この夢なんなの
――――・・・・
『―――メア侯爵家令嬢、リベルサ・ナイトレイ・アセビ。お前は己の地位・名声を保守せんがために、私の愛するマリナに数々の非道な嫌がらせを行った。よって、学園追放し、私との婚約を破棄する。』
これは、ゲームの一場面。それでいて私の夢、なんだと思う。
でもゲーム画面のような平面じゃなくて、まぶしいシャンデリアも香水や化粧の匂いもすべてが本物で、今目に写る大勢の子息、令嬢方がリベルサを道端のゴミを見るような視線を投げてくる。
そして、リベルサが恋した婚約者とその友人がこちらを睨んで糾弾している。
もう、リベルサ中に希望と言えるものは無くなっていた。彼女が会場に入る時まで心に残っていた淡い期待がすべて消えていく。
夢なはずなのに。
私にも彼女の苦しさや絶望が伝わってきてすごく辛い。
「・・・分かりました。慎んでお受けいたします。」
―――どうしてですの!どうして、私ではありませんの!
頭に響く、言葉とは裏腹なリベルサの悲痛な声。
激しい感情の起伏。
彼女の声が響いたとたん、体中で虫が這いずり回るような感覚があった。それは次第にお腹の真ん中に集まって、内側を強い力で圧迫する。まるで体内から出てこようとするような感覚。
当のリベルサは自分の体なのに、気づけていないらしい。主人公と王子を見つめたまま、しばらく棒立ちしたままだったリベルサが王子たちの方を一度も見ずに、頭を下げると会場の出入り口へと歩き始めた。
「・・・・開けて下しまし。」
「っ、いえ。そういうわけには・・・」
「早くなさいっ!!」
顔をゆがめ声を荒げる令嬢に騎士はうろたえながら重厚な扉を開く。
凛として再び歩み始めたリベルサは大きく重い扉が閉まる音を背に、泣くことも叫ぶこともしないままその場を立ち去った。
人前で弱みを見せることの出来ないリベルサだ。
他の人から見れば、さぞ気丈な様子に見えただろう。
あの王子は嫌がらせの一旦が地位を守るためだとか思ってたかもしれないけど、本当は王子の近くにいることができる主人公への嫉妬や僻みからのそれだった。
(・・・・・・悲しいなぁ。)
舞踏会から帰り着いたリベルサはこの後、父親から冷酷な言葉を告げられるはず。
ゲームのエンディングでリベルサは他国に売られるから。おそらく、嫁ぎ先の夫となる人は20も30も年の離れた男の人になるだろう。
そして、絶望に打ちひしがれたリベルサが、馬車で隣国に行く道中に野盗に襲われて悲惨な最期を迎える。
これが、王子ルートのEND。
彼女に関しては他キャラのルートでも、そう大差ない。拷問や奴隷、毒殺、暗殺。
悪役である彼女の最期に、安らぎは微塵も無い。
痛み苦しみ怨嗟が付きまとい、1人で死ぬ。
ゲームをしている時は、いい気味だとか、当然の報いとか思っていたが、彼女も皇太子の婚約者である前に一人の恋をした女の子だった。努力しても報われなかった、可哀そうな人だった。
ひんやりとした空気を感じ、意識を向けると白銀に輝く満月が美しく厳かだ。
しかし、それに感動したのは私だけで、リベルサは黙々と階段を降りていく。エスコートしてくれる人なんていないから、一人、ゆっくりと階段を下りながら自分の馬車へと向かう。
最後の一段を降りようとしたとき建物の陰から黒い影が飛び出してきた。
影が飛び出してきたとき、キラリと光るものが見えた。月の光に反射して光ったそれは、
鋭く、鋭利なナイフだ。
リベルサは慌てて後ろに体を引いたがすでに遅く、鋭利な刃物はリベルサへと突き刺さる。
――――エンディングが変わった。
本当はこんなところでリベルサは死なない。
どうして、と考えるよりも腹部から伝わる激痛と熱に意識がもっていかれて思考が散乱する。
(・・っ、痛いっ、熱い・・・)
腹部が焼けるように熱い、痛い。痛感覚まで共有される夢なんて、知らない。
前世でも味わった痛みの再現、目の前が霞んでいく。
リベルサの意識が朦朧としてるんだ。
・・・ほんとにこの夢なんなの。
デジャブとともに体が傾いてくのを感じながら私の意識は――――――暗転した。
だけど、暗転するほんの数秒前。
――――私を、助けて・・・・・・あいして・・・
リベルサのそんな声が聞こえた気がした。