絵を描いて、それから。
ちんたらしてます。書いてるのが楽しくてすいません。
「懺悔をし続けた修道士の絵を描く」
ラピスラズリはそう言うと、下描きもせずに、絵具を混ぜて、突然キャンバスに
色を塗り始めたので、後ろにいたカペラは驚いた。
「ラピスラズリ、なにしてるの? なんで下絵を描かないの?」
カペラは慌てて、声をかけた。
「この絵は、下描きせず、一発描きで行かせてもらう」
ラピスラズリはそう叫んで、キャンバスに絵具を塗っていった。
夜なのか、絵は、修道士のそばだけ、ぼんやりと明るく照らされていた。
まるで、月明かりに包まれているようであった。
ステンドグラスに染められた光は、膝をついて泣き崩れる、修道士をそっと包んでいた。
修道士は、腕に赤ちゃんを抱えていて、大粒の涙を流していた。
涙は月あかりをはじいて、銀色に光っていた。
「この修道士は、シロンという名前だ。シロンは本が好きだった」
「前に、聞かせてくれた話?」
カペラが、ラピスラズリに聞いた。
「ああ。シロンは、本に囲まれて暮らしてたものだったから
何も知らない、流浪の傭兵に、文字を、物語を教えてしまった。
傭兵の名前は、セロ。
セロは穏やかな用兵で、主に、旅人の護衛などを行っていた。争いを好まず、平和を愛した。
けれど、剣をふるう生き方しか、彼は知らなかった。傭兵に
セロ自身も育てられてたらしい」
セロの姿は、まだ描かれていない。
「セロが持っていたものは、僅かな子守歌と、剣と、赤ちゃんと、路銀
それだけをもって、ある日、シロンと出会った。
シロンは好奇心が旺盛で、本が好きで、物語も好きな、人懐こい修道士。
誰かに時間をかけてあげたい。そんな修道士だった」
そんな修道士が、どうして懺悔をし続けたのだろうか。
「そんな、優しい修道士が、どうして、懺悔をし続けたの?」
「さあ、どうしてだろうな。この辺りでは、シロンという修道士が、赤ちゃんを抱いて
夜の教会で、ステンドグラスに向かって、懺悔して泣き続けたと。
そんな話が残るだけだ。オルカも、シロンと一緒だ。オルカという人が
この土地で、月を、来る日も来る日も見上げていたから」
シロンの姿が、闇の中に浮かび上がってゆく。
もとから修道士の姿はあったものの、白くぼんやりとしていた姿は、やがて
黒色のスカプラリオに、銀灰色の髪の毛を持ち、赤ちゃんを腕に抱いて涙を流す。(膝で立ち、腕には赤ちゃんを抱いて、涙を流す修道士は、「シロン」という名の人に変わった。
星と月がステンドグラスを照らす教会で、鮮やかで優しい、ぼんやりとした
光に包まれて、シロンが泣いている。
「シロンは、大切な人を喪って泣いている。
自分が賢く、知識があったがばかりに、喪ってしまったんだ」
ラピスラズリはそう言いながら、白色に、僅かな色を混ぜて、シロンを光でてらしてゆく。
泣いている彼を慰めたい衝動に、カペラはかられた。
ラピスラズリは、カペラの視線に気づいて、言葉を継いだ。
「シロンは、自分が懺悔しないといけないと思うまでに、追い詰められているのかもしれない」
(このまま放っておいたら、彼は涙の海におぼれてしまうのではないか?)
そう、カペラは思った。
絵具に色を混ぜながら、カペラは、絵が出来上がっていく様子を、眺めていた。
「セロと、シロンの出会いは偶然だったと思うんだ」
カペラが口を静かに開いた。
「セロは、赤ちゃんをつれて、旅をしてきたんだよね? 傭兵をしながら」
ラピスラズリが、カペラを見た。
「きっと、途中で、セロが連れてた赤ちゃんが泣き止まなくて、
大変な思いをしているときに、シロンが、セロを助けたんだと思うんだ」
人懐こい修道士が、泣いている赤ちゃんを見て、セロは困ってて
放っておけなくて、思わず声をかけた。
カペラはそういう想像をしながら、言葉を続ける。
「そして、シロンが腕に抱いて、ゆらゆらと、腕を左右に揺らしたら……
赤ちゃんは、泣き止んだかもしれないね。」
歌も歌ってあげてたのかもしれない。
セロは、助かったといって、笑顔でシロンにお礼を言っただろう。
「そうだな。人懐こい修道士なのだから、そういう出会い方をしていてもおかしくないな」
シロンはにこにこと笑顔で、赤ちゃんを抱いて、嬉しそうに赤ちゃんに話しかける。
銀灰色の髪の毛は、肩のあたりで切りそろえられていて、とても優し気な顔の修道士。
「シロンは、歌も歌ってあげてたかもね。赤ちゃんを抱っこしながら」
「修道士だからな。村人が、たまに抱かせてあげてたかもな。抱っこして、歌ってるシロン。
なかなか絵になるじゃないか」
そういいながら、ラピスラズリは、あっという間に、大まかな絵を、一発描きで描き上げてしまった。
夜の教会で、泣きながら懺悔をするシロン。腕には赤ちゃんを抱いている。
「シロンは、本が好きだった。だから、図書の管理をする修道士だった。
彼は、神父もできたので、教会で結婚式に立ち会うこともあった。
人懐こくて、だれからも好かれた、慕われた修道士だ」
ラピスラズリは、キャンバスから目を離さず、色を塗り続ける。
細かなところに色を付けていた。
ステンドグラスに、月や星の色を織り交ぜて、シロンを、淡い光で包んでいる。
そして、シロンの後ろに、セロを描きたした。
チェロは、淡い金髪の傭兵で、髪は短く刈り上げられている。
その顔は、静かで、優しげだ。何もかもを、悟った顔だとカペラは思った。
シロンに、何かを話しかけようとして、それで話しかけられない顔だった。
「シロンは、何でも知っていた。遠い国の物語も、たくさんの歌も、神の教えも」
彼は、色を塗りながらそれきり黙った。
シロンは、きっと人が好きだったのだろう。
彼は、教会で泣いているよりも、人に囲まれて笑っているほうが、似合うのに―――――
そして、セロが、シロンに話しかけられない理由でもあるのだろうか。
「なんで、セロはシロンのそばに行かないの?」
カペラは気になって訊いた。
「そばに行けないのさ。傭兵だから、セロは人を何人も傷つけてる。流浪で、不殺の傭兵だが。
それで、ある日、シロンに子を託して、死んでいった」
その言葉を聞いて、カペラは何も言えなかった。
(どうして死んでしまったんだ? 危ない用心棒でもやったのか?)
「セロは、自分が死んで、シロンを悲しませてしまったことを、悲しんでいる。
だから、そばに行きたくてもいけない」
その絵をじっと見ていたカペラは、悲しそうにラピスラズリに言う。
「ねえ、ラピスラズリ。シロンがこのままじゃ、涙でおぼれてしまうよ。
どうか、絵の中だけでも、一緒にいさせてあげてほしい」
今も、シロンは泣き続けているとカペラは思っている。
だから、絵の中だけでもと願ったのだ。
「いや、それだけはだめだ。気持ちはわかるが、”懺悔をし続けた修道士”は、もう、友人に会えない
友人は生きているものには、近づけない。会いたくても、もう会えないんだ」
ラピスラズリは、頑なだった。
元の話を守ることを優先したのだ。
「そうか……」
カペラは少し残念そうだった。
「じゃあさ、おれが描く! シロンとセロが一緒にいる話を、おれが。
いらないキャンバスもらっていい?」
と、カペラが訊く。
ラピスラズリは少し驚いて、かまわないが、と、自分が少し前に描き損じたキャンバスと
イーゼルを、カペラに渡した。描き損じた部分は削り取って、白1色の状態に戻した。
カペラは、キャンバスをイーゼルに立てかけると、まず、青色にキャンバスを塗っていく。
真っ青になったキャンバスに、次に白色で、人物の影を2つ描いた。
1人は、シロン。もう1人はセロ。
シロンは、ラピスラズリの絵と同じように、屈んで泣いているが、セロの姿は違った。
セロが、シロンのすぐそばに座って、そっと肩に手を置いていたのだ。
全体に敵に、2人の姿が、ラピスラズリの絵よりも近く見える。
カペラは、かなり集中していた。ラピスラズリは、注意深く、カペラが描いている姿を見ていた。
絵の技術は、ラピスラズリに及ばないが、それでも、その絵は、美しい、とラピスラズリは思う。
そして、いつの間にか、こんなに絵が描けるようになっていたのか? と彼は驚いた。
「カペラ、いつの間にか、絵が描けるようになっていたのか?」
思わずカペラに訊く。
「へへ、だって、ラピスラズリは、いつも、すらすら絵をかいていたから。
家で、休みの日に練習をしてたんだ。紙に鉛筆で絵を描いていた」
領収書とかの、裏側にね。と照れた顔で、ニカッと笑う。
カペラが、描いている絵は、泣いているシロンに、セロが寄り添っているという
横から見ている絵ではなく、前から2人を見ている絵だった。
ステンドグラスの明かりは、黄色や、オレンジ色が、月明かりを優しく染め上げて
2人を優しく包んでいた。
カペラの絵は、ラピスラズリの、研ぎ澄まされた、鋭く氷のような悲しみとは大きく違い
どこまでも透明な悲しみと、ほんの少しの救いが混ぜ込まれた、悲しいのにあたたかな絵になっていた。
「そうか、お前は、懺悔をし続けた修道士の物語を、そうやって解釈したのか」
ラピスラズリは、そういうと、穏やかな目で、カペラの描いた、粗削りで優しい絵を見た。
「セロがシロンを、慰めているのか。そうか。それが、カペラの思った結末か」
シロンの切りそろえられた銀灰色の髪の毛が、月明かりに優しく輝き、それを優しい目で見ている
セロの、その穏やかで悟ったまなざし。すべてを知っている目だった。
「セロは、優しかったから、きっと、全部を知っていて、それでも許すと思う。そして
そばにいたいから、きっと、魂だけになっても、シロンのもとに行ったと思う」
それは、カペラの願いでもあった。今も、涙におぼれているのなら、シロンのそばに
セロがいて、ずっと慰めていてほしいと、そう思ったのだ。
「オルカと同じだな。オルカのそばに、盗賊の影と、子供たちが寄り添っていたように
お前には、シロンのそばに、セロが、寄り添っていると思ったんだな」
カペラは一度だけうなずいて、それから口を開いた。
「けど、シロンには、セロは見えていない。セロの声も聞こえていないんだ」
いつか、届いててほしいなと、カペラは付け加えた。
涙でおぼれてしまう前に、沈んでしまう前に、声が届いていてほしいと、カペラは言った。
「届いているさ」
ラピスラズリは、そう言って、絵を乾かすために、日陰の、風通しのいいところに
カペラのつたない絵と一緒に、自分の絵を置いた。
それから、絵具や画材をからづけて、2人は、木のテーブルのところまで移動して、昼食にした。
昼食は、パンとチーズ、それからトマトのスープだった。使い込まれた木のテーブルに、次々と
料理が並べられてゆく。パンは柔らかく焼き上がり、トマトのスープはあたたかい。
簡単な料理でよければ、とラピスラズリがどれも作ったものだ。
パンは冷えていたが、カペラがフライパンを使い温めた。
飲み物は、先ほど届けられたクランベリージュース。
クランベリージュースをグラスに注ぎながら、カペラは尋ねた。
「ねぇ、ラピスラズリは、今まで描いた絵の中で、忘れられない絵ってあるの?」
ラピスラズリは、そうだな……と首を傾げた。
「そうだな……どの絵も忘れられない。どの絵も、この国に伝わる話から着想を得て
描いていたから……。涙でできた国は、悲しい涙だけではない。うれし涙も交じってるんだ」
青い瞳を、カペラに向けた。
ああ、そうだ、とほんの少しだけ高めの声を上げて、ラピスラズリは手をたたいた。
「俺が描いた絵で、忘れられない、ひときわ買いがった絵がある。
初めて描いた絵なんだがな、”機械人形と子供”の絵だ」
耳慣れない言葉で、カペラは、パンをちぎりながら、目を丸くした。
「機械人形と子供?」
ちぎったパンを口に放り込み、咀嚼して飲み込む。
「ああ、機械人形は、ボルツダイヤモンドと、純金の歯車を持ち、翡翠の目に、アンバーの髪
を持っていた。機械人形は子供をかわいがりたくて、夜な夜な水色のガラスの粒の
涙を流していたのだが、ある日、親のいない子供を腕に抱いて、うれし涙を流したという」
その機械人形と、子供は、ずっと仲良く暮らしたのさ。
と、話を終えたラピスラズリは、クランベリージュースを飲み、チーズをかじった。
「機械人形は、夢が叶ったんだね。よかった」
パンにかぶりつきながら、カペラは微笑んだ。
(この国には、悲しい涙だけではなく、うれし涙もちゃんと流れたんだ)
そう思うと、心が甚割と温かくなり、カペラは微笑んだ。
オルカも、どこかでうれし涙を流していたらいい。と、そう思った。
「そのスカーフ」
不意に、ラピスラズリは、カペラが頭に巻いているスカーフを指した。
「よく似合っている。きれいな色だな。使い込まれているが、大切にしているんだな」
カペラは、気が付けば、切られた耳のことを、ラピスラズリに話していた。
「昔ね、耳を切られたんだ。奴隷の身分だったから。そして、奴隷の身分から
救い出してくれた人が、これで隠せって、スカーフをくれたの」
スカーフをほどいて、切られた耳と、茶色の髪が、顕になる。
ラピスラズリの青い目が、かすかに丸くなる。
立ち上がり、カペラの目の前まで来ると、その耳を、絵具がしみ込んだ指で、そっとさする。
「痛かっただろう。よく、今まで頑張ったな」
不意に、カペラの涙腺が緩み、涙があふれだした。
緊張の糸が切れて、泣き続けて、あたたかかったパンも、スープも冷めたが、心は温かかった。
機械人形も、もしかしたらこんな気持ちだったのかもしれない。
カペラの視界の端に、見たこともない、アンバー色の髪と、翡翠の瞳の機械人形が見えて
こちらを見て、微笑んだ気がした。
まだ続くんだって。




