病
お父様が何よりも家族を愛していることは知っていた。
特にお母さまに対する眼差しの優しさや、声音から、愛しいという感情があふれ出ていた。
「どうしたんだい急に。なぜ、リサの所為になるんだ」
お父様が困ったときの表情をする。私が駄々をこねた時の顔。
「あの刺繍は、私のためのモノだと知りました。すごく貴重な糸が使われていることも・・・お父様は、意味なくそのような事をしないはずです」
「熱で苦しむリサのために出来ることをしたかったんだよ。娘のためなら、何でもできるさ」
「私はもう十歳ですお父様。事の理由を察せられない程幼くはありません!お母様の事、本当の事を教えてください・・・!」
実際は中身は別人で成人もしているけど。
しかしそんな些末な事、今はどうでもいい。お父様のリベルサを避けるようなあの態度は、最愛の妻を亡くす原因がリベルサにあったからだったって、今回の繰り返しでようやく合点がいった。
「・・・そうか、もう十年か。時が経つのは速いものだね」
お父様は立ち上がると黒皮のソファに腰かけた。「リサもおいで」と、膝を叩きながら呼んでくる。
「リサ。君の中にはね、膨大な魔力が眠ってるんだ。それはもう、たくさん。いずれ、この世全てを平らにできる程になるだろうね」
「魔力・・・私に?」
「ああ。胎児の時から人より多く持っていた。・・・それがアメリには、人間には大きな負担だったんだろうね。君を産んだあと、アメリは衰弱していくようになった」
「そんな・・・」
膝の上で握りしめられた拳が白む。
「治療法は、」
「過去、こう言った事例は無いらしい。アメリの症状は“魔力過含衰退体症”と一応名付けられていてね。身に余る魔力をうちに宿したことで、器たる体が崩れて魔力が漏れ出している状態なんだ。崩れた器を治そうにも、魔力の性質が似ていないと拒否反応で苦しむ。加えてアメリ1人分の魔力が必要となる」
魔力とは人の生命線だ。血液のようなモノで全部なくなってしまうと当然死んでしまう。
ゲームのストーリーで不用意に近づいた花に魔力を吸い取られたヒロインが生死を彷徨うルートがあった。攻略対象である教師によって一命を取り留めたが。
「・・・では、家族なら。お母様の娘である私の魔力なら、」
お父様はゆるくかぶりを振る。
「そもそも私たちの言う魔力とは、この世界の創成期から存在する根幹を担うモノ。自然を育て、生き物を育て、世界を豊かにさせてくれる。そも私たち人間が魔法を使えるのは、この世界を創った神によって魔力で編まれた存在、精霊とその分子の妖精から祝福を受けているからなんだ。それらは魂の性質を感じる。素質、アメリに適応する魔力というのは、“彼女の魂と限りなく同じ”と言う意味なんだ」
そんな。そんなの。
世界中に魔法を使える人は全人口の3割ほどしかいない。
その中から探し出す事でさえ難しいのに、魂なんて眼に見えないものをお母様と同じなんて条件でなんて。
無理ゲーだ。
お母様の病気は、一生治らない。救う事ができない。何もできない。
未来なんて変えられないじゃない。
お母様を助けられないなんて
子供まで巻き戻ったせっかくのチャンスだと言うのに。