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第六章 マーレの休日 Ⅹ

 やがて人の波もおさまり、シェラーンは手を離し。ふたり隣り合って歩き出す。

「はあ、びっくりした」

「龍介はもう有名人なのね、私もびっくりしたわ」

「そうか、昨日の試合に来てた人もいるよな。もう顔を覚えられるなんて」


 自分の世界にいる時は、まだまだマイナーな地域クラブ所属なのでサポーターも少ないし、ましてや街で声を駆けられるなんてことはなかった。

「マーレの街の賑やかさを見せてあげようと市場に行ったけど、失敗だったわね。ごめんなさい」

「え、いや、そんな。シェラーンさんのせいじゃないよ」

 そう言いつつも、ふたり微笑みが浮かんでいた。


「まあ、私もそんなに街の中に行くことも少ないけどね。お城に出仕して、執務があって……」

「貴族って、やっぱり大変なんですか?」

「そうね。なまじ裕福だから、なかなか大変さがわかってもらえなくて、時々悲しくなるわ。何かを得て、保つのは大変だけど。失うのは一瞬だから。緊張しない日はないわ」


 ほんとに自分と同じ19の女の子か、と思うような苦労がシェラーンの口から語られる。両親は健在だが2年前に一人立ちし、自分の財産は自分で管理し守らなければならないとも言う。


「あら、何を言っているのかしら。龍介に愚痴だなんて」

「そんな、愚痴だと思ってないよ。シェラーンさん大変だけど頑張ってるんだと感心してたよ」

 龍介も咄嗟にフォローするが。気の利いた言葉もなかなか咄嗟に浮かばないものだ。


 監督はよく「サッカーしか知らない人間になるな」と言い、読書し勉強することを奨励していた。ある時など、今どんな本を読んでいるのかと聞かれて、読書をさぼっていたから非常に困ったことがあった。


 競技の向上のためにもなるということで図書館に通い、読書したわけだが。

 今この時、シェラーンと接する中で、それが少しばかり生きていた。

 それとは別に、龍介の心は言いようもない暖かみに包まれていた。

 季節は秋だがまざ残暑もあり、動けば汗ばむ。しかし心はそれとは別に暖かだった。それは心地よいが、戸惑いも感じる。

 自分で自分が何を考えているのかわからない。


 それを遠くから見る目がある。

「お、おい、あれ」

「あ、ああ、お嬢さまと龍介じゃないか!」

 それはリョンジェとジェザだった。

 チームメイト同士、行きつけのパスタ屋に行く途中だった。このマーレは麺料理が名物だった。


 ふたりはあらぬ組み合わせのふたりが街を歩いているのを見て、驚きを禁じ得ない。

「どどど、どーするんだよこれ」

「何を慌てているんだお前は」

 リョンジェが慌てるジェザを諫め、手近な店に入った。


第六章終わり 次章に続く

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