第十一章 理想と現実と…… Ⅰ
「まあ、いい」
バジョカ大王はうんうんと頷き、ひとり納得するような表情を見せた。
「次の入れ替え戦も観戦しよう。……城に帰るぞ」
「両クラブの選手にお会いになる予定では?」
秘密で両クラブの選手に会おうと思っていたのだが、いかに大王であるとはいえ、傷心の選手たちをそっとしてやりたいとにわかに思った。そうなると、ギュスノーヴの選手に会うわけにもいかない。
ということを話し、従者も納得し、コロッセオを出ることにした。
が、ふと何かを閃いたように思いつき、それをガルドネに語れば。
「それはようございますな」
と、同意を得たので、得意げにうんと頷いた。
「道を開けろ! 大王のお帰りだ!」
コロッセオの周辺では残った観衆が試合後の余韻に浸って、あれこれサッカー談義に花を咲かせている。楽しそうにしているのはギュスノーヴのサポーター、しかめっ面をしたり、笑っても苦笑いなのはシェラネマーレのサポーターたちだった。
それらに対し警備の兵士が道を開けるように言えば、人々は道を開けて。
威風も堂々とした騎乗の親衛隊の取り囲む馬車が、開けられた道をゆく。馬車は簡素な外見ながら頑丈そうな造りで、窓も絞められて中が見えないが、それはバジョカ大王の馬車だと皆理解し。
素早く離れて、うやうやしく一礼をしながら大王一行を見送る。
そのすぐ後に、また馬車の行列が明けられた道をゆく。
「あれは何の馬車だい?」
「大王が試合を見てたんだ、他の王侯貴族もいるんだろうな」
と、大王の御そばにいる王侯貴族のものかと思い、皆道を開けて馬車の行列を見送った。
「あー、しかし。不甲斐ない選手や監督にガツンと言ってやりたかったなあ!」
「ガツンというだけじゃ済まねえ! 自分らが何をしたのか、身体でわからせてやるのに!」
「そうだ、一発くれえ殴っても罰当たらねえよなあ!」
誰がか絶叫するように言い。それは馬車の中にも聞こえた。
「……」
馬車の中の面々は、だまって聞き流すしかなかった。それらにはシェラネマーレの選手をはじめとするスタッフメンバーが乗っていた。
敗北と残留を懸けた入れ替え戦決定の屈辱で、気が立ったサポーターはどうしてもいるのだが、中には何をするのかわからない危険な輩までいる。
実際、負け試合に怒ったサポーターが選手たちに嫌がらせや暴力を振るうなどという事例も、悲しいながらある。
そんな危険から守るために、バジョカ大王の計らいで王侯貴族の馬車の列に扮してコロッセオを出ることになったのであった。
そうかと思えば。にわかに、わあ、と何やら騒ぎの声があがった。
「何をするんだ!」
「うるせえ、勝ったからっていい気になってんじゃねえぞ!」
サポーター同士が喧嘩をしていた。あろうことか、気が立ったシェラネマーレのサポーターのひとりが、ギュスノーヴのサポーターに八つ当たりの喧嘩をふっかけたのだった。




