四話
ゆめぽんさんに言われた通り、彼処のケーキ屋さんのケーキはとても美味しかった。漫画読んでたら一時間ってあっという間だったわ。ケーキの予約だけしてスーパーの帰りにもう一度寄ってくでしょ、それで夕ご飯はハンバーグだけど付け合せは……拓矢も柊花も野菜嫌いだから如何にして食べさせるかにいつも悩む。
何て考えていたら、ふと、目の前に視線が止まる。
中学生位だろうか、男の子がしゃがみ込んでいる。具合でも悪いのかもしれない、親御さんが居る気配もないから一人で出掛けて来たのだろうか。そして、どうして誰も声を掛けないのだろうか。思わず声を掛けてしまう。不審者だと思われたらどうしよう。
「大丈夫?具合悪い?」
男の子が顔を上げて私を見る。思わず驚いてしまった。男の子のお顔はまだあどけなさは残るもののとても美しく、よく見れば真っ白なシャツに真っ白なパンツ、色素の薄い髪の色と瞳、白い羽根が生えていたら天使だと間違いなく思う風貌。こんな人間がこの世に存在するのか、たまげた。
「……お腹……」
「お腹?お腹痛いの?」
「お腹……空いた……」
か細い声とは裏腹、地響きかと思わざるを得ない程の、お腹の音が響く。流石にその音に辺りを歩いていた大人たちは漸く男の子に視線を向けるも、誰一人として立ち止まる事はない。
「ご両親とかお友達は居ないの?」
「いないよ、ボク一人」
「そっか……どうしよう」
「お腹空いた」
一人の大人としての私と、こんなに美しい顔立ちの男の子見た事ないご飯位食べさせてあげるよって私が戦っている。どうしよう。何処かお店に連れて行こうとして変な犯罪に巻き込まれないだろうか。でも可哀想だしってとても悩んでいる。
しかし、この子は顔色が悪い。もしかしたら何も食べれていない訳ありの子供かもしれない。あぁ、怒られるなら後で怒られよう。どうにでもなれ。そんな気持ちで男の子に手を差し出す。
「歩ける?ファミレスで良ければ一緒に行かない?」
「でもボクお金持ってないんだ」
「お姉さんがご馳走するよ」
「それは悪い事だから出来ない」
「ならお金だけ貸してあげるから、それで何か食べて欲しいって私は思ってる」
ゆめぽんさんから貰ったお金の残りではない私の財布から1000円札を出して男の子に差し出す。良かった、キャッシュレスの時代でも少し現金持ってて正解だった。久々に財布とか出したわ。ちゃんと持って来てて良かったなって。
「……やっぱり、お姉さんと一緒に食べに行きたい」
「うん、じゃあ行こう」
男の子が差し出した手を取って立ち上がってまたまた驚いてしまう。思ったよりも身長が高かった事に。私と変わらない。しゃがみ込んでいたし小柄だったから思わず、思わずね。
「本当にファミレスでいいの?」
「うん」
よろよろ歩く男の子を心配しつつ隣を歩く。すぐ近くにファミレスがあってよかった。席に通されて好きな物をお食べと声を掛ける。この子は何が好きなんだろう、ハンバーグかな、パスタかな、ステーキでもいいしデザートも食べていいよ。なんて思っていたから。
「焼き鯖定食食べていいですか」
「勿論。ドリンクバーは要らない?」
「ジュースは飲まないので……あぁ、でも、お茶は飲みたいです」
「それならドリンクバー付けよう」
意外にも男の子は和食が好きらしい。デザートに白玉ぜんざいも頼んでいた。和食のご家庭なのかな。私はこの後夕ご飯もあるし、さっきケーキ食べて来たからドリンクバーだけ。
注文を通せば微妙な時間帯だったからか、直ぐに料理は運ばれてきて、男の子は頂きますと美味しそうに白米を頬張る。……その姿に、何だか柊花を思い出してしまって。あの子もよく焼き鯖定食食べてるし、口いっぱいにご飯入れて噛み締めてる様子とか、似てるなって、思わず笑ってしまう。
「すみません、夢中でご飯食べてました。ボクの顔に何か付いてますかね」
「違うの。私の友達もね、貴方みたいに美味しそうにご飯食べる子がいてさ」
「そうなんですか」
余程お腹が空いていたんだろう。男の子はすぐに食べ終わり、その空いたお皿を下げて貰って白玉ぜんざいを待っている間に自分の話をしてくれた。今度は、さっきのか細い声ではなく、しっかりとした音で。
「改めてありがとうございました。お姉さんのお陰で助かりました」
「いいんだよ。お腹いっぱいになった?」
「はい」
男の子の名前は弓田大智君と言うらしい。中学生位だと思っていたら高校三年生だと聞いて、申し訳ないが信じられなかった。ぷんすこしながら学生証を見せてくれたんだけど、確かに、私立桜崎ヶ丘高等学校に通う学生だと証明させられた。
桜崎って確か名門の進学校だった気がする。有名な偏差値の高い大学に行く人達が多くそこに通っているってだけでも有名なのに、今話題のgスポーツが部活動としてあるって事がニュースで話題にも上がって更に別の方向でも有名になった学校だった様な。
「桜崎ってgスポーツ部ある所だよね」
「玲さんもゲームお好きなんですか?」
「私は普通かな。でも私の友達たちはゲーム大好きだよ。めちゃくちゃ上手いしとっても詳しい」
「そのお友達さんの事大好きなんですね」
「どうして解ったの?」
「とても嬉しそうにお話してくれるので」
大智君はまた美味しそうに白玉ぜんざいを食べながらニコニコ私と会話を進めてくれる。いい子だな。率直な感想が思わず出てしまうよ。
「お礼をしたいので連絡先お伺いしてもいいですか?」
「もしかして私高校生にナンパされてる?」
「ナンパしてもいいんですか?」
「駄目です。お礼とか別にいいよ」
「それはボクが嫌なんです。そうだ、今度一緒にゲームやりましょうよ」
「私上手じゃないんだけど……ちょっとごめん」
スマホの振動が長い。これは電話だ。名前は、ゆめぽんさん。大智君に一言断って席を立って応答する。大智君はニコニコしながら大丈夫ですよって言ってくれたけど、時間を見ればそろそろ十八時になってしまう。大智君を早くお家に帰らせてあげないといけないな。
「もしもしアタシだけど。ごめんなさいね、遅くなっちゃったわ」
「大丈夫。友達と会ってファミレス行ってたから」
「暗くなって来たし迎えに行くわ。ファミレスって彼処の角の所よね?」
「一人で平気だよ?まだ外明るいし買い物も済んでないし」
「ならアタシも付き合うわ。待ってて」
「あ、ちょっと」
ゆめぽんさんから一方的に話を進められて戸惑ってしまったが、仕方がない。席に戻れば大智君の姿がなくて、お手洗いにでも行ったのかな。先にお会計済ませちゃおうかと伝票を探すもないし、あれ、忘れられてるのかな。店員さんに声を掛けて確認して貰えば、お会計はもう済んでいると。どういう事だ?
少し混乱していればゆめぽんさんが迎えに来てくれてファミレスを直ぐに出たんだけど、大智君帰っちゃったのかな。大丈夫かな。
「さっきはごめんなさいね。あんな言い方玲ちゃんを仲間外れにしてるみたいだったわよね」
「お仕事の話とかあると思うし気にしないでよ」
「気にするわよ!仲間外れって悲しいじゃない。あの子達と居る時もそう言う事多くない?傷付いてない?」
「傷付いてはないよ。みんな頑張りたい事頑張ってるし応援してる。……うん、やっぱ嘘。ちょっとだけ、寂しいなって思う事はある」
「……それでもね、玲ちゃんにアタシからお願いがあるの」
「何?」
「これから何があっても、あの子達の友達でいてあげて欲しいし、何かあった時に助けてあげて欲しい」
「何そのフラグ立てるみたいな言い方」
ゆめぽんさんは困った顔で笑ってた。そうよねって付け加えて。それからゆめぽんさんがどんな人か沢山聞けて面白かったよ。ゲームバーのオーナーやってるんだって。遊びに来てねって名刺貰ったんだけど、此処ってよく拓矢達が遊びに行ってるお店だった気がする。
「ところで玲ちゃん。アナタ、本当にサナかユウちゃんの彼女だったりしないのぉ?」
「しないしない。だって拓矢、柊花の事好きじゃん」
「そこまで知ってるのね」
「ゆめぽんさんは何処まで知ってんの?」
「ヒミツ」
「教えてよ」
「ちょっと待って、これって恋バナしてる?アタシ恋バナ大好きなんだけど」
恋バナ好きなら教えて欲しいんですけどね。ゆめぽんさんにはぐらかされてしまったからこれ以上は聞けないけど、渦中の人物である拓矢から電話が掛かってきて、柊花寝てるから静かに部屋に入ってこいだってさ。
「シュウちゃん最近よく寝るわよね」
「そうなの?」
「ゲームした後は大体ね。あの子何か身体悪くしてるとか聞いた事ある?」
「持病とかなかったと思うけど……。柊花ってあんまり寝てるイメージないから信じ難い」
「そうよね。何か病気してるんじゃないかって心配なのよ」
柊花はショートスリーパーで、いつも起きて何かをしている印象が強い。夜遅い時間に連絡が入っている事も多くて、この子は何時寝ているんだろうとさえも思っていたのだが。目もずっと痛いって言ってるし、一度病院に行った方が良いと思うんだけど、一人じゃ絶対に行かないだろうな。
ふと。拓矢からの返信だろうかと、短くスマホの振動を受取る。しかし拓矢からではなく、それは大智君からで。
「今日はありがとうございました。友達が居てお金借りれたのでお会計出来ました。両親から連絡があって、何も言わず先に出てしまってすみませんでした。またご一緒して下さいね」
とても丁寧なメッセージが届いるではないか。今の高校生ってこんなにもしっかりしてるんだな、って関心したけど。私、大智君と連絡先交換したっけ?まあ、美少年の友達が出来たからいいか。