オルカという人の話
シトリンは、途中で、実は私まだ仕事中なので、と言って別れて行った。
カペラは、オルカの謎、赤毛の神官の謎について考えた。
ラピスラズリに届ける青い絵の具を腕に抱えながら。
何かを見上げている下絵を描いているラピスラズリを見た時に、ふと『青色の絵の具』
が必要だと思ったので、青い絵の具を大量に買ってきてしまったが、もし違ったらどうしよう!
と思い、その時は、素直に謝るしかないと思った。
工房に戻ってきたときに、謝る準備をしながら、扉を開けると、ラピスラズリは目を丸くした。
「よく、青色の絵の具がたくさん必要だとわかったな。
色の指定をちゃんとしないで、絵の具をたくさん買ってきて、しか言わなかったから
ちゃんと何色が必要か言えばよかったとさっき思っていたんだ」
ラピスラズリは、お礼を言いながら絵の具を受け取った。
「その絵、何を描いているか、当ててみようか」
カペラがそう言うと、ラピスラズリはキョトンとする。
「おれが思うに、その絵は『月を見上げるオルカ』だと思う」
カペラが真剣な顔で言うので、ラピスラズリは少し面白くなったが
何故、そう思ったのか気になった。
「そうだ。だけど、なぜそう思った?」
そういいながら、話を聞きたくなったので、カペラを椅子に座らせた。
椅子に座りながら、カペラは答える。
「月を見上げるオルカの話を聞いたときに思ったんだ。
みんな、オルカは盗賊の名前だというけど、盗賊が2人いて、そのうちの1人しか
名前がわかってないのは、なんとなく変だと思ったし、もしかしたら、他に月を見上げている人が
いるんじゃないかと、俺は思った。」
「シトリンは……おれの友達のことね。
盗賊は子供たちを3人助けて、その子供たちに、宝石や金貨をすべて渡して逃がした。
といっていた。その子供たちは、どこに行ったんだろう……」
そう、話し切って、カペラはようやく腑に落ちた顔をした。
違和感が解けたと、その目が語っている。
しかし、新たな疑問が生まれてしまった。
盗賊が助けた子供たちは、どこに行ってしまったのだろう?
「カペラが思った通り、俺の今描いている絵が月を見上げるオルカの絵だ。
オルカは、その、盗賊2人の友達の名前だ」
オルカは、とラピスラズリは語る。
「オルカは、お前の察した通り、月を見上げている人の名前だ。盗賊2人の友人だ」
オルカの話が残っているのは、と、ラピスラズリが続けた。
「盗賊が助けた子供たちが、月を見上げるオルカ、の名前を残した。
話も口伝えで残したし、本にもして残した。
あいにく、おれは話しか知らないがな。本は読んだことないんだ」
残念そうに、ラピスラズリは言った。
その本も、時が重なるにつれ、どこかへと消えてしまったという。
そして、いつしか「オルカ」という名前が独り歩きして、2人の盗賊うちの一人の名前だと
思われるようになった。
「ラピスラズリは、どうしてその話を知っているの?」
カペラは、本もどこかに行ってしまったというにもかかわらず、ラピスラズリがどうして
オルカの話を知っているのかが気になった。
「ある友人から聞いたのさ」
そういって、絵に色を塗り始める。
一面が深い青色に塗られ、その後に、オルカが、白い絵の具で縁取られ、ゆっくりとキャンバスに浮かび上がってゆく。
それは、昨日、カペラが夢で見た光景だった。
ラピスラズリは無心になって色を塗っているのを、カペラは黙ってみていた。
(オルカの友達だった盗賊は、なんていう名前だったんだろう)
不意にそう思った。
「ねぇ、オルカの友達はなんていう名前なの?」
「それは分かっていない。俺の友達に聞けば、答えてくれるのかもしれないが
今まで誰に聞いても、答えられなかった」
ラピスラズリは、少し考えるしぐさをしてから、そう答えた。
「そもそも盗賊をしていたというから、名前らしい名前がなかったのかもしれないな」
ハハッと笑ってから、彼はそう付け加えた。
(もしかしたら、オルカが2人に名前を付けてあげてたのかも)
カペラはそう思い、ただ、様々な色に染められていくキャンパスをただ眺めていた。
どうやら、この街には様々な悲しい逸話が残されているらしい。
懺悔を続けた修道士の話、月を見上げるオルカの話、赤毛の神官の話。
この地にはたくさんの人の涙が流されて、その涙で草木は育っているのではないかと
カペラは思っている。
人の懺悔を聞く修道士は、どうして、懺悔をし続けたのだろうか。
赤毛の神官の話は、悲しい道をたどったとラピスラズリが言っていた。
オルカの話に興味を持ったカペラは、そっと頭にオルカの姿を浮かべた。
(オルカはどこで、月を見上げていたのかな)
(どうやって盗賊の友達になったのかな)
この街が、まだ村だったころに、オルカの家があったのかもしれない。
そこに、2人の盗賊がやってきた。
盗賊は今夜、泊めてもらう宿を探していたけれど、お金なんて持っていなかった2人は
困り果てていた。
困っている2人を見て、オルカは2人を快く家に招き入れたのかもしれない。
ふと、カペラは疑問がわいた。
(オルカは、2人が盗賊って知っていたのかな)
そう思って、ラピスラズリにカペラは訊いた。
「ねぇ、オルカは、2人が盗賊だったって、知っていたのかな」
「どうだろうな。それは、オルカに訊かないとな」
もう、訊く方法など、どこにもないが。
「オルカと、盗賊はどうして仲良くなったのかな」
「さあな。単純に友達が欲しかったんだろ。俺のきいた話では、オルカに友達はいなかった」
ラピスラズリは、とんでもないことを口にした。
友達がいなかった?
「ええ! オルカって、友達がいなかったの?」
「いなかったのではなく、オルカは、作り方がわからなかったんだ。
オルカは、とてもやさしかったけど、人とうまく話せなかった。
だからずっと本ばかり読んでいたので、とても頭がよかった。
本当は友達が欲しいけれど、どうやって優しくしていいかもわからなかったんだ。
オルカ本人は、お茶目で、人間が大好きだったらしいが」
さみしかったんだろうよ。と、ラピスラズリは、キャンバスに筆を走らせた。
蒼の中に浮かぶ月が、レモン色が、白く、淡く輝いた。
つまり、盗賊たちは、オルカの初めての友達だったのだ。
「だから、盗賊に家に泊めてくれないかと言われたオルカは
お金なんていらないから、ぜひと、喜んで招き入れたんだ」
オルカは、寂しい人だったのだ。
友達が欲しくて、盗賊を家に泊めて、もてなした。
「じゃあ、盗賊たちはその日は飢えず、寒い思いもせず、助かったんだな」
「そうだな」
お礼を言い、なけなしのお金を置いて出ていこうとする盗賊を、引き留めるオルカを想像した。
オルカの顔も姿も知らないが、なんだか想像ができた。
『もう1日泊まっていきなよ』
そういうオルカに、じゃあ、もう1日だけ。と微笑んで、盗賊たちは止めてもらったお礼に
家の掃除や手伝いをしていたのかもしれない。
もう盗みなんてやめて、ここで家を建てて、村で働いて、生活しよう。
と盗賊たちは話をしていたのかもしれない。
そんな盗賊の姿を、カペラは想像した。
「おれさ、思うんだ。
盗賊たちは、オルカに引き留められて、そのまま住んでいたんじゃないかって。
盗賊稼業なんかやめて、オルカと楽しく生活していたかもしれないじゃないかって」
「そうだったらいいな。盗賊をやめて、オルカと、仲良くしていてほしいな」
カペラの中での謎が解けた。
オルカは、月を見上げていた人の名前で、盗賊の名前じゃなかった。
盗賊の名前はわからないこと。
「俺は」
ふいに、ラピスラズリが口を開いた。
「盗賊2人の名前がわかったら、その2人も描きたいと思っている」
絵具をキャンバスにのせてゆく。
オルカが、白い輪郭で浮かび上がり、彼の周りは深い蒼い闇に沈んでいる。
オルカに会ってみたい、と、カペラは思った。
彼は、いったい何を思って生きていたのだろうか? 何を考えて生きていたのだろうか。
初めての友達の、盗賊はどんな人だったのだろうか。
『オルカさん。盗賊さんたちは、どんな人でしたか?』
カペラはふと思い、心の中でオルカに話しかけた。
もちろん、オルカは答えない。
ラピスラズリの絵の中で、月を見上げているだけである。
レモン色の月は、ふんわりと蒼色の闇に浮かび、オルカをベールのような光で、包み、照らしている。
「オルカは、シャチの別の名前で、冥界の魔物という意味の言葉だ」
カペラは、少し驚いた。
ラピスラズリの話すオルカは、友達が欲しくて、作り方がわからない人だったので
魔物を表す言葉で驚いた。
「そうなの? じゃあ、そのオルカも魔物?」
カペラは訊いた。
ラピスラズリは、笑いながら答える。
「友達がいないというのなら、俺もそうだから、魔物ではないと思うぞ」
ベルーガのことは伏せておく。
きっと、ベルーガが、友達だと思ってくれてたのかと騒ぐからだ。
「ただの、友達が欲しかった1人の人だ」
まあ、やつには、盗賊の友達2人ができたがな。
「人間が好きで、お茶目だったという話はな。オルカの子供たちがそう言っていたんだとさ。
だから、俺のオルカ像は、その話を聞いたからできたものだ」
子供たちを膝にのせて、物語を語り聞かせるオルカの姿が目に浮かんだ。
優しく頭をなでて、抱きしめて、大切にかわいがるオルカ。
月を見上げるオルカの話は、その子供たちが語り継いだものだ。
「お茶目で、人間が好きで、友達を欲しがっていた。
かわいらしい人だよな」
ハハッと笑うラピスラズリは、絵筆を手に、カペラのほうを向く。
「本当に。その人が……オルカと、盗賊たちと、子供たちが、幸せだったらいいな」
カペラもそう答えた。
その日は、絵具を用意したり、ラピスラズリと話をして終わった。
家路についたカペラは、ふと、空を見上げた。
月が、レモン色に輝いていた。
ラピスラズリの絵と同じように、優しいレモン色にふんわりと輝いていて
ベールのような光を、そっと地上にカーテンのように降りていた。
そして、銀砂をちりばめた星空が、どこまでも続いていた。
オルカも、懺悔を続けた修道士も、赤毛の神官も、この星空を見上げていたのだろうか。
人の涙でできたこの土地に、自分がいま立っていると思うと、不思議な感じがした。
石畳でできた道を、そっと歩く。
家に帰れば、マグノリアと、リニアが待っている。
「リニアに、教えてやろう。オルカの名前は盗賊じゃなくて、月を見上げている人の名前だったと」
くすくす笑いながら、家の扉を開けた。
「ただいまリニア。マグノリア」
おかえり、と声が返ってくる。
マグノリアがエプロンをして、カペラを出迎えた。
「夕飯もう出来てるよ」
そういって、マグノリアは満面の笑みで、カペラに抱き着いた。
抱き上げてみると、少し重くなった気がする。
「エスメラルダ鉱山の、鉱石を、見習い騎士様からもらったんだ」
そう、マグノリアは嬉しそうに言って、鉱石をカペラに見せた。
緑色の鉱石は、まるで、草原が流した涙のようだった。
「きれいだね」
カペラは優しく言うと、マグノリアを抱き上げたまま、リビングに行った。
リニアは、木の椅子に座って、カペラを迎えた。
「お帰り。お疲れだね」
「月を見上げるオルカの話を、ラピスラズリのから聞いていた」
楽しげな声で、カペラは椅子に座りながら答えた。
「オルカはな、月を見上げている人の名前だったぞ。そして、いま残っている
わずかな話は、オルカが引き取った子供の話しだ。子供たちが、言い伝えていたんだ」
ほう、と、リニアは感心する。
「そりゃ、俺の知っている話とずいぶん違うな。そういう話もあるのか」
「あと、見習い騎士のシトリンも、オルカは人の名前で、盗賊の名前じゃないって言っていたさ」
「オルカという盗賊が、もう1人の盗賊と盗みを働いて働いて……ていう話じゃなかったんだな」
「本ももう残ってないというから、話が入り混じったのかもしれないな。
いつか、俺もちゃんとしたオルカの話を、本で読んでみたいものだな」
リニアが、ふと思い出したように言った。
「オルカの詩って歌があるの思い出した」
カペラが興味津々に訊く。
「へえ、どんな歌なんだ?」
「どんな歌だったかな。確か、冥界の魔物が、シャチが
恵まれない子供たちの一生を、嘆く歌だった気がする。
3つの詩が合わさっていて、1つ目の詩が、愛を受け取れない子供を嘆き
2つ目が、愛からはぐれた子を嘆き
3つ目が、愛にうえた子を嘆く歌」
「愛が共通してるんだな」
「自分より弱い、何かを愛したかったシャチの詩だな」
「オルカって人は、群れで行動する、家族を愛するシャチの化身なのかもね」
ちんたら続いてますね。ごめんなさい。書きたいよくはあるんです。書くのが大変なんです。




