Pass12約束と願い<正義>Act1
ワタクシは今、呪われた闇の化身を古城の大広間で見上げています。
「レーシュ!俺様から離れるな」
此処まで辿り着けたのは、黒の召喚術師で自称勇者と名乗られるアレフ様のおかげ。
手を出すなと命じられていたワタクシは、後ろに付き従って来ただけなのです。
「は、はい!」
離れるなと命じられなくったって、回復系魔法しか扱えないワタクシに何が出来るのでしょう。
「俺様が命じたら、一発ぶちかませ!」
「わッ、分かりましたぁ~」
見上げた先に浮かび上がっている相手に、唯一ワタクシがダメージを与えられる術。
冒険者としては未熟者であり、聖魔法しか扱えないワタクシに撃ち出せるのは完全回復のスペル。
「死せる者の生命力を回復させれば、手痛いダメージになるからな」
アレフ様の仰られる通り。
「はいッ!」
頷くワタクシに、アレフ様がニヤリと笑われます。
その笑みに、どんな訳があるのかなんて考えてる余裕なんてありません。
黒き羽根を羽ばたかせて見下ろしている相手を見続けるのが精一杯ですから。
・・・そう。
今まさに相対している相手ってのは。
「きひひひッ!良く此処まで来られたものね。
私達を滅ぼしに来たのよね?私達の御主人様に歯向かう気なのよね?
だったら・・・死になッ!」
牙を剥く・・・吸血鬼女。
血に飢えた口元は大きく裂け、澱んだ瞳は赤黒く染められているのです。
背中に生やした黒い蝙蝠の羽根で宙に浮かび、狙った獲物を鍵爪で切り裂こうとしています。
狙う得物?
今は、ワタクシとアレフ様を指しています。
「死んだのは・・・お前の方だろうが」
悪態に対するアレフ様の答えは、彼女が既に死を迎え終えた後だと告げるのです。
望もうが望まぬが、ヴァンプと化した彼女は既に死んでしまわれた・・・と。
吸血鬼と化したのは、始祖であるヴァンパイアに血を吸われてしまったから。
血を吸われ、主従の誓いを迫られて。
苦しみを逃れる為か、それとも魅了の術で言いなりにされたか。
どちらにしても契約してしまわれた人は同じく、呪われた姿と化してしまうのです。
主人と同じ・・・吸血鬼へと成り果てるのです。
「でも・・・」
完全に主人であるヴァンパイアに支配されてしまわれているのでしょうか?
もしかしたら、ホンの一握りでも良心が残されていはいないのでしょうか。
彼女に掛けられた呪いを打ち消せたら、地獄送りにだけはしなくても済むかもしれません。
「でもも、へちまもあるか。
ヴァンプは俺様の放てる、癒しの術でさえも祓えないんだぞ」
「そうですけど・・・」
アレフ様の特技、闇堕ちした女性を正気に戻す召喚魔法も通用しませんでした。
この広間に辿り着く前に、2体のヴァンプに試されたのでしたが。
悉く撥ねつけられてしまわれたのです。
ですから、アレフ様は女性の救出を諦められたのでしょう。
いいえ。
生き返らせることを・・・と、言うべきかもしれません。
だから、先程の言葉が出たのでしょう。
<死んだ>のだのはヴァンプにされた彼女なのだって。
彼女の生還は諦めねばならないようです。
ですけど、救出はやり抜いてあげなければいけません。
「せめて・・・魂を戒めから解き放ってあげないと」
吸血鬼のまま滅びれば、魔物として魂は地獄へと向かうでしょう。
それはあまりに不憫。
せめて人として滅び、魂の安寧を与えてあげない事には。
「それが龍神のシスターであるワタクシの・・・務めでもあるのですから」
古の賢者様が着ていられた魔法衣を靡かせて、ワタクシは戒めの杖を構えました。
「ほぅ?!小娘が小賢しい。
私達に歯向かってタダで済むとは思っちゃいないだろうねぇ~?」
ワタクシに向けてヴァンプは嘲るのですけど。
「知らないでしょうけど。
ワタクシの術は、純天使の力を放てるんですよ?」
「ふん・・・馬鹿は休み休みにしナ。
お前如き小娘に、賢者級の魔法が放てるものか!」
え・・・っと。賢者様が扱えるクラスの魔法だったんですか、アレって。
「だ・・・そうだぜ?そんじゃぁ一発お見舞いしてやろうかレーシュ?」
「アレフ様がそう仰られるのなら!」
ワタクシに対しての雑言に、アレフ様の方がお怒りになられましたようで。
チャリン!
戒めの杖を床に突き立て、ワタクシが呪文の詠唱にかかります。
「聖なる紋章よ!この者へ癒しを与えよ・・・
<<ヒィーリング・ラツィエル>>ッ!!」
右手を介して、杖の先から迸るのは金色の輝。
極大魔法陣から奔流となってヴァンプに注ぎ込まれていくのが見て取れました。
死者である吸血鬼に撃ち込まれる再生魔法が、どんな結果を齎すのかは以前にも観たことがあります。
「ぎやああああぁ~~~ッ?!」
叫び声は断末魔のよう。
生命力を与えられた、闇に侵された者の苦悶が耳に飛び込んできました。
ワタクシの事を小娘如きと侮っていたヴァンプは、
「おのれぇ~ッ!御主人様ぁーっ!」
自身の主人に訴えるかのように、助けを呼んだのです。
でも。
ドスッ!
アレフ様が召喚した銀の杭に心臓を射貫かれてしまい・・・
「がはッ?!」
何が起きたのか理解する前に・・・
ボシュンッ!
消し炭のように炭化して、滅びを与えられてしまわれたのです。
「ちょ?ちょっとアレフ様。いくら何でも早過ぎでしょう?
救いの暇さえも与えられないなんて・・・あ」
ヴァンプに向けて接近していたアレフ様に気が付いた時、どうして早々に滅ぼされたのかが分かったのです。
「あ・・・あ?!」
近付いて来る悪意の塊に。
「そいつがヴァンプの親玉だろうな」
黒い霧のような影の塊。
床も天井も覆い隠す程の影の塊が、広間の闇を支配していく光景。
「これが・・・始祖なのですか?」
他人事のようにのんびり話すアレフ様に、血相を変えて訊き直しました。
「いや・・・もっと質の悪い奴だ」
え?!もっとって?
「邪悪なる者の中で最たる者。
一般には魔王とか呼ばれている奴らしいな」
ほぇぇッ?!ま、魔王ぅーッ?
驚愕するワタクシなんて眼中にも無いのか、アレフ様は影を睨んだまま仰られるのです。
「ま、ま、ま・・・魔王が、どうして此処に?」
「知るか。暇な魔王がいたんだろうよ」
あっさり言い返されて、混乱は恐怖になります。
「魔王が親玉だなんて聴いてませんよぉ!」
「俺も今知った所だ」
あ・・・そりゃそうですよね。
それにしたって・・・ですよ?
ヴァンプの主人が魔王だなんて、反則でしょう?
此処は新興宗教の教祖である吸血鬼がボスでは無かったのですか?
ヴァンプに貶めた娘を操って、人々に災いを齎そうとしていた吸血鬼を倒しに来た筈だったのでわ?
それがどうして・・・魔王だなんて。
「吸血鬼も元来、魔王が生み出したモノだからな」
「あはは・・・逃げましょうよぉ」
アレフ様は観念してしまわれたのか、それとも魔王と闘う気なのか分かりませんが動こうとされないのです。
「レーシュ。
お前はこの場から去れ」
ぼそり呟かれたアレフ様の声が耳を打ちました。
「そ、それじゃぁアレフ様も!」
「いや・・・駄目だ。お前だけで落ち延びろ」
まさか?!そんなのって?
あのアレフさんが・・・盾になられるおつもりですか?
「嫌ですよ!さっきまでは離れるなって仰られていたのに」
ー 逃げるのなら、二人で! -
そう言いたかったのですけど。
「奴とは浅からぬ因縁があってな。
ここで会ったのが何かの縁なのかもしれない」
「そ、そんな?!アレフ様は闘う気なのでしょ?!」
もしも魔王と闘って勝てると踏んでおられるのなら、ワタクシだけを逃がそうとはされない筈です。
人であるアレフ様に、魔王を凌ぐ力があるとも思えません。
いくら、地上で無敵を誇る黒の召喚術師であっても・・・です。
「ああ。
生きていたら、また逢うこともあるだろう」
「ま?!待ってアレフ様!ワタクシはあなたの下僕なのですよ?」
そうです!レーシュはアレフ様にお仕えすると決めたのですから。
いいえ。
ワタクシの中で芽生えた心のままに、離れたくないのです。
「分かっているさレーシュ。
お前は俺様だけの下僕シスターである事には変りない。
そして俺は下僕のマスターでもあり、お前の守護者だからな」
「ア・・・アレフ・・・様?」
ぶっきらぼうに仰られましたけど、はっきりと守り人だって教えてくださいました。
「だから・・・この場から去れ。
魔王を前にしてまで、俺を困らせるな!」
アレフ様の心使いが嬉しく思えます。
何としてもワタクシを護ろうとされているのが分かって。
「でも!ワタクシだって回復呪文を唱えられますからッ!」
闘いで手傷を受けられたのなら、ワタクシだって力になれると思います。
だけど、アレフ様は首を縦には振ってくだされませんでした。
「つべこべ言う奴は・・・とっとと去りやがれ!」
脱ぎ去った帽子にタロットカードを投げ込まれ、
「カード1番!レーシュをどこかへ連れ去れ」
無情にも命令されたのです。
召喚術が放たれ、魔法の帽子から巨大な腕が伸びて・・・
「ま!待ってくださいアレフ様ぁッ?!」
ワタクシと摘まみ上げてどこかへと連れ去るのでしょう。
・・・と。
想ったのですが。
グワン!
腕はワタクシの前で床へと拳骨をぶつけたのです。
「ひえぇッ?!」
目の前で拳骨が床を・・・
ボコッ!
「え?えええええええぇ~ッ?」
グワラ・・・ガラガラガラ!
ぶち破ってしまったのですよ。
「えええええええええええぇ~ッ?」
足元に支えが無くなった。
足裏になんの支えも無くなったのを感じた時。
「嫌ぁあああああぁ~~~~~~~!」
落っこちるのは懲り懲りなのにぃ~
「あああ~~~~~~~~~~・・・・・・」
ワタクシは暗闇の底へと退場させられてしまったのです。
あんまりですよアレフ様ぁ。
失意と自分の無力さに泣けちゃいます。
暗闇を転落していく最中、脳裏に過ったのはアレフ様の嗤い顔。
きっと・・・また逢えると信じて・・・気を失っていきました。
・・・って。
こんなに落下して、大丈夫なのぉ~ッ?
「はぁぅッ」
・・・絶賛気絶しました。
レーシュが消えた広間に居るのは・・・
ぽっかり開けられた穴を前にしてアレフが立っていました。
穴に向けてニヤリと嗤いながら。
「「逃がしたつもりかな?君は」」
澱んだ霧の中から若い男の声が咎めます。
「いや、聞かれたくなかったんでな」
「「だろうね」」
霧の中から何者かの影が模られていきます。
澱んだ空気を人型に集約するかのように。
「「ボクと君の馴れ初めを知ったら。
あの娘だって気が付くだろうからね・・・アスタロト」」
人型を採った影は、やがて完全に人の姿に変わりました。
「ああ。それは願い下げだからな。
まだ完全に貶めた訳では無いからな・・・ルシファー」
いつの間にかアレフに代わり、アイン・ベートが居たのです。
残酷なる黒の召喚術師のアインが・・・いいえ。
「だろうね・・・君にしては生易しいとは思っていたけど」
現れた魔王は、アスタロトを人の中へと押し込めた張本人であるルシファーだった?!
「そうか?
そう思うのなら、お前こそなぜ手を出さなかった?」
黒の召喚術師の身体を使っているのは。
「このアスタロトを閉じ込めた程の魔力を有するというのに」
アインの前に模られた堕天魔ルシファー。
長き金髪を後ろで結い、蒼き瞳で傍らの魔王を宿す者を見詰めて応えます。
「面白そうな娘だからさ。
どんな秘密が隠されているのか、ちょっと気になってね」
「そうか?お前でさえも分からないというのだな?」
穴の前で集った魔王。
共に敵対する仇とも呼べるというのに・・・
穴に落ちて行ったレーシュに興味を示す堕天魔ルシファーへ。
「レーシュは渡さん。
あの娘は俺様が復活するのに必要なのだ」
アスタロトを宿した黒の召喚術師がタロットを突き出すのです。
「それは・・・困りましたねぇ。
あの娘が君の元に居る限り、ボクは安心出来ないじゃありませんか」
対して堕天魔とも称される崇高なる魔王ルシファーが、苦笑いを浮かべて蒼い瞳を細めるのです。
「アスタロト君には過ぎた子かもしれませんよ。
ですから・・・ボクが貰い受けましょうか?」
「ほざけ!」
方や堕天魔。
そしてアスタロトは・・・まだ魔王としても復活出来てはいない宿る者。
闘えば、今度こそ間違いなく滅ぼされてしまうでしょう。
「ふ・・・あはは!
なんですか、ムキになっちゃって。冗談ですよ冗談」
でしたが、先に断って来たのはルシファーだったのです。
「君が貶めようとしているのが分っていましたのでね。
ちょっと揶揄ったまで。そんなにムキになる事はないでしょう?」
「本当にお前は質の悪い魔王だぜ」
闘えば、間違いなく勝利したであろうルシファーが折れたのは?
アスタロトは計りかねたのですが、ここは闘わずに済む方が良いと判断したようで。
「レーシュを俺の手で貶める・・・お前は手を出すな」
警告とも忠告とも取れる言葉を吐き、ルシファーから遠退くのでした。
「それはねぇ、事の次第によりケリって奴だよアスタロト君」
眼にかかった金髪を掻き上げ、ルシファーが笑い掛けました。
「もしも君に隙があったら・・・奪っちゃうからね」
「誰に言ってやがる。俺様に手抜かりなどない」
別れる魔王達が、最後に目を併せると。
ドビュウウウウゥ~
どこから巻き起こったのか、鎌鼬が広間をズタズタに切り裂いていきました。
堕天魔ルシファーと元魔王アスタロト。
因縁はまだ後を引きそうなのですが・・・
問題の中心であるレーシュは?
穴に墜とされたレーシュの運命や如何に?
またもや落っこちたッ!
今度はどんな出来事に巻き込まれちゃうのでしょう?
損な娘レーシュの苦難はまだまだ続きそうですねW
次回 Pass12約束と願い<正義>Act2
君の足元に蠢くのは・・・魔物?




