プロローグ
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放課後の学校。
人もおらず、しいんと静まり返っている校舎……と言われたら、あなたなら何を想像するだろうか。
告白? いや、今行われているのは、そんなロマンチックな話じゃない。じゃあ、喧嘩? いや、それもちょっと違う。
だというなら、一体何か?
「ぐはっ……!」
誰かが呻き声を上げた。そして、ふん、と鼻を鳴らす音。
「ほんっとバカね。わたしが欲しいといったのはオレンジじゃなくてグレープジュースなんだけど? バカなのあんた?」
……ここまで聞いたら、お気づきだろうか?
無論、これは『いじめ』というものである。強者が弱者に暴力を振るったり、暴言を浴びせたりする、あれだ。
そのいじめを、今、目の当たりにしている。
「何よ。うっかりお酒飲んじゃっただけで先生に言うよとか。いい度胸してんじゃん?」
ぐいっと、少女の額に当て続けられる、冷えたペットボトル。
ああ、一応言っておくけれども、僕がいじめているわけでは決してないから。
僕はあくまで善人のまともな男子中学生ですので、誤解なさらぬよう。
……で、本題に戻すと。
「新しいの買ってきてよ。もちろん、あんたのお金でね?」
そう、見下したような目をして言う少女。
彼女は、三年の渚乃慧璃華。
ストレートとも癖毛とも言えぬ、少しカールした長い髪に、大きな目。ルックスは大人っぽくて、密かにモデルとしても活動している。
しかし。
実は彼女……この私立名桜学園高校の、理事長の娘なのだ。
そう。つまり、小鳥遊財閥のご令嬢、というわけだ。
彼女の父は、名桜学園の創立者なだけではなく、この町のシンボルである風月タワーや、大手玩具メーカーの経営も手がけている。
つまり彼女は、超一流財閥令嬢なのである。
なのに。
仮にもそんな大財閥のご令嬢が、なぜこんなところでこんなことを?
それは、誰もが皆、思っていることだろう。
だがそれが、僕にもよくわからないのだ。
「ねえちょっと、聞いてんの?」
渚乃さんが腹を立てて、少女の頭を小突く。僕はいたたまれない気持ちになって、ぎゅっと拳を握った。
「あ、ちはる」
とその時、渚乃さんが僕の名を呼んだ。僕ははいっと裏返った声を上げる。
「こいつがジュース買ってこようとしないから、あんたがお願い。もちろん自腹だからね?」
そう、ニコッと笑っていう彼女。しかし、中身はまるで悪魔だ。
「あ、うん、わかった」
僕は彼女に目をつけられるのが怖かったので、ひとまず了承して教室から出ていった。
だけれど。
……どうして僕が、こんな雑用をしなければならないのだろう。
彼女とは、とうに縁を切ったはずなのに。