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森人街の玩具箱

リリーティアと気の進まない仕事

作者: さにーみかん

 閑散としたどこか寂し気な森の小道を桜色の髪のエルフの少女と栗色の髪をおさげにしたどこか不安げな少女が歩いていた。。

 桜色の髪の少女は長い髪を横で結んでいる大きな白いリボンと前髪を彩る白い花の髪飾りが目を引くどこかのんびりとした印象を受ける小柄な姿。ぱっと見ただけでは森の中にミニスカートで遊びに来た無防備な子供に見えるがガッチリとした革のブーツと花の咲いたツタが絡みついた年季の入った杖が旅慣れた魔法使いの冒険者だとみる人が見ればわかる装いだ。

 一方、おさげの少女はというと護身用らしいナイフを腰に提げているもののディアンドルの上にエプロンとまるで着の身着のまま森にやってきたような様子ででこぼこした道を歩く足取りも危なっかしい。

「シスタさんはやっぱり帰った方が……スライムも多いですし」

 もたもたと歩いてるおさげの少女に魔法使いのエルフの少女リリーティアは困り顔で言った。

「いいえ、私が案内しますから!大丈夫です!」

 だがおさげの少女、人探しの依頼人であるシスタは息遣いも荒く、じっとりと全身に汗をかいている姿を見る限りあまり大丈夫ではなさそうだ。

「……私、ちょっと疲れちゃったから少し休みたいです」

 リリーティアは手ごろな腰かけられそうな大きな石を見つけるとシスタが口を開くより早くすとんと腰をおろした。

「お水、いります?」

 ワンピースのように見える丈の短いローブのポケットからハンカチを取り出して自分の隣にシスタが腰かけやすいように広げてみせた。

 おさげを揺らしておどおどとしているシスタにリリーティアは鞄から出した水筒の水を「はい」と差し出すとシスタは遠慮がちに受け取ると隣に腰を下ろした。

「シスタさん、バスケットの中身を届けるなら私が持っていきますから今からでも引き返した方が……」

 リリーティアが今回引き受けたというより気づいたら押し付けられていた仕事は不人気な依頼ナンバーワンの人探しだ。

 リリーティアの暮らす街から少し離れた場所で一人で暮らす魔法使いの姉がいつもなら三日に一日は街へ戻ってくるのにかれこれ2週間は音信不通だという話だ。

 ただでさえ死体と対面する可能性があるために気が重いのだが、さらに依頼者が絶対についていくといって聞かないのだ。

 根負けしたリリーティアは危険が伴う可能性があるので言う事を絶対に聞くという条件でシスタの同行を認めたものの、万が一とても見せられないような姉の死体と対面するような事になったときのことを考えると頭がいたかった。

「大丈夫です!それに何かあってもお姉ちゃんは私のケーキを食べれば元気になりますから!」

「そ、そうですか……」

 自信満々でケーキが入っているらしいバスケットをぐっと突き出すシスタ。

「あ」

 リリーティアは言うが早いか杖も持たずに手を茂みの方へと向けると小さい火の玉を飛ばす。

 火の玉は握りこぶし程度の大きさの小さな半透明のスライムに触れるとジュッという音とともに白い煙と化した。

「やたらスライムが多いですね」

「そうなんですか?」

「うん、じめじめした場所を好むのでここみたいな森にもいることはいるんですけど」

 リリーティアは言って空を見上げる。今いる小見のあたりは枝もまばらで真っ青な空からあたたかな陽射しがを殆ど遮られることなかった。

 リリーティアはブーツのかかとででとんとんと乾いた地面をたたいて見せる。

「このあたりそんなに水分が多くないのであまりスライムが好む場所ではないんです。

そもそも一般的にスライムと呼ばれている魔物には大きく分けると2種類いまして生物としてのスライムと魔法生物としてのスライムがいるんです。生物としてのスライムは水気が多い場所を好むのですが魔法生物の場合は使役する術者の命令に従うために生息場所を選ばないのですが……」

「疲れは取れました!先行きましょう!」

 リリーティアの話が長くなると感じたシスタが立ち上がるとすたすたと小道を進んでいく。

「あ!ダメですよー!危ないかもしれないですよ!」

 慌ててリリーティアも彼女を追いかけ追い抜き180度ターンする。

「とにかく、簡単に言うとスライムがいる事自体が異常なの!危ないからぜーったい私の言う事を聞いて危険を感じたら町まで逃げてくださいね?」

 話をさえぎられて少しふくれるリリーティア。

「さあ、いきましょう」

 森の奥へと足を進めながらリリーティアはシスタに気づかれないよう眉間にしわを寄せた。

(さっきからいるのは魔法生物タイプのスライム……シスタさんのお姉さんは魔法使い……厄介なことになってないといいなぁ)


 森の小道を抜けた先には開けた空間が広がっていた。もともと畑として使われていたらしい草が好き放題生えた平地に踏み固められた人工的な畝がいくつか走っておりその脇にはあちこちにツボや箱が煩雑に積み上げられている小屋があった。

 一見するとただのゴミ屋敷と放置された畑だが明らかに一つ違う点があった。

 高さが10メートルはあるようなとんでもない大きさの緑色の半透明のスライムが畑の真ん中でもぞもぞと蠢いていた。

「シスタさん逃げて」

「お姉ちゃんの様子を見てからです!」

「なんとなくわかってた!」

 言うが早いか小屋へ向かって駆け出すシスタの背中を見送りスライムの方へ杖を向けながら睨みつける。

 スライムがシスタに襲い掛かるようであればすぐにでも反応できるよう、一瞬で魔法の威力を3倍に引き上げる強化魔法を自身にかける。

 スライムはぴくんと身を震わせると身体を伸ばしてリリーティアの方へと襲い掛かる。

「へ?私!?」

 とっさにリリーティアは頭を抱えてうずくまると同時に地面から分厚い氷の壁が彼女を守るように現れ、丸太のように伸びたスライムの体を受け止めた。

 が、表面を凍らせながらもその壁を包み込むと壁が生えた地面ごとメリメリと持ち上げたかと思うとちゅるんと高さが2メートルはある壁を飲み込んでしまった。

「うっそー……」

 スライムの体内で分解されているのかあちこちを凍らせながらもどんどん小さくなっていく氷の壁を呆然と見つめるリリーティアへ大きな声がかけられた。

「そこのエルフちゃん!やつは魔力に反応する!早く小屋へ入るんだ!」

「リリーティアさんお姉ちゃんの家に早く!」

 はっと我に返るとリリーティアは慌てて飛び上がると駆けながら自分の背後へと魔法の矢を何本も放ちながらシスタとシスタとよく似た顔の白衣の女性が手を振る小屋へ向かった。

 スライムは確かに魔力に反応しているようで魔法の矢へ向けて身体を伸ばしては矢に触れた場所をジュッと音を立てて穴をあけた。

 リリーティアが杖を抱えてドアに転がるように飛び込むと同時にそのドアがバタンととじられた。

「いやあこまった。助けが来たと思ったが遭難仲間が増えただけだ」

 シスタとよく似た顔の白衣の女性はあまり困ったようには見えないが頬はこけ目の下にクマが出来ている。おそらくあまり食事もとれず眠れてもいないのだろう。

「姉さんどういう事なの!?」

「いやあ説明すると長くなるんだけど」

「それよりこの小屋は大丈夫なんですか!?魔力の高い物がたっくさんあるみたいですよ!?」

「おお、エルフちゃんスライムから逃げる立ち回りがこなれているとは思ったけど目が効くね。その通りあのスライムは魔力に反応するのだ。だが大丈夫だよ魔力遮断の魔方陣を土地に敷いているからな」

「つまり姉さん何があったの!?」

「いやあ説明すると長くなるんだけど」

「あとお腹すいてるでしょう。ケーキ持ってきたわ!」

「おお!実は腹ペコだったんだ!」

「あーもう話まとまんない!」

リリーティアが杖の石突で床をどんと叩いた。

「順番!順番に話しましょう!それこそケーキを食べながら」

 リリーティアはパンパンと手を叩きながら床に座り込んだ。

 

 シスタの姉、シエラの話を簡単にまとめるとこうだ。

 魔法の研究を効率よく進めるために召使として魔力を貯蔵できる簡単な命令を聞くスライムを作ろうとした結果失敗。困って捨てたもののあちこちの魔力を吸い上げて巨大化してしまい手が付けられなくなったし小屋から出ようとするとシエラの魔力に反応して外に出れなくなっていたとのことだ。

「そろそろこのあたりの土地の魔力も吸い尽くすころだからどうなっちゃうやら。全く見当もつかないのさ。ははは」

「はははじゃないですよ!あれ魔力高い生き物も襲いますよね!?魔力吸い上げるって生き物の魔力吸いつくして殺しますよね!?」

「だから私もどうしようもなかったんだ。結界の外に出たら退治する前に私がやられるからね!」

 けらけらと無責任に笑うシエラを前にリリーティアは頭を抱えた。

「まあまあお二人とも、ケーキならまだありますよ」

 シスタにすすめられたケーキをむんずとつかみ取るとリリーティアはそれを一口で押し込んだ。

「とりあえず、私達も出れないですしそもそも放っておいたら魔力の豊富な場所……魔力のある生き物が集まる街に向かいませんか?」

「そうそう!そうなれば衛兵が退治してくれると踏んで籠城してたんだよ」

「無責任すぎですよーー!」

 思わず机を腕で叩いて立ち上がる。

「リリーティアさん落ち着いて。ケーキならまだありますよ」

「何でシスタさんもそんなに落ち着いてるんですかー!ケーキは貰いますけどー!」

 また頭を抱えて首を振る。

「とにかく!それはダメです!移動中にさらに巨大化するかもしれません。最悪、衛兵さんに頼むにしても情報を渡さないと余計な被害がでちゃいますよー!」

「しかしだ、街まで魔力の塊の我々魔法使いが走ろうものなら実験体第三号魔力自立型移動式魔力貯蔵ゴーレムが追いかけてしまうだろう」

「そのうんたらゴーレムって今はスライムでいいですよね。長いです」

 じとっと冷たい視線をリリーティアはシエラに送る。

「いやそこは魔法使いとして研究結果をだな」

 口をとがらせて不満を口にするシエラの言葉をリリーティアはさえぎった。

「研究結果も何も失敗ですよねアレ。でもかといってシスタさんを向かわせるわけにもいかないですからね……魔力量は0ではないですし私達が囮になったとしてあの質量だと3人同時に襲ってくる可能性もゼロじゃないです」

「実験体第三……」

「とりあえず設計図!うんたらの設計図見せてください!何か弱点が分かるかもしれません」

「ない。実験体だからな」

 ふんっと不満そうにシエラは鼻を鳴らした。

「さっきの研究結果うんたらって得意げに言ってたのに過程は残ってないんですか!?」

「実験体だからな」

 頭を抱えるのがもう何度目かわからないリリーティアは頭を抱えたポーズのまま机につっぷした。

「叫びすぎて疲れてませんか?ケーキならまだありますよ」

「うう……食べる……おいしいもんシスタさんのケーキ」

「でしょう?」

 そしてまた何切れ目かわからないケーキを口にする。

 それを飲み込むとリリーティアは真剣なまなざしでシエラのほうへと向いた。

「ここに逃げるまでの間に氷の壁で攻撃を防いだんです。凍ったことは凍ったんですけどすぐに取り込まれて溶けるというより魔力が分解吸収されたように見えました」

 リリーティアにつられてシエラも身を乗り出して表情を引き締めた。

「あのスライムは魔力のある物体を分解吸収して自身の体内に貯蔵し、命令を受けて指定した場所で放出させるつもりで作った、で正しいですか?」

「エルフちゃん聡いねえ。そうなるはずが術式をどこかで間違えちまったみたいでね」

 感心したように頷くシエラ。

「私も魔法であれこれ作ったりするのでそういった知識はあるんですよ」

 得意顔で続ける。

「そもそもゴーレムとしてのスライムの歴史は遥か5000年前に遡り人間が初めて使役した魔法生物として記録にも残っており。あ、エルフはその時は純魔力性のゴーレム、いわゆる精霊って言われるものですね。今では術の高度さや維持に消費する魔力に対して効果が……」

「ストップ!ストップだエルフちゃん!その話をしている間に実験体第三号自立型魔力貯蔵号が街へ向かってしまわないか?」

「姉さんスライムの名前変わってない?」

 はっとしてリリーティアは恥ずかしそうに喉を整えた。

「脱線しましたね、つまり命令を送ることで魔力を放出させて小さくすることが出来る可能性はありませんか?」

「試してみたが残念ながら効いてくれなかったな」

 シエラは顔を90度横に向けて言う。

「本当に試したんですか?」

「試した。嘘はついてない」

「どんな命令を?」

「……色々だ」

「具体的には?」

「まあそれは大して役に立たない情報だ。それより建設的な話をしようじゃないか」

 じとっとリリーティアはシエラを見つめる。暴走した原因は命令だろうと想像するが決めつけるのも悪いし、実際今はそんなことを追及している場合ではなさそうだ。

「魔力の過剰投与で自己崩壊は?」

「それで壊れちまったらたまんないと思って魔力を物質化させて肉体にするように組んだのだよ!スライムにしちまったから自重に耐えられなくなっても横にひろがるだけだな」

「ああ……失敗作なのにどうしてそんなところは念入りなの……」

「まあまあリリーティアさん」

「ケーキはもう結構です」

 リリーティアは大きくため息をつくと鞄から魔力を回復させるマジックポーションを一本飲み干した。

「シエラさんスライムの成分は?」

「水と魔力のみ。今は色々と不純物を取り込んでしまってはいるけれど」

 リリーティアは顎に手を当て少し考え込んだ。水と魔力の巨大な塊のスライム。それならば彼女にはどうにかできるかもしれないと考えた。

「この建物内部は結界で魔力を感知されないようになっているんですね?」

「ああ、この中ならどんな魔法を使っても外には感知されないぞ。私が好き放題するために作ったんだ!」

「じゃあ試しにちょっと」

 リリーティアは杖を手にして立ち上がると杖を構えて目をつぶり魔力を集中させた。

 魔力の奔流が風となり服をしばらくの間はためかせた。

「信じてなかったわけではないですけど本当に大丈夫みたいですね」

「エルフちゃん、今一体何をしたのかい?」

「術式拡大の5倍式です。といって通じますか?」

 ぽかんとしているシスタと違いシエラは呆れ顔で口を開いた。

「私だって魔法使いだ。研究くらいしかしてないが聞いたことはある。次に放つ魔法の術式を巨大化させる魔法だろう。

 魔力強化以上に魔力を消費するにも関わらず次の1回きりにしか効果がなく、また巨大化した術式に見合う魔力を次に要求されるため魔力不足による事故を起こすリスクまである誰も使わないようなドマイナー魔法だろう?」

 むっとしながらリリーティアが口を尖らせた。

「でも魔力強化よりも効果量も多いし術式自体が変位するので応用を利かせることもできるんですよ!便利魔法です便利魔法!」

「でだ、まさかとは思うがその5倍にした魔法でまさかスライムを倒そうというのかい?」

「さすがにそれは難しそうなので凍らせて足止めします。水が主成分なら魔法自体が分解されても凍らせて動きを止めて街まで逃げることができないかと」

「たしかに可能だとは思うが質量が多すぎる。上級冷気魔法を詠唱する間君を守り切る自信は残念だが私にはないぞ」

「ふふふ……私はこう見えても攻撃魔法はからっきしなんですよ」

 ニヤリと笑うリリーティアの頭にシエラのチョップがはいった。

「得意げに何を情けないこといっているんだ!じゃあどうするんだ」

 リリーティアは頭をさすりながら頬を膨らませた。

「話は最後まで聞いてください!5倍をさらに5倍、それをさらに5倍にすれば一瞬で展開できる私でも使える簡単な冷気魔法でも……どうなると思います?」

 シエラはやれやれと首を横に振る。

「暴走して何が起きるかわからないな。理論上は5倍、25倍、125倍となるが実際はそううまくいかないのではない。そのくらい魔法戦闘の経験のない私でも想像がつく」

「そこをうまくやるのが腕の見せ所ですよ」

 が、魔法使いの冒険者エルフはにやりと得意げに笑った。

「たしかに125倍ともなると発動に足りない分の魔力はあちこちの魔力が高い場所から好き勝手吸い上げるので制御が難しいですけど」

「……まるで経験したかのように言うんだねエルフちゃんは」

 くすりとわざとらしくリリーティアは微笑んでから口を開いた。

「では、私がスライムを凍らせる隙にシスタさんが街に向かって駆け出す。シエラさんは万が一私が失神したら私を抱えてから街に向かうでいいですか?」

「やはり危険なのではないか?」

「おそらく大丈夫ですよ。自信があります」

 リリーティアは深呼吸をすると再度術式強化を自身にかけてから二本目のマジックポーションを飲み干した。

 

 小屋の扉を勢いよく開いてリリーティアが飛び出すと、巨大なスライムは身体を震わせ小さなエルフの少女の体めがけて四方から触手のように身体を伸ばして襲い掛かった。

 リリーティアはそれを睨みつけると杖を構え一瞬で小さな氷の矢を作る術式を展開する。

 だが、それは小屋の中で125倍の効果となるように下準備をしていたものだ。

 本来であれば一瞬で発動する魔法のはずが周囲の魔力を猛烈な勢いで吸い込み竜巻のように轟音を立てて魔力のみならず草木や小石をも吸い上げていく。

 理論上は通常の3倍の魔力を消費して魔法の効果を5倍に引き上げる魔法の3度掛け、3倍×3倍×3倍の27倍の魔力を消費することになるが効果が125倍ともなると実際に必要となる魔力はそんなものではまるで足りない。

 その足りない魔力をどうするか?周囲から吸い上げる一種の暴走状態となるのだ。

 術式は魔力を大地から、空気から、そして体内の魔力の絶対量が非常に多いエルフのリリーティアの体から、そしてその比とならない魔力の塊のスライムからぐんぐんと吸い上げた。

(予想通り。私よりもずっと魔力の多いスライムから飢えた術式が魔力を吸い上げてる!)

 巨大なスライムは水と結合した魔力を奪われただの水へと戻っていくスライムをにらみながら口元には余裕の笑みを浮かべる。

(思ったより負担が大きくないや。これなら魔力切れで失神もしないで済みそう。やっぱり魔力の塊みたいなものを持ち歩けば安定して125倍まで効果を引き上げた魔法を放てるかも。つまり応用のきかせ次第でいろいろできることが増えそうね)

 リリーティアは額から噴き出す汗を片手で拭い、ふへへとだらしない笑みを浮かべながらぐっと杖を握りなおした。

(あとはきちっと制御して自分が氷漬けにならないようにすれば……)

 長い髪もスカートもバサバサとはためかせながら杖の先に感じる魔力の集まりに全神経を手中させる。

 既に猛烈な冷気は氷の矢の形を維持などできずに嵐のような風を巻き起こして地面を、スライムを、そしてリリーティアの体を凍らせ始めていた。

(前に似たことして腕が燃えちゃって制御を完全に手放しちゃったっけか)

 寒さに震えて歯の根をガチガチと鳴らしながらかつてぶっつけ本番で125倍に強化した火炎魔法を放った時のことを思いだす。

(今回はきちんと制御しきってみせる)

 幸い、既に氷に包まれている手足はあまりの冷たさに感覚が消えているおかげで逆に集中が切れずにいた。

 彼女は歯を食いしばりながら好き放題に暴れる冷気の魔力の塊をスライムの方へと押し込もう押し込もうと魔力の流れを抑え込む。

 スライムは既に5メートル四方程度の体積まで縮み、表面は完全に凍り付いていた。

「よーし、これならいけるわ」

 リリーティアがそう口にしたその時、魔力の負荷に耐え切れず彼女の杖がばきんと音を立てて真ん中からへし折れた。

「あ……」

 抑え込んでいた冷気の奔流がリリーティアの魔力の制御下からするりと離れる感覚にハッとするが既に手遅れだ。

「あーー!」

 叫びながら反射的に目の前に氷の壁を作り出し頭を抱えてしゃがみこんだ。

 猛烈な吹雪の竜巻と化しためちゃくちゃに巨大化した魔力は一瞬で四方八方へはじけたかと思うとあちこちを凍らせる暴風と化して一瞬で消滅した。

 あとには季節外れの雪とガチガチに芯まで凍り付き、自重に耐え切れず粉々に砕けていくスライムとあちこちを凍らせたまま地面に伏せるリリーティアだけが残っていた。

 

 数日後、明るく広い清潔感のある研究室でシエラはミルクと砂糖のたっぷり入った甘ったるいコーヒーを一口飲んでレポートに筆を走らせていた。

 巨大スライムを生んだ事件の詳細はリリーティアを通して冒険者ギルドの上層部の耳にはいることとなった。

 結果、冒険者ギルドの魔法研究部のスカウトがシエラの元へとやってきてギルドの研究室所属となったのだった。

 研究室のスカウトと言えば聞こえはいいが実際のところ問題を起こす可能性のある魔法使いを監視教育する部署だ。ある程度の自由は認められてはいるがきちんとレポートを書かないといけない事が思い立ったら即行動という彼女には億劫であった。

(しかし術式倍化か。今まで気にも留めたことがなかったが使い方を工夫すれば色々可能性がありそうだ)

 レポートにリリーティアが使った術式倍化を思い出しながら暴走したスライムの制御式を書き直した。

(制御に失敗したわけだから制御部分に倍化の式を組み込めば……)

 数日後、リリーティアの所属する冒険者ギルドにも冒険者ギルドの研究部の魔法実験の後始末の依頼がやってきたがリリーティアは詳細に目を通すや否や謹んで辞退したのだった。

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