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幽霊さがし  作者: 梨鳥 
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蛇使いと蛇

 行きと帰りの方向が一緒だから、相羽君と電車でちょくちょく会う様になった。

 相羽君は、朝は私の二駅前の電車に乗って、一駅先の駅で降りる。夕は一駅前の電車に乗って、二駅先の電車で降りる。当たり前だけど。

 彼は行きも帰りも二両目に乗っていて、二両目が好きなの? と聞けば、「イヤイヤ、ミチルちゃんが二両目に乗るからでしょ」と笑っていた。「違うよ、相羽君が先に乗ってるでしょ」と、卵からか雛からか、みたいなやり取りになって、二人で笑った。

 朝はそれなりに車両が満員だから、離れて乗る事の方が多い。

 それに大抵、相羽君は立って居眠りをしている。近くに乗れて、「おはよう」と挨拶をすると「おはよ~……」とむにゃむにゃ返事をする。

「夜更かししたの?」と聞けば、「キサマ、母ちゃんか」と可愛くない返事。

 二両目に乗って来ない時は、彼の連れがいる時。

 何人かでワイワイ乗って来る時や、女の子を連れてる時もある。

 そういう時は、こちらをチラリとも見ない。

 ……別に、平気……。

 授業中に、極稀にLINEでメッセージが来る。

 彼の文科教師の、禿げ頭のアップとか。

 その日は冬にしては、暖かいのどかな日だった。

『授業中です!』

『俺は文学中』

『ウソ』

『(さっきと同じ禿げ頭のアップ画像)このジジーの話、面白い』

『文学の先生? 何やってるの?』

『好き過ぎる話』

「?」

『文学好きなの?』

『好き過ぎて、手に入らないなら殺したいって話があって、その気持ちが分かるらしい』

「……」

 ちょっとゾッとした。

 一体どんな会話になって行くんだろう? ポツンと続けてメッセージが来た。

『俺にはわからない』

 なんだかホッとして

『私も』

『それが愛なんだろうか』

 ……一体、どうしちゃったんだろうか。

『違うと思う』

 それから返信が無くて、お昼休みが終わるころ、また着信音が鳴った。

 チラ、と清水君がこちらを気にしたのに気付きながら、私はそれでもそそくさとスマートフォンを指で撫でる。

『続き~。一学期にやった蛇人が俺のキブン』

『蛇人? 怖い話?』

『別れの話』

 ……一体どうしちゃったんだろうか。

「……」

『帰り、何時のに乗る? 読ませてやる』


 怖い話じゃ無かった。『じゃじん』と読んだ私を、相羽君は「だよなぁ」と言って笑った。

 蛇使いと蛇が、心を通わせながらも別々の道を行く話。

 相羽君の高校の文学の先生は、何だか本当に変わった先生みたいで、「君たちには文学が不味かろう。だから、先生が簡単で心に残るものをえらんでやる。それが唯一のしてやれる事だ……」と投げやりなのか熱心なのか良く解らない事を言って、教科書の三倍位の大きさの文字の並ぶプリントを持ってくるらしかった。

 相羽君は『蛇人』を気に入っているのか、教科書にその先生お手製のプリントを二つ折りにして挟んでいた。

「それからさぁ~、お前は蛇使い、お前はジセイっつってソイツの気持ちになれっつーんだ。マジでウザいんだよあのハゲ」

「面白そうだけど……相羽君は何になったの? 蛇?」

「おう。俺はジセイ」

「ジセイ?」

 相羽君は私が手に持ったプリントを覗き込んで、「二青」と言う文字をトントンと指で突いた。二青(じせい)と言う名の蛇だった。

 これで私は彼と同じく二青(じせい)贔屓となって、物語を読み始めた。


 額に赤い星のある、賢く芸達者な蛇二青(じせい)を連れて、蛇使いは各地を回る。もう一匹大青(たいせい)という蛇を連れていたが、蛇使いは二青(じせい)の方が気に入っている。大青が死んでしまうと、その埋め合わせに他の蛇を探すのだけれど、大青も優れた蛇だったので、中々思う様な蛇に恵まれない。

 そんな折、二青が姿を消す。蛇使いは死にもの狂いで二青を探したが、蛇は見つからない。でも、暫くして二青は小さな蛇を伴って蛇使いの元へ帰って来た。

 小さな蛇は小青(しょうせい)と名付けられた。小青は二青に負けず劣らず優れた蛇で、しばらく蛇使いは満足していたけれど、時が経つにつれ二青が大きくなり「蛇使い」の扱える蛇としていられなくなる。

 蛇使いは涙を飲んで寂しそうにする二青へ「行きなさい!」と泣く泣く声をかけ、別れた。「百年も一緒に居るような事は世の中にはない」「箱の中にいることはない」「大きな谷で、神龍になりなさい」と。

 そして何年かして、大蛇となった二青と再会し、今度は小青も託して蛇使いは二青と二度目のお別れをした。

 

短い話だったけど、やっぱり二駅じゃ微妙にラストまで足りなくて、「俺の降りる駅にカフェがある」なんて相羽君が言うから、私は自分の降りる駅を乗り越したんだ。

 カフェではなくて、思い切りファストフード店だったけど、私達はそこに腰を落ち着け蛇使いと蛇の友愛について語った。と言っても、なんだか微妙に噛み合わなかったのだけれど、それはそれで楽しかった。

「物凄いお気に入りの蛇だったんだぜ。なのに、手放すんだ」

 相羽君はハンバーガーとポテトとドリンクのセットを頼んだ。「夕ご飯食べられるの?」と聞くと、「これを夕飯にするよ、オカン」とニンマリした。

二青(じせい)は成長したらお別れって悟ってたのかな。小さい蛇も、良い味出してる」

 私は温かい紅茶を頼んだ。Sサイズを頼もうとしたら、Lにしろ、と相羽君が命令した。素直に従った。長くいられるんだ、と私は喜んだのだった。

 相羽君は相変わらずちょっと乱暴な感じでソファ席にボスンと座り、バランスの悪い小さなテーブルに片肘をドンと突いてハンバーガーにガブリ。

二青(じせい)カッコイイよな。デコに赤い星だぞ? ハリー・ポッターみてぇ」

 私は吹き出した。

「世界観が違い過ぎない?」

「でも、アイツ蛇属性だろ?」

「う~ん、そうだったっけ? 相羽君、そうゆうの読むんだね」

「読んでねぇよ。映画。しかも、テレビ」

「そっか。そうだよね」

「あ、また馬鹿にした」

 細く整えた鋭い眉をキュッと寄せて、相羽君が私を睨んだ。そうすると迫力があったけれど、ちょっと拗ねた感じもあって、私は彼を怖くない。

 それに、私は相羽君を馬鹿になんてもう(・・)していない。この件に関して、私は無意識に敏感になっていたから、私は私で相羽君のその言葉に眉を寄せた。

「また?」

 相羽君はこれ以上無い位、猫背になってドリンクのストローを咥えた。

「どうせ、俺も俺の高校もガラ悪いッスよ」

『遊んでる』『浮ついてる』『不潔』『低レベル』

―――凄く煩かったし、怖かった。

 皆の声。

―――あそこの学校、偏差値低いんだろ。

―――ああいう人だらけなのかな。

―――ほんと、関わらない方が良いね。

 この時の……この時の一瞬で血が凍るような感覚を、大袈裟だと思う?

 こんなものは、払拭しなければいけない。

私は物凄く集中して、落ち着いた声を見せかける。

「……相羽君、私、カラオケの時、確かにそう思ったよ。相羽君たち怖かった。でも、今はそうじゃないよ」

 相羽君は唇を歪めただけで、こっちを見なかった。

 『ホラね』と何処かで相羽君の悲しそうな声がした様な気がしたけれど、それは幻聴に決まってる。『ホラね』なんて、相羽君に言わせたくない。

「相羽君?」

「俺、カラオケの時名前言ったのに」

「え?」

 初めて名前を聞いた時にふと彼が見せた、悲しそうな顔が何故か浮かんだ。

「……」

「……」

「で、でも! チミルって言った!」

「あ?」

「相羽君、私の名前間違えたじゃない!」

「あれはツカミだろ~が~」

 相羽君が笑った。私は心底ホッとして、名前の件は、なんとか相殺。


 午後六時を回っていた。

「スゲェお気に入りの蛇を、蛇使いは手放したじゃん」

 どうやら、ここが相羽君の琴線のキーポイントらしかった。

「でも、小青が代わりに来てたから、良かったよね」

「俺はショーセーなんかいらねぇ」

「でもそうしたら、蛇使いは商売が出来ないよ」

「ミチルちゃんはクールだな」

「クールかなぁ」

「二人は悲しがってた」

 相羽君が蛇も人間としてカウントしたので、私は何だか微笑ましい気持ちになって、微笑んだ。

「でも、それぞれ幸せになったじゃない」

「そっか~? そんな描写は無い」

「描写以外も読まなくちゃ」

「フン。俺は描写以外でそう読んだ」

「う~ん。この話は確かに『別れの話』ね……『別れの話』かも」

「難しい事言うな」

「難しいかな」

「あ、また……」

 私はサッと身を乗り出して、言い掛けた相羽君の口を塞いでやった。

 相羽君はビックリしたらしく、いつもは眠たそうな目をギョッと見開いてなにやらモゴモゴ言ったけど、私が怒った顔をして見せるとふて腐れて身体中の力を抜いた。

「もう言わない?」

 反抗的な目で、相羽君は頷いた。訝しながらも手を離すと、相羽君は唸って、

「スゲェお気に入りの蛇を、蛇使いは手放したんだ……」

 私たちは蛇使いになってみたり、蛇になってみたりしながら『蛇人』の話題を中心にニョロニョロ会話をし、駅で別れた。

 相羽君は改札まで送ってくれて(家まで送るって言ってくれたけど、何だかそうしたらまたひょいひょい上がられる様な気がして、私はその申し出を断った。家は駄目。だって夕食はきっと始まっているし、お父さんだって帰って来てるかも知れないし……)別れ際にこんな事を言った。

「『別れ方の話』かもしれない」

「え?」

 改札を潜ろうとしていた私は、彼を見た。

 相羽君はホームへ続く昇り階段を指差して、

「『行きなさい! 百年も一緒に居る様な事は、ないんだからな』!」

 たくさん話をし過ぎて

「……『これからは大きな谷に身を隠して必ず神龍になりなさい』……」

 セリフを覚えてしまった。

「『箱の中なんかに、久しくいて、よいもんか』!」

「よいものか、じゃなかった?」

「そこはいーの」

「楽しかったね。またね?」

 俺には無理、と相羽君が呟いた。

「……俺は文学のジジーと同じかもしれない」

「え? なあに?」

「ミチルが好き」



四月十日・晴天

 二年生になって、愛子ちゃんとまた同じクラスになれた。

 良かった。良かった。良かった!!

 先生は、隣のクラスの担任。

 仁君は良いなぁ……。

 でも、バレンタインデーにフラれてしまったから、これでいい。


四月十二日・晴れ

 自転車のブレーキの調子が悪くて、バスで登校。帰りに仁君が荷台に乗せてくれる事になった。校門から走り出すところを、見送り番の先生に注意された。

 仁君が事情を話して粘ってくれたけど、二人乗りは駄目だって。先生厳しい。

 仁君とはバス停で別れた。バスが来るまで仁君が先生を悪く言うので、早くバスよ来い、と私は願った。 バスの中で、先生が私達を注意する為呼び止める声を、何度も脳内再生。



七月七日・小雨

 先生と七夕祭りへ行った。浴衣を褒めてくれた。

 誰かに見られたら困るから、県を車で一つ跨いだ。

 ドライブは何を話せばいいかって前日から緊張したけれど、先生は先生らしく、小説の話をスラスラしてくれて、私は先生の話すお話や見解を楽しく聞いていれば良かった。

 ああ、良かった。先生、好き。好き。好き ―――割愛――――

 雨で足が濡れたけれど、薄い霧の中佇む大きな笹飾りはとても綺麗で、色々な色の短冊が雨に濡れてしっとりと垂れて色を濃くしていた。

 商店街のアーケード通りには、露店がぎっしり並んでいた。

 人が多くて、「芋を洗う様だ」と先生は言った。それから、「はぐれない様に」って手を繋いでくれた。

 帰りに、少しだけ見える笹飾りを車の中から遠目に眺めた。

 窓ガラスを雫がポツポツ叩いては、つーと流れてた。

「綺麗ですね」と振り返ったら、先生も私の方へ身を乗り出して外を見ていたから、ちょっとびっくりした顔が直ぐ傍にあった。それから、今までずっと目で追っていたと言うのに、私が初めて見る顔をした。

「綺麗です」先生はそう言った。

 それから私にキスをした。


 今日は眠れない。


聊斎志異(りょうさいしい)蛇人(だじん)』 作・蒲 松齢 

かいつまんで解説を入れたので、起伏や柔らかな哀愁がお伝え出来ませんでしたが、機会があれば訳されたのを読んでみてください。

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