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エンジェル・ダスト  作者: 御子神 輝
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第2章 潜伏

賢介の部屋から立ち上る炎は鎮火しつつあった。その余韻といえる煙は五キロメートル離れた丘陵地の公園からも見えた。

 公園の展望台に男女の影。

「お、俺の部屋が・・・・・。俺の財産が・・・・・」

 賢介が、うな垂れた。

 若い男の一人暮らし。そんな所に「財産」などと呼べるものが、有ろうはずもなかった。

「お、おれの機動装甲ガンシールドがあぁぁぁ!」

 賢介が泣き崩れる。自分で「財産」や「宝物」と思っているもので、人から見ればガラクタ同然というものは、世の中に山ほどある。

 ロケットランチャー着弾前。

伊緒は廊下の物音に気づき、玄関周りの人の気配を読んでいた。ダイニングルームに戻りながら、窓から見える三棟の建物の中に、不自然に光る気配を見つけていた。カーテンを閉めた伊緒は、賢介と話をしながら、風に揺れるカーテンの間からロケットランチャーの発射の瞬間を捉えていたのだ。

そして、賢介を連れてバルコニーの仕切に使われている石膏ボードを破って、隣室に側に非難していた。

「スゴイネ。なんか、狙い通りってカンジ。夕方見ていた映画のプロの狙撃ってゆうのだよ、きっと」

「伊緒っ!」

「何?」

「何って。感心している場合じゃないだろ。とにかく、警察へ行こう」

 賢介は、立ち上がった。

「ダメ!」

 伊緒は、賢介の腕を掴んだ。

 賢介は振り返って、

「なんだよ!」

 と、不機嫌さを露にした。

「賢介、ダメ。ロケットランチャーって、誰でも買えるの?ホームセンターで売ってるの?」

「そ、それは・・・・・」

 そこで、伊緒が右耳の上の髪を二度かき上げた。

「ターゲットが、間違いなく賢介の家だとしたら、対面のビルからの距離と風の抵抗、そしてロケットの推進力を計算に入れて正確にターゲットに打ち込める技術を持った人じゃないと難しいよ。それに、狙いが正確だったからこそ、隣室に逃げ込んだだけでも助かったんだよ」

 伊緒は、表情も変えずに言った。

「伊緒、お前一体・・・・・。お前は一体何者なんだ」

 賢介の目つきが変わった。

伊緒は一見普通の女の子だが、ずば抜けた記憶力、周囲の動きを読む洞察力、そして、ロケットランチャーから逃れることができた脅威の判断力。その反面、料理のレシピを見て、そのまま四人分作ってしまう不器用なところが、素直というか、子供っぽいというか、賢介にとって、危機を救ってくれたことが伊緒への不信に繋がっていた。

「何者?わたしは、伊緒。雪村伊緒」

 伊緒は、賢介と出会ったときの柔らかい表情で答えた。

「伊緒・・・・・」

 賢介の表情は冷めていた。伊緒は、賢介のその表情から賢介との距離を悟った。しかし、伊緒にとって、賢介が何を不信に思っているのか。伊緒自身の何が特別なのか見当も付かなかった。

「賢介。賢介はワタシのことが、嫌い・・・・・。嫌いな気持ちになっている。伊緒のことがわからない気持ちになっている。ワタシは賢介と同じだヨ。賢介と同じ種類、同じ人間。それだけだヨ・・・・・」

 伊緒が瞳の奥から訴える。

「・・・・・」

 賢介は、言葉が出なかった。

 伊緒は、瞳を閉じた。

「賢介。賢介のお家が狙われたのは、ワタシのせい。この事は、賢介に関係ない。ごめんなさい・・・・・」

 伊緒は、そう言って瞳を開くと、賢介に向かって微笑んで、その場を去った。

 ブロロロ-ン、キーッ!

 伊緒が公園を出て、道路を渡ろうとしたとき、目の前にグリーンカラーの一台のミニクーパーが停車した。

 伊緒の足が止まる。

「お嬢さん、俺ん家で三次元リバーシやらない?」

 クーパーから男が声を掛けた。

「?」

 伊緒は、一瞬固まった。

「お、お嬢さん・・・・・?」

「はい?」

「ドライブはいかが?」

 と、男はナンパ方法を変える。しかし、伊緒は「リバーシ」も「ドライブ」も知らなかった。

「ワタシに、何か御用ですか?」

 伊緒は、男が何を言いたいのか理解できず、かみ合わない返事をした。

「あのね。この車に乗らないかって言ってんだけど・・・・・」

 男は、少々イラつき気味に言った。

 伊緒は、右耳の上の髪を二度かき上げた。

「そんなこと、いきなり言われても・・・・・。そうだ、二、三日考えさせて頂戴」

 伊緒は、ナンパという行為が理解できずに返事をした。

「今、乗るんだよ」

 伊緒にそう言ったのは、車の男ではなく、後方から追いかけてきた賢介だった。

「賢介・・・・・」

 伊緒が振り向くと、賢介は伊緒のすぐ後ろにいた。

「見杉さん、すみません」

「気にするな。お前の頼みじゃ、断れんだろ」

「恩に着ますよ」

「おう、それじゃあ、眞鍋さおりのキャンペーン用の等身大店頭パネル。キャンペーンが終わったらくれ」

 そう言って、見杉は笑った。見杉は賢介の会社のキャンペーンガールがお気に入りなのだ。

「任せてください」

 賢介は快く答えた。

「なんだそれ?」

 首を傾げる伊緒だった。


 見杉利弘。

 賢介の大学時代の先輩。

 遡ること数年前、二人は同じ大学に通う学生であった。賢介がコンパの最中に、同じ居酒屋にいる、他校のラクビー部の一人に言いがかりをつけられ、喧嘩になった。

 剣道三段の賢介は、店を出ると同時に、居酒屋の暖簾の下がっていた棒を取って構えたが三対十五では全く数にならなかった。賢介は相手を三人を倒したところで、自陣の二人が気を失っていた。

 残り十二人。当然全員ラクビー部の猛者ばかりである。一対十二ではさすがの賢介でも勝ち目がない。

 そこに、デート中の見杉が通りかかる。初回のナンパを含めて5回目のデートだった。

見杉は賢介と面識はなかったが状況を見ると賢介がやられる。

 それを見たとき、見杉の気持ちは決まっていた。

(この男、十二人相手にやるのか。こんなヤツを見てみぬふりできない)

 そう思って、助っ人に入る決意をしていた。

 見杉は、結構熱くなるタイプだったが、勝つためには周到な作戦を練る。

 まず、近所の商店の脇に置いてあった、シャッターの下ろし棒を持つ。そして、彼女に耳打ちをした後、十二人を一通り見た。

一人の掛け声とともに、数人が賢介に襲い掛かる。それを見ると、見杉が人垣を移動して、賢介の脇で支持を出している男の後ろに回った。

賢介は、相手にダメージは与えるものの、劇的な一撃を突けず押されていた。

ガキッ!

見杉がターゲットの後ろから棒を振りぬく。支持を出していた男の膝を横から膝を砕いた。男がよろけ膝を付くと、その頭を目指し思いっきり棒を振り下ろした。

ガキッ!

 再び鈍い音がして、全員が見杉のほうを見た。賢介への攻撃が一瞬とまる。

「こいつをやれっ!」

 見杉が賢介に怒鳴る。

 賢介は、囲まれている中をすり抜け、見杉が示す男に向かって迷わず突きを出した。賢介の突きは男の顎先に寸分たがわず突き刺さった。

 男は、数メートル弾き飛ばされる。

 周囲は一瞬静かになった。

「キャ、キャプテン・・・・・」

 誰かが、気を失っている男に向かってそう言った。間も無く、ラクビーの猛者達は落ち着きを取り戻す。

「おまえら,よくもウチのキャプテンを・・・・・」

 男たちの雰囲気が変わった。

「まだ、ヤルのか!」

 見杉がそう言うと、次の瞬間、

「お巡りさーん、こっち。喧嘩はこっちですよ~!」

 と、声がする。

「ま、まずい」

 今まで威勢のよかった猛者達は、慌てて伸びたキャプテンを連れてその場を逃げ去った。

 賢介は、

「助けてくれて恩にきる。例をしたいが警察が来るから、まずはこの場をはなれよう」

 と、見杉に声をかけた。

「嘘だよ」

 見杉がニカッと笑った。

「嘘?」

「もういいぞ!」

 見杉が人垣に向かって声を掛ける。

「ねえねえ、オッケー?」

 見杉の彼女が人垣から出てきた。

「グッド!」

 見杉はそう言って、彼女の頬にキスをした。そして賢介を見て再び笑った。

「うまくいったなぁ。俺は見杉利弘だ」

「あっ、速水・・・賢介・・・です」

「頭を叩いて、統制を乱す。大成功だな」

「・・・・・?」

 見杉は、集団を見て支持を出している者を見極め一気に叩くことで全員の動きを止めた。予め彼女に「まだ、やるのか!」の合図で、警官が来たように声を上げるように伝えていた。現場はボスを失った猿は慌てふためいて逃げるという、見杉の筋書き通りになった。

 賢介は疑問に思って見杉に聞いた。

「あの、見杉さん。どうして、最初から警官を呼ぶ手を使わなかったんですか?」

「速水さんよぉ。一発ぶっとばして、ちょっとはスッとしただろ?」

 見杉は満面の笑みで答えた。

 それから、賢介と見杉の付き合いは始まった。


 下町の旧商店街の一角に古びた電気店があった。レトロな造りの趣のある店構えである。すでに、店のシャッターは閉まっていた。

 店のシャッターに剥がれかけたペンキで、「営業時間 午前九時~午後七時三〇分・年中無休」と書いてある。

 カチッカチッ。

蛍光灯の紐を二回引くと部屋に灯りが付いた。そして、間もなく部屋のカーテンが閉められた。

 部屋の中。古めかしい畳の八帖間、壁は土壁色のクロスが張ってある。床の間と仏間。その間に搾り丸太の重厚な床柱が立っていた。しかし、床の間、仏間のスペースには仏壇サイズのハードディスクが2台は入っている。八帖間の内、入り口対面の壁側二帖は、パソコン端末が三台あり、一台はひっきりなしにメールが入っていた。そして、部屋の隅にファックス兼用のスキャナー・カラープリンターが腰を下ろしていた。

 窓際には敷きっぱなしの煎餅布団。そして部屋の中央に正方形のテーブルが置いてあった。

「見杉さん、初めて家に上がらせてもらったけど、何なんですかこの部屋は?」

 賢介は、目をキョロキョロさせている。伊緒も賢介の跡に就いて部屋に入った。

「ああ、ここが仕事場だ」

「仕事場って、電気屋さん継いだんじゃないんですか?」

「いいや、俺はフリーのシステムエンジニアさ」

「システムエンジニア。あのプログラムとか作る?」

「そうさ。TV、映画の三次元ホログラフィーシステムの開発したのは、何を隠そうオレ!」

 見杉は自分を指差した。

「マ、マジっすか?!」

 三年前に本格導入された、新放送システムの原型を見杉が開発していたとは、賢介は知らなかった。ちなみに、ガソリンスタンドも電気自動車の普及でバッテリースタンドという一般名称に変わっている。

「見杉さん、電気屋は・・・・・?」

「特許の金で十分生活できるから、親に隠居しろって言ってるんだけどな。お袋がな、商店街のみんなが電球一個でも買いに来てくれる間は店をたたむ気がないんだと」

 見杉は、左手の小指で耳垢をほじくりながら面倒くさそうに言った。

「きゃはははっ。これ、楽しそう!」

 賢介と見杉が振り向くと、伊緒が端末のキーボードを軽快なリズムで弾いていた。

「ちょ、ちょっと待って!」

 見杉が慌てる。

「い、伊緒!」

「ダイジョーブ、ダイジョーブ」

 伊緒は、微笑んだ。

「ダイジョーブって、何もわからないくせに勝手に触って壊れたらどうするんだ!」

 賢介は、見杉の気持ちを代返して伊緒を叱った。

「解かるよ」

 伊緒の返事は軽い。見杉は伊緒が触ったプログラムのチェックをしている。

「とにかく、見杉さんに謝れ!」

 と、言うと伊緒は、

「どうして?」

 と、素顔で言った。

「だからぁ・・・・」

「待て」

 見杉が賢介を止めた。

「伊緒ちゃん。ちょっといいカナ?」

「何?」

「これ・・・・・。この、プログラム。何のプログラムだか知っているの?」

 見杉の表情がおかしい。

「うん。ビデオカメラ情報転送型記録装置の基礎プログラムでしょ」

 伊緒は、軽く言った。黙って見守る賢介。

 見杉は、フリーハンドのA3図面を出した。

「そのとおり、これが原図なんだけど、このシステムが完成すれば、携帯電話で動画として取り込みながら、

家や会社のCDに書き込みができるシステムなんだ」

「えっ、ごめんなさい」

 伊緒が謝った。

 賢介が伊緒の横について、

「やっぱり・・・・・。見杉さん、すみません・・・・・」

 と、頭を下げた。

「いや、待て賢介」

 謝ろうとする賢介を、見杉は制した。

「伊緒ちゃん。俺の話の後に謝っていたけど、伊緒ちゃんはこのシステムにどんな手を加えたんだい?」

 見杉の目は真剣だった。賢介は、見杉と伊緒を交互に見た。

 伊緒は平気な顔をして、パソコンの画面を指しながら説明を始めた。

「プログラムのここの行から、ワタシが入力したヤツで、こうやってこの部分から記憶の転送になりまス。まさか、CDに転送するなんて考えてなかったので、ここの接続会社の個人ホームぺージに転送して書き込みしました。これだと、何枚でも何時間でもメモリー無制限で記憶できるので、長期旅行でTVなどの録画録音が無制限にできますし、旅行先から監視カメラとして利用することも可能だったので・・・・・」

 伊緒は、恐縮しながらと説明をした。

 賢介は、何も言えない。

「伊緒ちゃん、凄いなあ。凄い、凄い!」

 見杉が笑った。

「見杉さん・・・・・」

 賢介が、心配になって声を掛ける。

「賢介、ちょっと待ってくれ」

 見杉はそう言って、部屋の隅のパソコンの電源を入れた。

 パソコンといっても、キーボードの前にあるのは碁盤のような板で、フォログラフィタイプのものだった。主にゲームやアニメーション造りに使われている、新型タイプである。

「伊緒ちゃん、こっちにおいでよ」

「はい」

 伊緒は軽く返事をして、見杉の横に座った。

 見杉は伊緒に操作の仕方を教えている。何かのゲームを始めようとしているようだった。

 ゲームがスタートすると、伊緒の手が細かく動き出した。

「それじゃ、がんばってね」

 見杉は伊緒に声を掛けると、賢介のそばに戻ってきた。

「あのぅ、見杉さん、伊緒に何を?」

「ああ、ゲームなんだけどな。あれはな、IQ数値を遊びながら調べることができるんだ」

「伊緒がさっき触っていたプログラムのことで・・・・・?」

「いいや。まあ、このプログラムのことは、忘れてくれ」

「はあ・・・・・」

「賢介、お前に見せたいものがあるんだ」

 そう言って、見杉は部屋の真ん中にある座卓横に腰を下ろした。

「え~と、どこだったけ・・・・・。おっ、あったあった!」

 見杉は、テーブルに重なる書類の山からA4サイズの茶封筒を取り出した。

「この写真を見てくれ」

 そう言って見杉は袋から写真を見せた。

「こ、これはっ!」

 驚く賢介。写真に写っていたのは、今、人気売出し中のアイドルの水着写真だった。

「ま、間違った。本物はこっち!」

 見杉は、賢介から慌てて写真を取り上げ、別の写真を渡した。

 写真は三枚あった。一枚目は、白衣を着た大人と三歳ぐらいの少女が遊んでいる写真、二枚目は同じ場所から撮った写真。但し、中学生ぐらいの女の子の写真だった。二枚とも後方からの写真で顔は見えなかった。

 そして、三枚目の写真。室内で撮ったものであるが、フラッシュがなく薄暗い室内に水槽が四つ並んでいる。手前から二つ目の水槽の中に、こぶし大の白い塊が見えたが、手前の水槽の光の屈折によってはっきりしたものは確認できなかった。

「見杉さん、これは、なんですか?」

 賢介は、自分の前に写真を並べてそう言った。

「次は、これだ」

 見杉は、パソコンのホームページを表示した。そこに表れたのは、「軍事兵器トップシークレット」というタイトルだった。

「これは?」

「これは、軍事マニアのサイトだ」

「軍事マニア?」

「ああ、まあ見てくれ」

 見杉がマウスをクリックすると、項目バナーが現れる。

 基地、戦闘車両、軍艦航空機、爆弾ミサイル・・・・・。

 見杉は、最下段に表示されている、科学生物細菌兵器の項目をクリックした。

「このサイトには、多くの書き込みがある。結構、怪しい情報が多いのだが、チョット気になる情報があってな」

 見杉は、書き込み欄を表示すると、スクロールさせていった

「これだ」

 画面が停まった。

「賢介、これを見てみろ」

 見杉に促され、賢介は画面に近寄る。

 先ほど見た三枚の写真が、小さく画面に表示されていた。十枚ほどある。

「これは・・・・・」

「生物兵器に関する掲示板だ」

「でも、これ・・・・・」

「これが何処が生物兵器なのかといいたいんだろうが、この写真の下に記載してある」

「・・・・・」

 言葉が出ない賢介。賢介は一抹の不安を感じ始めていた。

 見杉がさらに画面をスクロールさせると、写真の下に文章が見えた。五十行ほどの文章であるが、書き込み自由の掲示板にしては、長文に見えた。

「賢介。この掲示板の書き込みは三日前のものなんだが、この書き込みによれば、新兵器の開発に関するのらしい」

「ま、まさか?」

 賢介は、画面から見杉へ視線を移した。

「まさか、見杉さんは、これが伊緒だと?」

 賢介の質問に、見杉は視線をはずした。そして、立ち上がって部屋の隅の冷蔵庫を開けた。

「見杉さ・・・・・」

「伊緒ちゃん、なんか飲む?」

 見杉は笑顔で、伊緒に話しかける。

「あ、ワタシ、ミルクッ!」

 伊緒は画面を見たままだ。

 見杉は、牛乳瓶を一本取り出して、ふたを開けると伊緒の横に置いた。

「ここに、置くよ」

「ありがと!」

 伊緒は、微笑んで会釈をしたが、視線はゲーム画面に釘付けだった。

 見杉は再び冷蔵庫へ行って、賢介のもとに戻ってきた。

「見杉さ・・・・・」

「コーヒーでいいか?」

「あっ、はい」

「ブラック?オーレ?」

「オーレでお願いします」

「ホイッ!」

 見杉は、コーヒー缶を放り投げる。

「すみません」

 賢介は、見杉の投げたコーヒー受け取る。そして見杉は再びパソコンの前に腰を下ろした。

 見杉はコーヒーの蓋を開け、一口飲んで、パソコンの横のボードに置く。

「賢介・・・・・。不安か?」

「い、いや。俺は別に・・・・・」

 賢介は、言葉とは裏腹に不安を隠せなかった。

 画面には、「ダークエンジェル。人口一〇万人都市を壊滅できる」とまで記されている。

 見杉が天井を見上げて、唸った。

「ダークエンジェル・・・」

 賢介は、天使のように灰汁が無い振る舞いを見せる伊緒に眼を向けた。

「ところで賢介。お前はともかく、伊緒ちゃんに行くとこあんのか?」

「あっ、いやあ、無いっす」

 賢介は申し訳なさそうに言った。

「細かいことは気にすんな。ただな、モヤモヤすることは解決しておいたほうがいいだろう」

「えっ?」

 賢介は聞きなおそうとしたが、見杉は立ち上がって伊緒の側についた。

「伊緒ちゃん」

「ナニ?」

 伊緒はゲームに夢中だった。

「ちょっと、ゴメンな」

 見杉は横から手を出して、一時停止機能のボタンを押した。

「あれ?」

 伊緒は、手元の操作機を見た。

「伊緒ちゃん。楽しくやっているところゴメンね」

「もう、終わり?」

 残念そうな、伊緒。

「いいや。もっとやっていいんだけど、一つだけ教えてほしいんだ」

「なあに?」

 見杉は、先ほど賢介に見せた写真を、伊緒にも見せた。

「この写真に見覚えないかな。もしかして、この女の子は伊緒ちゃんかな・・・・・」

 そう言われて、伊緒は一度見杉をみて写真を受け取った。

 賢介は遠めに見守っている。見杉とて、伊緒の返事を緊張して待った。

 一歩間違えば、家の中にミサイルを置いているようなもの。そう思いたくないが、ホームページの内容と、伊緒の行動がリンクしてしまう。

 伊緒は、三枚の写真をすべて見終わると、見杉の目の前に置いた。

「この写真の女の子、伊緒じゃないよ」

 伊緒の答えは、賢介が願ったとおりだった。

「ホント?ホントにホント?」

 見杉はまだ疑っている。

 伊緒は再び写真を取って、

「ほら、ここ見て」

 伊緒は、写真に写った症状の襟足を指した。

「これ、ここの印」

「印?」

 見杉が写真を覗き込むと写真の少女の首に十円玉ぐらいの大きさのアザがあった。見ようによっては、ハートの形をしている。

 見杉が写真から伊緒に視線を移すと、伊緒が髪を書き上げて襟足を見せた。

「アザが無い・・・・・」

 伊緒の首にはアザどころか、ホクロすら無かった。

「ネッ、ワタシじゃないでしょ♪」

 伊緒は、微笑んだ。

「あ、ああ。この写真の少女と伊緒ちゃんとは別人だな」

 そう言って、見杉は賢介に振り向きうなづいて見せた。賢介も無言で答える。

「ねえ、見杉さん。ゲームの続きをしてもいい?」

 伊緒は、無邪気な少女のようにゲームの続きを要望した。

「ああ、いいよ」

 見杉は、ゲームの一時停止を解除した。

「一息ついたら、お風呂に入って寝なよ。疲れただろうから」

「うん!」

 伊緒は元気よく返事をすると再び画面に向かった。


 薄暗い研究室。

 計器の針がゆっくりと振れ、水槽の中から泡がゆっくり上がっている。

 その奥にパーテーションで仕切った個人用のオフィスがあった。

 白衣の人物が窓側に向ってパソコンのキーボードを急がしく叩いている。そして、一拍おいて、エンターキーを押すと、画面に「OK」という文字が出た。

 椅子の軸が回り正面を向いたのは、女性だった。

「まったく、この役立たず!」

 女は、デスクの向かいに立つ、黒いスーツ姿の大男に静かな口調で罵声を浴びせた。

「申し訳ありません」

 男は頭を下げた。

 女は肘掛に肘をつき、手の甲にゆっくり頬を乗せて、目を細めた。

「不始末よねぇ~」

 さらに小ばかにしたように静かに言った。女の冷たい視線が一層の厳しさを与える。

「少々、手違いが・・・・・」

「うるさい!」

 女が同じトーンで吐き棄てるように言うと、男は身を竦ませて俯いた。

「ねえ9号。なんで、8号はこなかったの?」

 女の右目がピクッと動いた。

「あっ、えっ、10号の潜伏エリアが絞ばれましたので、早急に居場所を特定し、処分を行うとの連絡がございました」

 9号といわれた男は、怯えながら答えた。

「早急・・・・・。それで、あいつを見つけたら、また建物ごと吹っ飛ばすわけ?」

「い、いえ。そのようなこと・・・・・」

 9号の額から、頬・あごを伝わって床に滴り落ちている。

「暑いの?」

「い、いいいいい、いいえ。お気遣い無く」

 9号は、明らかに怯えていた。

「今回の件。どうせ、8号の仕業でしょ」

「・・・・・」

「8号のおかげで、警察が動く。武器の入手経路等で、自衛隊にまで捜査が及ぶ可能性があるのよ」

「申し訳ございません・・・・・」

 9号が深く頭を下げた。

「残念ね。8号がこの場に居たら、削除して気分も晴れたかもしれないのに・・・・・」

 女は涼しい顔で言った。

「そ、それだけは・・・・・」

「あれさえ使えたら、簡単なことなんだけどなあ」

 女は呟いた。

「ご研究は順調ですか?」

 9号が恐る恐る尋ねる。

「順調に見える?」

 女は、イラついた口調で言った。そして、デスク脇からタバコの箱をとって、軽くたたく。タバコの箱から一本が頭を出す。

「どうぞ。落ち着くわよ」

「あ、ありがとうございます。お気遣いなく・・・・・」

 9号は、柔らかく断った。 

 女は、タバコを咥え、金色のライターで火を着けた。

「アラ、遠慮なんかするのね。気しなくていいのよ。私たちファミリーでしょ」

 と、言って、女はタバコの先の灰を見た。

「9号ぉ」

「は、はい・・・・・」

「ファミリーは助け合わなきゃいけないわよね」

「おっしゃる通りで、ございます」

 9号は、女の「助け合う」という言葉に、ホッとして笑みを漏らした。

 女は、ため息を吐くように、タバコの煙を吐き出した。

「そうよね。お互いに助け合ってこそ、ファミリーよねぇ」

「そうです。それこそがファミリーです」

 9号は相槌を打った。女は、9号の言葉を聴きながら、タバコを吸う。

「9号・・・・・」

 やさしい口調の女。

「はい」

「ファミリーは大切よ。不足していた部分は、他の者が補うことも必要よね」

 そう言って女は、タバコの灰を落としながら、うっすら笑った。

「お、おっしゃる通りでございます」

 9号は深々と頭を下げた。

「でもね。できないんでしょ?」

 女は、あくび交じりで言った。

「や、やる気はあります。やる気、満々です。燃えています!」

 9号は、拳を握って見せた。

 冷ややかな女の視線。瞼がピクッと動く。

「このタバコの火、炎は出てないけれど、温度は数百度ある」

タバコの先を灰皿に押し付けて、火を消しながら9号を見た。

「どんなに燃えても熱くても・・・・・。一捻りでこの通りよ」

 これを見て、滝のように汗を掻く9号。

「も、ももも、二度と失敗しません。お、お許しを!」

 その場にひれ伏す9号。

トルルルッ、トルルルッ。

女のデスクにある電話が鳴った。

「はい、早乙女です」

 女は早乙女と名乗った。

「ああ、早乙女君か。例の件は進んでいるか?」

 電話の主は、低い声で言った。

「ええ、ゆっくりですが確実に」

 早乙女は点けたばかりのタバコの火を、灰皿でもみ消した。

「こちらとしては、あまり時間をかけてもらっても嬉しくないのだがな」

 電話の主は、事務的な命令口調であった。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。しかし、その御心配も時期に解消されますので。まとまりましたら、ご報告申し上げます。」

「よかろう。期待しておるぞ」

「お任せください」

 早乙女は、自信満々に答えた。

「時に早乙女君」

「なんでしょう?」

「昨夜、君の研究所からさほど距離の無いマンションで爆発騒ぎがあったそうだが・・・・・」

「そのようなお話は存じませんでしたが、それが何か?」

 早乙女は、歯切れよく答えた。

「・・・・・。いや、何でもない。それでは、近日の朗報を心より待って居るぞ」

 そう言って、電話の主は、受話器を置いた。相手が受話器を置いたのを確かめて、早乙女は電話を切る。

「私の命令は絶対よ。とにかく、失敗したら二人揃って削除よ」

早乙女は、先ほど火を消したタバコに脇目も振らず、また新しいタバコに火をつけた。


 午前二時を回っていた。

 草木も眠る丑三つ時。商店街はすっかり寝静まっていた。

「グガァー、ンガァー」

 部屋の中は猛獣が寝ていた・・・・・。

 静まり返ったOA機器の真ん中で、見杉は大の字になって寝ていた。

 伊緒は、階段から続く廊下の見杉の部屋の対面の部屋で休んでいる。

「う、うるせーなあ。もう」

 賢介は耳を押さえながら、つぶやいた。

 もう、かれこれ一時間も眠れない。

「しょうがない」

 賢介は、そう言って扉を開けると、自分の布団を廊下に出した。部屋の扉を閉めると、いびきはあまり聞こえなくなった。

 賢介は、自分の布団のしわを直して、床についた。

 三日月の光が霞掛かって、ボンヤリと廊下に差し込む。

「さて、どうしたものか・・・・・」

 賢介は両手を組んで頭の後ろに回し、この一日のことを整理しようと考えを巡らした。

 そして、明日からのこと。これこそが、今直面している今そこにある危機なのだ。何に巻き込まれているのかわからない状況では、手も足も出ない。

 まずは、しばらく会社を休むことになることだけは間違いなかった。

「頭の整理がつかんなあ・・・・・」

 と、呟いた次の瞬間、伊緒の部屋の襖が勢い良く開いた。丁度、賢介の頭の位置。横を向くと・・・・・。

そこには、ものすごい形相の赤鬼の顔が賢介を睨んでいた。

「うわっ!」

 ゴツンッ!

賢介は驚いて後ろにのけぞり、見杉の部屋の戸枠に力強く頭をぶつけた。

「痛っ!」

「ねえねえ、びっくりしたあ?」

 伊緒は、満面の笑み。右手には、夜叉の面を持っていた。

「赤鬼か、夜叉か、チョット悩んじゃったぁ!」

「バ、バカヤロー。今何時だと思ってんだよ!」

 賢介は心音の激しい左胸を押さえながら、怒鳴った。

 すると、一階から声がした。

「利弘、今何時だと思っての!」

 と、見杉の母の怒鳴り声がした。

 賢介と伊緒は身を竦めた。

 賢介は、自分の鼻を摘んで、

「お袋、ゴメンゴメン」

 と、見杉の口調で答えた。

「まったくっ!」

 そう言って見杉の母は自室に戻った。

「賢介、こっちにおいでよ」

 伊緒が手招きをする。

「こっちって・・・・・」

「こっちの部屋っ!」

 そう言って、伊緒は賢介の手を引っ張った。賢介はバランスを崩して前に倒れ、伊緒の部屋になだれ込んだ。

「ム、ムチャすんな!」

「シーッ!」

 伊緒は怒鳴る賢介を制した。

「何だよ。もう、寝るところだったのにい」

「ウソばっかり」

「眠れなかったのは、イビキのせいだ」

「廊下で寝るの?」

「そうだ!」

「なんで?」

「なんでって。ほかに寝るところ無いだろ」

「ここで、伊緒と一緒に寝たらいいんでしょ」

 伊緒は普通言った。賢介は眉間にしわを寄せて、

「そんな事、出来るわけ無いだろ」

「どうして?」

 伊緒は首を傾げた。

「どうしってって・・・・・」

「伊緒と賢介は家族。家族はいつも一緒だヨ」

 伊緒は微笑んだ。

 賢介もフッと笑った。

 

ピリリリッ、ピリリリッ。

見杉の部屋の隅で、賢介の携帯電話が鳴った。見杉は大イビキで寝ていた。賢介、伊緒も気が付かなかった。

自動的に、携帯電話にEメールの文字が刻まれる。

『賢介君へ、光台の園へ行け。U・Yukimura』


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