が、泣き、笑い、この国を作り上げたのだと
ラピスラズリからその話を聞いたとき、カペラはそう思った。
「悲しい話がこの国には多いんだ」
そう、ラピスラズリは絵を描きながら、カペラに告げた。
膝によじ登ってくるマグノリアに、左手を好きにさせながら。
マグノリアは、ラピスラズリの左手を揉んで、遊んでいた。
何やら絵具がしみ込んだ手が面白いらしい。
「悲しい涙と、うれしい涙でできているのさ」
リニアは竪琴の手入れをしながら言う。
ラピスラズリの隣で、鼻歌を歌いながら竪琴の手入れをしていた。
完全にくつろいでいる。
「こんなにたくさんの人が涙を流して、その人たちは最後に報われたの?」
「報われた人もいたし、報われなかった人もいた。今と同じさ」
機械人形は報われたと、ラピスラズリは言っていた。
子供を腕に抱くことを夢に見ていた、機械人形は子供を腕に抱くことができた。
「あの、機械人形の話、ハッピーエンドなんだよね?」
カペラは、ラピスラズリとリニアに訊いた。
ラピスラズリは少し考えてから頷いた。
「ああ、ハッピーエンドだ。機械人形は、子供を腕に抱いて、それから幸せに暮らしたんだ」
子供を抱きしめたかった機械人形は、ガラスのうれし涙をこぼして、泣きながら喜んだ。
職人が、道楽でつくってしまった機械人形は、中途半端に人間らしい見た目に
中途半端に心を与えられてしまったものだから、誰かを愛したくて、仕方なかった。
「子供を腕に抱いて、うれし涙を流した機械人形の話には、続きがある」
ラピスラズリの話は続いた。
「ある日、病が流行した。感染すると、咳が止まらなくなって、息ができなくなる。
両親たちは、必死に体を引きずって、まだ元気な子供を腕に抱き、機械人形のいる川べりに行った。
子供が懐いていた人形のもとに。
機械人形なら、病にかからない、死なない。そう思った。
両親たちは、機械人形に子供を託して、それから死んでいった。
子を託された機械人形は、穏やかで、優しい性格で、”ゆっくり”を何より愛したんだ。
子供をゆっくり愛して、ゆっくり育てた。その子供の両親は死んでしまった。
だから、その機械人形が、2人分の愛情をそそいで、立派に育て上げた」
その話をきいて、カペラはほっと息をついた。
「その機械人形の話には、ほかにも興味深い話が合ってね」
リニアは、静かな歌を歌う声でつづけた。
「その機械人形は、死を理解していたんだ。
子供に絵本を読んであげているときに、子供が、機械人形に訊いた
『死ぬって、何? 眠ってしまうの?』
そして、機械人形は、静かな声で答えたんだ。
『死はね。2度と会えなくなってしまうこと。この世から、いなくなってしまうことだよ』
そう答えて、そして、つづけた。
君のお父さんと、お母さんは、おれに、ぼうやを託して、死んでしまったけれど
お父さんたちは、今でも君を愛している。
おれは、ぼうやのお父さんとお母さんから、愛情のバトンを受け取ったんだ
ぼうやは、おれと、お父さん、お母さんの3人から愛されているんだよ』
機械人形がそう答えたと、のちのその子供の日記が見つかったときに、書かれていたんだ」
リニアは、静かに微笑んでそう締めくくる。
死を理解した機械人形の姿を、カペラとマグノリアは想像する。
金属のにおいがする機械人形の腕に抱かれ、3人分の愛情を受けて育った子供。
日記を書いていたとは。
「その子の両親と、機械人形がどうやって出会ったかはわからないけれど、両親も
優しい人だったのだろうね。きっと、機械人形がさみしがっているのを見つけた子供が
抱っこをせがんだんだろう。」
(シロンとセロは、会えたのだろうか?)
修道士のシロンと、旅の傭兵のセロ。
知識に富んでしまったからこそ起きた悲劇の話、とリニアは付け加えていた。
いつか、知る日が来るのだろうか? と思う。
カペラは、まだ、シロンとセロの関係をよく知らない。
「ねぇ、ラピスラズリ。シロンと、セロの物語さ、2人はまた会えたのかな」
ラピスラズリは、ああ、もちろん。と、頷いた。
「セロが落描きしていた紙が出てくるんだ。
書き損じの紙の裏に、鉛筆書きで、1枚じゃない。何枚も、何枚も」
「その描いてあった絵は、シロンの似顔絵だったんだ。
聖書の教えを教会に来る皆に教えている横顔に、子供と遊ぶ笑顔に
その日の日誌を書いている横顔。
その絵を描いている、セロの手が、透けて見えたほどだったそうだ」
ラピスラズリはそう言うと、また絵を描き始めた。
キャンバスに、そっと薄く鉛筆で線を引いていく。
「シロンを描く、セロの絵だよ」
手前に、ふんわりと微笑む男の影が見える。
そして、奥には、楽しそうに子供に絵本を読んであげているシロンの姿が見える。
子供を膝にのせてあげて、穏やかに微笑むその姿は、神の教えを、皆に伝える者
というより、人間が好きな神様、というように見えた。
セロのその顔は、その神様を見守る人間。というところだろうか。
「この国は、涙でできているのさ。機械人形の涙と、修道士のシロンの涙。オルカの友人の
盗賊の涙……いろんな人の、優しくて、悲しい涙が、土に還らずに、少しずつ積み重なっていって
この国を作ったといわれているほどだ」
ラピスラズリは、ふんわりと微笑みながら、こっそりとシロンを描くセロが
こちらを優しい目で見ている絵を描いていた。
まるで、「あの人は、俺の友達のシロンなんです」と声をかけてきそうなセロ。
そして、セロの傍らには、赤ちゃんを入れる、手編みで頑丈に作られたバスケットがおいてあり
その中で、セロの連れている赤ちゃんが、楽しそうな目をして、セロを見ていた。
「セロはきっと、シロンのことを恨んじゃいないさ」
カペラが、ふんわりとした声で、そう言った。
「どうしてそう思った?」
楽しそうな顔をして、ラピスラズリは言う。
リニアとマグノリアは、目を丸くして、カペラを見た。
「シロンが文字を教えたことによって、処刑されたと伝えられてるのに?」
リニアは驚いた声でカペラに問う。
「おれが、セロだったら恨まないから」
だって、ほら、とラピスラズリが描いている絵を指す。
「あんなに楽しそうに、シロンを描いている。シロンは楽しそうに子供に絵本を読んであげている」
人懐こい修道士は、きっと、仕事の合間を縫って、人々と楽しい関係を築き
楽しく生活をしていたのだろう。
歌って、図書の管理をして、その合間に子供と遊んで。
神様の教えを、いろんな人に伝えて、そんな生活の中に、セロがある日飛び込んできて。
「おれがセロだったら、申し訳なく思うかもしれない。そんなに自分を責めないで。
と伝えたいと思うから」
少し照れてカペラは、はにかむ。
シロンは、涙の海におぼれて、その海を今も泳いでいるのだろうか?
その海は、今はもう苦しくないのだろうか。
「お前はやさしいな」
ラピスラズリがやさしく微笑んで、カペラに言った。
「でも、なんでだろうな。おれも、セロならそう言う気がするな」
死んでしまって、ごめんなさい。
きっと泣き崩れるシロンの隣で、セロがそう言い続けているのだろう、その光景が浮かぶ。
『シロン、どうか泣かないで。そんなに泣いていると、シロンが、涙の海におぼれてしまうから』
困ったように、眉根を寄せて、セロがシロンをなだめている。
なだめてもなだめても、セロの声が届かないから、シロンは泣き続ける。
『おれは、シロンを恨んでいないよ。そんなに泣かれてしまうと、おれは、神様のもとに
いけないよ。シロンが教えてくれた、神様のもとに』
そう言ってなだめて、慰めて、ため息をついて、シロンの隣に腰を下ろして
透き通った手でシロンの背中をさする、セロの手が、カペラには見えていた。
「きっと、今まで、透明になっても、魂だけになっても慰めたい人が、たくさんいたから
俺はそう思ったのかもしれないね」
ふっと笑ったカペラは、ラピスラズリを見た。
こちらを見て微笑む、セロの絵を描いているラピスラズリは、目を丸くして
カペタを見ていたが、やがて柔らかく微笑んで、納得したように息をついた。
「俺が、シロンの話を聞いたときから、セロも、シロンも、この姿だった」
「シロンが銀灰色の髪の毛なのは、シロンが涙の海におぼれて、髪の毛が涙の色に
染まったから。俺はそう思って、シロンを描いた」
「金髪の、短く刈り上げられたセロの髪の毛は、太陽の光を浴び続けたから
そう思って、俺は2人を描いた」
2人とも、自然の色に染まっているような気がした。そう、ラピスラズリは言った。
「正直、カペラが来なければ、シロンたちの絵は描かなかったかもしれないと、俺は思うよ」
それを聞いたリニアは、焼き菓子を口に放り込みながら、カペラを肘で小突いた。
「へーっじゃあ、カペラが、ラピスラズリの創作意欲を刺激したってことだね」
ニコニコとリニアは笑う。
リニアの言葉を聞いて、ラピスラズリは、そうかもな、と頷いた。
「カペラに話さなければ、描こうとは思わなかったな」
マグノリアは、ラピスラズリの、深い蒼い瞳を、じっと眺めていた。
透明感があり、何もかもを見透かす瞳。
そして、たまにいたずらっ子のような、そんな色を浮かべる瞳。
(この人……どこかで見たことある気がする)
そっと、マグノリアはそう思った。
(どこで見たんだっけ? すれ違ったのかな? それとも、絵で見たのかな)
一生懸命に思い出そうとしたが、思い出せず、マグノリアは、ため息をついた。
この場所は居心地が良すぎて、眠くなってきてしまう。
甘いものを食べた後だから、なおさら眠くなってしまう気がした。
「カペラ、眠くなってきた」
マグノリアは、カペラの手を引く。
カペラは、ふとマグノリアを見て、申し訳なさそうに、眉を下げた。
「ああ、もうそんなに時間が経ったのか」
長居してしまった! と驚いた目をカペラは驚いた目をした。
外を見ると、もう夕暮れの時間だった。
「ラピスラズリ、長居をしてしまって申し訳ない」
申し訳なさそうに眉を下げるカペラに、ラピスラズリは微笑んで返した。
「気にする必要はない。友達を呼んだのは初めてだったから、俺はうれしかったし
楽しかったから、また来るといい」
何気ないように、ラピスラズリがそう言ったのを、カペラは聞いて驚いた顔をした。
「友達? おれが? 仕事仲間じゃなくて、友達?」
ラピスラズリは、さらに笑みを濃くして口を開く。
「違うのか? 俺は友達だと思ってたが」
くすくすとラピスラズリが笑う。まるで、面白いものを見た! とでも言うように。
「いや、俺、友達とか、そういうのリニアしかいないから、初めてで……」
照れたように、けど嬉しそうにカペラは言う。
「おれは友達だと思っていた。だから、お前も、もう少し気楽な感じで
そう思ってくれたらうれしい」
もう半分寝かけているマグノリアをおぶったカペラと、その隣のリニアに、お土産だ、と
ラピスラズリは、紅茶の茶葉や、ハーブティーをたくさん持たせてくれた。
そして、出口でリニアに話す。
「リニア、リニアはいつも広場でうたっているだろ?」
「あ、ああ、よく知っているな」
目を丸くして、リニアは頷いた。
「リニアの歌は有名だ。いろんな歌をよく作れるなと感心していた。
いつも街に降りると聞いている。これからもたくさんうたってくれ」
そういって、また来るといい。とカペラたちを、ラピスラズリは玄関まで2人を送る。
「ありがとう、ラピスラズリ。俺はまた明日くるが、今日は楽しかった。」
楽しかった思いを、ラピスラズリに、カペラは伝えた。
「おれも、また遊びに来させてもらう。今日はありがとう」
リニアも、心の底から楽しかったようで、お礼を言う。
「ちびちゃんは、眠ってしまったか」
ラピスラズリは、カペラの背中で眠るマグノリアを見て微笑んだ。
「じゃあ、また2人を連れてくるな。また明日」
「ぜひまた来てくれ。この辺りは、夜になるとそこらじゅうが真っ暗になる。
カンテラを貸すから、気をつけて帰れ」
ラピスラズリは家の中に引っ込むと、きれいなカンテラを持ってきてリニアに渡した。
オレンジ色の柔らかな灯りが、優しく揺れている。
そのカンテラの明かりを手に2人は並んで、ラピスラズリの家を後にした。
しばらく歩いて振り返ると、薄闇の中で、ラピスラズリは、家の前に立って見送ってくれていた。
その優しいまなざしに、2人は安心感を抱いて、家路についた。
2人が見えなくなると、ラピスラズリはようやく家に入った。
「どんな人か、と思っていたが、あたたかくて、良い人だな。ラピスラズリは」
柔らかく日が揺れるカンテラを手に、カペラにリニアは話しかけた。
「そうだな。仕事を決められなくて、困っていたおれを、拾ってくれた人だから」
目を細めて、カペラは、マグノリアのぬくもりを背中に感じながら答えた。
「あの人、多分だけど、人が好きなのに、人の輪の中に入っていけないんだな」
そうじゃなきゃ、あんなふうに人と話さない。
この国の人じゃないカペラを、雇ったりしない。
「おれ、あの人知ってる気がする」
リニアは、カペラにそう言った。
「どこかで会ったことある気がする」
そろそろ核心に触れるころ合いかなと思ってにおわせてみました。
そろそろ核心に触れます。きっと




