マグノリアとベルーガ
やっと書きあがりました
(ベルーガは正体不明の少女である)
シトリンは頭の中で、その言葉を繰り返す。
少女というには年を重ねているように見えるし、かといって女性というほど大人びてもいない。
自分と同じくらいの年齢の少女なのだ。
狼の耳と尾を揺らして、ある日この街にやってきた彼女は、愛用の槍を手に
街の治安維持に努めていたシトリンに声をかけた。
『ねぇ。この街を案内してよ』
突然声をかけられたシトリンは、面食らった。
振り向いてみれば、頭に狼の耳を生やした、自分と同じくらいの年の少女が
老成した雰囲気を漂わせながら、金色の目を光らせて立っていた。
『わたし、初めてこの街に来たの。まだ、どこに何があるかもわからないから、教えてほしいな』
ピコピコ、と耳を動かして、いたずらっぽく微笑んだ彼女は、この出会い以来シトリンに
声をよくかけてくるようになった。
朝市で自分で作ったガラス細工を売っているが、どこに住んでいるのかも
どこからやってきたのかも、何もかもが不明。
頭に狼の耳が生えていて、狼の尾が生えているのかも、どうしてかは知らない。
『わたしは、実は、別の国の神様だったんだよ。今は狼の女の子なんだけどね』
ベルーガはそういってシトリンに、ガラスで作られた髪飾りを手渡してきた。
「ベルーガって、何者なんだろう」
街の治安維持に努めていたシトリンは、うっかり、口にしてしまった。
鎧を身に着けて、街中を時間ごとに巡回をしている。
今は巡回中だった。
オルシャとは休憩の時間は別になってしまったので、少しつまらなかったのだ。
今は、シトリンよりも2歳年上の見習い騎士であるミーヤと共に、街を回っている。
(誰かが私の言葉聴いてた、なんてないよね?)
きょろきょろとあたりを見回すが、そのような人はいないようだったので安心した。
ミーヤは、シトリンの独り言など気にするそぶりも見せず、あたりを見回している。
『騎士が街を巡回しているだけでも、治安維持につながる』
座学の時間に、講師を務めた騎士が言っていたことを思い出した。
それは見習い騎士でも同様で、皆お辞儀をしてくれたり、声をかけてくれたりする。
見習いか、1人前かの見分け方は、スカーフを首に巻いている者が見習いで
巻いていないものが1人前としていた。
街の者たちはみなそれを知っているので、見習い騎士が街にいると知ると
たまにキャンディなど、小さなお菓子をくれたりする者がいる。
受け取ってはいけないとされているが、育ち盛りで、いつもお腹をすかせている見習い騎士は
ありがたく受け取り、陰でこっそりと食べているのだ。
シトリンももちろん、ポケットに砂糖菓子を忍ばせている。
不意に口がさみしくなったので、包み紙を広げて、砂糖菓子を口に放り込んだ。
口の中で砂糖菓子を転がしていると、ちらりと視界の端に、小さな女の子が映り込む。
(盗人?)
街の中は人が多いので、よく盗人が出る。
見習い騎士が盗人を追いかけているのは、1週間に1度は見る光景だ。
しかしよく見ると、盗人ではなかった。
「ミーヤさん、あれ」
シトリンが示した方向には、べっ甲色の髪の少女が、トボトボと空っぽのバスケットを
片手に人込みの中を歩いてゆく。
「ありゃりゃ。盗人に籠の中の野菜盗られたんだねぇ。かわいそうに」
「かわいそうって言っても、わたし達は、金銭のやり取りはしてはいけないことになってますよ」
シトリンは困った顔でミーヤに言う。
(できれば、買いなおししてあげたいけど……)
「大丈夫。わたしに考えがある」
ミーヤはそういうと、にやっと笑ってから、ついてきて、とシトリンを促した。
ミーヤが向かった先は野菜を売っている店だった。
「わたしちょっと交渉してくるから、あの子の行方見ててね」
ミーヤは緑の目を細めてシトリンに告げた。
ミーヤが、自分のポケットを漁って取り出したものは、緑色の鉱石だった。
「じゃん。エスメラルダの鉱石だよ」
「それと、野菜を交換するってことですか?」
「そう。これはお金じゃないからね」
「そんなもの、どこから持ってきたんですか?」
「内緒」
そういって、ガラス戸を開けて、店の中にミーヤは入っていった。
「こんにちは、店主のおじさん」
店の中から、ミーヤの声が聞こえた。
その間、シトリンは少女の行方を見ていた。
少女は、店先に出ている少し高めのガラスの食器に目を奪われていた。
よく耳を澄ますと、ミーヤと店主のやり取りが聞こえてくる。
「お金じゃないからいいでしょ? 野菜を取られたかわいそうな女の子がいるんだよ」
「でも、騎士様との金銭のやり取りはだめだと、厳命が出ているからねぇ……」
「交換だってば。エスメラルダ鉱山の鉱石だよ。きれいでしょ?
これと、そこの野菜のセットを交換してよ」
ミーヤは女性にしては背が高く、店主が気圧されているのが、ガラス越しに見えた。
かわいそうに、店主は、背の高いミーヤに圧倒されている。
「そういわれても……」
「わたしはまだ見習いだから騎士じゃないよ。おじさん。
女の子が野菜盗られてかわいそうじゃないの?」
女の子は、ガラスの食器の店から、装飾品店に移った。
足元に籠を置いて、ビーズやガラス装飾品に見惚れている。
しばらくして、店主が折れて、ミーヤに野菜がたくさん入った紙袋を渡した。
「やぁ。やっと野菜もらえたよ。あの女の子まだいる?」
「おかえりなさい。こんなことが教官にばれたら、叱られるどころじゃ済みませんよ」
シトリンは呆れた顔で、ミーヤに告げた。少女は装飾品店の髪飾りを熱心に見ている。
「あ、あとあの女の子はあそこにいます」
指をさした先を見て、ミーヤはニコニコとうなずいた。
「よかったよかった」
ハーフアップにした黒髪を揺らして、ミーヤは忍び足で少女に近づく。
高い身長を縮こまらせて、棚の陰に隠れて様子をうかがう。
「誰も見てないよね?」
小声でシトリンに耳打ちする。
「誰も見てませんよ」
シトリンもそう小声で返した。
ミーヤは、そっと野菜を籠の中に入れた。
そして、素早く2人でその場を離れる。
「これで安心だね。あの子気づくかな」
物陰に隠れて、ミーヤは女の子の様子をうかがった。
「野菜がバスケットの中に戻ってきていることに驚くのではないですか?」
「人助けも騎士の仕事のうちだよ」
「誰も命令してませんけどね」
据わった目でシトリンはミーヤにそう返した。
気にせず、ミーヤはニコニコと歩き出す。
「いいのいいの。人助けだよ。
お金のやり取りもしてないんだから。それに、きっとシトリンも同じことをするよ」
ミーヤがそう言ったと同時に、3時の鐘がなる。
「交代の人たちが来るから、待ち合わせ場所にいこう」
シトリンにそう促して、にぎわう街を背に、2人は人混みに紛れて歩き出す。
見習いの騎士が2人で行った出来事を、遠巻きに眺めていた少女がいた。
誰かが野菜を入れてくれたのだろうか。盗られたはずの野菜が、バスケットの中に戻ってきている。
マグノリアは呆然とバスケットを見ていた。
装飾品に見惚れていたら、野菜が戻ってきていた。
(誰かが入れてくれたの? でも誰が……)
「ねえ。そのお野菜を誰が入れてくれたか知りたい? お嬢ちゃん」
頭の上から、鈴を転がしたような声が降ってきて顔を上げた。
黒髪の、頭から狼の耳が生えた10代後半ほどの少女が、マグノリアを覗き込む。
「え? え?」
明らかに人間ではない少女にマグノリアは狼狽えた。
「わたしの名前はベルーガ。そのお野菜を入れてくれた人のこと、知ってるんだよ」
パタパタと黒色の狼の尾が揺れた。
よく見ると、星をちりばめたような光が、日に反射している。
「狼少女?」
リニアが少し前に話してくれた、狼の少女の物語を思い出す。
『死者を守る神様は、狼と人を合わせた姿をしているんだよ』
人と狼を合わせた姿、ということを思い出し、思わず、マグノリアは彼女に訪ねた。
「死者を守る、狼少女? 神様?」
その問いに、ニッコリと笑ってベルーガは答えた。
「ちょっと他の人と違う女の子です。残念ながら神様とは違うの。
それで、そのお野菜を入れてくれた人は、わたしの友達と、友達の先輩だよ。
ああ、でも、神様のまねごとをしていたことは、あったかもね」
ふふふ、と楽しげに笑ってから、狼の尾を振った。
ベルーガはポンポン、と、マグノリアの頭を撫でる。
「お野菜盗まれて大変だったね。今度からはバスケットは手から離さないほうがいいかもね」
「どうして、わたしがバスケットから手を放してお菓子を選んでいたことを知っているの?
バスケットから手を離したことを知っているのかを、マグノリアは訪ねた。
「わたしは何でも知ってるの」
じゃあね、と言ってベルーガは背中を向けた。
長い黒髪が、日の光に波うつ。
「マグノリア」
マグノリアはその背中に向けて、声を投げかける。
「わたしの名前は、マグノリア。よろしくね」
立ち止まり、ベルーガはその名前を黙って聞いた。
「マグノリア。花の名前か。いい名前だね」
彼女は、振り向いて微笑んでから、街の中にそっと紛れていった。
その場には、マグノリアがひとり取り残された。
足早にマグノリアはリニアの家へと帰る。
(狼少女のベルーガ? 神様じゃないって言ってたけれど、リニアの話と一緒……)
腕には野菜がたくさん入ったバスケットを抱えて、少しだけ引いた
人込みの中をよたよたと歩いていく。
マグノリアは、不思議な女の子と出会えたことがうれしくて、少し歌いながら石畳の上を
革の靴でスキップしながら歩いて行った。
(貰ったお小遣いがまだ残っているから、飴でも買おうか、砂糖菓子もいいなぁ
いろんな種類の紅茶をたくさん買って、飲み比べも楽しいかも)
今日は、不思議な女の子と出会った話を2人にしよう。
狼の耳と尾をもった、ベルーガという女の子の話をして、また会えるか聞いてみよう。
(ベルーガ。また会えたらいいなぁ)
彼女は何でも知っていそうな雰囲気を持っていた。
賢者にも似た、深い知識を持った雰囲気を。
そして……。
(前の街で、カペラと一緒に見た絵に雰囲気が似ていた)
死者に祈る修道士の絵に、彼女と同じ雰囲気を感じたのだ。
その絵の中の修道士は、誰かの死を嘆いていたのか、頬に涙が光っていた。
その隣には、狼が描かれていて、狼は、じっと修道士の顔を見上げている。
修道士は、狼の存在に気づいているのか、いないのか。俯き、涙を流していた。
(絵に似ていた、というより、絵に描かれていた狼に似ているなぁ)
狼の眼差しは、深く、そして優しかった。
彼女の眼差しもまた、深く、好奇心にあふれていて、優しかった。
誰かに寄り添って、励ましたり、静かに隣にいてくれる雰囲気を持っていた。
彼女は、自分は神様ではないと言っていたが、他の人とは違う空気をまとっている。
もしかしたら、あの絵に描かれていた狼ではないか?
(ベルーガは、わたしや、カペラとは違う空気を持っている)
「ベルーガの正体は、あの絵の狼だったりして」
思わず声に出していってしまったことに気づいて、慌てて周囲を見渡す。
商品を売り切って、露店を片付けていた商人がちらりとこちらを見たが
布やアケビのつるで作られた籠を片付けて、散らかったゴミをまとめていた。
(声に出ていた? いけない。早く、帰らないと)
マグノリアは、パタパタと家路に急いだ。
「おれには、狼の友達がいる」
ラピスラズリは、部屋の大掃除をしているカペラに不意にそう言った。
今日は、工房と部屋の大掃除をすると、ラピスラズリは言っていたので、その手伝いだ。
古くなったイーゼルや、絵筆はお湯と石鹸できれいに洗いきちんと乾かしてから燃やし尽くし、
残った灰は畑に使いたいと言っていた農夫に、安値で売った。
固まって使えなくなった絵の具も捨てて、新しい絵の具を買い込んできた。
新しいイーゼルは、カペラが古い木材で組み立てて作り上げたものだ。
「狼の友達?」
カペラはラピスラズリに聞き返した。
彼は、窓を拭いている。
「いつも、おれが絵を描き上げると、引き取りに来る。そして、朝市で売っている」
カペラは、少し考えてから、急に何を言っているのか思い出して、声をあげる。
「思い出した。おれ、その子見たよ。おれが手伝った絵を売ってた。」
あの女の子が、ラピスラズリの友達だったとは以外だった。
そして、その子が狼だったとは気が付かなかった。
「あいつは、狼の耳を隠さず、尾を隠さず歩いているから、誰でもすぐに気が付くぞ
それともカペラは狼の耳に気が付かないくらい鈍いのか?」
おちょくるように言うラピスラズリに、カペラは少しムッとする。
「堂々としすぎてて気が付かなかったんだ。その子って、何者なの?」
「元神様だと本人は言っている。昔、死者の魂を守って、あの世に案内していたらしい。
ちなみに、名前はベルーガだ」
胡散臭い、とでもいうようにラピスラズリは眉間にしわを寄せた。
「ベルーガは、朝市で自分で作ったガラス細工も、手作りの小物も売っているぞ」
確かに、不格好なガラス細工や、きれいなボタンを売っていた。
そして、カペラ自身も、ガラス細工を買った。
「おれ、その子から、ベルーガさんから、ガラス細工を買ったよ。部屋に飾ってる」
昨日、自分が直した箒を手に、ゴミを掃くカペラは、不格好なガラス細工を思い浮かべながら話す。
「じゃあ、何かいいことがあるかもな。神様の作ったガラス細工だぞ」
ラピスラズリは楽しそうに机を拭きながら、カペラにそう言った。
「ラピスラズリも神様と友達なのだから、いいことがあるんじゃないのか?」
カペラも返事をして、塵取りにゴミを掃いていく。
直した箒は使い勝手がなかなかよく、当分はこの箒でやっていけそうだった。
コキアも相変わらずふんわりと丸い。
「絵のイメージがずっと沸いてきたらいいと常々思っている」
神官の絵を描き切ったラピスラズリは、なかなか絵のイメージが浮かばない、とぼやいていた。
「大体絵を描き終えると、何日間かはアイディアが浮かばないことに困っている」
ため息をついたラピスラズリは、雑巾を放り出して、椅子に座りこんだ。
「ベルーガさん、こういう時にこそ来てくれればいいのにねぇ」
箒を壁に立てかけてから、お茶を入れるよ。と言いおいて、カペラは茶器に手を出した。
街を歩いて、面白いものがないか探していたベルーガは、くしゃみをした。
「ああ、そういえば、あの話をしてあげようかなぁ」
ベルーガは、空を見上げて、軽い調子で言う。
「きっと、ラピスラズリ、絵のイメージが浮かばなくて困っているよね」
「2人の盗賊と、その友達の話」
他の方の小説を見ていると、よく長くかけるなぁと尊敬と関心が入り混じります。
わたしには無理です。
5000文字前後が限界です。




