その原因は
温室でお母様を助けると心に決めてから、まず私がした事は現状を確認することだった。
家の事、世界の事は人生を繰り返しているから大丈夫。基本的なことは知ってる。私の事は十歳でまだ魔法は使えないことくらい。
そして、肝心のお母様の病気については、日に日に衰弱していくことくらいしか分からなかった。
小さい体で屋敷中を歩き回って情報を集めたのに収穫が少なすぎて思わずベットに飛び込んで泣いた。
「お嬢様、屋敷のものに何か聞いてらっしゃったみたいですが」
「ええ。大した成果は無かったけれど」
お茶を淹れる様すら綺麗なサラ。佇まいも品があって、身なりを整えれば何処かの御令嬢と言われてもおかしくない。
ゴロンと体制を反対にする。令嬢の振る舞いとしてはちょっと行儀悪いけれど、サラは怒らない。私がまだ小さいから見逃してくれてる。
仰向けになると窓から入る光に照らされ煌めく、タペストリーに目を奪われる。おおきなまんげつと、夜の女神『アルテミス』を表しているのだろう女性。その周りを取り巻く金・銀糸で形成された蝶は今にも動き出しそうな程、精密で繊細な刺繍だ。
ふと、疑問がよぎる。
・・・リベルサの寝台にこんな物あったかな。
まぁ、何か気に食わない事があったときしょっちゅう模様替えしていたからな。私が知らないだけか。
「お母様のために、私も出来ること無いかなって。だから、どんな病気なのかだけでも知りたかったのだけど・・・」
「何かお分かりになりました?」
「ううん、どんどん弱っていってしまう事しか分からなかったわ」
「左様ですか・・・」
近くのテーブルにカップが用意されたので、ベットの淵に腰かけて熱いお茶を口に含む。優しい香りが口いっぱいに広がって、スーッと疲れが取れるような気がした。
「ねぇサラ。このタペストリー何かしら?」
「お嬢様が熱を出された際に、旦那様の指示で誂えられたものです。なんでも、宮中の魔術師を呼んで作られたとか」
「ほんとうに?」
「ええ。四人もの方々が三日三晩、休まれずに」
わざわざ王家お抱えの、針子じゃなくて魔術師が呼ばれたのか。
「どうして魔術師を・・・」
「その刺繍に使用されている、金蜘蛛の糸と銀繭の糸は魔法による繊細な技術が無いと触ることすらままならないのです。一度触れれば、あっというまに消えてしまいますから」
凄く貴重な素材が使われていることは分かった。あのお父様が娘の為にここまでするのか。
度が過ぎすぎやしないだろうか。
「普通の糸でも良かったのでは・・・」
「・・・それはなりません。その刺繍は、お嬢様に取って大事な役割を果たしますから」
「どういうこと?」
手に持っていたカップをソーサーに置く。
「・・・お嬢様。申し訳ございません。一介の侍女ではお話することが出来ません」
その言葉の指すところは、お父様に聞けという事だろう。
「もしかして、お母様のことも関係している?」
「・・お答え、できません」
少しの間が答えのようなものだった。
お母様の死はリベルサによってなるものだったということだ。
そしてこの蝶の刺繍も、その話に密接している。
思わぬところで、核心に迫る情報が得られた。
急いで部屋を飛び出し、お父様の所に向かう。今日も執務室で仕事をしているはずだ。
素早くノックを三回、リベルサです、と告げる。
「入りなさい」
いつも通り眼鏡をかけて仕事をしていたようだ。山積みになった書類もまたある。
「お忙しいところ申し訳ありません。お聞きしたいことがあります」
「なんだい?」
薄く笑みをたたえて、いつもの優しい顔で見つめるその目が、今だけは、嫌だった。
「お母様が病気なのは、私が、私の、せいなのですか・・・?」
5/9:冒頭部分を2、3文、削除いたしました。