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六話

面倒臭いと思いながら眼科へ行った。診断結果はものもらいか何かだろうと、点眼薬だけ処方されて病院を後にして、やっぱりそんな大したことでは無いじゃないかと思いながら病院を後にする。最近ずっと違和感の感じる目に早速処方された点眼薬を点せば心做しか楽になって、きっとゲームのやり過ぎやパソコンの画面の見過ぎて目が疲れているだけなんだと点眼薬をポケットに仕舞う。


久々に入った案件の打ち合わせに向かう道中、スマホでネットニュースを確認していれば先日話題に上がった第六次世界大戦の話ばかり。私は戦争の知らない世代だけれど、戦争ってこんなにも音も無く急に始まるんだな。本当は始まっていないのではないか、世界ぐるみで国民達は騙されているんじゃないか。私達の生活に直接関わりがないだけに、普通に生活が出来ている現状が不思議でならない。


しかし、SNSへの投稿が多かったプロゲーマーである友人の投稿が、二週間前に上げられた「ちょっと世界と戦ってきます」の言葉を最後にピタリと投稿が止まった事に、あのニュースは嘘ではなく事実だったのだと思い知らさせる。どうか彼が無事に帰って来てくれる事を願うばかりです。


打合せ場所はとある芸能事務所の会議室にて。予定より十分程早く着いたのだが、通されたその場にはもう何人もの人間が集まっていて、大人達に紛れて私もよく知るお顔がそこにはあった。


「遅くなってしまい申し訳ございません。初めまして、シュウカと申します」

「わぁ!シュウカちゃんだ!」

「綾音、失礼の無い様にしなさい」


私の元へ駆け寄り手を握って来るこの方は、紛れも無く国民的アイドルから演技派女優になったサナが大好きだと話す佐久本綾音本人である。握手をして貰いたいのはこちら側だと言うのにまさかさくぽんから私に駆け寄ってくるだなんて、私ってば人気あったんだと錯覚してしまうから辞めて欲しい。いつかサナに自慢してやろう。


「あやねね、シュウカちゃんの大ファンなんです」

「恐れ多いです」


マネージャーに注意を受けるさくぽんを離されて、席に着いて少し早目の打合せに移る。話を聞いている間もさくぽんは私にニコニコしてくる。その度にマネージャーに注意を受けているからちょっと可愛いな、なんて思ったりした。


とてもザックリした話の内容を要約するに、最近ゲーム好きを公表したさくぽんが、これからはゲームに関するお仕事も沢山していきたいから、その手始めにネットテレビでは大手であるアノネテレビで隔週の番組を持つからそのパーソナリティーを一緒にやらないか。との事。


「シュウカさんには佐久本のアシスタントとして番組に出演して頂きたいのです」

「はい」

「佐久本もゲーム実況に興味がありまして、そちらを教えてやって頂けると助かるのですが。勿論講義料として別途ギャラはお支払いさせて頂きます」

「はい」

「また、シュウカさんは佐久本とゲームスタイルと言うんでしょうか。そちらが非常に似ていると思いましてね。あまりゲームが上手だとは言えない佐久本の代わりに佐久本になりきってゲームをして頂きたいとも考えているんですよ」

「ゴーストプレイヤー的なやつですか」

「ちょっと待ってよ。あやねそれは聞いてないんだど。シュウカちゃんに失礼じゃないの」

「綾音は黙っていなさい。勿論別途ギャラはお支払いさせて頂きます」

「……考えさせて頂きますね」


嬉しかった気持ちからすぐに落とされる。私もネットとは言えテレビで番組を持てるまでになったかと思って喜んでいた。それも有名人であるさくぽんと一緒に。きっと親も喜ぶだろうなんて思ったりもした。しかし現実は甘くなくて、つまりは、私自身が欲しいのでは無く、私のゲームスキルだけが買われたという事で、それはゲーム実況で食べている人間としては屈辱的と言うか、誰でも良い話でしかないって事ではないだろうか。


考えるも何も、お断りの一択でしかないのに、さくぽんの声で思わず考えさせて頂きますねなんて言葉が出てしまって、優柔不断さが出てしまった。それから色々話をされるもあまり頭には入って来なくて、ここに来てまで私は誰かの代わりに使われて終わるのかと、そればかりが頭を巡る。


「以上でお伝えしたい事は終わりますが、シュウカさんからご質問等ありますか?」

「一つだけ宜しいでしょうか」

「はい」

「ゴーストプレイヤーのお話は佐久本さんにとってあまりにもリスキーだと思うのですが。もし何処かしらか情報が漏れた場合、佐久本さんの名誉に関わるかと」

「それはそうですね。少し策を考えてみましょう」

「……」


本気で言っているのかこのプロデューサーは。話にならない。その言葉でこちら側の炎上の事は何も考えていないんだなと。私もそれなりに活動している人間なんですけどね、アナタ方は知らないと思うが私にも大事なファンは沢山居るんだ。馬鹿にしないで頂きたい。


「ねぇ、もう話終わり?あやねシュウカちゃんとお喋りしたい」

「あまりシュウカさんにご迷惑をお掛けするなよ」

「解ってるってば。シュウカちゃん煙草吸いますよね?喫煙所案内します!」

「ありがとうございます」


話は一旦持ち帰ると伝えて後日また打合せがある。今日はこれでお終い。スタッフの方々に頭を下げて会議室を後にすればさくぽんがこっちだよと手を引いて連れて行かれたのはとても綺麗な喫煙所だった。


「あのプロデューサーほんとウザすぎ。意味わかんない」


さくぽんはとても良い子と言うか、キャラが作られていると言うか。二人になったらキャラが変わるのではないだろうかと思っていたけど本当に変わってしまった。貴女も喫煙者だったんですね。


「ムカつかない?シュウカちゃん凄いよ、あんなに言われてるのに言い返さないって」

「一応クライアント様なので」

「……何か動画内とキャラ違うくない?」

「幻滅してしまったかもしれませんが、素は唯の根暗な人間ですよ」

「そうなの!?でもまたそこがいい!」

「そう言うものでしょうか」

「そう言うものなの!あやね、伊達にシュウカちゃんのファンやってないからね」


さくぽんは先程の話に対して私よりも腹を立てていた。人の為にそんなに怒れるのは凄いと思う。あやねがシュウカちゃんと仕事がしたいと言ったばかりにと謝られてしまうも、私にとっては有名人がただのゲーム実況者の私をご指名してくれた事に感謝しかないですよ。なんたって私は言ってしまえばゲームが出来る一般人でしかないのだから。


「シュウカちゃんがね、まだ今みたいに人気実況者になる前コミケ出てたじゃん?あやねシュウカちゃんのサークル行ったんだよ」

「懐かし過ぎる話をしますね」

「あやねにとってシュウカちゃんは神様なの。それ位大好きなの。シュウカちゃんがやってた私の冬休みのゲーム実況見てあやねもゲーム好きになったんだもん」


彼女は私が忘れつつあった過去の話を嬉しそうにしてくれる。その姿はサナがさくぽんの事がどれだけ好きか語ってくれる時と同じだから、本当にさくぽんは私のファンなのかもしれない。裏になるかあるのかもしれないけれど。


「シュウカちゃんお願い!連絡先交換して!」

「マネージャーに怒られないんですか?」

「シュウカちゃんが黙っててくれたらバレないから」

「私まで共犯にしないで下さいよ」

「秘密の共有じゃん。ねぇお願い」

「……何処かに流したりしないで下さいね」


スマホを取り出して連絡先の交換をすれば、本名で登録してあるそれに反応される。柊花って書くんだね、いい名前だね、あやねも本名なんだよ、一緒だね、と。


何故有名女優にこんなにも好かれているのか本当に解らない。だから少し怖くもあった。テレビをあまり見ない人間なのでさくぽんがとても人気のある有名人だと言う事もよく解っていないけれど、街に出れば大きなポスターが貼られている様な人なのに。


「ねえねえサナってどんな人?」

「サナ?私と同じで素は根暗ですよ」

「そうなんだ。あやねサナの事も好きなの」

「だから私と仲良くなろうとしてるんですね」

「それは違う!ごめんなさい、嫌な言い方しちゃった。これじゃあサナと会いたくてシュウカちゃん利用してるみたいだよね」

「……平気です。慣れているので」

「本当にあやねはシュウカちゃんが一番好きなんだよ?」

「それはありがとうございます」


私の方こそ嫌な言い方をしてしまった。サナやユウさんの人気が出た時、ゲームを通して仲良くなったネッ友たちは挙って紹介してくれと連絡が来たり、二人に近付く為に私に寄ってくる人間も沢山居たから。二人よりも人気のない私よりも、人気のある二人と仲良くなりたい事は解るのだが、そんな人たちばかりでそれが嫌で私は人と仕事以外で関わる事をしなくなった。嫉妬なのかもしれないが、私を見てくれない友人は友達でもなんでもないし。


「……シュウカちゃん?」

「何でもないですよ」

「あやねもっとシュウカちゃんとお話したいから今からご飯食べに行かない?」

「マネージャーに怒られますよ」

「マネージャーはあやねがシュウカちゃんのファンって知ってるから怒らないよ」

「そう言う事ではなく」

「気分悪くさせちゃったからあやねが何でも好きな物ご馳走するからお願い」

「それならあそこの超高級焼肉連れてって下さいよ」

「任せて!」

「えっ」


冗談で言ったつもりがさくぽんには本気で捉えられてしまった。なんてこったい。煙草の火を勢い良く消してまたさくぽんに手を引かれて喫煙所を出る。マネージャーに挨拶をしてマスクを着用しているさくぽんの後を大人しく着いて行く。その際先程の会議室前を通ったのだが。


「少し人気があるゲーム実況者だからって話が通じない女だったな」

「これだけ金積むなら他の人間に振った方が早くないですか?」

「綾音ちゃんがあの女にお熱なんだから仕方ないだろ」

「綾音ちゃんって女の子が好きってやっぱ本当だったんですね」

「まぁな。それよりあの実況者なんとかしろよ。言うて唯の一般人のクセにな。全く、ゲームの何が良いんだっての」


そんな会話が聞こえて、あぁこの話はお断りしようと思った。そう思っているなら他の人に頼めばいい。お金が欲しい人は沢山いるだろう。何より、ゲームを馬鹿にする様な人が作るゲーム番組なんか出たくはない。


さくぽんも聞いていたのだろう。声を荒げはしなかったが、それを我慢しているのか顔を真っ赤にして目付きが怖かった。そしてマネージャーに話してくるから待てと言われて消えてしまった。困った。帰ってしまおう。


帰ったら動画の編集して夜は実況のストックでも撮ろうかな、なんて考えながら歩いていれば前方で見覚えのある三人の後ろ姿があった。サナとユウさんと玲ちゃん。そうか、この辺は玲ちゃんの勤務地辺りだったか。どうして三人が一緒に居るのかは解らないけれど、どうして三人が一緒に居るんだろう、いつもなら私に声掛けてくれるのに、少しだけ悲しくなって、嫌な気持ちが心に生まれて、やっぱり誰かと仲良くするのは向いていないんじゃないかと思って。ぐるぐる。


「待っててって言ったのにシュウカちゃん何で先に行っちゃうの!?」

「長くなると思ったので」

「もう。あやねお買い物したいから新宿でいい?」

「何処でもいいですよ」

「じゃあ大通りでタクシー拾っちゃおう」

「あ、佐久本さん、」

「さくぽんか綾音ちゃんって呼んで」


さくぽんは私の手を何度も掴む。そして引っ張り、走る。走った方が目立つのではないか、何より私は走る事が苦手なのですがと言う言葉を完全に無視されるし、三人との距離が近付いてしまう。どうか人違いであります様にとすれ違い様、そちらに顔を向けると、サナと玲ちゃんとユウさん本人で。三人は驚いた顔をしていたしきっとそれは私も同じだろうし。


サナに名前を呼ばれた様な気もするが、それよりも脚の速いさくぽんに着いて行く事が必死すぎて、私は初めてサナの言葉を無視して、三人から遠ざかる事しか出来なかったのだった。


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