理由なんか
あれ?どれくらい眠っていたんだろう。駄目だ、頭がぼうっとする。
重い頭を振り払い、目を覚ますとわたしは、見たことのない部屋のベッドに横になっていた。きっと、助けてくれた彼がここまで運んでくれたのだろう。
(このベッドすごいフカフカ。こんなベッドで眠るのなんて初めて。それになんかいい匂いがする)
それにしても、ここどこ?あの人はどこに居るんだろ?
そもそもなんで、わたしのなんかこと助けたんだろ?わたしなんかを助けてもなんにもいいことなんかないのに……
あの人も、もしかして……
考えても、考えても、なんで助けてくれたのかがわからない。あの人がわたしなんかを助けるメリットが思い浮かばない。どうしても、何かさせようとしてるんじゃないか、助けてくれたことには裏があるんじゃないかと思ってしまう。疑ってしまう、信じられなくなっている。疑心暗鬼になってるせいで、どうしても悪い方へと考えてしまう。
そんな風に考えていると、部屋の扉がガチャっと開いた。
「なんだ、もう起きてたのか。まぁ一日中寝てたら起きるか」
扉が開き、現れたのは気を失う前にうっすらと見た、わたしを助けてくれたあの人だった。手にはどこかで買い物をしてきたのだろう、袋をたくさん持っており、女物の服や生活必需品になるものや食料などが入っていた。
「それで、具合はどうだ? 体にあった傷の方は治したが、どう見ても普通に生活していて出来る傷じゃないだろ。体の線も細すぎる。栄養失調になっているのは明らかだし傷だって骨が折れてるところも何か所もあった。まあ言いたくないなら無理に聞く気はないが、言えることがあるなら言ってくれ」
ぶっきらぼうにそう言う彼は照れたのか、顔を少し赤くしていた。
「あ、ありがとうございます。助けてもらっただけじゃなく傷まで治してもらって」
とりあえずどんな理由があるのかは分からないが助けてもらったのでお礼をする。
「いや、あんな傷見たら普通に治すだろ。まぁ、幸いおれは魔法が得意だし治すのは、なんてことはなかったがな」
先ほどの照れた顔とは違い自信満々な表情でそう言う。その少年の見せる顔は不覚にも少し可愛いとすら思ってしまった。なんでこの人はわたしに対してこんなにも優しくしてくれるんだろう。
どうしてもわたしの頭に浮かぶのは、昨日のあの光景。思い出したくもない忘れてしまいたい消してしまいたい記憶。
「あ、あの! ど、どうしてあなたはわたしを助けたんですか? どうしてそんなに優しくしてくれんですか? どうしてそんな表情で話しかけてくれるんですか!? わたしはこんな風に優しくしてもらえる人間じゃない! わたしは汚れているんです!! どうせあなたもわたしを————————」
そこまで言って、ハッと彼の顔を見た。
彼の表情は、こんなにも理不尽な言われ方をしているのにもかかわらず怒るわけでもなく、ただただ苦笑いを浮かべながらもとても悲しそうな顔だった。
どうして、そんな表情を浮かべるの?どうしてあなたはこんな理不尽なことを言われてるのに怒らない?どうしてそんなに悲しそうな顔でわたしを見てくるの?
「正直、お前がなんでそんなことを言ってきたか分からない。どんな目に遭ってきて、どんな風に思ってこれまで生きてきたか知らない」
彼の言ってることは当然のことだ。つい、さっき会って助けてもらっただけ。
「だけどさ、人が人を助けるのに理由なんかいるのか? おれは聖人君子でもないし、全人類が仲良くすればいいなんて考えはもっていない。敵対するやつには容赦しないし殺すことだって何とも思わない。そんなことよりも、自分や自分の仲間が楽しく生きていくことのほうが大切だと考える人間だよ。普通なんて感性は持ち合わせてないし見ず知らずの人間、全てを助けますなんて言うつもりはない。はっきり言えばクズだ。それでもさ、目の前でこんな、今すぐにでも死んでもいいみたいな顔した女を放っておくほどクズになったつもりはないよ」
そう素直に彼の思いを言ってくれた。人によってはかっこいいのか、かっこ悪いのか、わからない宣言だと思う。人としてどうなのと言われるようなことすら堂々と言ってくれた。彼にとってはそれが当たり前であり、揺るがない本心なのだろう。
きっと彼は大勢の人を助けるなんてことは簡単にこなしてしまうんだろう。だからこそ普通の人が聞いたらまず引くであろうことを平気で言えるんだ。それを聞いて中には呆れたり、怒鳴ってくる人もいるかもしれない。人によっては彼を悪だと決めつける人がいるかもしれない。
でも、わたしは彼の言ってることが凄くかっこいいと思ってしまった。彼の考え方を否定する気にはなれなかった。この人がわたしを助けたのに目的も理由も本当にないんだと思う。ただ、わたしが彼の目に映ったから、彼の気分がそうしてくれたんだと思う。その事実が嫌ということはなく素直に嬉しく思う。そう思えるほどに彼を好ましく思っているのかもしれない。
だけど……
「正直に答えてくれてありがとうございます。でも、ごめんなさい。まだわたしには……」
彼をかっこいいと思ったとしてもまだ信じられない。また裏切られるんじゃないかと思うと怖い。この人はそういうことをしないとは思っても、どうしても裏切られた事実がこの気持ちに歯止めをかける。わたしが泣きながら言うと彼はわたしの頭に手をポンと置いてこう言った。
「気にするな。まだお前のことを分かってるわけでも知ったつもりでもないがお前が人を信じられるような精神じゃないのは分かるつもりだ。無理に話す必要も信じようとする必要もない。信じられないかもしれないが、これでも人を信じられなくなる気持ちはおれにも分かるからな」
その言葉の後に「ゆっくり時間をかけよう」と頭を撫でながらそんな事を言ってきた。
(ずるい。こんなの我慢できるわけないよ)
わたしは生まれて初めて大泣きした。あの人に裏切られた時も泣かなかったのに、この人の前だとなぜか感情を隠すことができない。
わたしはこれでもかというほどに、涙が枯れる果てるほどに、これまでずっとずっと我慢してきたものを吐き出した。
「うわぁぁぁぁぁぁん……ぐすっ、うぅっ、あっ、ぐっ……なん……でぇ……」
(あれ? わたしまた寝ちゃってた)
泣きつかれて眠ってしまったのだろう。目を覚ますと外は真っ暗になっていた。横になっている体を起こそうと手に力をいれようとしたとき、不意に自分の手を何かが掴んでいる感触がした。
(あ! 手、ずっと握っててくれたんだ。嬉しいなぁ)
感触のする方に目を向けると、そこには椅子に座りながらもずっとわたしの手を握ってくれている彼の姿があった。ベッドに頭を突っ伏して眠っている。ずっと側にいてくれた。その事実がわたしの心を少しだけど癒してくれた。
まだまだ人のことを信じ切ることは難しいかもしれないけど……それでも彼のことを信じてみようと思った。もう一度だけ頑張ってみよう、彼に勇気を癒しをもらったから。
そして出来ることなら彼と一緒に居たい。彼の助けに、彼を支えられるような人になりたい。今はまだ彼の名前も知らないし、彼のことを何も知らない。だから、そんなことはできないだろうけど……
それでも、これから先わたしが、この人の一番になれたらいいなぁ。わたしがこの人の支えになって、癒しになって、助けてあげられる存在になりたい。その為には、もうこんなことでくよくよしてちゃ駄目だ。
そうと決めたらもう、今日はこのまま寝てしまおう。そして、また明日、ちゃんとお礼を言おう。お礼を言って、それから彼のことをたくさん聞こう。たくさん彼のことを知っていこう。
そう思いわたしは目をつぶり眠りについた。
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