剣の話
徹夜がイズにバレたのはそう間もない時間だった。
久しぶりに怒ったイズは、僕に何の釈明もさせずに無理やり寝せる。論理的な彼の言動は怒りをあらわにするときも健在で、僕の釈明をことごとく受け切ったうえで約三倍ほどの重圧を返す。やさしく諭すような口調で言われるそれの制圧能力は一級品だ。イズに負ける形でベットにもぐる。今後の予定の大幅な修正が必要だと僕が文句を垂れると、彼は比較的にこやかな顔でこう言った。
「君。絶対倒れるでしょ?」
僕の医者は、この上なく怒っていた。
♢
「徹夜は、集中力を霧散させるんだ。」
まだ怒っているイズ。昼食になったサンドイッチを頬張りながら租借していると、まだまだ怒り心頭なイズは二回目の説教を始めた。聞かず振りを決めるために読みもしない新聞を頭に入れようとする。だが、ほとんどがイズの言葉で入らない。そんな僕に呆れたイズはその口調を変えて僕に言う。ため息交じりのその声で。
「私はもう。直したくはないのだ。」
知っている。
新聞の内容は大したものではない。深く読んでないせいか大したことのないことだと思っているのかもしれないが、今後の予定を変えるものは特に…。これは?
その記事は、比較的目立たない文字数。印象の薄い端に掲載されているのにも関わず、僕の目を注目させた。曰く。違法者処刑。
どうやら記事によると、この国の条例を破ったものがいて、そのものはその場で厳罰を受けたそうだ。厳罰とは極刑。つまり死罪。誰かがこの国に薬草に関する何かを破ったらしい。そしてその人物は違法者として処刑された。名前は書いていないが、何を破ったかは書いていた。どうやら、その人物は薬草を持ち込んでいたそうだ。ご丁寧に薬草の名前も書いてある。セリと呼ばれる薬草。その効果は、血液の凝固作用の促進と皮膚の癒着作用の活性化。傷口に貼り使用する切傷用の薬草。どこら辺でも生息し、暑さにも寒さにも強い。どのようなところでも採取できるところから、万能薬と呼ばれる薬草の一つだ。
「セロ。聞いているのか?」
まったく反応を返さなかったからかイズは説教をやめて僕の名前を呼ぶ。大半は聞き逃したけど要件はわかっているんだ。
「聞いているさ。もう徹夜はしない。君に怒られたくはないからね。」
「本当にわかっているのかよ。」
もう一度深く息を吐きだすイズ。
そんな僕たちを見かけたマリアさんが声をかけてきた。
「説教ですか?イズさん。」
「すいません。こいつが徹夜をしたみたいで。」
それを聞いたマリアさんは、少々慌てた顔をする。
「ぐっすりお休みできませんでしたか!?何か至らなかった点でも?」
真面目そうな彼女は、そのような解釈をしたようだが違う。この宿屋は本当にいい宿屋だし満足はしているんだ。だからこの宿屋が云々って話ではない。どうにかそのことをマリアさんに説明すると、誤解だと分かったようで胸をなでおろす。
「よかった。」
「マリアさんの宿は最高でしたよ。」
「そう言ってもらうとうれしい限りです。」
混じりっ気のない言葉。そして笑顔でそう答えられる。彼女はこの仕事が本当に好きなようだ。
「それで?何を熱心に読んでいるんだセロ。君が新聞を熟読するのは珍しい。」
どうやら、僕が注視していたのはばれているらしい。嘘をつく通りはないので正直に話す。
「これだよ。」
僕が指す記事はもちろん違法者の話。
しばらく拝見したイズは息を深く吐き、ひどい話だと答える。多分そのため息には、説教を全く聞いていない僕へのストレスも含んでいるんだろうな。
「それよりこれらどうするんだセロ。観光も大事だが食料と水。それに”異点”の整備をしてもらわなきゃいかんだろう?」
「…忘れていた。」
「マリアさん。飲み水を分けてもらうことはできますか?」
「はい。いくらでもどうぞ?」
あとは食料だけど、干し肉系はもう飽きたから乾パン系のものが食べたい。
「サキ。今日はいろいろなところで買い物をしたいんだ。案内を頼めるかな?」
「わかりましたイズさん。それでどちらに行きましょうか?」
行先は決まっている。まずは…。
「まずは鍛冶屋に行こうか。」
♢
そこは大通りに一本入った裏路裏にあった。
元来この国は、鍛冶屋の国と呼ばれるほどに腕のいい鍛冶屋が集まっているそうだ。あの強大な壁もその技術の結晶らしく、この国の象徴は何も外見としてだけではないらしいかった。
「需要も増えてな。剣に槍、斧いろんなものが売れるに売れている。」
「ここ最近の話ですか?」
「ああ。ちょうど二年前からだ。需要が激増した。」
確かに、どの鍛冶屋でもほこりをかぶっていない剣やら斧が店頭に置かれていた。大通りよりも人混みがあり熱気が違う。需要が確かにあるのだろう。それに…だ。
買い物をしている人たちは、円卓列車できているほかの国の役どころたちがちらほらと見える。イズはまた溜息を吐く。
多分仕入れだろうな。と。
「それは。上りですか?」
「下りだよ。」
なるほど。
鍛冶屋の主人は磨く手を止める。
彼が務めるその店は、どうやらほかのお店同様かなり繁盛しているらしく、流れ出る人込みは変わらない。その中には、僕やサキのような子供を連れている人たちの姿が目立つ。
「それで坊主。何か買う物はないかね?」
店に客を入れたり、刀を磨いたり忙しい人だ。
「子供に刀を売っていいんですか?」
「酔っ払いと、むかつくやつ以外にはだれでも売るさ。」
そういうことらしい。
「短刀ありますか?よく切れて、軽いやつがいいのですが。」
「いい物はそれなりにかかるぞ?」
「これで足りれば。」
主人の前に、金貨の入った革袋を置く。どうやら子供が大金を置くとは考えなかったらしい。その主人は驚きひっくり返った。
「足りますか?」
どうやら腰を打ったらしい主人は、腰をさすりながらも椅子に座り直す。磨き掛けの剣は、どうやら落とさないで済んだようだ。恐る恐るといった拍子で彼は金貨を数え始めた。そして一言。
「最高の短刀が十本買える。」
「ならよかった。では一番いいやつを試してもいいですか?」
「ちょっとまってくれ。」
そそくさと店の奥に入った主人。それを見ていたイズは僕にこう言った。
「それにしてもいい刀共だな。職人って言葉がよく似合うよ。」
「いい物かどうかはわからないけどさ。僕はこの刀嫌いだ。」
「なぜ?」
「なんか、気に食わない。」
なんというか。生意気そうな刀だ。
多分僕とは相性が合わない。性格的にお互いが気に食わない存在といったものだろう。
「君はいつも気に食わないだろ?君が気に入っているのはあれだけだ。」
腰に差している相棒は胸を張っていることだろう。
「まあ。気に入らないのは俺もだけどな。」
どうやらお目当てのものを探し終えたらしい。主人は、大層な箱に包まれたそれを僕の目の前の置いた。イールズ0と箱の表面に書かれている。
「切れ味は保証する。鉄でも鋼でもバターのように切れるものだ。素材はこいつの名前となったイールズという鉱石を使っている。軽くて丈夫とはこの刀のためにあるもんだ。」
ふたを開けた底にあったその担当は、十五センチほどの刀。紅い鉱石で色付けられているそれは、周りの雰囲気を少し変えていた。
「しかもそれだけじゃあない。この刀は「残念ながらそれはいらん!!」」
突如口をはさむイズ。その顔には憤怒。どうやらこの店は気に食わなかったらしい。彼が急にしゃべったことに驚いた亭主を置いてきぼりにし、その店の棚に飾られていた一つのナイフを手に取る。
「これは?」
僕が手にとったそれは、イールズ同様箱にしまわれているそれで。イールズとは違い読めない異国の文字で書かれていた。少し固まっていた亭主は意識を取り戻し説明に入った。
「それは、うちで作ったものではないんだがね。私個人が気に入っているから置いているんだ。世界に一つしかない最高の短刀さ。」
「イーズルが最高ではないんですか?」
「あれはうちの店作られた一番。…なんだがね。…お客さん。すまなかった。」
突如として謝る亭主に、今度はこちらが驚かされる。
「そこの小さい方の言うとおりだ。これはあんたみたいな人に持たせる刀ではない。これは最高の刀だが君には会わない。本当に済まない。鍛冶屋失格だ。どうやら勘が鈍っていた。いや違うな。錆びついていたようだ。」
頭を下げ主人は続ける。
「お客がどのような目的でそれを使うか。それを思案し良い刀を作り売る。それが鍛冶屋だと思っている。イーズルは君には合わない。君が目指しているものとは違うようだ。だが。」
顔を上げる店主。
「きみが持つその刀はどうやら君と相性がいいようだ。お代はいらない。それを持って行ってくれ。」
「いいんですか?」
「それは君を絶対に助ける。そいつの名前はアヲガラス。青い宝石の刀だ。」
僕らの行動は周りから見れば異様なものだったようで、ほかにも刀を見ていた方々からの視線が痛い。まあそれは当然って言っちゃあ当然だけど、恥ずかしいことに変わらない。そそくさとその場から立ち去るのに何の抵抗もなかった。
プンスカと怒っていたイズはその怒りをようやく鎮める。
箱から取り出したそれは、本当に宝石のような刀だった。ガラスのように透き通るそれは、容易に周囲の景色を透通す。
これは好きだ。直感的にそう思う代物。宝石だからとかそういう物ではなく、根本的なもので僕とこれはあっている。そう思ってしまう。
だがもう少し違う所も見てみたい。
僕は思案した。
…そうだな。
「サキ。おすすめの鍛冶屋。とかはないか?」
「私の…ですか?」
「君が選んだ所なら、イズも納得するだろうからね。」
多分。イズも気に入るだろう。
「…そうですね。…ではオリオさんの店に行きましょうか。」
♢
オリオさんの店は路地のまた路地、比較的目立たない通路を抜けた先にあるぼろい一軒家。そのまた地下にあった。扉を開けると、彼が作ったのだろう武器防具の数々がお出迎えする。
「オリオさん。」
「サキか。どうした?」
どうやらオリオさんは奥にいるらしい。声だけで判別したオリオさんは、用件を聞くとしばし待てとサキに言う。どうやら何かしらの作業をしていたらしい。しばらくすると、やせ型の男性が奥から出てきた。多分彼が。
「彼がお客様か。名前は?」
「セロです。」
「オリオだ。よろしく。」
腕を差し出す彼。答える形でこちらも差し出す。
「それで何かお探しかな?」
「短剣を一つ見繕ってもらいたいんです。軽くて。切り味のいいやつをお願いします。」
彼の工房は、裏路地に構えってあったどの工房よりも狭く質素なものであった。石壁にこびりついた煤と埃がそれをより引き立てる。客足などなくて彼以外誰もいない。すごく空いている。
「それはいいが。君の腰にさしてあるそれは?」
買ったばかりのアヲガラスはまだ下げていない。あれに似合う鞘があそこになかったので、僕のかばんに収納されている。彼が指し示しているのはもう一つの刀。
「これも短刀なのですが、なまくらになってしまったんです。」
「見せてくれ。」
承認し、彼に短刀を手渡す。その短刀はいたるところが錆びついていた。側面に刻まれていたはずの名前も見れない。刃はボロボロで使えない。唯一その短刀の特徴である刃の凹凸だけがかろうじてわかる。
「驚いたな。これは俺の作品だ。」
「そうなんですか?」
これは昔一緒に旅をした人からもらったものだ。イズに出会う前。ずっと昔のことだ。
「これは、とある旅人に売ったものだ。」
「僕は、とある旅人にもらいました。」
肺から押し出すように彼は息を吐いた。
「そうか。」
ただ一言そう言って。
「彼は元気だったか。」
「五年前から見てはいません。」
「ならいい。多分無事だ。それでこの短刀だが。」
「はい。」
「もう一度使えるようにしていいか?」
「…いいんですか?」
「明日また来い。新しい相棒を見せてやるよ。」
「ありがとうございます。ついでと言っては何ですが、これの鞘もお願いできますか?」
そういい。かれにアヲガラスを手渡す。
「これか。それならちょうどいいやつがある。少し待て。」
彼はいそいそと奥に向かった。
どうやらお目当てのものが来るのには少し時間がかかりそうだ。僕の予測は、たいがい当たるからこれもまた当たるだろう。
今日も時間はゆっくり進む。