Pass10 陰為る姿 <<隠者>>
街人に囲まれるレーシュ。
聖龍神のシスターである彼女・・・
角に隠された秘密とは?
街の男達に囲まれたアインとレーシュ。
悪意に染まった人を相手に、黒の召喚術師がタロットを引き抜き。
「人間は人として生きなければならない。
魔族と共存出来るなど、夢物語に縋るものでは無いのだ」
ⅩⅥ番のカードを帽子に放り込む。
「塔の絵札よ!この者達へ罰を与えろ」
魔法陣が描かれた帽子の中へ入れられたカードの異能が発現する。
タロットカードⅩⅥ番。
そこに描かれてあるのは神罰を下す塔。
強大なる魔術により召喚されるのは人智を超える粛清の異能。
「圧し潰されるが良い!
邪なる人よ、己の過ちに鉄槌を以って滅ぶのだ!」
上空に浮かぶ巨大な塔。
黒の召喚術師は街ごと圧し潰す気なのか?
レーシュを取り囲んでいた男達が異変に気が付いた時には、既に塔が現界してしまっていた。
「うわわッ?!空に城のようなものが浮かんでいるぞ」
「まさか?!こんなことが現実にある訳が・・・」
恐慌状態になる街人達。
レーシュを取り囲んでいた輪が崩れ、誰もが逃げ腰になったのだが。
「召喚術師よ、無益なる死を振り撒くな」
紅き瞳の少女だけが諫めていた。
「悪意だけを滅ぼしてみよ。そなたにはそれができる筈」
少女の口からは、魔王を諫めて罪だけを滅ぼせと命じて来るのだ。
「なに?!このアスタロトに命令する気なのか?」
アインが召喚術を放った時、魔王の意識が乗っ取っていた。
それがレーシュに宿った者には分かるのか?
「そもそも貴様は誰なのだ?
白き角は何を示すというのか?本性は小娘如きではあるまい」
アスタロットにもレーシュの本性が見抜けない。
悪魔王アスタロットでも何者なのかが分らない。
「我か?我は娘を見守る者。
そして娘に災いを齎す者を排除する眷属」
操られるレーシュの口から零れだす声は、少女とは到底思えない重さがあった。
「眷属だと?
それは聖なる者なのか、邪なる異能なのか?」
アスタロットが云うのは、神の眷属なのか大魔王の眷属なのかとの意味。
相反する力を指し、自らの敵なのかを確かめたのだ。
「そなたは、どちらだと思う?
聖なるモノと断じたのなら、この娘を如何にする気なのか?」
「分かり切った事!この場で人間共と同様に始末するだけ」
悪魔王として、神の眷属ならば葬り去るのが常套手段。
「だが、その娘は実に面白い。
神でもなければ人でもない、ましてや悪魔などとは到底考えられぬ。
聖なるモノでも悪魔でもない・・・不思議な存在だと思っているのだ」
悪魔王アスタロットは、その手にレーシュを握ると言っていた。
殺しもせず本性を暴いたのなら、力を奪い取ろうと目論んでいたのだ。
「下賤な悪魔などでは無いとだけは言える。
この悪魔王アスタロットが力を取り戻す為に手元に置いておく。
力を奪い取るか、若しくは他の異能者を呼び寄せる道具としてな」
護ると言った相手に対し、邪なる考えで応じたのだ。
宿る者に教えることで、本性を見極めようと仕掛けた様だが。
「それは娘を護る事にもなろう。
娘の力を欲するのならば、娘自体を覚醒させねばならぬ。
それは我が意と同じ。我が意と重なる」
「なに?!娘は何に覚醒するというのだ?」
あてが外れたアスタロットが質したのだが、宿る者は答えずに言った。
「娘が覚醒すれば分かるであろう。
世界の果てで何が起きようとしているのかが。
その時には、そなたにも手出しが出来ぬであろうがな」
「この世の果てで?何が起きるというのだ?!」
悪魔王であるアスタロットにも知られていない秘密があるのだという。
この世界の果てで、何かが起きようとしているとは知らなかった。
「知りたければ、娘と同道する事だ。
目覚めを迎える時には、事実が見えるようになっているだろう」
「悪魔王が、この娘と歩みを伴にしなければならないというのか?」
拒絶する事は容易い。
だが、知らされてしまった未来には興味がある。
「手出しが出来ない程の異能に目覚めるのか。
この悪魔王アスタロットでさえも、手にするのが叶わないというのだな?」
応えるアスタロットは嗤う。
無理だと断じられれば無性に手にしたくなる。
邪なる者として、魔王として。手に出来ないと言われれば欲するのは当然のことだった。
「良いだろう。娘には手を出さない。
目覚めの時までは守ってもやる。
だが、覚醒を迎えたのならば・・・貰い受けるぞ!」
悪魔王として、当然の権利だと謂わんばかりに。
「それで良い。
我も見守るだけにしておくが、危急の時は現界するものと心せよ」
宿り続けると言い切られたアスタロットが嗤い続ける。
「危急とはなんだ。
悪魔王が娘を護れないと言うのではなかろうな。
いつの日にかは力を取り戻し、真の魔王になるアスタロットなのだぞ」
「その日が来れば・・・だがな」
レーシュに宿った異能は、何かの予言めいた言葉を残す。
アスタロットは魔王に戻れないとでも言うのか?
それとも魔王に戻れる前にレーシュが覚醒してしまうとでも言うのか?
「娘が覚醒するように務めるが良い。
聖なる者か邪悪なる者へか、そなたの行い次第で染まるかも知れぬぞ」
共に歩まなければ手に出来ない。
共に歩むのならば、知らされる事にもなろう。
「聖か邪か・・・どちらに転ぶのか分からないというのだな」
アスタロットは未来を図る。
レーシュを染めるのならどちらが良いのかと。
聖に染めれば力を奪い去る時に痛痒は無い。
反対に邪に染めたのならば、奪い去ってしまえば下僕を失う事にもなる。
強大なる力を持つ娘から力を奪い去れば、いざという時に戦力を無くす事にもなる。
「それならばいっそ、聖なる者へ昇華させるのも手だな」
輝を纏える者にしてしまえば、力を奪い去る時に躊躇いは産まれはしないだろう。
聖なる者は悪魔王にとって忌み嫌う相手でしかないのだから。
「それに、娘は元々シスターなのだから」
聖龍神を奉ずる教会のシスターだと聴いていた。
慈悲深い神の眷属である龍を祀った聖教会に所属しているとも。
「ならば・・・染めるのも容易いだろう」
嗤うアスタロットは自分が邪悪なる者であるのも厭わずに言って除けた。
「騙し通してやるだけだ。
アインとして、黒の召喚術師として接してやれば良いだけなのだから」
人の姿を採る悪魔王は、娘を誑かし続けようと画策する。
「しかし面白いではないか。
悪魔王と聖なる娘が旅を同じくするなんて」
誤魔化し通せる自信があるのか、アスタロットは嗤い続ける。
「娘が目覚めた暁には、この手で残酷なる最期を齎してやるだけだ」
異能を我が手にする時、娘はタロットにでもしてしまえば良いと考えた。
「そして真の魔王と成り、ルシファーに復讐してやるのだ!
堕天魔ルシファーを滅ぼし、サタンをも超えてやるのだ!」
自らが闇の支配者になってやるのだと。
「これで旅の楽しみが増えた。
手元に確かな物を手に出来たのだからな」
嗤うアスタロットはレーシュを見詰めて嘲笑うのだった。
「堕ちて来るぞ!」
恐怖に引き攣った者達が叫ぶ。
「助けてくれッ!」
逃げる事さえ出来なくなった街人達が赦しを乞う。
「黒の召喚術師様、どうかお許しください」
殴り倒した男へ粛罪を願う。
だが、召喚術師は嗤うだけだった。
「そこのお嬢さん、どうか連れの方に頼んでください」
さっきまで命を奪うやら言っていた男達だったが、死を与えられようとして怖気づいたのだ。
「頼みます!どうか命ばかりはお助けを!」
一人の男がレーシュに縋り付きました。
「俺には嫁が待っているんだ!死ぬ訳にはいかないんだ」
人を殺めようとした男が、自分勝手な願いを言い募る。
その男を冷めた目で観たレーシュが逆に訊いた。
「そなた等も死ぬことが怖いのか?
ならば騙し殺したモノたちがどう思ったかを考えた事があるのか?」
冷徹な言葉の仕打ちを男へ投げかける。
「それは・・・無念であったと」
無念・・・たったのそれだけなのか?
紅い瞳で男を観るレーシュが、首を振ると。
「罪の重さを心せよ。
如何に己の命を絶やさぬ為とはいえ、同族の命を弄んだ重罪を償わねばならない」
「嫌だ!俺は死にたくない」
絶望の声で男が応じる。
その声にレーシュが眼を閉じると。
「俺は殺すとは言っていないぜ」
塔を出現させた召喚術師が間に割って入って来た。
「お前等が罪を認めて粛罪すると云うのなら、罪だけを罰してやる」
怯え慄く男を押し退け、レーシュの前まで来たアインが。
「赦してやったらどうだ魔法シスター。
お前も無益な殺生を嫌うのではないのか?」
そう言って落ちていた黄色いリボンを拾い上げると。
「そら、角を観られるのは駄目なんだろう?」
瞼を閉じているレーシュの手に握らせるのだった。
「・・・見られたからには黙らせないといけない」
そう言うレーシュの薄く開けた目に、黄色いリボンが写り込む。
「口外されたら禍を呼び寄せるのだから・・・」
次第にレーシュの声色が変わって行く。
元の少女らしい声へと。
「そうよ・・・角を見せたらいけないんだよ・・・ね」
「だったら、角を隠さないといけないだろうが」
手に持っているリボンを結わえろと促すアインに、
「そうだよね・・・隠さないといけないよね」
放心状態になっているレーシュが角を隠すようにリボンを結い直した。
・・・と、その時。
「ぴぃやぁああああッ?!」
強烈な叫びをあげる・・・レーシュに、アインが仰け反ってしまった。
自分を取り戻したレーシュが恐怖からか叫んだのだ。
目の前にアインが居るのに・・・だ。
・・・誰かがワタクシを呼んでいるの・・・
ぼぅっとした意識の中で、アレフさんからリボンを手渡されたような気がしていたのです。
ー そう。ワタクシの秘密を見せちゃぁいけないんだった・・・
いつの間にか気絶しちゃってたんです。
それで気がついて眼を開けたら・・・ですよ?
「ぴぃやぁああッ?!
アレフさんッ!どうしてタロットを使うのですか?!」
気が付いて目を開けると、いきなり<塔>が見えましたから。
確か、アレフさんは街の方々に殴り倒されていた筈。
それがいつの間にかタロットを使っておられたようなのですが、ワタクシには覚えがありません。
「街の皆さんに何を為される気なのですかッ?!」
殴られたとはいえ、魔術で召喚した塔で何をやる気なのですか?
ワタクシには事の経緯が掴めないのですが、唯ならぬ事態なのは分かりました。
「おい・・・惚けるのもいい加減にしろよ魔法シスター」
ぼそりとアレフさんが・・・って。アレフさんなの?
「あのぉ・・・もしかして。黒の召喚術師さん?」
「そうだ、アインだ」
・・・なぁ~んだ、残酷な召喚術師さんだったんですね・・・え?
「えええええッ?アレフさんじゃないの?」
「そう言っただろ今」
い、一体いつの間に?もしかして殴られたショックで?
「ア、アインさん。塔で何をなさるつもりなのですか?
まさか、アレフさんみたいに塔で街を圧し潰しちゃう気なのですか?」
そんな話は聞いてませんから。
って・・・ワタクシは気絶しちゃっていたようなのですけど。
「それもいいかも知れないが。
落としてしまえば、俺達も潰れるぞ?」
「どッ悲ぃいいいいッ?」
潰れちゃうんですか?ワタクシ達も??
・・・いや待ってください。無茶苦茶すぎますってば。
「では?どうする気なのです」
落ち着いて状況を観て見ましょう。
アインさんになってる状況は分かりました。
それで召喚術で塔を呼び出してるのも判りました。
それで、これから一体何を為されようと言うんでしょう?
「神罰を与えてやるのさ、この街の住人へ」
「神罰・・・って?アインさんはいつから司祭様に成られたのです?」
ワタクシの知る限り、神罰を与えれるのは高位の教皇様位のものですから。
「馬鹿かお前は!
魔術師が教皇に成れる筈が無いだろう。
俺が云うのはタロットの力で罰を墜とすっていう意味だ」
「ですからぁ~、罰を墜とすってどんな事なんですか?」
ワタクシには計りかねたのです。
アインさんのような召喚術師さんが、どんな罰を与えれるのかって。
「観ていれば良い。
こいつ等には邪過ぎる心が根付いてしまったんだ。
それを今からぶっ飛ばしてやるから」
「えっ?!ちょ、ちょっとぉ~アインさんってば?」
観ている前で、アインさんは帽子を杖でなぞりました。
するとどうでしょう!
ドギャギャ!
塔が粉々に砕け散り、石の礫が降って来たのです。
「ぴぃやぁああああぁッ?!」
逃げるなんて間に合いません。
空から降って来る石に当たれば、大怪我で済むとは思えなかったのです。
「死んじゃいますよぉ!」
最早、死の直前に晒された気分です。
目の前に天国が開かれた様に感じるのです・・・って。
「天国ぅ~?!」
冥界とか地獄では無くて・・・天国?
「そうだ魔法シスター。
俺が放ったのは、神罰を下す塔の異能。
これに当たる奴は穢れを祓われるんだぜ、良いだろう?」
「はぁ・・・罪だけが消えるのですか?」
まさに神の罰とは、この事なのでしょうか?
「そんな有難い召喚術を、アインさんは放てるのですか?」
「俺も初めて放ったんだ。
当ったら痛いかもしれないけどな・・・」
・・・そうだったのですか。
・・・
・・・えッ?痛い?
「ぴぃぎゃああああぁッ?!それじゃぁ石と変わらないじゃないですか!」
逃げる暇もなく、墜ちて来る石の雨に巻き込まれてしまいました。
・・・そうです、ワタクシ達全員が・・・です。
「痛たたたたぁ~」
痛がれるようなら、死んではいないみたい。
でも、目の前に居る人は。
「ああっ?!アインさん?」
たん瘤を造って倒れています。
「おい、直ぐに回復呪文だ」
倒れてはいましたけど無事のようです。
「はいはい!分かりましたよ」
盛大なる召喚術に因り、街は半壊状態ですが。
「神様、ありがとうございます。
どうにか命だけは救って頂けたようです」
街人達は、邪気が抜けたような顔で祈っていたのです。
「アインさんの神罰が効いたみたいですよ」
呪文を唱えて回復したアインさんへ知らせたのですけど。
「何度言ったら分かるんだ、下僕シスター。
俺様はアレフだと言ってるんだぞ」
「ほえぇッ?!またヘンテコ勇者様に成られたのですか?」
そう言われると、さっきまでの顔ではなくて。
「よっこらせっと・・・」
起き上がる仕草もどことなく・・・お間抜けさん。
「あ、あのぉ?アインさんはどちらに?」
おっかなびっくり、ワタクシが訊くと。
「だから!何度言えば分かるんだ下僕シスター!
この際だから明言しておくぞ。
お前は俺の下僕な修道院女なんだ。
この後は俺様の下僕として伴をするんだ、良いな?!」
「悲いいぃ~~~?!」
どうしてこうなるのでしょう?
なぜワタクシがアレフさんのメイドにならねばならないの?
「忘れてはおるまいな?
俺に誓っただろうが、旅の供をすると。
お前の秘密を握った俺に、下僕となって伴をするってな」
・・・言いましたっけ?
「それでお前の身は俺が預かる事になったんだぞ!」
・・・預かられたくはないです。
「これからは俺が御主人様なんだからな!」
・・・御主人様?!
「最果ての地まで行きたいんだろう?」
・・・行きたいですけど?
「奇遇な事に、俺の目的地も同じなんだ」
・・・良かった。事も無いか?
唖然としているワタクシを前にして、アレフ様はこう言ったのです。
ワタクシを下僕扱いにして、旅を続けるのだと。
「安心しろ。
俺は下僕にまで手を出す気は無いからな」
当り前ですッ!
「いくらオッパイン娘であろうとも、涎が出るくらいの身体だろうとも・・・だ」
・・・身の危険しか感じませんよ、その問題発言には!
「因って・・・だ。
お前にはメイドとして振舞う権利を与えてやろう」
いりません!
「結構ですからッ!」
「そうかぁ~。認めた様だな」
へ?!
ワタクシがポカンと見ていると。
「結構って認めただろ、今」
あああああ~~~ッ?!損な?
「違いますッ!嫌だっていう意味で・・・」
「じゃぁ断れば良かったんじゃないかよ」
言葉って、一つ捉え方が違えば・・・最悪になりますね。
断じられてしまったワタクシには、もはや断る権利も無いようで。
「それじゃぁ出かけることにするか、メイドシスターのレーシュよ」
「悲ぃいいいいいいぃ~ッ?!」
突然降って湧いたかのような噺。
断われなくなるワタクシを嘲るアレフ様。
こうして残酷な召喚術師アレフ様と残念なメイドシスターなワタクシとの旅が始まる事になったのです。
世界の果てに行けば、ワタクシという者が如何なる存在なのかが判ると聞いていましたので。
辿り着く迄は、二人の珍道中が続くのだと諦めてしまいました。
とほほ・・・
二人の男女が辿るのは、いばらの道か?
聖なる者として覚醒できるかは、ひとえに悪魔王アスタロットにかかっていたのです。
悪魔王と不思議な異能を宿す少女の旅は、今始まったばかりでした。
悪魔王アスタロットは、自身の復讐の為に彼女を護ると言いました。
歪んだ欲望を秘め、レーシュを名乗る<メレク・アドナイ>に供を命じたのでした。
果たしてレーシュは自らの秘密を知ることができるのでしょうか?
そして悪魔王を宿すアインと、勇者を名乗るアレフとはどう繋がっているのか?
次回からは、第2章として2人の旅が始まります・・・・
次回 <Pass11 荒野の果てに<<運命の輪>>>Act1
君は大いなる大地で果てしない旅を続ける・・・




