ナズナ
ガス灯が照らし続けて居る中央大通りは、夜だというのに物と人が波のように交流している。ここら辺では木製の建物が主流らしく、新しい木造住宅特有の香りと、ニスのにおいが鼻を刺激する。あまり高い建物が見えないが、屋根の斜面が急なところなどから、豪雪時の対策であることは容易に想像できた。
役所で硬貨を変えた僕は、まっすぐ宿泊先を目指している。小さな監視件案内人とこれまた小さな薬草師を引き連れて。だいぶ軽くなった肩を思い出し本日何回目かの愚痴をこぼす。
「もったいない。」
愚痴を聞いたイズは苦笑した。
「仕方がないじゃあないか。食料、飲み水共に残りがないんだから。」
門を守る彼らから渡されたそれに書いてあったのは、この国に関する法律だった。曰く。薬草類の持ち込み禁止。薬草類の使用禁止。薬学草類の売買禁止。発見しだい厳罰。ほかの過程を無視しその場で極刑。この国は薬草学に対してどんな憎悪をはらんでいるのか疑問に思う。もちろん商売のためにせっせと集めた薬草も没収された。荷袋いっぱいに積れたそれらを見た彼らの表情は何とも言えない顔で…。まあ。彼らからしたら密輸者みたいなものか。
「まだつかないのかな?サキ。」
通行人の波はとどまることを知らない。
夜の冷え込みとここら辺の気候のせいか想像以上にここは寒い。先ほどもったいないとは言ったが、暖を取るためにも仕方のない事なのだろう。野原よりも建物の中の方が確実に温かい。
「もう少しで着きます。お待ちください。」
六歳くらいの彼女。イズがサキと呼ぶ彼女はそう答えた。
ここら辺の正装なのか、薄手のワンピースのようなものを着ている彼女は、一度もこちらを視認することはなく。ただ淡々と自分の仕事をこなしている。彼女の仕事というのは、この国の客人の案内兼僕たちみたいな人達の監視だそうだ。歩くたびに、ちらほらと見える子供がそうなのだろう。サキという名前も仕事上の名前らしい。短めの髪に特徴的な筋。縫い目などはなくきれいな赤い一本筋が灰色の瞳を通すようにしてできている。
「ウサギがしゃべっているのにこの態度。…か。」
ケイロウの反応とは違い、変化がなかった彼女に対してイズは不満のようだ。膨れっ面のイズに、こちらを振り向いた彼女はこういう。
「…?驚いていますよ?」
彼女の表情は乏しいらしい。
「もう少し驚いてくれると思っていたんだがね。」
やはり機嫌を損ねてしまっているイズ。
そんなイズを放っておき、僕は彼女に声をかけた。
「宿に着いたらそこら辺をぶらぶらしたいんだけど。もちろんついてくる?」
「それが仕事ですので。何かご不明な点などございますか?」
「…いや。何でもないよ。」
「だから言っただろう?荷物は置いた方が良かったんだ。」
小声で言葉をかけるイズ。
そんな会話をしていたな。そう言えば。
「もう遅いがな。」
「イズ。その話はやめてくれ。」
頭が痛い。頭痛に効く薬草もとられて改善することもできない。いや。これは身体的な痛さではないから治るかどうかも定かではないけど。
♢
「ここが宿屋です。」
彼女が指を指したその先には、店名であろう”ナズナ”と書いている看板が立てかけられている、二階建ての建物が立っていた。入り口前には小さなランタンがぽつんと吊るされていて、店内を見ているとどうやら女の人が一人、せっせと店内の掃除をしているのが見える。一生懸命に、テーブルと椅子を拭いている彼女は、よほど集中しているのか、窓越しに立っている僕たちに気づいていない。
扉を開け、僕とサキはその宿屋に入っていく。
「マリアさん。」
「サキ?」
マリアさんはサキを見ると少し驚き、両手を広げ彼女を抱きしめた。胸に顔を埋められた彼女は少し抵抗しやがてあきらめる。しばらくすると僕の存在に気付いたのか、マリアさんは彼女を離しこちらに一礼してきた。
店内にはカウンターと丸椅子が数個。テーブルがいくつかあり、宿屋というよりは喫茶店か料理店のような内装である。また、カウンターの裏側には皿やグラスがきれいに並べられていて、どうやらこの店の店主。マリアさんの趣味であろうことは容易に想像できる。薪をくべている暖炉のおかげで寒くもない。
「いらっしゃいませ。ナズナへようこそ。」
笑顔で挨拶する彼女に対してこちらも挨拶を交わす。すると、彼女はしばらくお待ちくださいといい。カウンター裏にあるマグカップを取り出した。
「お茶を出しますね?」
ポットをこちらに見せる。今沸かすという意味だろう。
「いいんですか?」
「せっかくのお客様ですから。時間は大丈夫ですか?」
「ありがたくいただきます。」
「私の分も用意をしてくれますか?マスター。」
突如としてイズが口を開く。おどろいたマリアさんはポットを落としそうになるが、住んでのところで落とし損ねる。大丈夫ですかと心配すると、少し震えた声で大丈夫と答えられた。
「驚きました。変わったお客様ですね。」
「やはり、この反応が普通のようだ。サキ。君の反応はやはり一般的ではないようだよ?」
「私も驚いたんですが…。」
「驚き方が全く足りないね。まったくもって足りない。」
頷き確信する彼。
「驚かせて大変申し訳ありません。僕はセロ。旅をしています。このうるさいチビはイズ。口うるさいウサギです。」
「イズと申します。どうぞよろしく。」
皮肉を込めた口調でいうも、そんな事は聞こえていないとでもいうようにきれいなスルー。
「イズさんですね。申し訳ありません。イズさんのサイズに合うものが…ああ一つだけ。」
そう言って彼女は店の奥に消えていった。どうやらイズのサイズな合う物の見当がついているらしいが、そんなものは見たこともない。
「君に合っていたら持ち帰ろうか?」
「案外あるかもしれないぞ?」
自信満々に彼は言う。
「世界は広いからな。」
暖簾をくぐり出てきたマリアさんはありましたと声をだす。取り出してきたそれは、なるほどイズの小さい両手に収まるほどのもので、本人も満足げな笑みを浮かべている。
「これはお猪口といって、熱燗と呼ばれるお酒を飲むときに用いるものです。この辺では珍しいものなんですよ?では、手早く作りますので少々お待ち下さい。」
「ありがとうございます。」
そう言って彼女は、カウンタ―に戻りせっせと作業を始めた。
「でも、不思議ですね。いつもサキが連れてくるお客さんは、もう少し怖い顔の人たちなのに。今日のお客さんはとてもかわいい。」
サキの仕事上。そういうお客の対応が多いのだろうか?
どうやら、本当にパッパと出来たようで、お茶だけではなくこの地方で作られるお茶菓子などもいただくことができた。二つのマグカップと、お猪口に注がれたそれを、三人とも素直に頂くことにして一口。苦味と甘みがあるそれはとてもおいしい。お茶菓子である香味が聞いているクッキーもその茶に合っていた。サキは、仕事中ですからと断ろうとしたが、彼女の押しに負けてしまいそれらを口にする。僕は彼女にもう一度お礼を言いこう問いた。
「二泊したいのですが、部屋は開いていますか?」
すると彼女は、笑顔のままこう言った。
「二階の部屋が空いています。ご案内しますね?」
彼女はそういうと、奥の階段に足を踏み入れた、僕たちはそのあとを追うように歩く。
♢
「こちらです。」
案内されたその部屋には、こじんまりとしたベット、生け花が置かれている机に椅子などがあり、シンプルながらも宿としては申し分ない部屋であった。今まで宿泊してきた宿の中ではトップクラスに掃除も行き届いている。大通りの面に面しているからか人々のにぎやかな声がここまで聞こえてきた。暖炉も完備されているらしく、マリアさんに使用の許可をいただき薪を入れた。自前のライターで火をつけたそれはほどなくして燃え広がる。
「イズ。ここあったかい。」
暖炉に手を翳す僕。
「今日少し寒いですがこれからは暖かくなると思いますよ?もう少し薪を持ってきましょうか?」
「ご配慮ありがとうございます。」
では失礼しますと一礼し出ていったマリアさんを一目し、ふと、いつもとは違う丁寧な言葉を使うイズに気づく。数秒経って僕は察した。
「イズ。」
「なんだ?」
「マリアさんって結構タイプ?」
「タイプだな。」
どうやら当たりらしい。
しばらく暖炉で手をかざしているとトコトコとサキが近づいてきた。相変わらずの無表情で彼女は言う。
「それで?町の方にはいつ出発しましょうか?」
「それなんだけどさ。今日はいいよ。マリアさんが入れたお茶で僕は満足したし。」
「では、お休みなさいますか?」
「ああ。」
吐息は火を揺らした。
♢
監視役であるはずのイズは、壁に寄りかかりながらもうとうと寝ていた。仕事熱心なのはいいが、彼女はまだ子供だし何よりその体制で寝るのはつらいだろう。そう思った僕は彼女をイズの隣に寝せた。イズは相変わらず爆睡している。
町は比較的静かで。夜明けまで時間があるが、あいにく眠気がなかった。暇をつぶしたいが暇つぶしの物を持ってはいない。…そういえば、この前の国で見つけた書物を読んでいない…な。
それを思い出した僕はさっそくランタンに火をつけなおす。爆睡している二人に光を当てないよう棚に収納されている黒いシーツを一枚拝借。かぶるようにして光を逃さない。その書物は、全国で流通されている山賊体験記という本で、最近若者に人気を博している書物だ。内容自体は、実際に存在する山賊に同行し、どのような生活をしているのかという物を面白おかしく記述されている。
読むうちに頭は冴えわたる。
たぶん、僕は今日徹夜をするだろう。
♢
やはり、いやに元気な僕はその体力を消費するため頭の運動をしていた。もちろん読み終えた山賊体験記は鞄にしまう。薬草に対しての記述や効果などを思い出せるだけ模写をしていると、いつの間にか夜は過ぎ、鶏の鳴き声が聞こえる時間帯になっていた。そして聞こえるはベットから誰かが落ちる音。
驚いてみると、床に落ちた先が眠気眼でこちらを見ていた。灰色が僕を支配するような感覚。彼女の目は不思議と、あまり見つめていたくはなかった。思わず顔をそらす。寝ぼけているであろう彼女は、僕の顔をじっと見続け、一言。
「あおい。」
やがてその顔は血が引いたように真っ青になる。言葉でない言葉が彼女の口から洩れていた。それを見た僕は察し、誰にも言わない事を彼女に確約する。
「よく眠れたかい?」
そう彼女に問うと、彼女は小さく首を倒した。
それを見た僕は少し満足する。
窓の外からは町がにぎわっているのが分かる。今日も一日が始まった。
芯を残したリンゴが机を飾る。
次回
37ミリリボルバーカノン