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一話

雨が降るかもしれないよ。そう話を続ける五十嵐柊花いがらししゅうかは流れる汗を手で拭う。真夏の正午、平日だと言うのに人で溢れ返る新宿。その人混みを掻き分けて目的地へと歩みを進める生田玲いくたれいの後をヘロヘロと着いていく彼女は夏が苦手である。


「何で雨が降るって思うの?」

「雨の匂いしない?」

「田舎生まれの人ってそれ言うよね」

「田舎ディスした?」

「してないよ」


ふと、怜が目線を上げる先には大きな街頭ビジョン。淡々とアナウンサーがニュースを読んでいる。続いてのニュースですと続けられた文字に目を大きく開いてしまう。そこに映し出された文字には『オリンピック新種目にgスポーツ決定』が大きく掲載されている。


それなりの音量で聞こえるニュースの音を耳に入れつつも視線を地上に戻せば、擦れ違う、玲たちに比べると若い世代である中学生か高校生位だろうか。少女たちがスマートフォンを見ながら盛り上がっている言葉も耳に拾う。


「gスポーツだって、ウケる」

「ゲームスポーツってヤツでしょ?私も今からゲーム始めよっかな」

「それな。なんか楽そうだし」

「ゲームでオリンピック出れるとか夢あるわ」


自分に対して言われた事ではないしろ、少し、ほんの少し彼女たちの言動にムッとしてしまう自分が居る。たかがゲームされどゲームなんだぞ、と。ボーッと歩く柊花の手を掴み足早にその場を去ろうとする玲に柊花は驚くも、只々黙って着いていく事しか出来ない。彼女は夏も苦手だが、新宿の人混みもまた苦手だからである。


「gスポーツ、オリンピックの新種目に選ばれたらしいね」

「さっき大っきいテレビで言ってたやつだよね。そんな時代ですか」

「何その興味無さそうな返答。柊花食い付きそうなのに」

「だってあれはプロの世界の話じゃん。私には関係無いことだよ」

「そう」


彼女たちの言動を聞いていない柊花は勿論の事、何にも腹を立てていない。寧ろ、勝手に玲が彼女たちの言葉に腹を立てているだけでしかない。と、言うのも。丸で自分の大切な友人たちを馬鹿にされた様な感覚があったから。


玲の友人たち、柊花を含むこの後会う男性たちもまた、ゲームに関する事、それを仕事とし、生計を立て生きている人間なのである。だから、彼女彼らが日々頑張っているゲームに関して軽い発言をされた事が嫌だった。これは私のエゴでしかないのだけれど。それにしても暑いね。何回目になるか解らない柊花のその言葉に、関わっている本人が何も気に留めていないのであれば、不機嫌になる必要もない。モヤモヤを溜め息に変えてこの話は自分の中で終わらせよう。


人混みを掻き分けてビルに出来た日陰の下。見覚えのある男性二人がスマホの画面に熱心になっているのを見付けるも、声を掛ける前に片方の男性に見付かり、指まで指されこちらに歩み寄ってくる。柊花の目の前で止まるも顔は玲に向けられて。


「おっせぇんだけど」

「時間はピッタリですけれども」


玲に向かって悪態をつき不機嫌な顔を向ける笹波拓矢ささなみたくやは、そんな事よりもと柊花に向かってはコロッと態度を変える。それはとてもとてもわかり易いものでしかなく。にこにことした表情に優しい声色は、見る人間からすれば直ぐに解るものでしかない。


「よっ!サナ」

「ようシュウカ。今日の服めっちゃ似合ってんじゃん。新しいワンピース?」

「そうだよ」

「今度は前穿いてた赤いスカートで来てよ」

「あぁ、サナのイメージカラーって言ってたやつだ」

「そうそう」


楽しそうに話をする二人に割って入るのが、もう一人の男である香山結かやまゆうである。


「シュウちゃんこんにちは。玲ちゃんも」

「ちょっとユウさん俺の邪魔しないでくれる?」

「今日のワンピース僕のイメージカラーじゃん。嬉しいんだけどサナくんは残念だったね?」

「は?別に青がユウさんの色な訳じゃないじゃん」


柊花はその様子を見て笑っている。面白いからと玲も笑うも、内心は穏やかなものではないのだ。今日もまた拓矢は柊花の事だけを褒めた、私も新しいワンピースなんだけどな、なんて。ネイルも所謂拓矢のイメージカラーで新しくしたんだけどな、なんて。


心の中で少し落ち込んでしまう。それは私は褒めらなかった事だけではない。拓矢たちの呼び名やイメージカラーの話。私には到底関係のない話ではある。それは彼らの職業が関係してくるのだが。自分はその世界にはあまり詳しくはない。そして、関係がない。言ってしまえば、彼らは私とは別の世界で生きているのだからと自分に言い聞かせるも、話題に入っていけない自分が少し悔しかった事も事実である。


「そういや玲たちあのニュース見た?」

「gスポーツの事?」

「そうそう。遂に来ましたかって話ですよ」

「やっぱ拓矢たちも気になるの?」

「気にはなるけど俺らあんま関係ないからそんなに興味ないかも」

「それ柊花もさっき言ってた」

「まあ、今から頑張れば天才の俺なら出れるかもしんねぇけど」

「出たよ拓矢の天狗発言」

「gスポーツって言う位だから身体使うゲームとかじゃね?今から身体作っとくか。よし、取り敢えず喫煙しに行かね?」

「驚く程の無知発言、そして言動と行動が真逆なんだけど喫煙に関しては賛成だわ」


アラサーにgスポーツは厳しいですよと溢す拓矢は近くにあった施設案内の看板で喫煙所の場所を探す。その横に玲も立って最上階に目的地を見付け、それを伝える前に拓矢から小さく零された言葉を玲は聞き逃しはしなかった。


「俺らが好きなのはゲームを楽しんで遊ぶ事だから」


その横顔は酷く綺麗で、脈が上がる感覚がある玲は言葉に詰まってしまう。格好良いなと何回思った事だろう。熱を含んだ空気を肺に吸い込む。それと同時に目が合う。玲が口を開くよりも先に開かれたのは小走りに走ってきた結と柊花によるもの。


「喫煙所行くんだったら早く行こう」

「さっきあっちの女の子たちがあれサナじゃないってサナの事指指してた」

「ヤバいな、急ぐか」


邪魔をされてしまったと思うよりも先に、玲の右手に感じる自分以外の体温に驚く。それは拓矢に握られた手から伝わるものなのだが、こんな事ってあるのか。思考が停止しそうになるも正気を保とうと隣を見れば、結も柊花の手を引いて先を急ぐ姿勢を取っていた。拓矢も結も何なら玲も焦っている中、柊花だけはこんな状況でも笑っていて状況を楽しんでいる。


「映画何時からだっけ」

「後で時間見るから今は早く歩いて」

「ユウさん私喉乾いた」

「後でジュース買ってあげるから早く歩いて」


そんな会話も聞こえるのが純粋に羨ましくもあり、この二人は両片想いなのに焦れったすぎるんだよな、そんな気持ちも芽生えている訳であって。早くくっ付けば良いのにと思うものの、そうなれば拓矢はどうなるんだろうか。どう思うのだろうか。私を選んでくれるだろうか、なんて。


そんな事よりも、今は拓矢の体温を覚えておこうと。彼の熱に集中する事にした玲だった。




本日の目的は映画を観る事、だったのだが。拓矢を除く三人の表情は浮かばれない。さくぽん最高に可愛かったなと続ける拓矢の顔は感動で胸が一杯と言ったところか。さくぽんとは彼が好きな女優の愛称である。


「お話は良かったけど友達同士で観る映画じゃない」

「気持ちがしんどい」

「シュウちゃんに同じく」

「お前らが観たい映画無いくせに観に行こって言ったんだろ!?俺はこれが観たかったの」

「戦争ものって知らなかったんだもん」


映画のお話は柊花の言う通り、昔にあった実話を元にされている戦争の話であり、現代に続くと言った物だ。軽はずみにコメントをして良いのかさえも悩む内容だが、混乱の世を強く生きる主人公、それを支えるさくぽんこと佐久本綾音さくもとあやね演じる妻の涙を流してしまう内容にそれはそれは感動した一同ではあるが、こう、テンションは下がってしまうのである。拓矢を除いて。


「そう言えばさ。私のお姉ちゃん名願めいがん五十九年生まれなんだけど新卒の子に戦後の日本ってどうだったんですかって聞かれたって言ってた」

「第五次世界大戦が終わった終わった元号だからか?」

「そう」

「でも第五次世界大戦って終戦したの名願元年でだよな?」

「最近の旬和じゅんわ生まれの子には元年も名願終わり生まれも同じ感覚なんじゃない」

「言うて俺らも旬和の初めの方の生まれだけどな」

「今の子からしたら僕らなんてアラサーですよ、アラサー」


何か話題をと玲が話を進めるも、結局はこんな話になってしまう。拓矢と結は話に乗ってくるも柊花はスマホで何かを見ている。難しい顔をしていたので仕事の話かもしれない。素早く動く指と視線を横目で確認して煙草に火をつける。


先程していた難しい顔から一変し、いつもの柔らかい笑顔で顔を上げて玲や拓矢同じく煙草に火をつける柊花は先程の話を聞いていたらしい。


「戦争なくなればいいのにね」

「あ。全部ゲームの世界で解決すれば良くない?」


玲の発言に目を丸くする他三人。その顔は丸でお前本気でそんな事を言っているのかと言わんばかりである。玲は冗談のつもりで言ったのだが、何か彼らに失礼な発言をしてしまったのだろうかと今度は玲が慌てる番である。


「いや、ごめん玲ちゃん。怒ってる訳じゃないんだよ、うん、確かにそうだよね。オンラインゲームとかで戦えば肉体は多分死なないもんね」

「血も流れない、誰も死なないなら私は良いと思うんだけど」

「……ねえねえ、私タピオカ飲みたい!」


無理矢理話を変えたのは柊花で、この話はもう終わりだと言わんばかりの会話のぶつ切り方に違和感を覚える玲だったが、変な空気になるよりかは良いだろうと柊花の案に乗る。タピオカは何百年も前に流行ったらしい甘い飲み物で、またその流行りが来ているらしい。最近の柊花のお気に入りでもあるのだ。


「でた。タピオカ映え女子」

「サナくん放って置いて三人で行こっか」

「嘘ですユウ様すみません俺も行きます」


煙草の火を消して、再度人混みに戻ろうとした時。すれ違いざまに結が声を掛けられた。ユウヤマさんですか、と。否定する事なく声を掛けて来た男性と少し会話をする結の後ろに拓矢と柊花の存在も見付け、二人にも声を掛ける男性を適当に話を合わせ、今プライベートなのでと柊花の背中に手を添えて柊花を先に歩かせ男性から遠ざける拓矢。これからも応援よろしくお願いしますと男性に頭を下げて玲に声を掛けその場を後にする。


拓矢の機嫌は少し悪い。


「ユウさん何見付かってんの」

「ごめんって」

「もう俺ん家でゲームしねぇ?」

「そうしよっか」


勿論タピオカは買って行こうな。と柊花に笑顔を向ける拓矢はプライベートで声を掛けられる事を嫌う。一人の時ならまだしも、遊びに出ている時はそう思うらしい。人気物は大変だなと玲は漠然と思うのだ。赤信号で止まる中、スマホでSNSの簡単なエゴサーチ。サナと言う名前、ユウヤマと言う名前、シュウちゃんと言う名前。それらで名前を検索すれば、新宿での目撃情報の投稿がちらほらと見られた。


「それでユウさんもシュウカも次なんの実況始めんの?」

「僕はノベルゲーかな。ほら、今度あの新作出るからそれを新シリーズにしたいから」

「私はホラゲー。配信してた時リスナーさんに教えて貰ったやつする。夏だしね」

「おっけー。被らない様に考えとくわ」

「そう言えばゆめぽんから四人実況でやってるアレのアップデート入るから実況撮ろうって連絡来てるよ」

「ぽんはぽんでもこっちのぽんはポンコツのぽんなんだよな。俺のさくぽん見習えっての」

「今も絶対昼間から飲んでるよね。休みだーっとか言ってね」


そんな会話を聞きながら横で聞きながら、気になるネット記事に目が付く。ゲーム、第六次世界大戦、そしてイヴと言うワード。その件に関して目を通す前に拓矢にデコピンを食らう玲の眉間にはどうやら皺が寄っていたらしい。悩み事かと聞かれるも、何でもないと答える。そう答えるしかない、だって、眉間に皺が寄ってしまったのも話題に入れないだけなのだからと。


「それにしても暑いな」


少し曇って来た空を見上げて言葉を零す拓矢の声と蝉の鳴き声が重なった暑い日の午後。ゲーム実況者の友人たちと相容れない時が偶にある一般人の玲の心境のお話。



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