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エンジェル・ダスト  作者: 御子神 輝
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第6章 伊緒救出作戦

 午後一時。

研究所の前に一人の男が立っていた。

手には工具箱。上下をグレーの作業着び身を包み同じ色の帽子を被り眼鏡をかけている。男はインターホンのボタンを押した。しばらくして、インターホンに反応があった。

「どなたですか?」

 インターホン越しに、年配の女性の声がした。

「倉本電装の下請けで、木下電気のと申します。空地設備の定期点検に参りました」

 男が言った。

「そのような連絡は受けていませんけど・・・・・」

 女が答えた。

「いいえ。ウチの事務員がアポとってるはずなんですけど・・・・・。こっちも時間が無いんで、とりあえず失礼します」

 男は研究所の門を開けた。間も無く門の近くで警報機が鳴った。

 門から建物までは百メートルほどあった。敷地内の門の周辺は木々が茂っていた。

 それから20秒ほど経って、8号が研究所の正面玄関から飛び出してきた。

 男は門から入ったところで立ったままだった。

「お前。誰が入場許可をだした。外へ出ろ!」

 8号が厳しい表情で怒鳴る。

「い、いえ、私は会社の命令できただけです」

 男は答える。開いたままの門脇で警報装置が鳴り続いている。

「所内で確認は取れておらん。出直して来い!」

 8号は男を突き飛ばした。男は後ろによろけ閉まっている方の門に背中をぶつけた。

「痛~ッ。ら、乱暴な人だな。分かりましたよ。出りゃいいんでしょ」

 そう言って、男は敷地の外に出た。

 男が振り返ると8号は仁王立ちだった。

「そんな睨まないでくださいよ。こっちだって仕事なんですから・・・・・。あ~あっ、だから法人部はイヤなんだよ。こんどこそ個人ユーザー部に配置替えしてもらおう。ッタク、やってらんないよ」

 男は、愚痴を言いながら門から離れていった。8号はしばらく男の背中を見ていたが、怪しいところがなかったので、研究所内に引き返した。

 男は門が見えなくなると、森の中に身を隠して帽子を取った。

「うまくいったようだな。賢介、頑張れよ」

 見杉はニヤリと笑った。

 当日の早朝、賢介と見杉は研究所のある丘を向いの山から敷地の全体を見渡せる場所にいた。総数は四棟。手前に四階建の幅の広い一つ、その右に同じ大きさの建物が一つ。左に三階建ての建物とその奥に小さな体育館のような建物があった。

 一番手前の建物は、ナビで伊緒の位置を示していた場所だ。一番奥の体育館は別にして、残りの両サイドの建物には灯りが確認できなかった。さらに、右の建物の数箇所に窓ガラスが何枚か割れた後があり、ここ数年使われているように見えなかった。左の三階建ての建物は、窓の奥が廊下になっていて、ドアがついていた。二人は、この研究所で働く人のための寮と判断したが、建物周辺に生活観を感じさせる雑多なものがなく、伊緒を監禁するとしてもセキュリティ面で無理があるとして現在は使われていないと考えた。

 また、門の周辺に監視カメラが設置されていないことを確認していた。早朝の出入りで正面ゲートは開門中に警報が鳴る。見方を変えれば、それ以外の警備システムが充実していないないため、威嚇のためのシステムといえる。

 賢介と見杉は、ナビの示していた通り、伊緒は正面の四階建ての建物に居ると判断した。

 その後、街に戻った賢介と見杉は仮眠を取って準備を整えた。

 そして午後一時、電気会社の点検員に扮した見杉が研究所の門を開け、その数秒間に賢介は離れた場所から塀を乗り越え敷地内に滑り込んだ。

「さて、伊緒はどこかな・・・・・」

 賢介は茂みの陰から周囲を伺った。

「だれか、いませんかあ~!」

 どこかで伊緒の声がした。

「伊緒の声だ。この建物に間違いはないな。それに、元気なようだ」

 賢介は茂みの中、伊緒の声を頼りに動き出した。


 伊緒は再び白い部屋で目を覚ました。

「あっ、そうだ。スプレーで眠くなって・・・・・」

 伊緒は起き上がって、ドアの前に立った。

「だれか、いませんか~!」

 何度もドアを叩いたが返事がない。

「だれか、いませんか~!」

 伊緒はこれ以上読んでも答えてくれないような気がして、人を呼ぶのをあきらめた。外の賢介は伊緒の声を耳にしていたが、その距離が十分でなく伊緒の居場所を特定できないでいた。

伊緒は部屋の隅にもたれて膝を抱えた。

「ワタシ、どうしらいいのか分からなくなってきたヨ」

 そうつぶやいて、目を潤ませた。

 雪村を今迄まで自分の父親だと信じていた。しかし、自分が人口的に作られた人間、しかも実験用の「物」でしかなかったということ。伊緒は賢明だからこそ、早乙女の話を理解できた。理解できたために自分が自分自身で何かを決めることの許されない存在に思えてきた。

「ワタシは、皆さんが研究したいから存在する。研究したくなかったら、存在すらしない・・・・・」

 伊緒はベッドの足元に銀色に光る固体に気が付いた。しかし、それが何なのかは今の伊緒にとってはどうでもよかった。

 今の伊緒は、賢介が8号や9号に痛めつけられたり、ウォンに負傷させられたときのようなストレスと違う、重いものを感じていた。真っ白い部屋にあるのは真っ白いベッドだけ、部屋の上部に窓から見える空だけが青い。何もない部屋だけに気を紛らすこともできない。伊緒は腹痛でうずくまった。

 その伊緒を部屋の隅にある監視カメラ越しに早乙女が眺めていた。

「参ったわね。精神感情の担当は辻村博士だったかしら。だから、もっと早くやっておけばよかったのに」

 早乙女は、そう呟いた。

 早乙女はタバコに火を点けた。

「さて、どうしたものかしら」

 そう言って、早乙女は煙を吐いた。そして、キーボードを叩いた。

 早乙女は再び視線をモニターに移した。

 再び部屋の中で、ピリリッピリリッと電話のコール音がした。銀色の携帯電話が震えながらコールしている。

 間も無く伊緒が顔を上げた。

「お父さん。お父さんに会えば全部分かるハズ」

 伊緒はゆっくり立ち上がり歩き出した。そして、携帯電話を手にとる。

そして一通り窓の辺りを見回すと、ベッドを引きずって窓の反対側にあるドアの前で横向きに起こして壁にした。それから、携帯電話のキーを押し始めた。監視カメラに背を向けてキーを押しているので、監視カメラからどのボタンを押しているのか確認できなかった。

 伊緒の操作で、はるか宇宙にある衛星コスモ22がその一部を動かした。そして、ある一定まで動くと今度は砲門が微調整に入り、コスモ22の照準が空の果てから直径五十センチの範囲に一気に絞られていく。照準の中心は伊緒閉じ込められている部屋の外壁から三十センチの位置に設定された。

 ズキューン!

 コスモ22が僅かに火を吹く。間も無く静かな研究所の庭で爆発音がして、伊緒の部屋の壁をそぎ取った。壁の壊れた破片がベッドの前に転がった。しばらくしてホコリで濁っていた空気が晴れると、伊緒がベッドの陰から顔を出した。

「ふう~」

 伊緒はため息をついて破壊された壁に近づくと、首だけ外に出して辺りを見回して、外に飛び出し正面に見える木々の影に転がり込んだ。身を屈め自分が飛び出した建物の辺りを見る。しかし、誰もいないし、警報機などの反応もない。

 突然、誰かが後ろから伊緒の肩を掴んだ。

「キャア・・・・・」

 伊緒が悲鳴を上げようとして今度はもう一方の手が伊緒の口を塞いだ。

「ングングッ」

 もがきながら足をバタつかせる、伊緒。

「伊緒。俺だ。賢介だ」

 伊緒の後ろにいたのは賢介だった。伊緒は振り向いて、それが賢介であることを自分の目で確認すると賢介に抱きついた。

「賢介ッ!」

 伊緒の勢いで後ろに倒れる賢介。

「ま、まて。静かしろ・・・・・」

 賢介は小声で伊緒に言った。

 伊緒は、そう言われて賢介に抱きついたまま静かになった。そして、今度は一変して泣き出した。

「どうした?」

「ワタシは・・・・・」

 言葉にならない伊緒。

「と、とにかく、今はこの研究所を脱出するのが先だ。伊緒ついて来い。走れるか?」

 賢介は、小声ながら力強く言った。

 伊緒は涙を拭きながら、コクリと頷いた。

 

 早乙女は伊緒が部屋を飛び出していくところをモニター越しに見送った。咥えていたタバコを口から離すと煙を吐いて、微笑んだ。それから、携帯電話を手にした。

「もしもし、早乙女ですが、木場先生いらっしゃる?」

 取次ぎにしばらく時間がかかった。早乙女はパソコンに表示されている数十桁の数値が並んでいる数値をセーブしながら電話の相手を待った。そして相手が出た。

「相変わらずお忙しそうで」

 早乙女が言った。

「ああ、早乙女君と違って、一つのことだけに時間をかけていられないんでな」

 その声は与党新幹事長の木場好伸であった。

「まあ、随分なおっしゃり方ですね」

「街の真ん中で、大型火器を使うような馬鹿を使っている君の、何を根拠に信じたらよいのかね」

「これは耳の痛い話ですわ」

 早乙女は、微笑みながら答えた。

「それで、情報が聞き出せたんだろうな?」

 木場は低い声で言った。

「聞き出すことは出来ませんでしたが、電話の発信内容を同時受信して番号を記録しましたので、寸分たりとも違いはありませんわ」

「流石は早乙女君だな。一応、先程の言葉は撤回するよ。それで、一〇号のデリートは済んだのか?」

「いいえ、発信履歴を押さえることと引き換えに逃げられました」

「相手が気が付いて、反撃することがあるだろう」

「その心配はありませんわシステムとのアクセスを常に開放状態にしていれば、他からのアクセスはできませんから」

「これで、お約束どおり私の地位とこの研究施設への資金投入の御約束は守っていただけるのですね」

 ここで、早乙女の声が低くなった。

「ああ、約束は守るよ。しかし、コスモ22の実力が分からない。警備車両を大破させるだけなら、小型爆弾の方か威力があるな。その実力さえ分かれば、すぐにでも最高の環境を提供してあげよう。私の力なら島ひとつを研究施設として用意できる。地上のあらゆる研究はもちろん、海洋研究の幅も出来る」

 木場の口調が威圧的言い回しに変わった。

「コスモ22に、それだけの価値があるのは間違いありませんね。しかし、木場大臣、失礼ですが私にそのような待遇を提供していただけるほど、公にコスモ22を使えるとは思えませんが?」

 早乙女は木場に対して、カマをかけた。

「君が、君のためにコスモ22を十分に利用できる先を知っているというのなら、無理強いはしない。残念だが君との契約はこれまでとしよう」

 木場はあっさりと返す。これには、さすがの早乙女も慌てた。

「お、お待ちください。ご無礼をお詫びします」

「賢明な判断だ。契約の条件について、これまでの条件以外に何か希望があったかな?」

 木場は、感情のない淡々とした口調で言った。

「い、いいえ。十分にしていただいております。これからもよろしくお願いいたします」

 早乙女は、少し声を震わせて答えた。

「賢明な判断だ」

 木場は、再び同じ言葉を繰り返した。

そして、早乙女に何かしらの指示を出して電話を置いた。


 時は、少しさかのぼる。

 木場は、父の伸太郎が死んで地盤を引き継いだときに、父の書斎でコスモ22の資料を見つけた。コスモ22の能力は、父の残した資料にある程度の記述があった。しかし、断片的な資料ではコスモ22の真の能力を測ることは出来なかった。また、コスモ22の具体的な操作方法は全く分からなかった。

 父の仕事を調べていくにつれ、軍事産業の企業とつながりの深い関係であることが分かった。

 しかし、父の死後、木場好伸が引き継いだはず団体のうち軍事・船舶の関連企業は、全て藤堂重太郎の後援団体なっていた。一方で木場伸太郎に厚い優遇を受けていた建設・鉄道の関係企業は、頭脳明晰の好伸に期待をしていた。「長いものに巻かれろ」といわれ続けたこの政界も今や安定など皆無だった。しかし、いつの時代にも利権を争って大きな金が動く。そのために、政治家たちも資金が必要であった。藤堂は現在押さえ込んでいる関連企業の大半は、事業に関する法律の緩和をエサにして資金を集めていたのだった。

 いかに好伸といえど、父・伸太郎の名声と人気で、藤堂に対抗することは困難であった。史上最年少の首相を目指す木場にとって、後援団体の減少は派閥作りへの遠回りであった。また、藤堂が政界の虎として君臨しているのは、早いうちに有能な新人政治家を潰しているという情報も、木場の耳には入っていた。 

 失った基盤を取り戻すのは至難の業だと木場は考えた。ならば、は建設・鉄道の関係企業の力を拡大させることで、父の基盤以上の力を手に入れることが出来ると考えた。コスモ22を兵器として使えば、遅かれ早かれ被害が広がらないうちに破壊される。木場はコスモ22の火力は短期間でも大きな働きをしてくれると核心していた。まず、鉄道会社が地上げに必要な山間部を計画ラインに沿って、コスモ22が破壊する。計画している駅の半径二十キロメートルの森や建築物を破壊し更地に変える。さらに軍事施設のみを破壊していく。これで、建設業界・鉄道業界は潤う。また、防衛費の多くは施設の大半に資金を投入されるため、戦闘機や戦車への資金が回らず軍事産業が衰退する。鉄道が発達すれば船舶による運輸も衰退する。

 そして、紀伊四国大橋、四国宮崎大橋を実現し、名古屋~和歌山~四国経由~鹿児島の南紀新幹線が木場政権づくりの礎になるのであった。四国は古くから八十八箇所めぐりが有名で、全国から年中人が集まる安定した収益の上がる地域であった。ただ、宗教に興味がなければ以外に見落としてしまう地域で、今まで手付かずといっていいほど、開発余地が残っているエリアである。

 木場は、政治家の道を進むと考え始めたときに、この四国開発計画を具体的に考えていた。父の書斎からコスモ22の資料を見つけたとき、その計画が一気に具体化していったのだ。

 コスモ22と雪村博士の関係から、雪村のことを調べていくうちに、雪村が研究に取り組んでいた防衛庁の研究施設を特定することが出来た。

 既に閉鎖されていた研究所。そこで早乙女は、外出は出来ず幽閉状態でいた。

 研究所は自衛隊駐屯地の隣に位置し、防衛省の施設にはなっていたが、全く違う扱いとして独自の管理下にあった。木場はその建物の中でタバコを吹かしながら静かに本を読む早乙女と対面した。早乙女に対する木場の印象は鋭い目をした狼のようで、互いに野心をもった同じ目をしていると感じた。

 木場は、早乙女の地位と名誉を条件にコスモ22を手に入れることを条件にしたが、 早乙女は目標達成時に自分の地位と名誉が保証されていないと返した。すると木場は、アタッシュケースを開けて中から札束を見せる。

 そして木場はアタッシュケースを置いて去った。

早乙女は、自室の部屋を出ると研究所の廊下の突き当たりにある鉄格子の扉を開けた。その奥にある扉を再び鍵で開けた。

そこから、9号が出てきた。そして、その隣には8号がいた。

 その二日後、雪村邸は全焼したのであった。


 

研究所周囲、茂みの中で賢介はプリペイド携帯電話から見杉に連絡を取って合流した。

「見杉さん!」

 伊緒は見杉の胸に飛び込んで、再び泣き出した。

「どうした?」

 見杉は賢介を見たが、賢介は首を横に振って、事情が分からないと無言で答えた。

「ワ、ワタシ・・・。人間じゃない・・・」

 伊緒は、ポツリとつぶやいた。

「伊緒ちゃん、苦しいことなら話さなくてもいい。だけど、俺たちは仲間だ。一緒に考えれば解決できる道もあるよ」

 見杉は自分の胸の中で無く伊緒の背中を、やさしく擦りながら言った。

 伊緒はゆっくり顔を上げて見杉を見る。そして、振り返って賢介を見た。伊緒の目に映った二人は、伊緒のことを心配し危険を冒してまで守ろうとしてくれる二人の男の笑顔だった。

 伊緒は、自分が見たものをありのままに二人に話をした。

「そんな・・・」

 賢介は驚きを隠せなかった。

「そうか、賢介に見せた動画は伊緒ちゃんじゃなかったが・・・」

 結局、見杉の推測が当たっていたのである。

 賢介は、伊緒の年齢を聞いたときに四歳と答えた伊緒の言葉を思い出していた。

「伊緒、君は人間だよ。買い物したり、上手いメシを作ってくれたりさ、俺のことを心配して追っかけてきてくれたりさぁ。人間にしかできないじゃん。それにな、友達だろ?友達っていうのは人間にとって重要な要素なんだよ。伊緒の友達が、ここに二人いるじゃないか!」

 賢介は真顔で言って、言い終わった後に微笑んで伊緒の頭を撫でた。

「賢介・・・」

「伊緒、こう見えても俺にも親はいないし、お前と同じで雪村先生を親と思ってる、そして変な事件に巻き込まれている変な男。見杉さんは、電気屋の息子で、システム・オタクでおせっかい、その上女好きのな変わり者さ。ここにいる三人はチョット変わっているけど仲間さ。いろんな境遇があるけど俺たち三人が一緒にいることに何か問題があるか?」

 伊緒の不安を断ち切るように、賢介はやさしい笑顔で言った。

「おいおい、賢介よぉ、そりゃ言い過ぎだろう。まっ、ホントだけどな」

 見杉は苦笑して頭を掻いた。

 伊緒は二人を交互に見た。

「ア、アリガトウ」

 伊緒は二人にやさしさに感動して涙を拭いた。

「さぁて、これからどうするかだな。賢介、伊緒ちゃん、攻めるか逃げるか、二人に任せるぜ」

 二人に判断を任せるといいつつ、見杉の目は輝いていた。

「見杉さん・・・。目が眩しいですよ。この件に関して徹底的に首を突っ込みますって顔に書いていますよ」

 賢介はため息交じりで行った。

 それを聞いて、見杉の顔をまじまじと見る伊緒。

「見杉さん、俺はこのまま引っ込めませんよ。このまま逃げても、伊緒は誰かに捕まるでしょう。それに、雪村先生を見つけるには、すべての謎を解かなきゃならない気がします。いいかな伊緒?」

 賢介の瞳は決意を表していた。

「うん、お父さんに逢いたい。それに賢介と一緒なら怖くない」

 伊緒は微笑んで、賢介の腕にしがみついて笑った。

「おいおい伊緒ちゃん、俺もわすれないでくれよ」

 と、見杉は苦笑した。


 研究所の門が大きく開く。3人は門に向って道の右側の茂みにいた。

 黒いワンボックスカーが現れた。助手席に9号が見えた。隣で運転しているのは9号のようだった。後部座席の窓ガラスにはスモークがかかっていて中の様子は全くわからない。

「どこに行きやがるんだ。ここで見逃したら追えないぞ」

 見杉は銃を構えた。

「チョット待って」

 伊緒は見杉を止めて、研究所を脱出するときに手に入れた携帯電話を取りだした。

「ワタシが止めるよ」

 そう言って、キーを打ち出した。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ・・・

「伊緒、まさかパトカーを大破させた時のあれか?」

 賢介が携帯電話を覗き込むように言った。

「コスモ22の対隕石粉砕用の迎撃システム・・・」

 突然、伊緒の口調が変わった。機械的というかリズム感のない説明口調になった。

「直径五十センチメートルまで照準を絞りこみ、確実に標的を撃ち抜きます。これを地上に向ければ、歩いている人を頭上から一瞬で抹殺できます。裏コードネームはダークエンジェル、砲撃システムはヘブンズ・アロー(天国の矢)と言われています

 伊緒は淡々と説明をつづけた。

「・・・?」

 伊緒の手が止まった。

「アクセス不能?」

「どうした伊緒ちゃん?」

 見杉は伊緒の様子に気づいた。

「アクセスができないよ・・・」

 伊緒の表情は変わって、いつもの口調に戻っていた。

「伊緒、何がどうしたんだ?」

「確信はないけど、誰かがアクセスしているかもしれないの。こちら側のアクセスを拒否たということは、その可能性があるかも・・・」

 伊緒は携帯電話の画面を見つめたままだった。

「おい、賢介。どうする、このまま奴らを行かせたら、危険を冒して研究所に入ることになるぞ」

 そう言いながら、見杉は銃を構えた。

黒いワンボックスカーが三人の前を通過した直後、車は爆音とともに一瞬弾んだ。車は地面に落ちるとスピンを繰り返し、三人がいる反対側の街路樹に正面から突っ込んで停止した。

「見杉さん!」

 賢介と伊緒は、少し強い口調で見杉を見た。

「待て待て、俺じゃないって」

 見杉は首を振りながら射撃していないことを訴えた。

 ワンボックスカーに何が起きたのか解らなかった。三人は周囲を見渡したが人影は見当たらなかった。

「行ってみよう!」

 と、体を乗り出す賢介。

「まだだ賢介」

 見杉が小声で言った。

「どうしたんですか?」

「勘だ。故障にしては不自然だ。一分待て!」

「一分ですか?」

「ああ、三分たって動きがなければ様子を見に行こう」

「解りました」

 賢介はそう答えると、再び身を潜めた。伊緒は二人の後ろで身を屈めたままだった。

 一分が経過した。静寂と言っていいほどだ。賢介は一分という時間をとても長く感じていた。

「見杉さん、いいですか?」

「プロの仕業なら迅速に要件を済ませる。やはり事故だったのか・・・」

「行ってみようよ!」

 伊緒が気にして二人に声をかけた。三人は茂みから飛び出すと、車に向かって走って行った。

 賢介、伊緒、見杉と、伊緒は二人に守られるように挟まれて走っていた。三人が車のにたどり着き、中を覗こうとした瞬間に、

「止まれ!」

 三人を制止する声がした。 

 三〇メートルほど前方の大樹の陰から、散弾銃の銃口を光らせて男が現れた。その男はジミー・ウォンだった。

「武器を捨てて手を上げな。今度はこっちが先手だぜ。散弾銃は知っているよな。一撃で揃って動けなくすることも可能だぜ」

 ウォンは余裕たっぷりで言った。

 武器を持っていた見杉が銃を投げた。そして三人とも両手をあげた。

「お前さんも仕事熱心だね。さぞかしモテるんだろうな」

 見杉が少し皮肉っぽく言った。

「無駄な話はしなくてもいい。少し下がってもらおうか」

 ウォンはゆっくりと近づきながらそう言った。

 三人は、手をあげたまま一〇メートルほど後ろに下がり元の茂みまで戻った。

 ウォンは、フロントガラス越しに8号・9号が気を失っているのを微笑んだ。、

「さて、手っ取り早く商談を済ませよう。女をよこせ。寄こさぬなら女の手足をへし折っても連れていく。お前らも抵抗すれば完全に排除する」

 ウォンは冷たい表情でゆっくり歩きながら言った。

 バンッ!

ウォンが左脇から、フロントドア、そしてリアドアにささしかかろうとしたであった。フロントドアガ一気に開いて、ウォンの腰に直撃した。

「あうっ!」

 ウォンは声を上げ、三メートルをど弾かれた。その勢いでジミーは持っていただ散弾銃を離し、手から離した。 銃はカラカラと回転しながら路面を滑って、道路脇の浅い側溝に落ちて止まった。ジミーは、あわてて立ち上がろうとしたが、身体を起こすなり、背中を踏まれて道路に大の字になって張り付いた。

「オマエ、やってくれたな!」

 右眼の上に少し血を滲ませた9号が、瞼を小刻みに震わせながら、ウォンの背中に乗せた右足を踵を中心にして捻り込むように圧力をかけたいた。そして、上着の内側に手を伸ばし、ホルスターから銃を抜いた。

「オマエモもプロなら覚悟はできているよな」

「フッ、好きにしろ」

 9号にの言葉に対して、ウォンはあっさり答えた。


 風が舞った。

 バリバリという爆音を繰り返しながら、研究施設からヘリコプターが現れた。

 ヘリコプターは門の上を通過して、ワンボックスカーを中心に現場に居合わせているすべて人が見える位置にいた。

「あっ!」

伊緒は声を上げた。

ヘリコプターには、早乙女奈那子が居た。早乙女はふてきなえがお不気味な笑みを見せると手元の携帯電話を操作し始めた。

「賢介、見杉さん、隠れて!」

 伊緒はそう言うと、二人の手を引いて茂みに飛び込んだ。賢介と見杉はバランスを崩して倒れるように茂みに姿をくらました。

 ドカァン!

 爆音とともにワンボックスカーが大破した。

運転席のドアが破壊されて9号の左腕を直撃して倒れた。ウォンは解放されたと思ったのもつかの間、高々と舞い上がった右前輪がウォンの右足に直撃し鈍い音を立てて転がった。ウォンの右足は普通ではありえない方向に曲がっていた。

 さらに重症なのが8号であった。8号は車内に居たため直撃を受け、頭から血を流していた。また、腕や足には火傷を追い、さらに太ももは金属片がカットして出血していた。

 ヘリコプターはその場の状況をあざ笑うように街に向かって飛んで行った。

「行こう!」

 ヘリコプターの姿を見送った伊緒は、茂みを飛び出して行った。

「大丈夫?」

 伊緒は9号に声をかけた。

「こっちは大丈夫だ。すまんが8号を見てい合ってくれ」

 9号は、自分の痛みを表情に出さず真顔で言った。

「わかった。見杉さんは9号さんを、賢介はウォンさんを診てあげて!」

 伊緒の歯切れのよい指示。

「おいおい、なんでだよ」

 見杉は、伊緒が飛び出した理由を理解して走るスピードが落ちてしまった。

 伊緒は、8号の傍に掛け寄った。8号の状態を頭からつま先までサッと見ると、周囲を見回した。すぐ近くに車のシートが転がっていた。伊緒はシートを起こすと、力任せにシートカバーを力を込めて引き剥した。さらに、そのシートカバーを、拾った鉄の破片で幅一〇センチメートルの幅に切り裂いて包帯の代用にした。

 8号の頭の出血は大したことはなかったが、足の出血が酷かった。伊緒は8号のズボンを裂くと太ももの付け根に裂いたシートカバーを巻くと軽く縛って棒を突っ込んだ。それを捻じってゆっくりしめていく。止血処置を先にしたのだ。

 そこで、8号が気づいた。

「オ、オマエ、何をしているんだ・・・」

 8号は伊緒に怒鳴って起き上がるとしたが、身体は全く動かなかった。

「動かないでね。今手当てしているから。これ持っていて、血が止まるから」

 伊緒は、8号の足を縛って捻り込んだ棒を8号自身に持たせた。

「あっ、わかった・・・」

 8号は伊緒の勢いに押されて、棒をつかんだ。

 伊緒は何重にも重ねた布を当てて、別の布を巻いていった。またたく間に処置を追えると笑顔を見せた。

「これで大丈夫。でも応急処置だから、無理して動いちゃダメだよ。早くちゃんとした手当をしてもらわなきゃいけなの。それじゃ、あっちの人たちも怪我をしているから、ここで大人しくしていてね」

 そう言って、伊緒はその場を離れようとした。8号は伊緒の腕を掴んだ。伊緒が振り返ると8号が泣いていた。

「ありがどう・・・。オ、オレは人間になりだいんだよぉ~ぉ~」

 伊緒に訴える8号を見て、伊緒は研究所で見せられた資料のことを思い出した。

「人間になりたい・・・」

 伊緒は呟いた。8号も作られた実験用なのだろうと推測していた。自分と同じ境遇に生まれたのかと思った。人間になりたいというのは、人間扱いされたいのだという気持ちの表れなのだと察した。

「ダイジョウブ、あなたは人間ダヨ!」

 そう言って再び微笑むと、掴んだ8号の手をポンポンと軽く叩いてなだめた。8号は伊緒の笑顔を見て安らぎを感じ手を離した。伊緒はその場を離れると、近い9号の方へ向かった。先に9号のもとに着いていた見杉が9号の手当てをしていた。

「見杉さん、9号さんはどうですか?」

「伊緒ちゃん、こいつは腕を骨折しているよ。一応、添え木を当てて固定しておいた。昔、俺も腕を骨折したことがあるから解るんだが、こいつは、もともとガタイがいいからな、無理をしなければ大したことはないよ。しかし、俺たちがこいつらを助ける理由はないんだけどなぁ」

 見杉は笑った。

「す、すまない」

 9号は手当てをしてもらった左腕を右手で擦りながら言った。

「よかったぁ」

 伊緒を微笑んで、賢介とウォンを見た。

 賢介はウォンの足元に立っていた。賢介は一メートルほどの長さがある細長い板を右手に持って、左手にパシッパシッと時間を刻むように音を立てながらウォンを睨みつけていた。

「こりゃぁ、両足ともイッってるな」

 賢介は、ウォンを見降ろして言った。ウォンの両足はタイヤが落ちた衝撃で完全に骨折していた。 

「形勢逆転ってヤツだな」

 ウォンは両足ともに複雑骨折をしている可能性があることをウォンは自覚をしていた。まず自力では動けない。今は、

足を捥がれそうな激痛に耐えることしかできなかった。ウォンは裏社会でそれなりに生きてきた。命の危機に晒されることは珍しくもない。ただ、どんなピンチも命を最後まで諦めず生き抜いてきたからこそ今があるのだ。

「さてと、ウォンよ。お前の依頼主と目的を言ってもらおうか。そうすれば、応急手当もしてやるし、治療の手配くらいはしてやろう」

 賢介は威圧的な態度で言った。

「フッ、冗談じゃないぜ。そんな脅しはいくらでも受けたよ。口は割らねえぞ」

 ウォンは、足の痛みに耐えながら平静を装って言った。

「もう一度だけ聞く。誰に頼まれた?」

「言えないね」

 賢介の問いに、ウォンは即答した。

 「しょうがねぇなぁ!」

賢介はそう言って声を荒げると、手に持った板を半分にへし折った。二つに折った板をウォンの右足に添えると、ズボンのポケットから大きめのハンカチを出して、ウォンの右足を固定した。

「何をしている?」

 ウォンは先ほどの会話とは異なった行動をとる賢介に疑問を感じて問いかけた。

「最初っから言うとは思ってなかったよ。これで教えてくれたらラッキーだなって思った程度だ」

 賢介はため息交じりで答えた。

「それなら、手当てせずに放っておけばいいだろう」 

 ウォンは冷たい視線で言った。

「まあな。今も俺はお前を信用しているわけじゃないさ。しかし、俺が何もしなきゃ伊緒がお前の手当てをするだろう。手当て中にお前が伊緒に何もしないとは言い切れないからな」

 そう言って、賢介は伊緒を見た。ウォンは賢介の視線を追うように伊緒を見た。

 伊緒は9号の手当てを終えて、賢介とウォンの元に走ってきた。

「賢介、こっちはどう?」

 伊緒が賢介の横に立つと、応急処置をしたウォンの足を見た。

「賢介、なかなか上手だね。これなら、ダイジョウブ」

 伊緒は賢介に言った後、ウォンを見て微笑んだ。

ウォンは笑顔の伊緒を見て、何か憑きものが落ちたように身体が軽くなった。

「ふっ、完敗だな・・・。分かったよ」

 ウォンは伊緒から視線を外すと、苦笑して呟いた。

 そして、ウォンはすべてを話し始めた。

 ウォンを最初に金で雇ったのは早乙女だった。9号達と同じように伊緒を拉致してくることがミッションであった。早乙女は、伊緒を連れてくることに関して、9号達の能力を十分信用していなかったのだ。ウォンには、9号達が伊緒お拉致を成功した場合はもちろん、9号達のサポートを独自に行動しようが、早乙女の元に伊緒さえ連れてこられたらいいという契約であった。

 しかし、一度失敗したことで、早乙女はウォンとの契約を解除した。契約解除直後、街を歩いていると黒いスーツ姿の男に声をかけられ、路上に停まっている黒いリムジンに乗せられた。リムジンの中で待っていたのは、藤堂重太郎副総理であった。

 藤堂は、早乙女からウォンが受けていた依頼内容や報酬を知っていた。藤堂は、ウォンが早乙女から受けた依頼事項をそのまま継承して、報酬を三倍で、あらためてウォンに依頼すると言って来た。

 賢介は、ウォンの手当てを終えると立ちあがった。そして、9号に近寄った。

「おい、あのヘリに乗っていた女は、藤堂重太郎のところへ向かったのか?」

 賢介は、起き上がったばかりの9号に訪ねた。

「・・・・・」

 無言の9号。

「今更、あんな女をかばってどうする。お前ら、信用するに値する女じゃないだろう?」

 賢介は、説得するようにゆっくりと言葉をかけた。

「名前は、早乙女奈那子だ。俺たちは、あの先生の命令で動いている。今回は駅前の時計塔の脇に車を停めて待機しておくように言われただけだ。どうやら、お前らにぶつけるためのウソの命令のようだな。早乙女先生は、いつも年配の男性と連絡を取っているようだが誰かは不明だし、あのヘリコプターがどこへ向かった先は分からない」

 9号は疲れたように言った。


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