カペラとマグノリア
とある2人は旅をしてます。
国境沿いにある、どこまでも広い草原は、夜空の星月に照らされて
薄水色にぼんやりと光っている。
薄水色に光る草原を、青年と、少女が三日月に照らされて、寄り添いながら歩いていた。
地面には少しだけ、歪んだ影が、2人分伸びている。
互いに寒くないように、はぐれないように、時折かすかに歌いながら、話し、笑いながら
孤独にさまよわないように、歩いてゆく。
3月の夜はまだ寒く、外套が手放せなかった。
「カペラ」
少女が、隣にいる青年に話しかける。
青年の名は、カペラという。
カペラの黒色の瞳は、少女を見下ろし、やわらかい声で返す。
「なに?」
黒色の瞳に、少女のべっこう色の髪が映り込む。
「カーボナード国には、わたしの家族になってくれる人はいるかな」
そう問いかける少女の表情は、少し寂し気だが、同時に期待も持ち合わせた表情をしていた。
それは、何とも言えない問いかけであり、どうやって答えていいか分らず、カペラの目が泳いだ。
彼女を悲しませたくない、という思いが先立ち、何とか答えようと言葉を探した。
頭の中で、言葉を組み立てては、バラバラにして組み替える。
「どうだろう? 俺にはわからないけど、きっといるよ」
少し乾燥した唇から、ようやく出た言葉は、あいまいで、当たり障りのないものだった。
しかし少女は、満足したようで、微笑む。
「じゃあ、マグノリアは、俺を愛してくれる人はいると思う?」
カペラは、いたずらっぽい色で瞳を染めて、少しふざけた口調で少女の名前を呼んだ。
こうなったら、質問返しだ! と、少しからかってやりたいという、いたずら心だ。
カペラの質問返しに、マグノリアは、1拍おいて答える。
「きっと、いるよ。カペラは優しいから、好きになってくれる人は必ずいる」
何の疑問も、疑いもなく、彼女はカペラの瞳をまっすぐ見据えて、答えた。
どこからその自信は沸いてくるのだろう? とたまに考えるのだが、カペラにはわからなかった。
だって、と、マグノリアは続けた。
カペラの外套を引っ張って、そばにある木まで連れていき、根元に座らせて
深い青色の空に輝く星を背中に見ながら、彼の懐に入り込む。
懐はじんわりとあたたかった。
「カペラは、今までたくさんの人を助けて、感謝されてきた」
行き場を失った姉弟を連れて、知り合いのいる、カーボナード国に連れて行った時
何度もお礼を言われた。
今はこんなものしか返せませんが、と手作りの装飾品を渡された。
「それは、マグノリアだってそうじゃないか」
懐に入り込んだマグノリアをぎゅっと抱きしめて、髪を撫でる。
外套で寒くないように彼女をくるんで、星を見上げた。
「いつだって、俺を助けてくれる」
眼の端に捕らえた、夜空の端に1つ、星が流れる。
カペラの黒い瞳にも、マグノリアのべっこう色の瞳にも、星が流れた。
新たな命が、どこかで生まれるのだ。
「お互い様ってやつだね。カペラ」
カペラの胸に、額を擦りつけながら、目を閉じる。
「カペラ、もし家族になってくれる人がいるなら、カペラと一緒に家族になりたい」
わたしはわがままだから、全部ほしくなるんだ。
マグノリアは、そういって、寝息を立て始めた。
こうなると、身動きが取れなくなる。
眠っている子供は、重いのよ。といつか出会った女性が教えてくれた。
眠ってしまったマグノリアは、本当に重くて、苦笑してしまうが、心底いとおしかった。
(マグノリア、一度に全部は手に入れることは、できないんだよ)
こんな大柄な男と一緒に家族になってくれる人なんて、いやしないんだよ。
そう言いたかったが、率直に言って、悲しませたくなくて、傷つけずに言う方法を
頭の中に探すが、見つけることはできなかった。
視界の端に、流れ星をまた見つけた。
ひんやりとした夜気に包まれて、息を吐く。
(ああ、今日は野宿だな)
カペラはそう思うが、星に見守られながら眠るのも悪くはない、と考えた。
どこかから、星の歌が聞こえてこないかと思い、息をつめて、耳を澄ます。
なんとなく、左耳に触った。カペラの左耳は、耳たぶがなく、歪み、ただれていた。
まだ子供だった頃、切られ、焼かれた後だった。
触ることが癖になってしまっていることに、苦笑した。
(耳たぶが生えてくるわけでもないのに)
感傷的な気分になってしまい、眠る気にならず、夜空を見上げる。
銀の砂をちりばめたような夜空は、鈴のような音が聞こえてきそうなくらいに
瞬いているのに、何も聞こえなかった。
しかし、耳の奥には吟遊詩人の友人の歌が、弦楽器の音とともによみがえってくる。
「この先に行けば、リニアのいる国につくな」
リニアのいる、カーボナード国に行こうと、2人で決めた。
あの時、自分とマグノリアが、手助けをした、姉弟のいる国に。
(あの2人は自分のことを覚えていてくれるだろうか)
リニアの暮らすカーボナード国に行った後のことを静かに考える。
竜騎士が守る国。縦横無尽に空をかける竜騎士たちが、いる国。
自分はまず仕事を探して、それから、愛してくれる人を探す。
マグノリアは、家族になってくれる人を見つけて、近所で友達を作って
いろんなことを学びながら、たまに、自分と会う。
自分は、リニアとともに、姉弟を訪ねて、顔を見て、愛してくれた人と生活をする。
カペラは1人、逡巡する。
(ああ、でもだいぶたっているから、あの2人は忘れているだろうな)
黒い髪の竜騎士の歌を聴くと、願いが叶うと教えてくれた友人、リニア。
黒髪の竜騎士の歌には、願いを叶える力があって、その歌を聞くと、どんな願いも
叶うのだと、記憶の中のリニアが歌う。
カーボナード国にいるときは、黒髪の竜騎士を、見つけたことはなかったが本当にいるのだろうか。
耳の奥で歌を聞きながら星を数えて、カペラも静かに目を閉じる。
瞼の奥には、リニアの暮らす土地で、小さな家の戸を開けている光景が浮かんだ。
その扉の向こうには、顔も名前も知らない人の影が、自分を迎えている。
自分はその人を心の底から愛しいと思っている。
愛しさを込めて、自分は言うのだ。
『ただいま』
今帰ってきたよ。と、その人に言って、微笑む。
そんな景色が浮かんで、消えた。
その幸せで、柔らかな光景は、何と言っただろうか? と、眠気でうまく回らなくなった
頭でぼんやりと考えて、息をつくと、記憶の底から、自分を奴隷から救ってくれた人の声が
輪郭を失いかけた声で、何かを教えてくれている。
しかし、顔も、名前も、声もうまく思い出せない。
何か、おまじないをかけてくれて、大切なことを教えてくれた気がする。
『焼かれた耳も、これで隠せばいいよ』
そういって、彼はスカーフを頭に、左耳を覆うように巻いてくれた。
(会いたいなぁ)
無性にその人に会いたい、と考えて、体の力を抜いて、息をつく。
腕の中のぬくもりを離さないようにしながら、星の歌声に耳を傾ける。
空では星が鈴の声で子守歌を歌う。
月は静かに自分たちをを照らす。
夜露は降りて、森を、草を濡らす。
カペラとマグノリアを包む外套も、ほんの少しだけ濡らして。
風がさやさやと吹き、2人の髪をなでて、静けさだけが2人を包んだ。
月は、真上に上り、道を、森を、青白く照らして、誰の耳にも聞こえない
子守歌を歌って、地上を眠らせる。
ムニムニと自分の頬を揉む感触で、カペラは目を覚ました。
花冷えで思わず、小さくくしゃみをしてしまう。
反射的に目を閉じ、洟をすすり、目を開けると、マグノリアが目を輝かせながら口を開いた。
「おはよう! カペラ」
元気のいい声で、カペラに挨拶をして、続ける。
「気持ちのいい天気だよ!」
そういって目を細めた。
彼女の背には、どこまでも青く、雲の1つもない澄み渡った空が広がっていた。
べっこう色の髪は、空の色を映しこみ、ほんの少しだけ青く染まっている。
太陽が2人を柔らかく暖かく包んでいた。春らしい陽気で
草花が小さく揺れている。
「ああ、そうだね。気持ちのいい朝だ」
そういって、マグノリアを腕に抱きこんだまま立ち上がった。
重たくなって、けれどまだ自分は抱き上げることができる、とひそかにほほ笑む。
寒くないようにと着込んでいた外套が、朝露に濡れた草の上にパサリと落ちる。
「カペラ。外套が落ちた」
マグノリアがカペラの腕からすり抜けて、外套を外套を拾い上げたその時。
辺りは暗くなり、強い風が吹き抜け、鋭い鳴き声と羽音が2人を震わして
頭上を飛び去って行く。
驚いて顔を上げたマグノリアは、目を見開いた。
「竜騎士……」
槍を携えた竜騎士が、カーボナード国へ、滑空しながら向かってゆく。
その姿はほんの一瞬だが、2人の目に焼き付いて消えることはなかった。
青い空に、深い緑色の竜に跨る、黒い髪の騎士。
『黒い髪の竜騎士の歌を聴けば、願いは叶う』
リニアの歌が、マグノリアの耳によみがえって響く。
「行こう! カペラ。竜騎士が向かった先に行けば、わたしたちの願いは、きっと叶うんだ」
竜騎士が飛んで行った方向を指さして、マグノリアが言い放つ。
「もちろんさ、マグノリア」
もとから住むつもりだったが、黒髪の竜騎士がいるとわかれば、心強かった。
カペラはマグノリアから受け取ったは外套をたたんで、背中に背負い
手をつないで歩きだした。
また亀のようにちんたら更新します。
よろしくお願いします。