6度目の解散
思いついたら書くことにしました。
魔王とは何か?
その人類の問いに答えることは難しい。だが、小難しいことを言うならば、魔王や勇者は自然発生する『災害』である。この場合、どちらかが災害であり、どちらかがそのカウンター、対抗手段だ。多くの魔族にとって勇者が災害であるなら、魔王とはそのカウンターである。多くの人類にとって魔王が災害であるなら、勇者とはそのカウンターである。
つまり、先に生まれた方が『災害』になるわけで――都合5人の勇者を撃退している俺は、一応結構最悪な部類の『災害』になるというわけだ。
「魔王様」
角持ちの美しい女性が恭しく頭を下げる。魔族の多くは角を持ち、その角の長さ、太さ、数によって能力の性質を示す。長ければ瞬間的な力に優れ、太ければ長期的な体力に優れ、数は能力の特殊な性質を示す。前に居る赤紫色の髪を持つ女性の角は2本。スタンダードだが、角はかなり長く、強力な魔族であることを示していた。
「どうした、レラ。頭を上げよ」
長く俺の副官を務めるレラは、言われた通りに頭を上げる。
「勇者が現れました」
俺は内心で大きくため息を吐いた。
「またかぁ……そろそろのような気はしてたけど」
勇者とは魔王という災害に対するカウンターである。つまり、魔王が危険であればあるほど生まれるのが早く、また、力も強い。適度に人類に圧力をかけてたからな。そりゃ生まれるか。
「では、此度も予定通りに?」
「当然だ」
俺は思念を練る。各地で思うがままに人類の街にちょっかいをかけている魔族たちに、メッセージを送るためだ。ついでにこの魔王城も範囲に含む。
『奮闘する各魔族に伝達。戦闘は続行してもよいが、これは勅命である』
魔王である、ということは魔族たちにとって重い意味を持つ。歴代でこうも長く魔族を束ねた魔王は存在せず、それはすなわち俺の作戦の有用さを証明していた。
『勇者の出現に伴い――魔王軍は、解散する!』
俺の力強い宣言に、重い沈黙が返ってきた。ついで、レラが俺を見る視線が冷たい。これで6度目なんだから、そろそろ理解してほしいんだが。
『あの、魔王様。またですかい?』
『そうだ』
比較的古株の首なし騎士の問いに俺は首肯する。こいつが生まれたのは3回目の勇者を倒した時くらいだったはずだから、まだ俺のやり方に慣れてないんだろう。
『俺たちが優勢なんですぜ? 言いたくはないですが、魔王様の代になってから領土は全然広がってない――』
『減ってもいないはずだが? それに、大量の領土を持ってなんとする?』
『馬鹿! お前、魔王様に口喧嘩で勝てるわけねぇだろ! すんません魔王様! こいつにはよく言い聞かせておきますんで!』
直後、『てめぇよく口で挑もうと思ったな!』『正面からの戦いなら勝ち目があるものを!』『勅命って言ってんだろ!』『次逆らったら殺しますよ!』という罵詈雑言が聞こえてくる。まあアンデッド部隊の奴らの『殺す』はちょっとしたブラックジョークなので聞き流す。
……せめて口喧嘩ではなく論議とか口論と言って欲しかったが。
『というわけで、勇者に挑みたい者は適度に挑め。魔王軍は解散し、各魔族は自由行動とする。俺も身を隠すが、月一で魔法は使うので、言いたいことがある奴はまとめておくように。以上! 解散!』
こうして、今回は23年間維持された魔王軍は、またも解散となった。
「じゃあな、魔王城。しばしお別れだ」
こうしてみると感慨深い。黒と紫と白を基調にして建てられたおどろおどろしい城塞だ。23年前に戻ってきたら埃が溜まってて、掃除に苦労したのがまるで昨日のことのようだ。
「ここまで逃避行に慣れた魔王様は他にいないでしょうね……」
呆れた様子で呟く、赤紫の髪を持つ少女。そう、レラは幻惑の魔法を扱える魔族なのだ。もう一つの魔法も便利なもので、魔王軍は解散してもレラだけは手元から離すことができない。
「すまんな、レラ。給金は弾むから」
「……実家に寄ってくださるなら構いませんよ」
ちなみに魔王軍は解散したので、予算はない。盛大に配ってきた。残っているのは俺のポケットマネーだけだが、まあそれでもかなりの額ある。伊達に長生きしているわけではないのだ。
「それと、今夜は魔王会議です。お忘れなきよう」
「げ。面倒だな……会議というより談話室みたいになってるしな……行かなくて良いかな……」
「ダメです」
秘書のような役割も併せ持つレラに断言されては、行かないわけにはいかない。しょんぼりと項垂れる。魔王連中は嫌いではないが、なんというかノリとテンションが合わない奴が多いのだ。俺の忠告も聞きゃしないし。
「さて、行こうか! 23年ぶりの逃避行だ!」
かつて、俺は勇者を5人も倒したことがある。
俺が倒した勇者は、詳しくは知らないがどいつもこいつも強敵揃いだったと思う。
安らかな顔をして、孫とか娘とかに看取られて死んでいった、はずだ。
そう――俺は勇者を5人も寿命で倒した魔王なのだ。
歴代魔王の誰もなし得なかった快挙である。
「……ま、正面から戦ったら瞬殺ですしね」
レラの呟きは至ってその通り。
俺の異名は【語幻の王】――すなわち、言葉で惑わし、実在すら疑われている、幻惑の魔王である。
† † † †
「よっ、語幻の」
「ああ、岩蛇の。久しいな」
足下から話しかけられた俺は、屈んで彼を拾い上げる。薄茶色の鱗を持つ蛇――俺ともう一人を合わせて、魔王会議の最古参の一角である。
「しっかし、相変わらず若い連中はうるせぇなぁ……」
岩蛇が顔を顰めるのを見ながら、彼を頭の上に乗せる。彼の定位置は俺かもう一人の頭の上なのだ。もっとも、彼本体がこの場に現れたらみんな潰れてしまうので眷属体で現れるのは致し方ないのだが。
「で、最近どうよ。順調か?」
岩蛇に訊ねられ、俺は思い出す。
「いや、また勇者が出た」
「またかよ。これで4回目か?」
「6回目」
「かーっ。人のこと言えた義理じゃねぇが、お前さんも長いよなぁ」
からからと笑う岩蛇。この魔王会議に集まっているのは、他世界の魔王たちだ。とはいっても、そこまで遠い異世界ではないようで、意思疎通や勇者の共通認識を話すことにはなんの支障もない。
奴いわく、微妙に次元の層がズレている世界の話らしい。詳しく聞くと頭がグチャグチャになりそうなのでやめておいた。
「岩蛇のは相変わらずか?」
「おう。相変わらず、気付かれちゃあいねぇな」
気付いたところでどうしようもねぇ気もするけどな、と笑いながら岩蛇は俺の頭でとぐろを巻いた。彼は俺が魔王会議に参加したときからいたので、俺よりも古い魔王だ。聞けば、いつの間にか魔王ということになっていたらしい。僻地で食っちゃ寝していたら、だ。やがて人里ができたが、目の前にいる巨大な岩蛇に、街の住人は気付いていないとのこと。
山だと思ってんじゃねぇかね、とは彼の言だが、流石に盛りすぎだろう。いいとこ丘だと思われる。
「お~い、語幻の~! 生きてたわね~!」
遠くから駆けてくる女性に、周囲の魔王の視線が一斉に集中した。なによりも目を引くのは、重力によってばるんばるん揺れる巨乳だ。なぜ靱帯が切れないのかは知らないが、その様子は若い男には目に毒だ。
「はあ、疲れた。ねえ、語幻の。今回は大丈夫だった?」
「また勇者が出たらしいぞ」
余計なことを言うな、と思ったが一応先輩である岩蛇には逆らえない俺。案の定、扇情的な黒い衣装を着込んだ――着込んだ?――最低限しか隠せていない布を纏った女の魔王がしなだれかかってくる。
「え~心配~! 大丈夫? 1回ヤッとく?」
「マジで鬱陶しいな……」
今回は岩蛇と先に出会えたので遠慮なく振り払える。と、思ってしなだれかかってくる右手を振ったが、がっちりと組み付いて離れない。脂肪の柔らかさだけが右腕から伝わってくる。その柔らかさは、さすがは多くの人間を堕落させた魔王だ、と思えるほどに魅力に満ちていたが――
「離れろ、邪魔だ」
「チッ、これだから童貞は」
舌打ちをしながら離れていく女の魔王。
「夜魔の。久しいな」
「ええ、久しぶり、岩蛇のじっちゃん。相変わらずのようで安心したわ」
夜魔――人を誘惑し堕落させ、ズブズブの共生関係を築いた魔王。奴の世界の人類が、早くこいつの危険性に気付いて滅ぼしてくれと思っているが、残念ながら勇者を相手取れるほどの人類を数人手元に置いているらしいので望みは薄いだろう。
岩蛇、夜魔、そして俺。この3人が、魔族会議の古株である。それなりに長い魔王たちは、俺たち3人に逆らったり絡んだりすることは得策ではないということを知っているのだが、この場に初めて来た魔王はそうではない。
「おいおいおいおい、姉ちゃんよぉ。俺の誘いを断っておいて、そんな冴えない男と蛇なんかに色目使ってんじゃねぇよぉ」
俺はその巨体を見上げ、鬼族の系統か、と当たりをつける。盛り上がった筋肉、焦げ茶色の肉体、どう見ても脳筋の類いだ。
「いやぁね、あんたの相手したら私、裂けちゃうわ」
普通に断れば良いものを、なぜ相手の欲求を煽らせるような言葉しか吐けないのか。
周囲の魔王は見守る姿勢に入った。見世物だと思っているのか、それとも噂の最古参の3人の実力を見定めようとしているのか。
とはいえ、こういう手合いに俺の出番はない。くぁ、とあくびをする。その様子を見た鬼族の魔王の額に青筋が浮かんだ。
「おい、てめぇ――」
「ああ、足下に気をつけろよ?」
「は?」
いつの間にか頭から降りていた岩蛇が、尾を振るった。本来で有れば傷どころか、痛みすら与えられないような小さな蛇から放たれた一撃。
だが、本当の彼は丘ほども――彼の言に寄れば山ほど――ある体格の一撃だ。当然耐えられるわけもなく、きりもみ回転しながら吹き飛んでいく鬼族の魔王。この空間は精神体のようなものなので、死ぬことはないだろう。するすると器用に脚を登って、俺の頭に収まる岩蛇の魔王。
「あの手の馬鹿は減らんのぅ」
「魔王って血の気が多い奴が多いよなぁ……俺みたいな頭脳派魔王はいないものか……仲良くなれる気がする……」
「あんた、前自称頭脳派魔王の揚げ足取ったり噛んだものまねしてキレさせてたじゃないの……」
そんなこともあったかな。そういえばあいつ見ないな……やはり、常に冷静を保てないものでは長生きはできないということだ。
「一ヶ月で3つも人間の街を滅ぼしたぜ!」
「逃げ惑う人間を踏み潰すのって最高だよな!」
そんな馬鹿笑いがどこかから聞こえてくる。
「何年保つと思う?」
夜魔の呟きに、俺は真顔で答えた。
「2年」
「ワシは3年で」
「1年……いえ、大穴で4年狙っておくわ……」
4年……4年か……4年は無理じゃないか……?
「魔王というのも楽じゃないのう」
岩蛇の吐いたため息が、俺と夜魔の気持ちを代弁していた。