<Pass11 荒野の果てに<<運命の輪>>>Act8
眠るレーシュに忍び寄る・・・
そいつは何を狙うのか?
眠りに就いたアレフに代わり、もう一人が意識を取り戻す。
遠退くアレフの意識に、黒の召喚術師である<彼>が目覚める。
「勇者アレフも気が付いていたようだが・・・宴がやって来ようとしている」
目覚めたアインは、何かを悟っているのか?何かが起きるのが分かるのか。
「俺の中に宿った奴も、それを望んでいるようだ」
黒の召喚術師に宿っていると言えば、魔王アスタロト?!
魔王が望むのは、強き闇の力だと思われるが?
「フフフ・・・知っているさアスタロトよ。
お前が本当に望む<異能>に、アイツが近付くことぐらいは」
どうやら、アインもアスタロトも。
何かが起きた後、求める者に変化が訪れると考えているようだ。
残酷なる召喚術師本来の凄味を貌に現わし、アインは隣の部屋を観るのだった。
「そう・・・聖なる力に目覚めるが良い、メレク・アドナイよ」
アイツと呼んでいたのは、法名をレーシュと呼ぶ少女を指している。
魔王を宿らすアイン・ベート。
一体彼と魔王アスタロトは、この後何が起きるというのか。
すぅ・・・すぅ・・・
眠る少女の枕元。
黒の召喚術師が佇む・・・右目を金色に染めて。
「おい・・・聴こえているか?」
小さめの声で呼びかけるのは、相手が起きていないかを調べる為か。
「護っているのだろう?
妖からも護っている筈なのではないのか?」
違うようだ。
「間も無く奴等の一匹が襲って来るぞ?」
何かを警告しに来たみたいだが?
「俺が護ると看破していたか?」
一体誰にアインは話しているのか?
シーツに包まるレーシュに視線を落とすアイン。
今彼が話しかけているのは?
「「魔王アスタロトの憑代よ。
この娘に害を為しに来た訳ではあるまいに」」
眠るレーシュの口が開き、重々しい声が流れ出す。
「そうだ。だが、奴には油断していると思わせなくてはならん」
「「眠る姿が何よりも良いとは考えないのか」」
黒の召喚術師アイン・ベートに、宿る者が答える。
「未だに襲って来ない処をみれば、分かろうが。
奴は二人纏めて処置しようと目論んでいるのだぞ」
「「そうか?それでこの場に現れたのか」」
アレフが眠り、意識を失った事でアインが目覚めた。
それはこれから何が起きるかを指してもいた。
「「お前に宿る魔王は、この娘を護ると約束したではないか」」
「そのようだ。だが、必要無き時には傍観しても良いだろう?」
眠る姿勢のままでいるレーシュを見下ろしていたアインが、
「勇者アレフの身体を使って・・・奴をおびき寄せるのも一興だぞ」
ベットに足を載せて嗤うのだった。
「「ほほぅ?娘に手を出すというのか・・・辞めておけ」」
嘲るアインに対して、レーシュに宿る者が警告する。
「「娘の意識が戻る・・・我の声が届かなくなるぞ」」
「それでも良いさ。奴をこの場に誘き出せるのならな」
何を誘き出そうというのか。何が待っているというのか。
「「フ・・・ならば・・・そなたに任せよう」」
レーシュの身体にアインの手が触れようとした・・・瞬間。
パチリ
紅い瞳がアインを見詰める。
「アレフさん・・・かぁ・・・おはよう・・・え?!」
惚けた声がレーシュから零れたと思ったら?!
「な・・・なッ?!何やってるんですかぁッ!」
ボゲシっ!
飛び起き様にアインを突き飛ばすレーシュが居ました。
「寝ていたと思ったのに・・・狸寝入りだったんですね?!」
シーツを胸元に引き上げ、プルプル震える下僕なシスター。
「ああ、寝たのは勇者の方だけだ」
飛び起きた少女に嗤うのは、黒の召喚術師アイン。
「へ?!アレフさんじゃなくてアインさん?」
勇者を名乗るアレフと、残酷なる黒の召喚術師アインという人格を持っているのを知っていたレーシュが聞き咎めると。
「そうだ、俺だ」
肯定した・・・のだが。
「って!同じですからッ!」
プルプル震えるレーシュが、拳骨を握り締めて怒った。
「女の子の寝顔を見るなんて、それはもう犯罪ですから!」
怒るのは無理もないって、言いたいようだが。
「で?本当は何が目的だったのです?
アインさんが夜這いを仕掛けるなんて思えませんけど」
どうやら落ち着きを取り戻したレーシュが訊くと。
「察しが早くなったな。
もう直ぐその訳がやってくる、その窓からな」
顏はレーシュに向けたまま、金色の左目で窓を観ろと促すアイン。
「窓?」
部屋には大き目のガラス窓が一つあった。
そこには夜空が見えているのだが・・・
「あ?!」
窓辺の片隅には、そこに映っていなければならない星が見当たらなかった。
真っ黒い何かが、星明りを遮っているのが分かる。
「な・・・なに、アレ?」
黒い者の影がそこにある。
それが何を指しているのか、レーシュには計りかねるのだが。
「奴か?勇者アレフもお前も。
下の食堂で見知っている筈だが」
「食堂で?」
何かが頭の片隅を過る。
食堂で観たモノと言えば・・・マントの中で光った紅い光。
「あの方?マントを被られていた?」
「そうだ」
思わず見詰めそうになるレーシュに、アインがにじり寄ると。
「ジロジロ観るなメレク。
奴が警戒してしまうから、辞めておけ」
アインの声が近寄ったのが判ったレーシュは。
「って?!何をする気なのですか」
自分が下着姿だったのを思い出したのか、シーツで身体を隠した。
「何も。唯、奴が飛び込んでくるまで芝居をするだけだ」
「芝居って・・・あの。もしもし?」
伸し掛かられるレーシュは、引き攣った笑みを溢してしまう。
「俺の言う通りにしろ。
奴を倒さんと眠りに就けなくなるぞ、明日の夜明けまで」
「で、でも。あの、これは・・・ちょっと」
もう少しで顔と顔が触れ合いそうにまで近寄られ、真っ赤な頬になるレーシュ。
「黙っていろ、下僕シスター。
奴の覗きこめる角度なら、接吻している様に見えている筈だからな」
「キ・・・キスぅ?!あわわ」
まるで頭から湯気を吹き出すかのように、真っ赤になるレーシュへ。
「そのまま横になれ。
奴を気付いていない振りで、行為に没頭しているように思わせろ」
「ひ・・・ひゃぁい」
たらたら冷や汗を掻くレーシュが、ゆっくりと沈み込み始めた・・・
「いや・・・もういい」
「へ?!」
金色の眼が窓へ向けられた。
それに釣られたレーシュも・・・それが来た事を悟らされる。
ガッシャァ―ン!!
粉々に飛び散るガラス。
バラバラと室内に落ちて来る破片。
そして・・・真っ黒な物体が躍り込んで来た。
「キャッ?!」
短く叫んだレーシュを置いて、アインが即応する。
「かかったな!」
嗤うのは黒の召喚術師アイン・ベート。
「飛び込んで来るのを待っていたぜ!逃がしはしないぞ」
咄嗟に飛び起き、ベットから転がり落ちる。
そこには初めから用意されてあった帽子とロッドが!
「ア、アインさんッ?」
黒い物体はランプの光に照らされ、正体が知れるようになった。
「蝙蝠?!違うッ」
真っ黒で巨大なコウモリのような翼。
しかし、厳然と人の姿を成してもいる。
「悪魔ッ?ち、違うよね?!」
レーシュは新たな恐怖に包まれてしまう。
黒いマントではなく、本当の羽根が付いた人間を観てしまったから。
「ま・・・さか?こんな街の中で?」
自分が観ているモノを信じたくない想いか、レーシュは眼を見開いて相手を観る。
「どうして?なぜワタクシ達の元に?」
翼をたたんだ相手の顔に光るのは、紅い瞳と・・・
「なぜなの?吸血鬼がこんな所に?」
哂う口元に伸びた牙が光った。
修道女だったレーシュも、噂だけは聞き及んでいた。
この世界には闇の眷属として、人の生き血を啜る者が居ると。
望むままに夜空を飛び、狙う者を襲うという。
今、目の前に居る女性の姿恰好は、聞き及んでいる悪魔の化身と瓜二つ。
「ヴァンプが、どうして?」
蝙蝠の羽根を着けた、女のヴァンパイアが嗤っていた。
レーシュは怯えよりも、なぜ自分達を狙うのかが分からなかった。
ヴァンパイアが狙うには、それ相応の目的がある筈なのだから。
見境無しに血を求めるのなら、窓をぶち破ってまで襲わない筈だ。
こっそり人気のない場所で得物を求める筈だし、二人を狙う事も無いだろう。
つまり、目の前に居る吸血鬼は。
「お前達・・・首を突っ込み過ぎたようね。
我が主が、始末せよと仰られたのよ。
残念でしょうけど・・・死んで?」
二人の首を掻きに来たと宣言したのだ。
「え?!貴女の主なんて知らないッ」
怯えたレーシュが言い返したが、ヴァンプは首を振り。
「知らないのなら・・・知らない間に死になさい」
嗤うと、真っ直ぐに細い腕を突き出して来たのだった・・・
窓から飛び込んできたのは・・・
まさかの、吸血鬼<ヴァンパイア>?!
蝙蝠の羽根を持つ、紅き瞳は血に飢えて?
女吸血鬼は2人を襲おうとしている?
さぁ!相手が現れたぞ。やっておしまい!!
次回 <Pass11 荒野の果てに<<運命の輪>>>Act9
そして・・・レーシュは自らの行為に恐怖する・・・




