母親はやっぱり
今日なら〝あれ〟が成功するかもしれない。いつもよりも集中する。この魔法は成功すれば世紀の大発見になる。そう意気込んでいると、また音もなく気配も感じさせないで隣に立っていた爺やから声をかけられた。
「坊っちゃま、集中してるところ申し訳ありません。ミスティラ様が地下室の上まで来ています」
な、なんだと。なんであの人が来てるんだ?あの人にはバレてないはずなのに?
(まずい、まずい、まずい)
そうおれが焦っていると、後ろに気配を感じた。ゆっくりと後ろを振り返るとそこには、どこから嗅ぎつけたのかは分からないが母親が立っていた。
「探しましたよ、ゼット。まさかこんなところに居るなんて。また鍛錬を抜け出したのですね?」
「母上……」
「セバス、あなたも何をしてるのです。この子のことは私に事細かに伝えるように言ってあるはずですよ。なぜいつも伝えてくれないのですか」
「連絡せず大変申し訳ありません、ミスティラ様」
そう言って爺やは頭を下げる。母上はそんなことを爺やに頼んでいたのか。そんなこと全然知らなかったぞ。
てか、ほんとになんでこの人ここが分かったんだ?魔力感知を遮断する地下だぞ。普通にバレるなんておかしいだろ。母上もなんかチート能力でもあるのか?
「母上、なぜここがわかったのです? ここは外からは魔力感知ができない部屋です。ぼくの居場所が簡単にわかるはずはないのですが?」
「私はあなたの母ですよ? 息子のことがわからなくてどうするのですか。あなたがどこに居て何をしているかなんてすぐにわかりますよ?」
(いやいや、どういう理屈だよ。母親だからとか、とんでも理論じゃないか)
「なにか?」
考えたことが顔にでも出ていたんだろか。母上にとてもいい笑顔で聞かれた。その笑った顔は怖いです母上……
「いえ、何でもありません」
「それはそうとゼット。どうしてあなたは母さんと呼んでくれないのですか? ここには私とセバスしか居ないのですよ? いつものように母さんと呼んでくれないのは寂しいではないですか」
もの凄くシュンとした顔をするおれの母。可愛いな、その顔。とてもじゃないけど四児の母には見えない美貌の持ち主だ。年齢だって……
「あの、そんなに怖い顔しないでください。ほんとのこ……いえ、何でもないです……」
うん、やめておこう。年齢のこと考えただけでめっちゃ睨まれた。さっきの笑った顔が何だったの?ってくらいの顔で睨まれたんだもん。
(あー、てかやばい。実験どころじゃなくなった。とりあえずは機嫌を取らないと)
この人がこんなこと言うのは珍しくはない。だが、この雰囲気はいつもよりも面倒なことを予感させる。母上がこんな感じの顔をするときはだいたいの確率でめんどくさいことになる。
「私がどれだけあなたのことを考えているか、わかっているのですか? いつも毎分毎秒のように思っているのですよ。それに、一通りあの人のお仕事が片付いたので稽古場に行けばまた居なくなってると聞きました。今度はどこに行ったのかと探していると、あなたの気配をこの部屋に感じたのです。魔力など感知できなくても居るのは分かります。なぜなら、母は、いえ母さんはあなたを愛しているからです」
胸を張りドヤ顔でそんなことを言ってくる姿は完全に親バカだ。親バカの域を超えてる気がするが、いつものことだ。スタイル抜群の体を強調しないでほしい。目のやり場に困る。だれが好き好んで母親の胸を見なきゃいけないんだ。
「母う、、、母さん、おれがこの呼び方すると父上が黙ってないですから。分かってますよね?」
母上と呼ぼうとしたら、もの凄い形相で睨まれた。なんで毎回毎回、睨んだり怖い笑顔で見てくるんだよ。
「あの人の言うことなど無視すればいいのです。こんなにも可愛いゼットを無下に扱う人の言うことなんか聞かなくてもいいのです。そもそもあの人は……」
おれは父親に嫌われている。と言うよりも避けられてるといったほうがいいのかもしれない。まあ兄や姉がいる以上、父さん的にはおれは必要ないのかもしれないが……
そんなこんなで母さんと爺やにしか言えないという事に繋がる。幼馴染たちは信頼できる奴らなんだけどまだまだ六歳という事もあり言えていない。
ついつい「はぁぁ」とそんなため息が出てしまった。やばい!そう思ったが遅かった。
「ゼット、そんな辛そうにして。私が居ますから元気を出してください。いつでも母さんがゼットのことを癒してあげますからね」
ギュムッとこれでもかと言わんばかりに抱きしめられてしまった。いくら常人離れしているとはいえ実の母親に力を使うわけにもいかない。てか、そもそもそも母さんの力が強い。なんでこんなに力強いんだよ?たしか戦闘面は普通レベルだったはずだぞ?
「かあ、さ、ん。くる、し、い。はなし、て、よ」
「大丈夫、大丈夫ですから。母さんに任せてくれればいいのです」
いやいや、胸に顔埋まってるから。ほんと母親の胸で窒息死する。
(爺や、早く助けろ!!)
呼吸ができず苦しい中、必死に爺やにアイコンタクトを取る。
(無理ですな)
そう言って爺やはおれのほうを見ずに明後日のほうを眺めだした。この場にはおれの味方はいなかった。
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