どこの世界でも
「敬語はいらないって言うなら……それで? こいつは誰なんだ? この国の奴隷というものの存在は国民にとっても当たり前のものとして扱われてるのはなんとなくわかったが、それにしてもここまで酷い扱いを黙っているのは国としての判断なのかを聞きたい」
未だに笑っている国王のマハトに聞く。あまり聞かれたくなかったことなのだろう、マハトの顔が若干強張ったのが見えた。おれがそう聞いた瞬間、国王のそばに居る秘書的女性がものすごい形相で睨んできた。
怖っ!そんな表情、女がする顔じゃねぇよっ!!
「いやいや、そもそもはおたくの国王様がこの口の利き方でいいって言ったんだよ? なんでそれで怒られなきゃならないのかな?」
「貴様、いくらシフォンベルクの王子だとしても口の利き方がなってないな。このお方は、この最強の武装国家として名高いグランファストの国王マハト・グラン様だぞ。目上の、それも偉大なる国王に向かってなんていう口の利き方を……貴様には常識というものがないのか?」
うん、知ってる。こういう人とは関わったらダメなやつだ。絶対に面倒なことにつながる。
ここは下手に出て穏便に済まそう。
「あー、はい。これは申し訳ございませんでしたー。わたくしめが悪かったですぅ」
やばい、ひどい棒読みだ。全く感情がこもってない。おれのバカ!嘘の付けない正直者がここで出てしまったな。そう思った瞬間にどこからか「「それが嘘だろ! 空気を吸うのと同じように嘘つくくせに!」と言われた気がする。
なんでだろう?
「貴様、私を馬鹿にしているのか!? そのような感情のこもってない謝罪を私がわからないとでも言うのか!」
これでもかというくらいにキレた表情を見せる顔はそこそこ美人の秘書さんが詰め寄ってきた。うーん顔はキレイ系なのに性格が悪くて残念だ。これもテンプレ、様式美ってやつだな。
「いやいや、気づかなきゃいいなーって思いましてね。てか気づかないバカでいてくれたらなんて……いえいえ何でもないですよ? それに、そんな大きな声出さないでくれます? こいつがまたビクビクしちゃうんで」
そう言って後ろに居る彼女の頭を撫でる。
「ふん。そのような奴隷のことなど私の知ったことではないな! それに、この場所はそんな薄汚れた汚い奴隷が来ていい場所ではない!! なぜ王家の人間である貴様がそんな奴と居るんだ。その薄汚れたごみは元あった場所へ捨ててくるんだな。王の御前だぞ」
ブチッ!
ほぉ、まさかそんなこと言う奴がこの世界、しかもこの城の中に居るなんてなー。どこの世界でもこんな奴は居るんだな。
うん。決めた。こいつ、絶対泣かす。なんか、おっさんが言ってるけどいいや、久しぶりにキレたわ。骨の髄まで分からせてやるよ。
絶対に許さねぇ。
「おい、クソ女、その言葉今すぐ取り消せ。今ならこいつに土下座して謝れば許してやるよ」
そう言って後ろを指さす。
「なぜ謝る必要がある? 事実を言ったまで。それに貴様こそ謝罪したらどうだ? 私はグランファスト王立高等学校の二年主席のリタ・パルトナーだ。貴様の先輩にあたる。目上の者に対する態度やマハト様に対しての言葉遣いを謝罪し、そしてその奴隷を捨ててきたら許してやらんこともない」
おぉ、どこまでも頭にくる女だな。せっかく、こっちが譲歩して歩み寄ったのにもかかわらず喧嘩売ってきたか。さすがのおれも我慢には限界があるぞ?
「これはこれは、ご丁寧に自己紹介どうも。おれはゼット・シフォンベルク。知ってると思うけど、一応ね。先輩なんだからこんなぽっと出の後輩に負けたら示しがつかないんじゃないですか? さぞかし学校では慕われてるでしょうし、こんな喧嘩で負けちゃったら一気にすべて失っちゃいますよぉ?」
そうして、挑発しあいながらにらみ合っていると先程まで国王なのに空気だったマハトが止めに入ってきた。
「そこまでだ、二人とも。リタ、流石に言いすぎだ。たとえ奴隷だとしてもひとりの人間だ。奴隷だからといって全てを切り捨てていいわけではない。君の境遇や考え方はは分かってはいるがそれを言ってはいけない。ゼット君も矛を収めてはくれんか。詳しい説明をするから、今はそれで勘弁してくれたまえ」
そう言って頭を下げてきた。
はぁ、そこまで大人の対応されたら受け入れるしかないか。父さんの親友なんだし奴隷の件に関しても手を出せない何かしら事情があるんだろう。
まぁ隣のバカは全然納得していないようだが、一応自分の崇拝している国王に言われて落ち着こうとはしてるみたいだ。
「わかりましたよ。この女の言ったことを許すつもりも認めるつもりもありませんが。今は抑えます。それに学校が一緒みたいなんで、そこで白黒つけますよ」
「マハト様、申し訳ありませんでした。しかし、私は自分の言ったことが間違いだとは思っていません! 奴隷は悪なのです! 私からすべて奪っていった。それが全てです。この男が変わらず言ってくるのであれば容赦はしません。いずれこの男とは白黒つけたいと思っています。今日は失礼します」
そう言って出っていった。
「すまぬな。彼女はとても優秀なのだが、優秀なあまりこの国の古い考え方や貴族たちの思惑に乗せられているところもあってな。それに彼女も色々と訳ありなところもあってな。家族を全員ある事件で失っているんだよ。許してくれとは言えんが少しは考えてくれんかね」
「まぁあれについては深くは考えないよ。おれとじゃ考え方が違いすぎるからな。それよりも奴隷制度自体昔からあって、しかも貴族たちのお遊びとしてあるがためになかなか国としても変えることができないというこなのか? そういうことなのか?」
マハトは苦い顔をしながら頷いた。
「やっぱり。国王ですら踏み込めないとなるとかなりの大物がいるということだな? そこまでの大物、もしくはあまりにも数が多いのか……」
国王が手出しできないほどに国が傾くほどの、な。そう考えながら言うとおっさんは異空間からある資料を出して見せてくれた。
「この資料は? まさか……」
「そうだ。そのまさかだよ。この資料に書かれているのは奴隷を持っている貴族の名前と、そして奴隷を商売として扱っている者の名前だ。手が出せないのはこの資料に書かれてるので分かると思う。だが、なにもしないのも寝覚めが悪くてな。こうやって少し調べておこうと思ってな」
見せてもらった資料にはたくさんの貴族たちの名前と奴隷の名前。そして、その奴隷を扱っている仲介業者の名前が書いてあった。
にしても、この数は……
「いくらなんでも多すぎる。こんなのこの国のほぼ全ての貴族が加担しているとしか思えない量だろ。これじゃいくら国王でもうかつに手は出せない……」
「その通り。加担していないのは私とゆかりのあるものと残り数名といった程度だよ。それ以外はほとんどがこの件に加担しているといっても過言ではない。この国を戦で勝ち取ったのが数十年前。それから国を立て直し、より良くしてきたつもりだったがこんなことになってるなんてな」
だろうな、これは腐ってる。正直、ここまで貴族たちが腐っているとは思わなかった。マハトのおっさんもまさか自分の国が、しかも、王都がこんなことになってるなんて思わなかっただろう。シフォンベルクの領内でも貴族の横暴はあったがここまではなかった。このことを父さんは知っているのだろうか知っていたとして、旧知の仲だとしても、所詮は他所の国だ。あまりおおっぴらに行動は起こせないのだろう。
だからこそ、おっさんも安易には助けを求めることができなかったと思う。
そうして、一通り資料に目を通していると、たまに奴隷の名前の欄が空白になっているのが目に付いた。
いわゆる、これが名無しなのだろう。おれの後ろでチラチラとおれの手元にある資料を覗き見ているこの子のように……彼女の頭を撫でて少し落ち着かせる。
生まれたとき、あるいはその少し後で親に捨てられ、名前もなく拾われて奴隷として育てられた子供たち。それが名無しである。読んでるだけでムカムカとした気分になる中ある資料の一文に視線が止まった。数日前にある貴族の下から少女が脱走した。そう書いてあった。
その資料を見せると、彼女はガタガタと震えだし泣きそうな表情になってしまった。
そうか、こいつなんだな……この子のあの傷、表情、人間不信のような精神状態。それをひきおこしたのはこいつで確定だ。
おれはこの世界に来て初めてというくらいに怒りを抱いている。
ギーリッヒ・アヴィド。そう名前が記されていた。貴族の家の長男として生まれ、ある程度の才能にも恵まれて貴族の中でも上役へとなっているみたいだな。でも、そんなことは関係ない。この男はこの世界に居ちゃダメなやつだ。そうだろ、アン、ラディー?
『えぇ、そうね。こんな男がこの時代にも居るなんて信じられないわ。私の一番嫌いなタイプね。この手で殺したくなるほどに。まぁでも正直、こんな屑には関わってほしくはないんだけど……そういうわけにもいかないみたいだし。分かったわ、あなたの望みが私の望みでもあるしね。いくらでも力を貸すわよ』
『そうだな。アンの言う通り、俺たちはあくまでお前の力になるために居るんだ。お前の望みを叶えるためならなんだってするさ。それに、売春に薬、違法賭博、魔法による人体実験、奴隷への暴力や性的虐待。ここまで屑な男は久しぶりに見たよ』
ありがとう、二人とも。ギーリッヒ・アヴィド、おれたちはお前を絶対に許さない。
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