壁の国
空を突き刺すような高い壁。
その壁が視界に現れたのは、彼とはなれて数時間程度たった後。妙に小高い丘をえっちらおっちらと上りきったとたんに見える
噂通りのそれを見た僕の言葉。
賞賛だ。
マフラーに寄り添い、背中を預けている肩の友人は、自分が作ったわけではないくせに自慢げな顔をしている。そして彼は僕に休憩を提案してきた。もらったリンゴを租借しながら、地図を眺め、今後の予定を頭で整理する。もうすぐ夜。馬鹿に重い荷物はそばにおいて休憩に入った。
旅を続けていると二つの事を同時にするというのは基本的な事になっていった。礼儀や態度でいえば最悪の印象であるけど、ここにいるのは友人と僕だけだ。しいて言うなら動植物もいるようだけど、彼らは僕らを見ても何にも興味をいだいていないだろうし文句は言わない。だから、いくらその態度を貫いてもそれは悪い事にはならない。それに、肩の友人も気にしてはいないようだ。
「この土地はとにかく風と雪が強くてね。災害から身を守る盾が必要だった。」
目の前に広がる堅牢の壁。四十メートル以上の壁に囲まれたそれの紹介が始まったのは、ある程度の予定が決まったころ。噂通りのそれを見るなり感想を述べた僕に対して彼は言う。白衣に身を包む彼は、この光景をずいぶん変わったと言っていた。
「災害って言っても、雪と風でしょ?それを防ぐためだけにこんな壁を作るだなんて。」
津波を防ぐための防波堤というものを見たことがある。それは、莫大な量の波を止めていた。単に見ても、必要な物と認識できるほどに活躍していた。
この壁はあれ以上に大きく立派で頑丈そうであった。果たしてここまでのものにする必要があったのだろうか。ここまでの物を作るのにどのくらいの労働力を使うとか考えると…。あれだ。
「浪漫。か?」
そう。浪漫である。
「石ころをけるよりも浪漫だね。どんだけ暇だったんだよって話。」
水筒を開け、最後に残った水を飲み干した。芯を残したリンゴもその場で捨てる。
「そうでもないさ。特に風については彼らの盾が役に立ったんだ。何十回の大風。何百回の豪雪。それらを耐え抜いたあの壁はまさに堅牢だった。それに、風や雪を舐めない方がいいよ。風は家を吹き飛ばせるほどの力を持っているし、雪は人を殺すだけの質量と寒さを持っている。そして。」
肩に居座る友人。小さいウサギのイズ。彼の話を遮るように僕は言った。
「そして、あれはそれだけのものではなかった。と。」
興味がなさそうに答えても彼は意気揚々と話しかけてくる。強大な壁まではあと数キロといったような感じだが遠い事には変わりない。
「その通り。自然災害だけではなく人的災害からも国を守った。その意味での堅牢が強いけど、大切なのは、外的災害から国を守るための壁だという事だ。」
「どこの人間が攻めても国を守れる壁。そして、自然に耐えうる壁。ってこと?」
「それだけじゃあない。こういう外界を拒絶している国っていうのはいろいろと難しい一面を持っているのさ。先ほどの商人。名前は忘れたけど、彼の言う事も間違っちゃあいない。ここは気を付けなければならない国だ。」
「訳が分からない。荷物を置くことが間違じゃあないなんてばかばかしい。イズ。君もケイロウと同じ山賊だったか。」
「こんな小さいウサギが山賊をしているだと?笑わせてくれる。言っているだろう?俺は薬草師さ。」
「…そりゃあそうだった。」
先ほどケイロウに言った薬草師という職業。それは僕の職業ではなくイズの職業である。僕は彼の手伝いをしているだけのただの旅人。セロ。
「思い出してくれて結構。俺が言いたいのはな。彼がどうやらこの国の性質を理解している旅人で、旅人の先輩として注意してきた内容は、その国のルールにかかわる事。ってことさ。」
「彼は商人だ。」
そういうと彼はクスリと笑う。
「商人でもなんでも…だね。まあ君の興味に逆らう気はないし、これから待ち受ける運命に身を任せるのは本望だけど、これだけは頭に入れといてくれ。じゃあ休憩は終わりにして新しい国に向かおうではないか!」
切り替えが早い。
途中からの話題は彼なりのアドバイスだろうが。正直言ってあまり興味がわいてこなかった。興味がない事は詮索しない。それに、楽しむためにしているわけじゃあない。
「つまりこういう事だろ?気を付けて楽しめ。」
「そうさ。気を付けて国を楽しもう。セロ。今日も楽しい国巡りにしようじゃないか。」
「楽しんでいるのは君だけだよ。イズ。」
「そうかな?」
「そうだと思うよ。」
おしゃべりな白衣のウサギは口を閉ざそうとしない。
「怪我をしないように。君の傷は治らないんだから。」
僕の医者は。
また、いつもの事を言ってくるのだ。
「準備は?」
「出来てるに決まっているよ。」
背を伸ばし顔を叩く。
ジンとする痛みを噛みしめる。
「では行こう。」
♢
強大な門を守る二人の門兵に声をかけたのは、イズの講義から二時間ほど後。日はとっくに暮れ、周囲を照らすのはかがり火だけ。ぼくを見るなり話しかけてきた若い衛兵に、この国に入りたい旨を伝えると、彼はこう聞いてきた。
「では。通行証は持っていないかな?」
「どうぞ。」
そう言って渡したのは定期切符と呼ばれる物。
この定期切符というものは、国から国へ移動するたびに発行される切符と呼ばれる通行証の代わりの物。それよりも高価である代物の名称である。一国一国をとずれるたびに提示。その国で新しい切符を買わなければいけない通常の切符に対し。定期切符はそれの必要がない。更新は必要だが手軽で、国々を転々とする身としては必要不可欠のものである。では、定期切符と通行証の違いとは何か。イズによると、通行証というのは手続きが面倒臭く。切手は面倒くさくはない。という違いらしい。詳しく言えば、切符というのは、円卓と呼ばれる世界協力機構が発行するもので、通行証というのはその国々で発行される物。だそうだ。切符とよばれるそれは、世界をより円滑にするものであるらしい。
正直、世界がどのようにあるかなんて興味はない。ただ、この世界はそういう物があり。世界はこうして回っているというだけだ。あの列車のように、世界は今日も動いている。
「セロ・マーカー。十歳。年齢と名前に間違いはない?」
「入国審査をここでやるんですか?」
強大な門の前には、その二人しかいなく入国審査専用の建物も見受けられない。国を転々としているが、彼らのように夜空のもとの入国審査は初めてだった。笑顔のままでそこを守っている彼らは、少々不気味さはあるが、悪い人ではなさそうで…。
「何しろ、君みたいな物好きはあまりいないんだよ。今の時代、物も人も列車が運んでくれる。」
「なるほど。」
そうらしい。
「この国に来た目的は?」
「観光です。」
ほんとは商売もしたいけど。イズは気を付けなければならないって言っていたし。欲が浅いのはいいことだし。
「ここは観光地でもないだろう?何を見に。」
「線路伝いに旅をしているんです。たまたまここが次の駅だったので観光をしようと。何かおすすめの観光場所などありませんか?」
「お勧めねぇ。」
若い衛兵に聞く。
「デュローヌの小料理店かな?」
答えたのはもう一人の衛兵。
「デュローヌ?」
「飯はうまいし楽しめるところだぞ?一度行ってみるといい。ホテルを探しているのなら大通りの所にあるマリアの店がおすすめだ。あそこの飯もなかなかイケる。」
小料理店か…。
「ミレニウム硬貨には両替したのかい?」
「ああ。そうでした。両替商は?」
「役所のところなら今もやっていると思うよ。ウィレという女性に聞くといい。では。最後にあと一つ。」
「はい。」
そう言って、彼が出したのは契約書のような物。それを読み進めていくうちに、イズの言葉の意味がよくわかった。
「これにサインを。」
終始笑顔の彼らは、やはり不気味だった。