ベルーガの歌
まだ続きます
ベルーガが、朝早くラピスラズリの家に絵を取りに来た。
いつもベルーガは、絵ができたタイミングで回収しに来る。
「やぁ、ラピスラズリ。今回の絵はこれまた素敵だね。懺悔をする修道士の絵と
月を見上げるオルカの絵か」
どこで見ているのか、彼女が人間ではないことは、彼女が、以前話していたのを覚えている。
だから、ラピスラズリは訊いてみることにした。
「お前はいつも、どこから俺たちを見ているんだ」
「さぁ、どこからでしょう。でも、一番は、私は神様だから
どこからでも見れちゃうの。ラピスラズリたちが何してるか。
ちなみに私は、死者を案内する神様だからね!」
ラピスラズリは、眉一つ動かさず、ほう。と息を吐いて聞き返し、付け加えた。
「道案内? そうか。ベルーガに案内されたら、死者は迷子になりそうだな」
ベルーガはその言葉を聞いて、ちょっとぉ! と笑いながら小突いた。
「ちゃんと案内してるんだよぉ? 真っ当な人は、星空の国に行くし、罪人は煉獄に連れていくし」
もう大変なんだよ、と、ため息をつきつつも、微笑んだ。
ベルーガは、だからね、と続けた。
「ラピスラズリも、死んだらちゃんと星空の国に連れて行ってあげるからね」
そういって、ベルーガはにっこり笑ったが、ラピスラズリは俺は死ぬ気はない。と切り捨てた。
「あと、俺は100年生きる予定だからな。お前の世話になる予定もない」
不敵に笑いながら、ラピスラズリはいった。
ベルーガも、ラピスラズリの言葉に同意した。
(ラピスラズリは、星空の国よりも、鉱物の国のほうが似合いそうだなぁ)
ベルーガは、その死者の魂の罪の重さを、薄絹に乗せる。
薄絹に乗せて、その絹が、罪の重さに耐え切れず破れたら、煉獄に連れていく。
罪の重さの基準は、ベルーガに一任されている。
ベルーガの作り上げた罪の基準は、罪を顧みて、心から反省しているか? である。
罪を顧みて、心の底から反省していたら、彼女はその者の魂を星空の国に連れていく
罪が重かった者の魂、反省していない者の魂は、煉獄の守護者が罪人の魂を迎えに来る。
栗色の長い髪をなびかせて、鋭い目を光らせて、迎えに来る
そこで罪人は、煉獄で守護者に洗いざらいの罪を話し、悔い改め、改めてベルーガが迎えに来るのだ。
ラピスラズリに、一度その、自分の行っている仕事の話をしてみたのだが、彼は笑って受け流し
どうやら信じていないようだった。
しかし、ラピスラズリがあと100年は生きると言ってくれたので、ベルーガもうれしいもので。
「そうだね、ラピスラズリは、あと100年生きそうだね。100年後、一生を終えたら
私が迎えに行ってあげるから、さみしくないからね!」
「死んだ後もお前がいるのか。うるさそうだな」
ラピスラズリは苦笑しながら、心底うるさそうだと答えた。
死後の魂は、この世界では、星空の国に行くと言い伝えられているが、鉱物の国というものもあり
ごくまれに、鉱物の国に行く者もいるという。
もう、この世に生を受けない。という者は、鉱物の国に行く。
そこは、水晶や、アメジストといった鉱物が、あちこちで静かに輝いている。
ベルーガは、長い生活の中、片手で数えるほどに、鉱物の国に魂を案内したことがある。
そこの美しさと言ったら、一度、ラピスラズリに描いてほしいとお願いしたものの、ラピスラズリが
描ききれないほどの美しさだった。
鉱物の国を選んだものは、そこで輝く鉱物になり、大切な存在の幸せを祈るのだ。
ベルーガは思う。
(ラピスラズリの、独特の静けさは、鉱物の国が似合うんだよなぁ)
今まで案内した者の魂のことを、つかの間、ベルーガは思った。
ラピスラズリの絵の中で、オルカも、オランジェも、シロンも、セロも、オランジェとティアも……
皆、生きている。
「あ、じゃあ、絵を売ってくるね。あと、この前に売った絵の代金、この袋の中に入ってるからね」
ベルーガは絵を抱え上げようとして、ふと、カペラが描いた絵があることに気づいた。
「これ、だれが描いたの? 泣いている修道士のそばに、だれかいる」
赤銅色の瞳を、丸くする。
ラピスラズリは、ああ、と、声を上げた。
「その絵は、カペラが描いた。自分なりに、”懺悔をし続けた修道士”の解釈を描くきたくなったらしい」
「へぇ、なんか、優しい絵だね。正直、バランスも、色使いも、ラピスラズリのほうがうまいけど
この修道士を、シロンを幸せにしたいっていう気持ちが、すごく伝わってくる」
ベルーガは、そう感想を伝えて微笑むと、ラピスラズリが描いた絵だけを抱えて
ラピスラズリに振り返る。
「この絵は、ラピスラズリが持っていたほうがいいと思う。
この絵は多分、ラピスラズリの友達になってくれるから」
そう言い切って、じゃあね、とラピスラズリの家から出て行った。
ラピスラズリは、青色の目を丸くした。
(絵が友達になるとは、どういうことだ?)
思わず考えてしまって、その場に立ち尽くした。
もうすぐ、カペラが来る時間だが、それに気づかずに、呆然とするラピスラズリを
朝日が薄絹のように、静かに包んでいた。
今日は、カペラが同居人を連れてくる日だったので、部屋の掃除をしなければいけないことを
思い出して、埃を拭き取ったり、床を掃き掃除し始めた。
実は、少しだけうきうきしている。
そのころ、カペラの同居人、リニアは、カペラ、マグノリアと一緒に街を歩いていた。
ラピスラズリの工房を目指して、楽しげに歩いている。
「カペラがいつもお世話になっているから、あいさつしないとね。
いつもカペラがお世話になってます! 同居人の、リニアです! ってね」
くすくす笑いながら、リニアはスキップをしそうになっている。
それを、マグノリアは必死に抑えていた。
「リニアはすぐに、何でも面白がるから、わたしが抑えないといけないの」
マグノリアはため息をつきながら、リニアを据わった目で見ている。
「街で歌い終わって、銀貨が入った袋を嬉しそうに腕に抱えてた時に、リニアったらスキップして
腕に抱えてた袋の口が開いちゃって、銀貨をこぼしたんだよ。だから、しっかりしてるわたしが
リニアのそばにいないとダメっていうことになったの」
べっこう色の、長い髪が、さらりと翻る。
得意げにマグノリアは言って、さりげなくリニアの手を握った。
ついこの間まで、マグノリアは幼い子供だと思っていたカペラは、心底驚く。
いつの間にかこんなに、大人のような表情をするようになったのか?
朝ご飯を一緒に食べたり、休みの日は一緒に出掛けていたはずなのに、それでも
気が付かないくらい、どうやら自然に、大人のようになっていたらしい。
「大きくなったねぇ、マグノリア」
思わずカペラは、しみじみと言った。
「わたしだって、もう12歳だし、あと3年もすれば、お嫁に行ける年になるんだ」
胸を張り、マグノリアは得意げに言った。
「俺が知らないうちに、12歳になってたんだねぇ」
そういっても、推定の話だ。マグノリアの、正しい年齢は誰にもわからない。
マグノリアは、カペラが引き取り、旅をしながら育てた子だ。
捨てられてたマグノリアを、その腕に抱きしめ、知りうる限りの子守歌を歌い、愛情をでくるんだ。
旅をしながら、困っている人を助けながら暮らし、そして、カーボナード国に永住すると
決めた。黒髪の竜騎士の歌を聞いて、願いをかなえるために。
「まだまだ、子供だと思っていたけれど、どんな人と結婚したいの」
なんとなく、カペラは、マグノリアに訊いた。
街の子ともマグノリアは出会ったりしているだろうし、もしかしたら、好きな子がいるのでは?
と、カペラは勘繰ってみた。
「残念ながら、いないんだよ。カペラ」
ふふふ、とマグノリアは笑う。
「結婚したい子は、残念ながらいないんだ」
カペラの反応を楽しむように、マグノリアは笑う。
「そっか。いつか、そんな子がいたら、俺にも会わせてね」
カペラはマグノリアに、そう言う。
マグノリアはニコニコしながら、自分の両脇を歩いている
カペラとリニアの腕にぶら下がった。
気が付けば、ラピスラズリの工房のある、小さな森にたどり着いていた。
ラピスラズリの工房まで、もう少し。
涼しい風が、さやさやと、音を立てて3人の髪の毛を優しくなでてゆく。
昨日、同居人を連れてくる、と話して、ラピスラズリは「そうか」とだけ
言ったが、どうやら楽しみにしている様子だった。
普段は落とさない絵筆を落としたり、絵具を出しすぎたりしていた。
そして、白い頬がなんだか赤かったので、あれは浮かれてると思った。
穏やかな風に吹かれながら歩いていると、ラピスラズリの工房についた。
「ラピスラズリ、俺だよ。カペラだよ」
扉をたたくと、いつも通り、静かなラピスラズリが出迎えてくれた。
「同居人、連れてきた。友人のリニアと、引き取った子のマグノリア」
簡単に、リニアとマグノリアを紹介した。
ラピスラズリは、静かな雰囲気を保っていたが、その瞳はやさしかった。
「いらっしゃい」
1言だけそういうと、家の中に通してくれた。
確かに、ラピスラズリはいつも通りだがよくよく見ると
着ている服の色はいつもより少しだけ明るく、家の中は描きかけのキャンバスもまとめられて
いつも散らかっている使い込まれたイーゼルも、きちんと整頓されていた。
はじめのうちは、カペラがラピスラズリに掃除を教えていたのだが、最近は彼は
何も言わなくても掃除をするようになった。
「お邪魔します」
リニアは銀色の目を細めて、微笑んだ。
マグノリアはべっこう色の目を輝かせて中に入る。
「いつも、カペラから話は聞いています! 絵がすごく上手だとか、優しくて、力強い
絵を描いているとか、たまにカペラが絵を描くとほめてくれるとか!
カペラは褒められて喜んでます」
初めて会うのに、物怖じせず、ラピスラズリに話しかけるマグノリアに、ラピスラズリは驚いた。
率直に、絵を褒められるのは、生まれて初めてだったのだ。
世間は確かに、ラピスラズリを褒めるが、それは、絵を褒める言葉で、それ以外は聞かない。
「カペラは、ラピスラズリはすごく優しい人だと、言ってます」
絵は買われていき、色遣いや絵は称賛される。
ラピスラズリ自身は、謎の人で通っており、そのほうが絵を描いていくのにちょうどよかった。
けれど、自分のことをそういう風に言う人がいるのが、驚いた。
「そうやって、おれ自身を褒められるのは、初めてだが、むず痒いな」
心がふんわりとあたたかく、むず痒い。
ラピスラズリは、なんて返していいかわからず、そう言うのが精いっぱいだった。
「褒められるの、初めて?」
マグノリアが、人懐こい笑みを目に浮かべて、訊いた。
「俺の、絵以外を褒める人は」
ラピスラズリは、照れ隠しで目をそらしながらも、嬉しそうに口角を上げる。
彼は、少しずつ表情が豊かになった気が、カペラはしている。
いや、そうでもないか? とも思っているが、とにかく、自然に、とても自然に
ラピスラズリは、ふんわりと、マグノリアのほうを向いてほほ笑んだ。
「褒めてくれてありがとう。カペラも、そういう風に言ってくれるなんて、うれしい」
リニアは、ラピスラズリの目の色が気になるのか、ちらちらと目を見ていた。
椅子をすすめられて、座って皆で、カペラと一緒に用意したお茶を飲み、リニアが持ってきた
お菓子を食べていた。
「いやぁ、カペラがちゃんと働いているか心配だったんですよ。こいつ、人が良すぎて
ラピスラズリさんを変なことに巻き込んでませんか? 大丈夫ですか?」
リニアが、パウンドケーキをかじりながら言う。
オレンジと、バラの花びらをはちみつに漬け込んだものを混ぜて焼いた。
おいしい、おいしいと、ラピスラズリは気に入って食べている。もう3切れ目に
手を伸ばしていたので
(全部ラピスラズリにあげてしまおうか?)
とカペラが思い始めたころのことだった。
「人が良すぎて、おれの工房の掃除も片付けも全部やってくれたぞ」
と、ラピスラズリはリニアに答えていた。
「それだけではなく、箒も修理してくれたし、コキアも買ってきて、いつでも
箒にすることができるようにしてくれた」
おかげで、掃除道具には困らない! とラピスラズリは嬉しそうに
本当に、心底嬉しそうに、言ってくれた。
それを聞いたリニアは、満足げに微笑んで、口を開く。
「やってあげるばっかりじゃなくて、カペラが掃除を教えるんだぞ」
茶化すように、リニアが銀色の目を細めて、カペラに言う。
「最近は一緒に掃除しているぞ」
少しむくれながら、カペラはお茶を飲み、それからパウンドケーキを
ラピスラズリのお皿の上に乗せてやった。
ラピスラズリは、嬉しそうにそれを口に運んだ。
それからいろいろな話をした。
絵のこと、絵のモチーフの話のこと。リニアが普段歌っている歌のこと。
「へえ、煉獄の神の話か」
リニアが歌う歌の中に、煉獄の神の歌があった。
「煉獄? この国には煉獄があるって言い伝えられてるの?」
マグノリアが訊いた。
リニアがうなずく。
「ああ。罪を犯した人の魂が、煉獄におちてね。そこで罪を悔い改めるんだ。
もうしません。次に生まれるときには、もう一度、しっかり生きますってことを
神様と約束してね」
リニアが、分かりやすいようにマグノリアに説明する。
カペラも、一緒に聞いた。
カペラも煉獄というところがあるのを知らなかったのだ。
「それだけ聞いたら、普通の話だろうと思うが、煉獄の神が、少し変わりものなんだ
『本当の娘になりたかった人』でね。とある一家に引き取られた娘がいた。
名前は、ルーナ。
ルーナは、過去に悲しい目に合っていて、それを気の毒に思った
一家が、ルーナを引き取った。
ルーナ、とても聡明で、その一家の娘も引き取られたルーナに懐くほどに、ルーナは気立てもよかった」
「それだけ聞いたら、いい話に聞こえるけれど」
カペラが続きを促す。
リニアがラピスラズリに続いた。
「血のつながりだけはどうしようもなかった。ルーナは、ひどく寂しがりやだった。
ルーナはかわいがられていて、ルーナも家族のことが大好きだったけれど、本当の娘に
なりたかったのさ。一家は、賢く、気立ての良いルーナをとてもかわいがっていた。
大切に思っていたけれど、この一家は1つだけ過ちを犯していた。」
「過ち?」
マグノリアは、聞ている分には、何の問題もない話だと思っていた。
ラピスラズリはつづけた。
「大好きだよ。と伝えてあげなかったのさ。ルーナに」
「ルーナの存在が当たり前すぎて、伝えることを怠ってしまったのさ。その家族は」
「そして、ルーナは、寂しさのあまりに、気が狂い、その一家の前から姿を消して、煉獄に
自ら堕ちた。自分を好いて、必要としてくれる魂が見つかるかもしれない。と思って」
マグノリアは、ひどく悲しい顔をして、その話を聞いていた。
「ルーナは、今も煉獄にいるの?」
(煉獄で、自分を好いて、必要としてくれる魂と会うまで、煉獄を守る神でいるつもりなの)
「ああ、いつか、自分の魂が救われるまで、煉獄に縛られている」
リニアは歌うように言った。
(いつか、ベルーガが歌っていたな。煉獄の神は、本当の娘になりたかった。と)
今は、ここにいないベルーガの歌が、静かにラピスラズリの耳に聞こえた。
この話が本当に終わるのか、不安になってきました




