特異者
空気が重い。空気も重いけど四人からの視線が痛い。さっきまでキャッキャウフフと楽しそうに話していたのに、今は全員がジトっとした瞳でおれを見ている。
「あ、あのー? なんでおれはそんな瞳で見られているんでしょうか? リミちゃん? さっきみたいにむすっとしてくれないかな? その顔は怖いから……姉さんたちもアンもそんな怖い顔しないでさ? ね、ラディーも何とか言ってくれって! てかフローワは笑ってないで弁解しろよ!」
「酷い! 私との関係は遊びだったって言うの!? そんなぁぁぁぁ」
「ひぃっ!!! そういう、嘘はマジでやめてくれって!? 四人とも女子がしちゃいけない目をしてるからさ!」
「あはははは、ほんとうにぜーくんって面白いよねぇ。弄りがいがあるというか、ほんと良い反応してくれるからさ~。ぷっ、ふっ……いやぁ、笑った笑った。こらこら、そんな顔するんじゃないよ。それくらい我慢しなよ、男の子でしょ? えーっと、まぁこうやって彼を弄ったりしてるだけなんだ。だから、許してやってくれよ? それとも君たちは彼を縛り付けるだけの人たちなのかい?」
そう言って、フローワはへらへらと笑っていた顔を真面目な表情にする。先ほどまでのふわふわとした印象とは違い、近くに居るものを凍らせるような、そんな雰囲気を醸し出す。そう言われた瞬間、さっきまでむすっとして怒っていた四人がハッとした顔をした。
こいつのこういうとこが全く読めないんだよなぁ。人をからかっておちょくり続けたと思ったら、こうやって急に真面目な顔になって核心をついたことを言ってくる。
「うぅぅぅぅ、ゼットさぁぁぁん。ごめんなさぁぁぁい! 疑ったりしてごめんなさい」
「ごめんね、ゼット。一番年上のくせに大人げなかったわ。反省してるわよ」
「「ごめんねぇぇ、ゼットぉぉぉぉ。ダメなお姉ちゃんをゆるしてぇぇぇ」」
「お、おう。って言っても、そこまで気にしてないからそんな風に謝らなくていいぞ? 心配かけてるのはおれなんだし、おあいこでいいだろ?」
暗い顔で誤ってくる彼女たちに対してそう答える。そう言って、四人を見ると暗かった顔が花開いたように明るくなった。
ふぅ、これで一安心。そう思い、ふと、フローワを見るとクスクスと笑っていた。女性にしては高身長でスタイルもいいため、こうやって笑っている姿すら花がある。笑いすぎたのか、いつもかけている黒の眼鏡を少し外しながら涙を拭いている。
笑いすぎで涙出るとか……どんだけだよ。
「いやぁ、本当に予想通りにみんな動くねぇ。お姉さん、みんなが悪い人に騙されないか心配だよぉ」
「「「「「あんたが言うな!!!!!」」」」」
「あらら、これは手厳しいなぁ」
全員で言ったのにこれっぽっちも懲りてない様子のフローワ。舌をペロッと出して頭に手をこつんと当てている。
「あざとい。そのポーズをするならキャラ変更しとけって……あっ……」
やってしまった……ついつい、口が滑ってしまった……
恐る恐るフローワの顔を見ると、ニコッと笑っていた。しかし、おれはその表情を見た瞬間、終わったと思った。なぜなら、額に青筋を浮かべて、口が引くついていたからだ。きっと閉じてる瞼の奥の瞳は笑っていないのだろう、フローワから尋常じゃない魔力を感じる。
周りを見ても、だれも目を合わせようとしない。リミも、姉さんたちも、アンまでもが若干ジト目に戻っている。ラディーは店に入ってから一度もしゃべってすらいない。関わり合いになりたくないと無言を貫いており、視線も合わせてくれない。
ゆらゆらと、少しずつ近づいてくるフローワ。気がづけば、おれは壁を背に背負っていた。無意識のうちに、おれは少しずつ後退していたみたいだ。逃げ道を失ったおれに、フローワが追いつき、かなりの魔力を込めた手を振り上げる。
おれは覚悟を決めて目を閉じる。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ あれ?全然衝撃が来ない?
そう思い目を開けると、目の前にはフローワの顔があった。
「ぷっ、何その間抜けな顔は~。ほんと、ぜーくんは隙だらけで無防備よねぇ。そこの子たちが可哀想だからキスはしないでおいてあげたけど、隙だらけよぉ? もう少し気を付けてあげないと彼女たち泣かせることになるんだからね? わかった?」
「あ、あぁ。分かったよ、気を付ける」
「そう。ならいいわ。それでここに来たのは、この前頼んでたものを取りに来たから? それともハーレム王になったことを宣言しに来てくれたのかしら?」
からかうのに満足したのか、普段と変わらない接客モードに入りそう尋ねてくる。
「ハーレム王になってもいないし、なんならこの道中で恋人にしたのは、この中で二番目に背の低い子だけだ。あとの奴らは全員家族だよ。おれがそんな甲斐性ないのわかってるだろ?」
「うーん、ぜーくんに甲斐性がないのと女の子が集まってくるのは違うじゃん。それに、みんなタイプの違う美少女だしさ。てか、四人中三人がブロンドなんだね……まぁでも、ぜーくんも金髪だし、そこの三人が家族ってことかな?」
「あぁ、この三人は家族だよ。このリミは、フローワにあった日に事件に巻き込まれててな。その関係で出会ったんだよ」
おれがそう言うと、フローワは品定めするように四人をじっくりと見ている。
「うーん、やっぱ全員、かなりレベル高いし可愛いよねぇ。ぜーくんの彼女っていう子は背が低い割には、しっかりと出るとこ出てて引っ込むところは引っ込んでるから、めちゃくちゃスタイル良いし、髪なんか透き通るような白色だし、目もくりくりしてて、いかにも女の子らしいじゃない。双子ちゃんは、家族だけあって、ぜーくんに似て顔が整ってるのよねぇ。背も少し違うみたいだけど、大きい子はザ・今どき女子って感じよね。髪型なんかもアレンジしてるし、服装もこの中じゃ一番気を使ってるみたいね。小さい子の方は、その気の強そうなところとか、ぜーくんそっくり。若干けだるそうな目とかも似てるし、スタイルはこの中じゃ残念なほうだけど、ちゃんと女の子らしいスタイルよね。最後の子って、作り物? なんか凄い精巧に作られてるんだろうけど違和感があるのよねぇ。めちゃくちゃスタイルもいいし顔も整ってるんだけど、ぜーくんにはあまり似てないし、雰囲気はものすごく似てるんだけど……で、とりあえず、ざっと視たけど、こんな感じでいいかしら?」
と言ってこちらを見てくる。ほかの皆、無関心を貫いていたラディーまでもがポカンとして、こちらを見ている。開いた口が塞がらないとはこのことだな。それもそうだろう、リミやイクス姉さん、エール姉さんのことならともかく、アンのことまで言い当てられたのだから。
「あぁ、完璧だ。流石は、特異者だな。そこまで視られるのは、フローワはくらいだよ」
ほんとに完璧だ。この世界で最も発展していて何をさせても一番だとされているプリミエール王国ですらこんな能力を持った奴を保持できていないだろう。それほどまでにフローワの固有魔法〝分析〟は優れている。
「特異者!? この人が? まだ世界に千人もいないとされてる、あの!? 今まであった六階級の枠にはまらず、普通ではありえない能力や身体能力を持って生まれる特異体質って言われてる人たちの事でしょ? お父様に言われて調べたことはあったけど、まさかこんな所に居たなんて……私たちですら見たことなかったのに……」
「なるほどねぇ~。エールたちが見たことないって言うなら、本当にかなりレアなのね。あたしたちの時代にはそう言って言葉はなかったけど、中には極めて特殊な能力を持った人も居たわね」
特異者、という言葉に各々が反応を示す。さっきまで唖然としていたのに、一つの単語で大騒ぎだな。エール姉さんとアンは、特異者という言葉にものすごい反応したみたいだ。
「それにしても、なんでこんな辺鄙なところに特異者が居るの? こんな重要人物、国のお抱えになってもおかしくないはず……それが、こんな目立たない場所にお店出したりしてる、意味が分からない」
「たしかに、それはおかしいな。千人に一人なんて人物を抱え込まない国の人間は何をしているんだ?」
イクス姉さんとラディーは、そんな珍しい存在がこんな所で国の管理もされずにいることに疑問を浮かべている。
「えーっと、ぜーくん? こういう反応になるのはなんとなくわかってたけどさ……そこの双子ちゃんから少し気になる単語が聞こえてきたんだけど? お父様に頼まれてとか、調べてとかさ。もしかして、ぜーくんってお国のお偉いさんの子供だったりする? いやいや、そんなわけないよね! もしそうだったら、なんでこんなところに来てるのって話だし!」
フローワは綺麗で知的な顔を引きつらせながら尋ねてくる。
「あれ? ちゃんと言ってなかったか? おれはシフォンベルク王国の王子だぞ? そこの双子は、おれの姉だ。おれの彼女はつい先日、養子になったばっかだな。ついでに、さっきの答え合わせをするなら作り物だって言ったのは当たりだな。そいつと、もう一人黙りこくってたイケメンはオートマタっていうほぼ人に似せた魔法で創った人形だ。魂を定着させて、ある程度の魔力を核に注いで動かしてるんだ。核の部分をもっと完璧に出来れば半永久的に動けるようにできるんだけど、なかなか完成しなくてな……って、フローワ? どうした? アホみたいに口を開けて」
顔の目の前で手を振るが反応がない。仕方ないのでデコピンをして起こす。すると、「痛っ! な、なに!?」と言ってきょろきょろとする。
「いやいや、こっちだよ。なんで反応無くなってんだよ?」
「え? って、なんでそんな大事なこと黙ってるの!? 知ってたらあんな口の利き方とかしなかったし、そもそも国の人とか……うぅぅぅ、どうしよぉ~。ねぇ、私のことぜーく……ゼット様のお父様に話したりしてないでしょうか?」
「は、話してないけど? てかその話し方、なに? すげぇ気持ち悪いんだけど?」
うん、似合わない喋りかたされると背中がムズムズしてくる。
「で、でも~」
「そういうの気にしなくていいから。そもそも、ここにはシフォンベルクの王子として来てないよ。フローワの知り合いとして来てるから。だから今まで通り普通にしてくれ」
そう言って頭に手を置く。その瞬間、サーっと血の気が引く感覚に陥る。
(やばい、りみにやるように、いつもの癖でやってしまった!?)
そう思い慌てて頭から手を離す。その時、偶然フローワの髪がふわっと上がった。スカイブルーの長い髪が上がると、髪で隠れていた首筋と人間のものより長い耳が現れた。
「まじか……フローワって、エルフだったのか?」
そう言うと、フローワは慌てて髪を直しエルフ特有の長い耳を隠す。そして、こちらを黙って見ていたかと思うと、覚悟が決まった顔をして魔法陣をいきなり展開してきた。
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